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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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アルワッサ

 瑠奈と邪神の間に立ったのは、狐の尾と耳を生やした巫女のような服を着た少女。


「ッ、弥胡ちゃん!?」


「救難信号を出されたと思うんですが、 助けを求めた癖に抵抗もせず死ぬのはどうなんです?」


 瑠奈が出した信号に最も近かったのは弥胡だった。尾と耳を黄金色に染め上げたその姿は、既に戦闘形態だと言えるだろう。


「エサガ、フエタナ」


 話している二人に容赦なく襲い掛かる邪神。振り回される触手を弥胡が薙刀で弾き、庇うように瑠奈の前に立った。


「取り敢えず、早いところあの黒いのを出して下さい。時間はこの私が稼いであげますので」


 弥胡は薙刀を構え、邪神と向かい合う。しかし、その表情には緊張が滲んでいる。


「『ゆらりゆらり、揺れて沈んで曼陀羅華』」


「『彌到御殺(みとうみさつ)』」


 詠唱を開始した瑠奈。そちらの方に邪神の気が逸れたその瞬間、弥胡は札を放り投げて邪神の方へ走り込んだ。宙を舞った札は空中で焼き焦げながら刻まれた術を発動させ、霊力の波動を光線のように放った。


「ッ! シラヌ、チカラダ……オモシロイ」


 邪神はその光線を避け切れず、体の一部分を削られた。しかし、そこに畳み掛けるように振り下ろされた薙刀は、触手によって弾かれる。


「ワガナハ、アルワッサ……ホカノカミトハ、ベツノジゲンカラキタ」


 アルワッサの全身に魔術的な紋様が浮かび、その身から大量の魔力が溢れ出す。


「『魏隴郭(ぎろうかく)、護りし御陵(ごりょう)』」


 後ろに跳び退きながら手印を結ぶ弥胡。アルワッサはゆっくりと触手を持ち上げ、弥胡を見下ろした。


「『天蒙居(てんもうい)』」


「ツブレ、ロ」


 黄金色の輝きを放つ結界が展開され、そこに凄まじい速度で触手が振り下ろされる。


「ッ、不味い……!」


 触手を受け止めた結界。一撃で大きな罅が入り、破壊されそうになる。


「『金霊疾駆』」


「『結晶化粒子線クリスタライズド・レディエーション』」


 結界が崩壊する瞬間、弥胡の体が黄金色の霊体となって振り下ろされた触手を擦り抜け、アルワッサの後ろ側に駆け抜けていく。

 しかし、そこに目掛けて青白い結晶の粒子線が放たれ、弥胡の背に迫った。


「『黒星海』」


 粒子線が触れる寸前、星空そのものを呼び出したかのような煌めく漆黒の海が現れ、弥胡を庇った。


「準備完了……! 戦えるよっ!」


「……私も、まだまだ余力は残しています」


 薙刀を構える弥胡の隣に瑠奈が並び、二人の周囲を黒き海が囲んだ。


「ソノ、エキタイ……イヤ、ナンダ? ヤッカイ、ダナ」


 アルワッサは触手の両腕を伸ばし、空中で無数に枝分かれさせていく。


「オレノチカラ、ソノホンリョウヲ……ミセテヤル」


 無数に枝分かれした触手の先端が歪んだ空間に呑まれ、二人を囲むように発生した無数の歪みからそれぞれ現れ、二人を突き刺そうと伸び進む。


「異次元のポータルを通して、距離を無視した攻撃が出来るって感じかな」


「空間に直接作用する能力……厄介です」


 迫る触手は黒き海が防ぎ、呑み込んだが、本体にダメージは入っていないようだ。触手を多少削られたところで何の痛痒も感じないらしい。


「サァ、イクゾ」


 アルワッサは跳躍し、空中で空間の歪みに消える。そして、二人の目の前に現れた。


「ッ!」


「『二尾解放』」


 弥胡の茶色い瞳が黄金色に変化し、全身から光が溢れ出した。振り下ろされる触手を弥胡は薙刀で受け止めようとするが、触手は一瞬ブレると、転移したように薙刀を通り過ぎて弥胡を思い切り打ち付けた。


「『黒星流』」


「チッ」


 地面に倒れた弥胡に追撃しようとしたアルワッサの頭部を黒い海が鋭く貫いた。黒き海はそのまま全身を呑み込もうとするが、アルワッサは転移によってその場を離れる。


「ッ、弥胡ちゃん! 大丈夫?」


「ぐッ……平気に、決まってます……! 玉藻様に生み出された私が、この程度で倒れるなんて……有り得ないッ!」


 弥胡は立ち上がり、黄金色の妖力を溢れさせた。


「……弥胡ちゃん、私に手があるの」


「私は何をすれば良いんです?」


 弥胡は瑠奈の作戦を聞くこともせず、ただ自分のすべきことだけを尋ねた。


「時間を稼いで。詠唱が始まったら、絶対に襲ってくると思うから」


「守れってことですね……!」


 弥胡は札を取り出し、片手で握り締めた。


「いつでも」


「『月の導き、銀遮の一瞥』」


 瑠奈が自身を黒き海で覆い隠し詠唱を始める。弥胡が握り締めていた札が燃え盛り、溢れる妖力が更に勢いを増した。

 直後、球体のようになった黒き海に守られた瑠奈の眼前にアルワッサが現れ、先端に魔法陣を伴った触手で瑠奈ごと黒き海を貫こうとする。


「舐めるなッ!」


「ッ」


「『踊る星々行く道塞ぎ』」


 弥胡の薙刀がその触手を斬り落とし、弥胡は自分の方を向いたアルワッサを睨み付ける。


「ジャマ、ダ」


「そうだッ、私を見てろッ!」


 アルワッサは両腕の触手で左右から弥胡を襲う。弥胡は黄金の霊体と化してアルワッサの背後に回り、そのまま振り向いて片手を突き出す。


「『結晶化粒子線クリスタライズド・レディエーション』」


「『金霊砲』」


 青白い結晶の粒子線と、黄金色の奔流がぶつかり合い、せめぎ合う。優勢なのは、黄金の奔流だ。


「ッ、コウナレバ……!」


「『月の光は指し示す』」


 粒子線に神力を混ぜて奔流を押し込もうとするアルワッサ。その狙い通り、結晶の粒子は驚愕に目を見開く弥胡を呑み込み……


「騙されたなッ、幻術ですッ!」


「『月神の瞥視(セレネマーティ)』」


 背後から振り下ろされる薙刀にアルワッサは転移を発動しようとするが、空から差した青白い光がアルワッサを照らし出し、転移を阻止した。


「グバッ!?」


 黄金色の光を纏う薙刀はアルワッサを斬り裂き、その巨大な体の腰辺りまで切り込みを入れた。


「コノ、ヒカリハ……カミ、ノッ!」


「大人しくッ、ここで死ねッ!」


 転移が使えないと分かったアルワッサは凄まじい身体能力を生かして逃れようとするが、足を薙刀で斬り裂かれ、体に重く圧し掛かった重力によって動きを封じられる。


「これで、おしまいっ!」


「ニンゲンゴトキニッ! コノオレガァアアアアアアアアアア――――」


 黒き海がアルワッサを呑み込み、そこに静寂が訪れた。波が過ぎ去った後には何も無く、二人はやっと息を吐き出した。


「ナイス、弥胡ちゃん!」


「……ないす、です」


 突き出された瑠奈の拳に、弥胡は顔を背けて拳を合わせた。

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