学食にて
体育の授業も終わり、昼休みを迎えた頃。俺達は犀川と共に食堂で食事を取っていた。と言っても、俺と文月は何も食っていないが。
「あ、翠果ちゃん!」
犀川が弁当を食べている中、三人で軽く話していたところで、後ろから声がかけられた。活発そうな印象を受ける長髪の少女だ。
「食堂使うの珍しいね、どしたの?」
「今日は護衛の二人が居ますからね、ここで話しながら食べてただけですよ」
そう言って、犀川は自分の食べている弁当を指差した。食堂のメニューを頼んだ訳では無いという意味だろう。
「なるほど、護衛の人ねー! でも、なんで急に護衛なんかつけだしたの? 確かに犀川ちゃんなら護衛の一人や二人ついててもおかしく無いけどさ」
「んー、何と言いますか……かくかくしかじかありまして」
「ふむふむ、話せない感じ?」
「というよりも、話すと奈美ちゃんの方が危うくなっちゃうかもなので」
犀川が言うと、奈美と呼ばれた少女はにやりと笑った。
「私の心配してくれるのー? 嬉しいなぁ」
「そりゃあ、私だって友達の心配くらいしますよ」
友達、居たんだな。はっきり言って、友達も恋人も作らないような質だと思ってたが。
「それで……お二人は護衛みたいですけれど、同じ組織の人間って感じには見えないですね?」
「はい、その通りです」
こちらに視線を向ける奈美。犀川が同じように視線を向けて来たので、話す許可を得たと見て文月が答えた。
「女性の方は執事服を着てらっしゃいますが、そちらの方は……」
「あぁ、俺は別にどこにも所属してない。ハンターだ」
仮面を着けた俺の姿に興味を持ったのか、そう尋ねて来た奈美に答えると、興味深そうな顔をした。
「ハンター! ハンターですか! それも、翠果ちゃんの護衛に選ばれるくらいの方ですから……顔も隠されていますし、割と名のあるハンターかとお見受けしますが」
「悪いが、全然だぞ」
五級だからな、俺は。全くの無名ハンターと言っても良い。実際、俺の名前を知ってる奴なんて一人も居ないだろう。
「あはは、謙遜ですよね? だって、強くも無い人を翠果ちゃんが横に付けるなんて有り得ないですし」
別に、強くないとは言ってないけどな。
「――――おーっす、奈美っちと翠果ちゃんじゃん!」
説明するのも面倒臭いと考えていたところに、丁度良く別の生徒がやってきた。焼けた肌の短髪の少女だ。
「なんか仮面と執事が護衛ついてるみたいな噂を聞いたけど、マジじゃん! やっぱり、翠果ちゃんくらいになれば護衛も必要なんだな~!」
「えぇっと……五慈ちゃん、でしたっけ」
「あ、気安く話しかけちゃってごめん。そういえば、ちゃんと話したことなかったわ! それで、そっちの護衛の人って強い感じ?」
「護衛ですからね。勿論、強いですよ」
ほほう、と言って五慈と呼ばれた少女は俺達をじろりと見る。
「よっしゃッ、一手手合わせ願います!」
前言撤回。丁度良くなかった。別の面倒がやってきただけだった。
「悪いが、護衛の職務にそういうサービスは含まれてないんでな」
「うぉぉ……話し方も強そうっすね! やれないのは惜しいっすけど、そっちの方はどうっすか?」
「申し訳ありませんが、護衛としての警戒を緩めるような行為を自らする訳には行きませんので」
「むぅ、やっぱダメっすかぁ……そうだ! 次の授業、アレっすよね!?」
突然、目に見えてテンションが上がった五慈は、敬語のまま犀川と奈美に尋ねた。
「三クラス合同の、戦闘演習!」
「合同って言っても、私達は見てるだけですけどね~」
東京特殊技能育成高等学校。クソ長い名前のこの学校は、その名の通りに大抵の学校では扱わない内容の授業を行い、平時であれば無用でしかないような特殊な才能を伸ばす為にあるらしい。
具体的に言えば、異能や魔術、武術や狩猟技術。そして、彼らを補助する為の道具製作、研究。それらの才能を伸ばす授業を受けられ、活かせる場所こそがここ『特育』だ。
「研究、武術、魔術の三クラス合同演習」
「お、そうっす! やっぱ、護衛だと時間割とかも知ってるんすね」
当たり前だろ。その思いを内心に留め、俺は静かに頷いた。
「それで、それがどうされたのですか?」
「その戦闘演習、護衛なら後ろで見てくれるってことになるっすよね? そしたら、終わった後にアドバイスとか貰えたら嬉しいなって、そういう話っす!」
問いかけた文月の言葉に、五慈は意気揚々と返した。
「まぁ、それくらいなら構わんが」
「本当っすか!? マジ嬉しいっす! やっぱ、本職からのアドバイスに勝るものは無いっすからねー!」
「ちょっと、老日さん……! 私達は護衛ですから、勝手に決めては……」
「あはは、大丈夫ですよ。折角ですから、未来を担う子供たちの姿をじっくり見て行ってください」
自分もその一員であるにも拘らず、他人事のように言う犀川に突っ込みたくなったが、勝手な真似をした直後なので止めておいた。
「……気を付ける」
「だったら、良いですけど」
じっと視線を向けていた文月に、俺は仕方なく言葉を返した。誰かを立てて話すのはあんまり得意じゃないんだが、護衛任務を引き受けた以上は善処するとしよう。
「いやー、楽しみっすねー!」
「ね、楽しみだねー!」
しれっとアドバイス対象が一人増えていることに目を瞑り、この国の未来を担うらしい子供たちに手を貸せることを享受しておくことにした。




