潜入捜査
♦……side:赤咫尾
夜の東京の中に堂々と立つ灰色のビルの中に、俺は堂々と入り込む。
「すみません、こちら関係者以外立ち入り禁止となっておりますので」
入って直ぐの狭いエントランスで立ち塞がった警備員の男。俺は周囲を確認し、監視カメラを見つけた。
「あー、プロージから伝言を預かってるんだけど? ボヤンって居ない?」
「なるほど……確認して参ります」
男が奥へと消えた瞬間、俺は監視カメラの足下。死角に入り込み、ポケットから取り出した道具をカメラに向けた。これで監視カメラの映像は固定された。
俺はそのまま直ぐに鍵の閉まった扉を開錠して奥へと進み……
「ぐッ」
まだ廊下を歩いている警備員の男の背後まで忍び寄り、首筋を打ち、気絶させた。音が立たないように体を支え、ゆっくりと地面に倒し、香水のような見た目の容器から液体を鼻に垂らす。これで暫くは起きない。次に警備員の制服を剥ぎ取り、それに着替える。
(記憶の金属板、後四回は使えるっすね)
男の額に金属製の板のようなものを当て、その記憶を写し取る。直近一日程度の記憶しか写せないが、十分な筈だ。俺はその板を自分の額にも当て、記憶を同期した。
(髪型はこんな感じっすかね……)
「『顔面の整形』」
顔の形が変わり、完全にこの男と同じものになった。
「『不知不見の帳』」
仕上げの魔術を発動すると、透明な何かが壁際に倒された男を覆い隠した。
(次の角を曲がった先にある大部屋。その奥に隠された地下への階段を行けば、転移陣っすね)
俺は躊躇なく廊下を進み、明らかに何人も人が居る大部屋に入った。
「あ? 警備はどうした? まだ交代の時間でもねーだろ」
「そうなんですけど……ちょっと、伝えたいことが」
赤いソファに座り込むリーダー格の男を、俺は手招きして呼び寄せる。他の奴らはチラリと一瞥するだけで話しかけてくる様子は無い。
「他の方にも話すかはお任せするんですが……」
俺は何の気なしに選んだように地下への階段がある奥の部屋へと進み、扉を閉める。
「ここを通り道にしていたプロージさんが、どうやら音信不通との報告を受けまして……」
「は? 誰からだよ」
「それが……」
俺はポケットから何かを取り出すフリをしてハンカチを地面に落とした。男の視線が下を向いた瞬間、顎をかち上げて気絶させる。
(舌は……噛んでないっすね)
次はこいつに変装して、組織の内部まで入り込む。ここに居る奴らにはちょっと本部まで行ってくるとでも報告しておけば暫くはバレないだろう。
「ん、んんっ、あ~」
声を低くしつつ、俺は男の鼻辺りに香水の容器からピンク色の液体を垂らした。
♢
天能連のアジトを歩きながら、俺は周囲の情報に聞き耳を立てる。
「異能が……個以上……かも……黒い仮面が数人がかりで……」
来た。俺は不自然じゃない程度に歩く速度を緩め、視線を向けることなく話に耳を傾ける。
「マジかよ? 名前は?」
「花房華凛とか言った筈だ。何か異世界から来たとかどうとかって話もあるが、俺も詳しくは知らん」
確定だ。既に花房は天能連と接触している。だが、その生死や現在地についてまでは分からない。
(話しかけても良いっすけど……まだリスクを取るのは早いっすね)
話しから察するに、既に戦闘は終わっているように思える。死んでいた場合は焦ったところで手遅れで、生きていた場合は洗脳処理や実験対象になっている可能性が高い。どちらにしろ、焦ってリスクを取る意味は薄い。
「ほーん……まぁ、それがこっちの戦力になるのはデカいな」
「デカいどころの騒ぎじゃないだろ。個人で千以上の異能を所持してる存在だぞ? 上手く使えば日本を手中に収めるのも夢じゃない」
あー、洗脳パターンっすね。だったら、もう少し情報を取って救出が難しそうなら一旦帰還っすかね。
「かも知れねえけど、この組織ってそういう目的でもねぇんだろ?」
「っぽいけど……どうなんだろうな。上の考えてることなんて一切俺らには伝わってこないからな」
とは言え、花房華凛が敵対化するとなったら相当危険っすね……洗脳を解除するにしても一度無力化する必要はありそうっすから、それだけの戦力は必要になるかも知れないっす。
いや、冷静に考えて花房華凛を殺さずに無力化出来るような人材って居るんすかね……? そもそも、花房は精神干渉系の能力を無効化する異能も持ってる筈っすけど……いや、天能連のボスの異能は無効化って聞いたっすね。それで能力を消されてから洗脳されたって感じっすかね。
取り敢えず、花房の場所を発見したいところっすけど……多分、地下房っすよね。
写し取った記憶で大体の構造は理解してるっすから、ルートは分かるっすけど、もし変装に気付くような敵と出会えば流石に終わるっすからね。慎重に出来るだけ人と出会わないように進む必要があるっす。
(こっちの道からは気配がしないっすね……)
俺は迂回するようなルートで地下房へと向かって行く。
「――――珍しいな、プラス」
背後から声をかけられた。その存在に気付いても尚、一切の気配を感じ取れない。




