七つ指
西園寺がその手で七本の指を立てた。七十万だろうな。
「……少なくないか?」
「これでも、戦闘回数が多くならないどころか発生しない可能性のある護衛という依頼にしては破格ですよ。ハッキリ言いますが、単純な値上げに応じるつもりはありません」
「アンタの計算だと、一日につき十万だろ? だったら、一日につき二十万って条件でどうだ? そっちが調査を上手くやったなら、寧ろ安上がりになる」
俺が言うと、西園寺はきょとんとしたような顔をし、犀川は呆れたような表情で仰いだ。
「……老日さん、金銭感覚は本当に五級相応なんですね」
犀川は西園寺に視線を向ける。すると、西園寺は表情を締め直し、咳払いをして話し始めた。
「んんッ、えぇとですね……私の提示した金額は、70万では無く700万です。ただ、貴方の言うことも一理はありますからね、一日辺り100万という契約でも構いませんよ」
「……そんな大金、ぽんと出せるんだな」
「私を誰だと思ってるんですか……?」
確かに、今も壁際から遠巻きに何人もの護衛が様子を窺っているような相手だ。そりゃ金は持っているだろう。尤も、俺がこの距離で西園寺を襲えば間に合わないだろうが。
「しかし、よっぽど警戒してるんだな。アンタのお抱えの戦力で守り切れないって判断したんだろ?」
「……えぇ、そうですね」
何となく歯切れの悪い西園寺に、俺は眉を顰めた。
「何だ」
「いえ、そもそも犀川ちゃんを保護しておくというだけならそこまで難しくは無かったんです」
西園寺は困ったように視線を迷わせた。
「すみません。それは、私がお願いしたせいなんです。安全な場所で動かずに置かないことを選んだのは、長期間ラボを開けることで中の資料や研究成果を奪われない為と、研究を止めない為、そして……私自身を囮にすることで、相手の動きを見る為です」
「……まぁ、城に籠らない理由は分かった」
だけど、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「だとしても、お抱えの戦力で普通は足りるんじゃないかって、そういうことを言いたいんだが」
「? それは単なる保険ですよ。実際、私を襲ってきた人達は私の作った機械一つで対処できる程度でしたし、見えてる範囲での脅威はそれほど高くないです。ただ、相手の組織の全貌や強大さはまだ測れていないので念の為に老日さんにも頼ると言うだけです」
「確かに、言い忘れていましたね。護衛は老日さんだけではありません。学校の登下校には秘密裏に同行する十数人の護衛を、そして学校内にも貴方と精鋭の護衛を一人送ります」
「……待て待て」
学校内に、だと?
「まさか、俺は校内まで付いて行かなきゃならないのか?」
恐る恐る尋ねた俺の言葉は、二人の頷きによって肯定される結果となった。
「……嫌すぎるんだが」
「そう言われましても、校内が安全とは限りませんし……常に犀川ちゃんを守る役は必要です」
「それに、あの場所は護衛付きの生徒なんて珍しくない、とまでは言いませんが、そこそこ居ますし、特別目立っちゃうなんてことは無いと思いますよ」
「どんな学校だよ」
お嬢様学校とかそういう感じではないみたいだが、重要な人間も数多く集まっている場なのだろう。
「それに、中では顔を隠しても構いませんからね。結局、必要になるのは魔力の波長登録だけですから」
「お前が不正に登録した奴だろ?」
「懐かしい思い出ですねぇ~」
良い風に浸ってんじゃねぇよ。
「まぁ、分かった。仕事は受けてやる。だが、一つだけ条件がある。俺という存在を吹聴するような真似はするな。この依頼の後、また別の奴から護衛やら討伐やらの依頼が来たら許さないからな」
「怖いですねぇ……西園寺さん、絶対破らないで下さいね」
「……勿論、その程度の条件は言われずとも守りますが」
言質を求めた犀川に、西園寺は若干不服そうに頷いた。
「それで、いつからだ?」
「明日からです。流石に間髪入れずに仕掛けて来るとは思いませんが、今日のところはこの屋敷で準備を整え、明日から普段通りに登校させる予定です……尤も、私としてはずっとここに匿っておきたいですが」
「嫌ですよ。私のような天才がここで足止めなんて、世界的な大損です」
「中々言うな……」
自分に自信がある奴だってのは分かってたが、そこまで言うか。
「そりゃ言いますよ。異界がここまでの領域性を保ってるのは私の研究のお陰なんですからね」
「そういえば、そんなことも言ってたな」
退魔石だか何だかをどうちゃらして、異界を隔離してるみたいな話をしていた記憶がある。
「そんな天才な犀川ちゃんを守れるんですから、手を抜くなんて許しませんよ? もし、犀川ちゃんに傷一つでも付けば……貴方も、文月も絶対に許しません」
「……そいつが、もう一人の護衛って奴か?」
初めて出た名前を捉えた俺は、西園寺に尋ねた。
「えぇ、そうです。今この場には居ませんが、私が自由に使える戦力の中では最も優秀な護衛としての戦闘能力がある方です」
「そうか。まぁ、ある程度期待しておこう」
「ッ、言っておきますが貴方のような単なるハンターでは無く、護衛としての教育を受け、訓練を重ね、鍛錬を積んで来た、対人戦におけるプロです! 実力としても確実に準一級以上はありますし、魔術の心得もある……」
熱くなる西園寺の手を隣に座っていた犀川が握り、一瞬にして落ち着かせた。
「……兎に角、プロを舐めないことです。老日」
「あぁ、分かった」
フラグにしか聞こえないから止めてくれ。期待を裏切られて困るのは俺なんだぞ。




