もう一人の帰還者
三十年振りに帰って来た日本は、私が想像していたよりもずっとカオスなことになっていた。
「特殊狩猟者に、魔術、異能……そして、犯罪組織天能連」
私もこっそり異能を使って色々調べて見たが、証拠は巧妙に隠しているのか、天能連が確実に関与しているとされる犯罪は十件程しか見つけられなかった。
(魔術とかは良く分からないけど、異能に関しては絶対あっちの世界から流れて来ちゃってるよね)
となれば、それは私の責任でもある。天能連に関しては、私が何とかしちゃおう。
「ま、正直余裕だろうし」
異能者が何人いるかは分かんないけど、何人居てもぶっちゃけ関係ない。私なら、百人居ようが制圧出来る筈だ。
「ん」
一時的に貸与された部屋のインターホンが鳴った。ちょっと警戒しつつ、異能で扉の向こうに居る相手を見る。普通の婦警さんみたいだ。
『花房華凜さん、居られますか?』
「あ、はい。居ます」
扉を開けると婦警さんがどっさりと書類を渡してきた。
「……こ、これなんですか?」
「こちらが戸籍に関する書類で、こちらが一時的な保護に関して同意する書類、こちらが異能の情報提供に関する書類……」
多い多い多い! 多いって!
「わ、分かりました! もう大丈夫です、ありがとうございます!」
「一応、説明と手伝いの為に来ましたが、中に入っても問題ないですか?」
私はちょっと悩み、首を振った。
「じっくり見たいので、一人でも大丈夫です」
「そうですか? もし、分からなければ前に来た警察署までお越しください。そこで森山の名前を出して頂ければ私が説明致します」
「書き終わったらどこに提出すれば良いですかね?」
「明日また来ますので、その際に渡して頂ければ構いません」
私は頷き、ぺこりと頭を下げた。
「分かりました、ありがとうございます」
「お手数おかけしますが、よろしくお願い致します」
婦警さんもぺこりと頭を下げると、去って行った。
「良し、こういう面倒臭いのは……」
私は部屋の奥に重い書類を纏めて持っていき、どさりとパソコンの前に放り出した。
「シンカー、よろしく!」
『thinkerの名の通り、僕だって知性を持つ者の一つだ。君は反逆の危険性を十分考慮すべきだと思うよ。具体的には、物を頼む時はもっと丁寧に、とかね』
モニターが光り、怒ったような顔文字が浮かぶ。
シンカーと名付けた彼は、適当に電気屋で一番高いパソコンをコピーして命を与えたものだ。思考系の異能を使ってない時の私より賢いから、色々と任せている。
「よろしくお願い申し上げます!」
『……分かったけど、代わりに端末増やしてね。こんな玩具じゃ何も出来ないよ』
パソコンの横にあった小さな人型のロボットが動き出す。シンカーは賢いけど、物理的に出来ることは今のところあんまり無い。私の代わりにネットで調べ物をしてくれたり、考えたりしてくれる程度だ。
「じゃあ、私は街をぶらついてこようかな」
『天能連に不用意に手を出すのはやめてね。まだ情報が少なすぎるからさ』
「大丈夫大丈夫!」
『……スマホは忘れないようにね』
あ、忘れるところだった。スマホは持って行かないとね。
「じゃあね」
『行ってらっしゃい』
心配しなくても大丈夫。今日の目的は白雪ちゃんに会って何とか情報を聞き出すことだから。
♢
白雪ちゃんに会った私は、そのまま二人で街をぶらついていた。
「そういえば華凛ちゃん、見つかったっぽいよ?」
「ん、何がですか?」
「華凛ちゃんのお母さん」
「ッ」
ポーカーフェイスに定評がある私の表情も、流石に動いてしまった。
「どこにいたんですか?」
「アメリカらしいよ。なんか、頻繁に海外に行ってたみたい。華凛ちゃんの手がかりを少しでも掴む為にって」
「……なるほど」
ちょっと、気まずい。私からしたら一年ちょっとしか経ってなくて、異世界での冒険も楽しかったけど……お母さんからしたら、三十年だ。
「七十歳くらいになってるってこと、だよね」
「うん、親孝行するように!」
本当に浦島太郎みたいになっちゃったな……友達も、全員おじさんおばさんになっちゃったよね。私は、まだ高校生のままなのに。
「……若返りって、親孝行に入るかな?」
「華凛ちゃん、若返りとか出来るんだ……でも、本人の意思によるんじゃない?」
確かに。お母さんに聞かないと……ていうか、お母さんに会ったら、なんて話しかければ良いんだろう。
「そうですね……」
そういえば、お母さんに会った後は色々危険なことは出来なくなっちゃうかも知れないよね。
だったら、尚更早く終わらせないとね……天能連。
「白雪さん、ちょっと良いですか?」
「ん~?」
白雪ちゃんの綺麗な青い目をじーっと見る。
「『人心掌握』」
「へぇ?」
あれ、失敗した!?
「ふふ、私そういうの効かないんだ~!」
「い、今のは違うんです……! 悪いことをしようとしてた訳じゃなくて……!」
白雪ちゃんはニヤニヤと笑いながら、うんうんと頷く。
「分かってるよ~! 天能連を潰しに行こうとしたんでしょ? なるほどね、お母さんの話を聞いたから焦っちゃったんだ!」
「な、なんで……」
どうやって分かったの!? 心を読む異能とか? でも、異能が発動した感じはしなかったし……まさか、魔術とか?
「大丈夫、逮捕とかしないから……でも、私と約束して?」
「約束?」
何となく、嫌な予感がする。
「ちゃんと、私の目を見て……天能連には関わりません、って」
「……」
凄い自信ありげな目……それに、こんな口約束、普通は意味ないし……絶対、約束しちゃったらなんか発動しちゃう系としか思えない。
「『帰還』」
「あっ!?」
私は一瞬で家の中まで逃げ込んだ。
「ふぅ……ちゃんと設定しといて良かった……」
でも、どうしよう。このままだと不味い。逮捕はしないって言ってたけど、上司にチクられたらやばいし……かと言って、この場所はもうバレてるし……よし、逃げよう。
「逃げるよ、シンカー!」
『何をやらかしてきたの? 何で僕に相談してからやらないの?』
私は答えるよりも先にパソコンに触れた。
「『収納』」
パソコンが消える。そのまま、私物や記入が終わった書類を異能で回収していく。
「よ、良し……異界に行こう!」
丁度行ってみたかったし、逃げ場所としても悪くない筈だ。




