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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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若星 瑠奈

 帰った俺はそのまま中学校まで歩き、先生に通報してもらった。それから暫くすると大量の警察がやってきて、俺に色んな質問をした。だが、どれもが俺を気遣うような朧気な質問で、核心に辿り着かれることは無かった。


「辛いと思うけど、頑張って生きてね。きっと、いつかは良いことがあるから」


 特に親切にしてくれた警察は、最後にそう言い残して去って行った。ハンドルにはきっと指紋が残っていたし、アクセルを蹴りつけた跡も残っている筈だが、俺に容疑が向けられることは一度も無く、この事件は事故として処理された。


「おはよ、勇」


 この場所を去る前日。最後にいつもの場所を訪れると、何も伝えていないのに瑠奈がやってきた。


「多分さ、そういうことだよね」


「……さぁ」


 言葉を濁したが、それは殆ど答えのようなものだった。


「あはは、何を伝えれば良いんだろうね」


 困ったように笑う瑠奈は、真っ直ぐ俺の方を見た。


「ありがとう」


「なに、が」


 思ってもいなかった言葉に、俺は一瞬混乱した。


「私の為に、勇が頑張ったから……私だけは、ありがとうって言わないとね」


「別に、瑠奈の為なんて言ってない」


 瑠奈はにやっと笑い、俺の頬をつねった。


「分かりやすいね~、この顔は~!」


「おい」


 俺は瑠奈の手を引きはがし、溜息を吐いた。


「俺は、人殺しだ」


「うん」


 俺は何を言うべきか、必死に考えて言葉を紡ぎ出した。


「もう、明日にはここを出ることになってるから……俺のことは、忘れて欲しい」


「無理だよ」


 瑠奈は、即答した。


「勇のこと、好きだから」


 俺は、何も答えられなかった。代わりに、ポケットから星型の髪飾りを取り出した。


「……星?」


「俺は、居なくなるから。代わりに持ってて」


 いつどこで手に入れたかすら覚えていないものだが、何故か捨てられずにずっと持っていたのだ。だが、きっとここで渡す為に持っていたのだろう。


「大事に、するね」


「大事には、しなくても良い」


 俺がそう言うと、瑠奈は怒ったような笑ったような顔をした。






 ♦




 ぽつぽつと語り出した瑠奈。


「勇が遠くに行ってから、時間が経って皆元通りに接してくれるようになったよ」


 両親が死んだ時、学校中でその話ばかりされていた。もしかすれば、その話に呑まれて変な噂など忘れられたのかも知れない。


「それから、中学校を卒業して高校に通って……二年生の頃、異界接触現象が起きたよね」


 瑠奈の言葉に頷きはしなかった。俺はその異界接触現象を味わっていないからだ。


「連続する異界の発生に、魔物の氾濫。混乱の中で、私はある人から魔術についてちょっとだけ教わって……ほんの少しだけ、魔術が使えるようになったんだ」


「魔術か」


 となれば、この若さは魔術で維持してるのか? そうは見えないが。


「それからね、異界の中に呑み込まれちゃった」


「……異界の中に、か」


 聞いたことのある話だな。黒岬も、ダンジョンに呑み込まれたって話してた筈だ。それに、犀川が前例があると言っていたのは、もしかすれば瑠奈のことかもしれない。


「時空間の乱れた特殊な異界の中で閉じ込められた私は、その中で暫く過ごしたよ」


「そういう、ことか」


 内部では時間の経過しない特殊な異空間。そういうのを作り出す魔術もあるが、瑠奈の場合はそれと同じ性質を持った異界に落ちたって話か。


「暗い石の部屋みたいなところにずーっと閉じ込められてたんだけどね? さっきも言った通り、私は魔術をちょっとだけ使えたんだ」


「……ずっとってのは、どれくらいだ?」


 我慢できずに聞くと、瑠奈は一瞬硬直した後に、ふっと笑った。


「分かんないなぁ。数年だったかも知れないし、数十年かも知れないし、もしかしたら百年くらい居たかも知れないし……でも、長かったよ」


「……そうか」


 こういう時に、かける言葉が思いつかないのが俺のダメなところなんだろう。


「その長い時間の間、私はずっと魔術を試してたんだ。怪我しても直ぐに治るって分かったから、自分の体を触媒にしてみたりね」


 自分の体を触媒に、か。


「途中、頭がおかしくなりそうにもなったし……実際なってたかもだけど、でも、勇がくれたこの子のお陰で耐えられたんだ」


 そう言って、瑠奈は頭の髪飾りに触れてみせる。


「偶にね、この子から伝わってくるの。勇が私のことを思い出してくれてるのが」


「……それは」


 確かに向こうに行ってからも何度か思い出すことはあったが、それが伝わるとは思えない。


「勘違いなんかじゃないよ。だって、一緒に魔力も伝わって来てたんだから」


「……そういうことか」


 心当たりがある。聖剣を抜いた俺の力だ。戦闘中、魔力や気を纏めて仲間に送ることがある。溢れる余剰な魔力を無駄にしない為に、それを必要としている者に自動的に送られるんだが、それが聖剣から髪飾りを通じて瑠奈に送られていたんだろう。


「それでね、その部屋の中で……ずっと私、頑張ってたんだ。教わった魔術の知識でどうにかしようって、頑張って、研究して、実験して……使えるようになったの」


 瑠奈が指を鳴らすと、黒い星の海が現れ、龍のように宙を舞う。


「固有魔術、か」


「そう、私の固有魔術(オリジナル)。綺麗だよねぇ」


 自分の魔術をうっとりするように眺める瑠奈。宙を舞うそれは、空中で展開し、伸び広がり、空の一部を覆って星空となった。


「私の魔術はね、全てを呑み込んで、バラバラに宇宙に飛ばしちゃうんだ」


「転送か」


 黒い液体の波。そこに映る星々は見かけだけでは無いらしい。宇宙そのものを切り取って操るその力は、固有魔術の中でも上澄みと言えるだろう。


「でもね、あの時の私がこれを使えたのは勇のお陰なんだよ? 勇の魔力が無かったら、この魔術は使えなかったから」


「確かに、割と魔力は食いそうだな」


 明らかに燃費が良さそうには見えない魔術を、見習い程度の魔術士だった瑠奈が使うのは本来不可能と言っても良いだろう。


「私が若いままなのは、これが理由」


 肉体的にも社会的にも成長することは無く、魔術の面だけが成長した瑠奈。確かな理由を話し終えた瑠奈は、僅かな笑みを湛えて俺を見た。


「次は、勇の番だよ」


「あぁ、そうだな」


 一体、どこから話そうか。

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