親の顔が見たい
門人試合を控えた俺は、蘆屋に招かれていた。流石に弟子である俺を家に紹介しない訳にはいかないらしい。
「中々に……いや、相当に立派だな」
岡山と兵庫の県境辺りにあるその屋敷は、視界に入りきらない程に大きかった。
「うちより大きい家なんて幾つもあるよ」
「だが、でかいのは確かだ」
大きな門の前には門番のように人が立っていた。男は俺の方をチラリと気にしたが、干炉を見ると深々頭を下げた。
「お帰りなさいませ、干炉様」
「ただいま」
干炉は俺の前を歩き、門を潜り抜ける。続こうとした俺だが、門番は小さく手を突き出し、動きを止められた。
「申し訳ございません。許可なく呪物を持ち込むことは禁じられております」
「ん、通して良いよ」
干炉が言うと、門番はスッと手を戻し、深く頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした。どうぞ、お通り下さい」
「いや……すまん」
俺は軽く頭を下げ、足早に門を通り抜けた。
「話してなかったのか?」
「弟子を招くってことは話してあるけど、仮面は忘れちゃってたよ」
「……頼むぞ」
「心配しなくても、別に大丈夫だよ」
日本庭園のような敷地内を進み、屋敷の入り口に着くと俺達を出迎える使用人たちが現れた。
「ッ……お待ちしておりました。干炉様」
「えぇと、お弟子の方? も、こちらへどうぞ」
質素な着物を身に纏った使用人達は仮面を見て戸惑いを表情に出すが、それでも蘆屋が横に居るからか追い出されるようなことは無かった。
「靴はこちらでお脱ぎ下さい」
「あぁ」
木造の屋敷。かなり古い建築に思えるが、掃除は行き届いており、壁の傷なども大して見えない。しかし、思っていたよりも内部は質素だな。
「……」
「緊張してる?」
黙っていると、蘆屋がニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけて来た。
「いや」
「そ? 黙ってたから、そうなのかなって」
「……こういう状況で喋るのが苦手なだけだ」
目の前を歩く二人の使用人。話せば声は確実に聞こえるような距離だ。そんな中で喋るのは、何というか抵抗がある。
「こちらです」
「既に御当主様が居られます」
それだけ伝えると、使用人の二人は扉の両脇にスッと立った。
「じゃあ、入るよ」
蘆屋がこんこんと戸を叩いた後、中から返事が返って来る。
「ただいま、お父さん」
「お帰り、干炉。だが、ここは家族の場では無いだろう?」
そこに居たのは、穏やかな……だが、どこか少しやつれたような顔の男だった。
「まぁね。じゃあ早速紹介するけど、この人が僕の弟子。実力は既に申し分なしだよ」
そう言って、蘆屋はこちらを見てくる。
「……老日勇だ。技術に関してはこいつに遠く及ばない」
「老日勇、か」
男は目を瞑り、考えるように頷いた。
「私は蘆屋直人。蘆屋家の当主を務めている」
名乗りを帰した男は、立ち上がり俺の方へと手を差し出した。
「これから、よろしく頼む」
「あぁ、よろしく」
直人の手を取ると、その手には幾つもの傷が刻まれていることが分かった。




