研究の徒
紳士然とした格好の男は傘を取り落とし、目を見開いて雪也を見た。
「……まさか」
「何が、まさかなんですか?」
訝しむような目で見る雪也だが、男は構わず雪也に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
「ッ、な、何なんですか!?」
「…………いや、何でもない。それと、君の問いに対する答えだが」
男は至近距離にあった顔を離し、平然と話し始めた。
「私は魔物や変異種を作っている連中ではない。寧ろ、奴らは……『魔科学研究会』は、私の敵だ」
「魔科学研究会……?」
男の口から出てきた言葉。雪也も知る単語であるそれが聞こえたことを喜ぶよりも先に、なにか気持ち悪さのようなものを感じた。
「本当に、それがアイツらの組織名だったんですか……? 偉く平和な……というか、平凡な響きですが」
「当然だろう。奴らは飽くまで、雑多な技術者の集まりだ。上層部は兎も角として、組織全体としての目標は組織の成長と技術の獲得、研究の進歩だけだよ。社会を変えるだとか、人類を滅ぼすだとか、そんな大層な肩書は持っていない。故に、その名も平凡な、そして有り触れたような名となっている」
魔科学研究会について語った男に、雪也はしかし疑念の目を向けた。
「……随分、詳しいですね?」
「あぁ。詳しいとも」
だが、男はその雪也の疑念を正面から受け止める。眉を顰めた雪也だが、平然と頷いた男から暗い感情が滲み出ていることに気付いた。
「何故なら、私も研究会のメンバーだったからね」
「ッ!」
雪也は息を呑み、冷たい目でこちらを覗き込む男に気圧されて言葉を発せなかった。
「だったら、アンタは……僕を知ってるのか?」
「……やはり、そうか」
男の返答を聞いて、雪也は男の最初の反応を思い出す。アレはつまり、そういうことだったのだ。
「やはり、氷漬けは君だったのか」
「……不本意な呼び名ですね。それをさせたのは、アンタらが原因だ」
訳知り顔で話し出す二人に、置いてけぼりだった少女が困惑の目を向ける。
「ちょ、ちょっと待って……まさか、アンタもあの施設出身なの?」
「……その口振りと状況から察するに、貴方もそうなんですね」
事実上の肯定を受けた少女は、混乱を表情に浮かべながらも雪也に近付き、確かめるようにその体に触れた。
「でも、アンタ一級のハンターなんでしょ……? 奴らに、バレたりしたら大変なんじゃ……!」
「バレてますよ。でも、生きてます。捕まっても無いです。未だに、後を付けられたりすることはありますけどね」
「ッ、ここまで付けられてないだろうね!?」
「……多分、大丈夫です」
「多分じゃ困るぞッ、少年!」
雪也の肩を掴んで叫ぶ男。雪也は焦りと混乱に表情を惑わせ、今からでも確認しに行こうと螺旋階段に足を向け……そして、その上から降りて来る人物を発見した。
「――――大丈夫よぉ、心配しなくとも大丈夫だからぁ」
音を立てて、階段をコツコツと降りて来るのは、これまた小さな少女……黒髪の少女だった。
「いつも通り、私がちゃぁんと周りを確かめた時には、人っ子一人居なかったわぁ。だから、大丈夫よぉ」
にこやかに笑う少女は、安心させるように男と雪也、二人の手を握った。
「あ、銀子も怖かったかしらぁ? だったら、手ぇ握ってあげるわよぉ?」
「ッ、怖がってなんか無いわよ! 必要ないに決まってるじゃないっ!」
「あら、そぉ……」
黒髪の少女は残念そうな顔をすると、二人からも手を離した。
「えぇと、貴方は……?」
「私は金枝よぉ。今はぁ、西北金枝って名乗ってるわぁ」
「かなえさんですね。僕は氷野雪也って言います。ハンターをしていまして、その中でも……」
「一級でしょぉ? そのくらい知ってるわよぉ。うちには確かにテレビは無いけどぉ、銀子と違ってちゃぁんと情報収集もしてるのよぉ、私はぁ」
「……今、私のこと馬鹿にしたわねッ!?」
ついでのように馬鹿にされた銀子は遅れて金枝に飛び掛かるが、ひょいと軽く避けられしまう。
「それでぇ、今は何の話をしてるのかしらぁ? 私、最後のちょこぉっとだけしか聞いてないから教えて欲しいわぁ……部外者が何でここに居るのか、とぉっても気になるもの」
冷たく見定める目で雪也を見る金枝。雪也は居心地悪そうに男へと視線を向ける。
「ふむ、私が説明しよう……と思ったが、君がここに居る理由は私も知らないね。何故、君はここに居るのかな?」
首を振った男に、雪也は何処から話すべきかと口の中で言葉を転がす。
「僕は、貴方の言う魔科学研究会を追っていました」
ぽつりと、雪也は話を始めた。




