Hot or cold?
ぐちゃり、再び肉が潰れる音が鳴る。
「グォオオオ……グォオオ……」
血だまりに変わったパワーに背を向け、オーガは苦しそうに唸る。この強化状態はオーガにとってもかなり無理のある状態だ。おまけに、解除することは出来ない欠陥品でもある。
「グォ……?」
故に、急速に死が迫っている中で次の獲物が自分から殺されに来ているのを見つけたオーガは凶暴な笑みを浮かべた。
「グォオオオオオオオオオッッ!!!」
「何でバレッ!?」
組織の魔術士によって透明化されていた男が、振り回された棍棒に驚きながらも、棍棒は男の頭を擦り抜けた。
「あ、あっぶね~……俺じゃなかったら死んでたっしょ、これ」
後ろで黄色い髪を結んだ男は、黒い仮面の一員だ。
「キー、警戒は怠るなと言ったろう」
「んなことより、見られてるならどうすんすか? フィックス」
追加で現れたのはオレンジ髪の男。当然、黒い仮面だ。
「お前の異能で逃げながらどっかの部屋に誘導しろ。そしたら、俺が『固定』してやる」
「……クソ怖いけど、おっけー」
あらゆる場所を素通りし、あらゆる門に鍵をかけられる『鍵師』のキー。そしてあらゆるものを『固定』できるフィックス。
普段からコンビで動いている二人は、練り上げられた連携力で作戦を実行することにした。
「ほーら、鬼さんこっちぅぉ!?」
振り下ろされる棍棒はキーの肉体を擦り抜け、地面に直撃する。それだけでアジトが大きく揺れ、地面に大きな穴が開いてしまった。
「でも、丁度良いッ! こっちに……って、あれ?」
穴から落ちて尻もちを着くキーだが、オーガが着いて来ていないことに気付く。
「グォオオオオオオオオオッッ!!!」
「チッ、こっちに来たか」
フィックスは冷静に自身の周囲を全て固定する。振り下ろされた棍棒は固定された空間に直撃し、硬い音を立てて弾かれる。
「グォオオオオオオオオオッッ!!!」
「耳が潰れるな……仕方ない、完全固定だ」
音も、光も、そこに固定された。何物も通さないその固定は、中から外の様子を伺うことすら出来なくなる。それどころか、呼吸もいつかは持たなくなる。
「……………………そろそろか?」
鍵師の異能を持つキーが死んでいることは無いだろう。そう考え、異能を解除したフィックスは想像だにしていなかった光景を目にした。
「……は?」
そこにあったのは、全てが氷漬けになった世界だった。目の前で氷像と化しているオーガとキーに、フィックスは取り敢えず固定の異能をかけておいた。
♢
山に近寄る二つの人影。どちらも歳は若く、警察の制服を身に纏っている。
「周辺に敵は居なそうですが……全貌が見えてきましたね」
「おっ、本当だ……なにこれ?」
一人は白い髪に青い目の少女、一人は黒髪の地味な少年。二人は剥き出しになり半壊している山の中のアジトを見つけた。
「凄い有様だけど……華凛ちゃんがやったのかな~?」
「そうですね……一体、何が起きてるんでしょうか」
取り敢えず、と前置きをして白雪は右手をアジトの見える山に真っ直ぐ伸ばした。
「一旦、全部止めちゃおっかな」
白雪がその細い指を露出した天能連のアジトに向ける。指先から冷気が迸り、氷の結晶が舞い、ピシリと音がしたかと思うと……見えている範囲のアジト全域が凍り付いた。
「良し、これでイージーでしょ!」
「流石の規格外さですね……白雪特別巡査」
楽しそうにアジトに向かって行く白雪に、章野は感心したような呆れたような表情で付いて行った。
♢
赤い粘性体の怪物、向こう側の見えない不透明なスライムは、悠々とアジトの下層を這い回っていた。そのサイズは最初よりも増しており、今も次の餌を探している。
「ギャハハッ、見つけたぜェ!」
「さっさと済ませるよ、ブレイズ」
赤髪の男と、黄髪の若い女。ブレイズとレクト、どちらも黒い仮面のメンバーだ。
「『火炎』ッ!!」
「『電磁』」
炎が両腕から放たれ、二頭の龍のように空を舞いながらスライムに向かって行く。そして、その間を抜けていくのは電撃。一瞬の発光と共にスライムに着弾するも、ダメージは無い。
「私の攻撃、効いてない……?」
唖然とするレクト。その間に二頭の炎がスライムに食らいつく。しかし、それも効果は無い。
「ギャハッ、なるほどなァ……火力が足んねェかァ」
ブレイズはニヤリと笑い、親指で後ろを指差した。
「下がってろ。オレが最大火力で焼き尽くす」
「わ、分かった……」
強化された脚力で後ろに下がり、電磁バリアで自身を守るレクト。その様子を見たブレイズは頷き、片手をスライムに向けた。
「スゥ……ハァ……」
深呼吸をするブレイズ。その息からは火の粉が散り、炎が混じる。
「来たぜ、最大」
ブレイズの体が赤く光り、全身から炎が漏れる。
「燃え朽ちろッ、クソスライムッッ!!!」
溢れ出した炎が周囲の壁や地面を溶かし、空気を焼き焦がしていく。そして、突き出された右手に集約されていく炎熱。皮膚が熱に耐え切れず、手の平から僅かに溶けていく。
「『過炎』ッッッ!!!!」
そして、炎が放たれた。青色に染まった炎は全てを焼き焦がし、溶かし尽くしながらスライムに向かって行く。




