巣
家の中の魔物を駆除し終えた俺は、出口の方へと向かう。
「映像を残さなきゃいけないんだろ? そろそろ頼んでも良いか?」
「はい……分かりました」
どこかボーっとしたように都栖は頷き、自身の胸に取り付けられた機械のようなものに触れた。
「ん……待てよ」
俺は玄関に辿り着いたところで、気付いた。
「囲まれてるな」
「囲まれて……ますね。普通はこんなこと、無い筈なんですが……どうして」
こいつらの気配は特殊で、希薄だ。故に、気付くのは難しいだろう。アンデッドというか、霊体ではあるが真の意味で霊体では無い。何と言えば正しいか、仮初の霊体でも言えば良いか?
「気配察知は得意なのか?」
「……いえ、これです」
都栖は腕に付けた時計のような円形の盤を見せる。そこまで大きくないそれは、ソナーのように周囲の敵の位置を赤い点で表示している。
「霊体を探知する専用の道具です。普通はこういうのが無ければ、この異界を攻略するのは難しいんです」
「なるほど、便利だな」
俺は剣を構え、玄関に揃えていた靴を履いた。
「ま、待って下さい! どうする気ですか!?」
「倒す以外無いだろう。試験だしな」
都栖は俺の腕を掴み、焦ったように止める。
「言っとくが、ここで待機してる方が……危険だ」
「ッ!?」
俺は腕を掴んでいた都栖を引き寄せ、その背後から迫っていた霊体を貫いた。
「さっさと出るぞ」
「ッ、分かりました」
俺はいつの間にか修復されていた扉を剣で貫き、その前で待機していた霊を消し飛ばす。
「勢揃いって感じだな」
「これだけの敵意、異界に危険視された? いや、そんなことは……」
外に出ると、囲み込むように沢山の人間が立っていた。不安定に揺れる無数の目が、俺を睨みつけるように定まっていく。
「しかし、なるほどな……中々、胸糞悪い異界だ」
「それは、どういう……」
俺は鍬を持って飛び掛かって来た年寄りを斬り殺し、地面を睨みつけた。
「こいつらは、この村を生きていた人間……その残影って訳だ」
「残影?」
俺は頷き、背後から飛び掛かった子供を切り裂く。だが、これは真の意味で浄化出来ては居ない。
「多分だが、ここは異界だが異界じゃない。異界という殻を利用された巣だ」
「すみません……正直、良く分かりません」
真実に近付いている俺に焦ったのか、一斉に残影達が動き出した。
「ッ、来ます!」
「あぁ、出来るだけ自分の身は守れよ」
俺は近付いて来た奴から斬り飛ばしていく。間髪入れず迫る残影だが、聞いていた通り戦闘能力は高くない。はっきり言って余裕だ。
「私にもッ、これがあります!」
都栖は黒いブレードで残影の頭を斬り飛ばすと、そのまま小さい瓶を地面に叩き付けた。地面に落ちた残影の頭は再生することなく、広がった青い液体に溶けて消えていく。胴体も、足から同じように消える。
「聖水か」
「そうです! 高いですが、流石に使い時でしょうッ!?」
実はそうでも無いが、自分の身は守れと言ったのは俺だからな。黙っておこう。
「その聖水の上に立って置いた方が良い。どうせ、狙いは俺だ」
「でも、流石にこの量は……」
俺は矢継ぎ早に襲い掛かる残影を次々に斬り飛ばしていく。一応、触れられないようにだ。
「なん、ですか……貴方は」
「ハンターだ。今から五級に昇格する予定のな」
一分も経たない内に全ての残影を斬り終えた俺は、地面に剣を突き立てた。
「さっさと出てこい。苦しんで死にたくないならな」
「老日さん、何を……」
都栖が怪訝な目を向けた瞬間、足元が揺れた。
「来るぞ」
「きゃッ!?」
俺は都栖を抱え、飛び退いた。
「なんです、か……これ……どうなってるんですか?」
震えた声で聞く都栖。その視線の先には、地面から飛び出し、空を羽ばたく巨大な黒い怪鳥が居た。
「こいつが諸悪の根源だ。村の人間の魂を縛り付け、好き勝手に利用していた、巣の主だ」
「巣の主……」
見上げる都栖。怪鳥の顔は笑う老爺のように不気味に歪んでいる。目は赤く、強い瘴気を感じる。
「――――クケケケケケケケケケ」
怪鳥が羽を広げ、老爺のようにしか見えない顔を歪め、口を大きく開ける。
「クケェエエエエッッ!!!」
そこから、青い妖力の炎が猛烈な勢いで吐き出された。
「後ろに居ろ」
「ッ、信じます!」
俺は剣を構え、迫る炎とその奥の怪鳥を正面に捉えた。
「消え失せろ」
剣を振る。強い光が溢れ、刃となって放たれる。それは青い炎を斬り裂いて進み、その奥の怪鳥の体を真っ二つに両断した。
「い、いちげき……?」
地面に落ちていく体からは大量の瘴気が溢れ出すが、断面から焼いていく光が直ぐにその瘴気ごと消し飛ばした。
『――――ありがとうございます』
どこからか声が響いた。
『やっとお天道様のところに逝けます……』
『迷惑をかけました……』
『ありがとうね! 私もお母さんのところ行けるよ!』
さっきまでの仮初の霊体の浄化では無い、本当の浄化……いや、成仏だ。昇っていく魂を見送り、視線を下ろすと、そこには廃れた村の姿があった。
「……あの、異界は?」
「消えたな」
都栖はギギギとこちらを向いた。
「これ……どうします?」
「監督責任、だな」
都栖は俺の背中を思い切り叩いた。




