マニュスクリプト
倒れている者から獣人達へ繋がる闇の蔦。黄金色の輝きを放つそれは負傷者から獣人達へ、脈々と何かを送り出した。
「ぐぁあああああああッ!!?」
「ぐッ、何だこれは……!?」
受けた傷が、ダメージが、漂っていた死の気配が、全て護衛達から獣人達に移っていく。死にかけだった護衛達は息を吹き返し、傷を肩代わりすることになった獣人達は藻掻き苦しむ。
(神の紙片を悪用してるって話だけど……そんな風には見えないんだよなぁ)
苦しみながらもその強靭な生命力で既に気力を取り戻しつつある獣人達。黒岬はその様子を観察するが、どうにも神の力らしきものは感じられなかった。
「尋問とか、やったこと無いんだけどなぁ……」
獣人達から情報を聞き出そうと一歩踏み出した黒岬に、安治が正面に立つ。
「お待ち下さい。魔科学研究会の情報であれば、私達からもお渡しすることが出来ます。尋問も、私達にどうかお任せ下さい」
「……良いけど、なんで?」
安治は何かを確かめた後、ある方向を指差した。
「貴方には、私達の仲間と護衛対象の救援をお願いしたい。貴方の速度であれば、私達よりも速く到達できることは間違いない」
「ふーん……ま、良いや。代わりに尋問とかやってくれるなら、その方が楽だし」
黒岬は軽い調子で言うと、手を上げて安治の指差した方向に消えていった。
「……賭け、ですが」
もしも、黒岬が敵対することがあれば……本陣はかなりの危険に晒されることになる。だが、本陣にここ以上の敵戦力が集まっているのであれば、黒岬の救援無しには危険な可能性が極めて高い。
「二分の一、という程に分が悪くは無いと思いますが」
明らかに魔科学研究会と敵対している様子だった黒岬と敵対する可能性は相当低いと安治は考え、黒岬を送り出した。だが、もしも敵対することがあれば……という考えは消えずにいる。
「西邊。奴らの拘束と尋問、周辺の安全確保は頼みます。念の為、奴らをいつでも殺せるようにはしておいて下さい」
「勿論です。安治さんは……」
「私も行きます。彼が敵対するようなことがあれば、私が命に賭けて対処する必要がありますから」
そう言い残すと、安治も黒岬の後を追うようにして消えた。
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敵のリーダー格であるアルガと相対することになった老日。その近くで、文月はアルガが引き連れていた四人の敵と戦っていた。
「早く老日さんが片付けてくれたら楽なんですが……!」
どうやら、向こうも簡単には片付きそうに無いらしい。文月は甘えた考えを消し去り、自身を囲い込む四人の敵に集中した。
「――――逃れられると思うなよ」
体を流動する黄金に変化させられる男が、その腕を黄金に変えて伸ばし、空中で無数に枝分かれさせて文月を狙う。しかし、文月は軽妙な動作でその全てを躱していく。
「それは、こちらも同じです」
文月はビルを背にして足を止め、両腕が機関銃と化している敵から放たれた弾丸の雨を、ビルを蹴りつけて宙を舞い、飛び越える。
「一人足りとも、逃がす気はありません」
空中を舞う文月が、懐から投げ放ったナイフ。それは空中で無数に分裂しては凄まじい速度で地面に落ちていく。分裂はナイフそのものの能力、速度は魔術によって重力が強くなり、重量も上昇したからだ。
「防ぐぞ、ゴールド」
「分かっている。二度同じ手は食わん」
男の一人が地面に手を着くと、地面が大きく揺れ動き、バラバラに浮き上がると、再集合して岩の巨人と化した。巨人が四人の男の頭上を覆うように背を曲げると、そこに続いて黄金を操る男が巨人に手を触れ、指先から迸った黄金で巨人の全体を覆い尽くした。
「ハハハッ、馬鹿が! 同じ技で俺達に勝てるとでも思ったかッ!」
燃える髪の男が笑いながら叫ぶ。最初に食らわせたものと同じ、ナイフの雨。既に一度見た技であるそれを、四人の男は難なく対処した。ナイフの雨を浴びた黄金で覆われた巨人は、その役目を終えてボロボロと崩れ落ちていく。
「――――誰一人疑いもしないというのは、中々滑稽ですね」
ぐさりと、燃える男の背にナイフが突き刺さった。そこから流し込まれた致死毒は、刃の刺さった心臓を一瞬で浸蝕した。
「ぐ、ぁ……!」
男の全身から炎が噴き上がり、文月の身体も炎に呑み込まれる。燃え盛る巨大な炎に、男達は警戒しながら見逃さぬよう視線を向ける。
「ハァ、ハァ……し、死にそうだ……!」
炎そのものと化した男は、既に毒も心臓も燃え尽きた胸を抑えながら言う。勢いが治まった炎の中から、文月は出てくることは無く、灰も残さず消えたかと男達は息を吐いた。
「危なかったぜぇ……この異能が無きゃ、それと肉体が改造されて無きゃ、確実に死んでたとこだぜ!」
「油断するからだ。とは言え、それは俺達も人のことは言えなかったが」
男達は次の標的は、とばかりに視線を老日とアルガが戦っている方に向けた。
「奴は厄介そうだな」
「あぁ、アルガを先に手助けしてやろう」
「だな!」
「……」
歩いて行く男達の背後、両腕が機関銃の男が足を止め、背後を振り向いた。
「流石に気付きましたか」
その顔面が、真っ二つに斬り裂かれ、続けて心臓が貫かれた。




