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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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星辰

 浮上していくルルイエ。それを撃ち落とさんばかりに、幾度も光の柱が降り注ぐ。ステラが砲台より放つ魔術砲撃だ。


「良い夜だ……魔力も十分。始めるぞ」


 既に空は漆黒の()に覆われている。アステラスの周囲には小さな虹色の星が数百と浮かんでおり、その全てに膨大な魔力が内包されている。


「『星々は泣く。来たる破滅を嘆いて』」


 目を瞑り、祈るように杖を持つアステラス。その周囲には老日と瑠奈、瓢が控えており、不測の事態に備えている。


「『星々は哭く。来たる終焉を嘆いて』」


『『『大いなるクトゥルー様の為にッ!!!』』』


 それを察知したのか、老日達の周囲に無数の怪物が転移によって現れる。しかし、次の瞬間には吹き抜けた風によって全員が八つ裂きの死体に変わっていた。


「『星天の鎮魂歌アステール・レクイエム』」


 詠唱が終わり、空を何かが埋め尽くす。それは、端が見えない程に巨大な魔法陣だ。黒い魔法陣に中心部から色が灯り、虹の光が広がっていく。

 それはまるで、この夜空自体が色付いていくような美しい光景だった。


『させぬ』


 海底より、恐ろしい声が響く。それと同時に荒れ狂う海が隆起し、超高圧の水鉄砲が凄まじい質量を伴って夜空に放たれる。


「無駄だ」


 神力を内包し、破綻の魔術を組み込まれたそれは音速を超えて魔法陣を貫こうとするが、振り下ろされた老日の剣に撃ち落とされ、ただの水となって飛び散った。


「フハハハハハッッ!!! 我が人生において最大火力ッ!! 文句無しに必殺ッ!!!」


 端が見えない程に広がった超巨大魔法陣。虹の光が強まり、そこから超巨大な星が現れる。単なる岩石等では無い、星そのものが顔を出した。


「落ちよッッ!!! 星天ッッッ!!!!!」


 星が落ちる。魔法陣から半身程度が抜け出した瞬間、星は急激に加速し、一瞬にしてルルイエへと着弾した。



 次の瞬間、凄まじい熱波と爆音、衝撃が溢れ、海面に端が見えない程の巨大な穴が開いた。凄まじい魔力の光と炎が散り、プラズマが発生する。

 老日と瑠奈は予め準備していた魔術を発動し、結界を展開する。それはルルイエ周辺から外部への衝撃を内部へと跳ね返す。


 結果、星の直撃による衝撃は石造都市ルルイエの殆ど全てを破壊した。



 静けさを取り戻した夜空の下には、海水が蒸発し剥き出しになった海底と、そこに散らばる砕けた瓦礫の山。そして、そこから老日達を睨み付ける巨大な怪物が残っていた。

 一キロメートルを超える体長のクトゥルフ、その周囲には他にも数体の怪物が生き残っており、どれもそれなりの力を持っているのが分かる。


「フハハハハハッ、爽快だなッ!!! だが、これでも生き残るとは……やはり、外なる邪神共は生かしてはおけぬ」


「とは言え、全くのノーダメージって訳でも無さそうだな」


 クトゥルフの手には巨大で奇妙な杖が握られている。その杖の先の青い宝石からは魔力の残滓が感じられるが、それでもその肉体には焦げ付いたような跡や抉れたような傷が残っている。


『浅ましき人間共め……決して、許さぬ』


 どこか生物的な緑色の杖、その先に嵌められた青い宝石が光を放った。すると、剥き出しになった海底から腐敗した緑色の巨大な触腕が数千本と生え、伸縮自在な動きで老日達へと迫った。


「任せておけ」


 ハスターの姿が蠢き、人間から触手の生えた異形の姿へと変化する。全体としては人型だが、襤褸のような黄色い衣を纏い、そのあちこちから泥のような触手が生えているその姿は人の正気を削り取るだろう。

 しかし、この場にそれを恐れる者は居ない。何故なら、ここにはそれら異形の邪神に立ち向かう為に集まった者しか居ないからだ。


「風よ、裂け」


 烈風が吹く。それは、老日達に迫っていた触手を一本残らず斬り落とした。


「さぁ、終わらせるぞ」


 ハスターが声をかけるも、他の面々の表情は固まっていた。それはハスターの見せた力に対する恐怖でも、クトゥルフに立ち向かうことへの不安でも無い。


「……ごめん、ハスター。どうやら本土が不味いらしい」


「何を言っている?」


 ハスターは有り得ない者を見るような目で瓢を見た。


「急がないと、大変なことになるんだ。アイツらの中には、加速度的に被害が増していくような奴も居る」


「……つまり、何が言いたい」


 瓢は唇を噛み、一瞬の逡巡の末に答えを出した。


「勇だけを残して、僕たちは向こうの応援に向かう」


「ふざけるなよ」


 ハスターが怒りを露わにし、その肉体を覆うように風が渦巻く。


「安心しろ」


 老日は苛立つハスターを一瞥もせず、クトゥルフを見下ろした。


「俺一人ですら、十分だ」


 老日に刻まれた無数の術式が一斉に起動していく。一瞬にして魔力が膨れ上がり、ハスターは目を見開いた。


「戦闘術式、肆式」


 完全な戦闘態勢に入った老日に、ハスターは苛立ちを収めて頷いた。


「良いだろう。好きにするが良い」


「うん、悪いけど」


 瓢は余裕なく言い捨て、二人を連れて何処かに消えた。


「悪いが、そういう訳だ」


「問題ない。これ程の戦士を連れて勝てなければ、それは俺の問題だろう」


 二人残った勇とハスターは、クトゥルフとその眷属たちを見下ろした。

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