血骨翅
背中から生えた八本の赤い骨はまるで翅のようで、宙に浮かぶ満月を背後にはためいている。
「『血骨翅』」
ニヤリと笑い、セッシは続ける。
「それがこの形態の名前さ。僕はニオス様が作った子供たちの中でも、自分の構造を変化させるのが得意だからね」
「つまり、他にもお前みたいな奴が居るのか?」
セッシは笑みを浮かべたまま頷いた。
「居るよ。一応、あと七人くらいね。その内の数人はもう居なかったり、まともに運用出来なかったりするみたいだけど……でも、僕はその中でもアタリだね」
「アタリ?」
相手が形態を変化させた以上、時間は稼げるだけ稼いだ方が良い。相手の能力を観察するのに加えて、待っていれば他の仲間も助けに来てくれる可能性がある。
「そう、アタリさ。僕は正直……ニオス様に対して忠誠を誓ってる訳じゃない。ニオス様が作った子たちの中では、唯一かな?」
「だったら、何でお前はオレの前に立ち塞がってるんだ?」
「そりゃあ、一番はニオス様の命令だよ。眷属である以上、僕はニオス様の命令には逆らえないからね」
「支配下にあるから、仕方なくって話か?」
セッシは浮かべていた笑みを消し、頷いた。
「そもそも、僕達は最初からニオス様に忠誠心を植え付けられてるのさ。だけど、僕は能力で感染させた相手の体を元に復活ってことが出来る。そうして蘇生した時にその忠誠心だけがどういう訳か剥がれ落ちた」
「つまり、お前は殺して良いんだな?」
「凄いね。今の話を聞いて、真っ先にそれを聞いて来るなんてさ」
呆れたように肩を竦めるセッシ。
「まぁ、そもそも僕を気遣う必要なんて無いよ。別に、僕は君たちの味方でも無いし、今こうして戦ってる最中も、ただ自分の享楽として楽しんでるからね」
「だが、お前はニオスを敵視してるだろ?」
セッシは、迷うことなく頷いた。
「その通り。僕はニオス様には死んで欲しいんだ。ニオス様に植え付けられた忠誠心が消えたのは幸運だったけど……支配までは消えていない。僕はさっさと解放されて、自由に生きたいんだよ。世界各地を好き勝手に回ってみたいし、異界島ってのも行ってみたいし……色々、やってみたいことが山積みなのさ」
目の前の吸血鬼は、人間らしく夢を語って見せた。
「僕は、ニオス様の目的なんかどうでも良い。この世界から悲しみを無くすとか、平和にするとか、全く以って興味ない。僕が楽しめればそれで良いのさ」
「……大体、お前のことは分かってきた」
こいつには、善も悪も無い。良くも悪くも純粋な奴だ。価値観は、きっと人間とはズレてるだろうが……人間じゃないオレには関係ねぇ話だ。
「まぁ、そういう訳で……さっきはニオス様の命令って言ったけど、今君の前に立ち塞がってるのは僕の目的を果たす為でもある」
「ニオスを殺すって目的か?」
だとしたら、オレの妨害をするのは悪手に思えるが。
「はっきり言って、老日勇以外はニオス様の相手にはならないからさ。守られるだけの弱者は、邪魔になるだけだよ」
「確かに、それはそうかもな」
ボスとオレ達は、次元が違う。ボスが本気を出せば、オレ達は何の手助けも出来ないどころか、邪魔になるだけだろう。
「だからこうしてこの庭園に隔離してる。僕に与えられた命令は襲撃者の相手をすること、それだけだからさ。隔離とは言っても、仮にアイツらに殺されそうになっても助ける気は無かったよ。積極的に殺そうとは思わないけどね」
アイツらってのは、最上位吸血鬼の奴等か。
「だが、それでも数が居るってのはそれだけで得だ。幾らボスでも、体は一つしか無いからな」
「数が増えたところで、何か出来ることがあるとは思えないけど?」
オレはセッシの言葉に首を振った。
「バラカとアカシアを解放する」
「……なるほどね」
セッシはまた笑みを浮かべ、オレを見た。
「作戦は分かったけど……君達にそれが出来るかな?」
「それくらい出来なきゃ、オレが居る意味はねぇってだけだ」
ボスにこんだけ強くしてもらったんだ。それくらい出来なきゃ、意味がねぇ。
「そっか……そうしたいなら、僕を殺さないとね」
「あぁ、殺してやるよ」
二体のオールドの姿が消え、空中のセッシを挟むように現れる。
「剣士が空中戦を挑むなんて本気かい?」
前後から振るわれるオールドの剣。背後からの斬撃はセッシの背から生えた骨が重なって受け止め、正面からの斬撃は腕が変化した骨の刃で受け止めた。
「……なるほどな」
背中の骨は刺突用、腕の骨は斬撃用か。背中の翅みたいな骨は、三本程度で重ならなければオールドの剣を受け止められなかったところを見るに、籠められる力は腕の骨ほど強くないんだろう。
「オールド」
二人を呼び寄せ、手前まで戻す。
「守りの姿勢に入って大丈夫かな?」
セッシの翅が凄まじい速度で伸び、柔軟に動いてオレに迫る。
「確かに速いが、オレの眼があれば防御は可能だ」
迫る八本の骨。六本はオールドが弾き、残り二本はオレが棍棒を振るうと避けた。
「そんなとこから攻撃したところで、オレは殺せねぇよ」
「そうみたいだね」
攻撃の性質が刺突である以上、攻撃間隔は斬撃よりも長い。一度突き出して、また引いてから突き出す必要があるからな。
「じゃあ、これならどうかな?」
セッシが両腕を広げると、体の至る所を食い破って赤い骨が飛び出した。
「変わらねえよ……ッ!」
射出された無数の骨。それらはオールドだけで十分に対処できるものだったが、同時に背後に転移してきたセッシの刃が迫っていた。




