霧を呑み込むは
俺を人質にしようとした吸血鬼は、霧になった瞬間に自身を覆う影に呑み込まれて消えた。
「もう、殆ど流れ作業ね」
「黙れ獣の血ぐはァァッ!?」
メイアに襲い掛かった吸血鬼が燃える細剣に切り刻まれる。
「カァ、あっちも終わりそうだな」
巨大な銀の奔流が氷の巨人の頭を消し飛ばし、残った胴体を黄金の斬撃が両断する。
「フハハッ、隙有りぐわぁあああッ!?」
「カァ、見えてんだよ」
透明化して近付いていた吸血鬼に雷が落ち、崩れ落ちたところを影が呑み込んだ。
「……勝ったな」
流石に今からフラグを立てても巻き返しは無いだろう。
「しかし、妙ですよね。高位吸血鬼だけで攻めて来るなんて……全員、強化されてる個体の様ですから、戦力の無駄な消費だと思うんですけれど」
「単純に、こっちの戦力を確かめに来たのか……はたまた、何かの時間稼ぎか」
どちらにしろ、この高位吸血鬼は向こうからすれば戦力にも入らないほどの存在でしか無いのだろう。そうでなければ、ここまで雑な捨て駒にはしない。作戦も何もない正面戦闘だったからな。
「まぁ、何でも良いか」
何か企みがあるのかも知れないが、何とかなるだろう。
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暗い館の奥で、男が息を吐く。
「全く、最初から最後まで使えない奴等だった」
「ニオス様の力をお借りしてもあの程度とは、呆れる他ありません」
一人の男から、二つの声がする。奇妙な光景。しかし、それを観測する者は誰も居ない。
「ふぅむ……あの男は最後まで力を見せなかったな」
「あそこまでの危機的状況に陥っても余裕そうにしていましたから、かなりの実力者かと思われます」
「そうだね。あの男だけに力を隠させたということは、奴が持つ力が切り札足り得るものである可能性は高いだろう」
「俺もそう思います。確かに奴らはかなりの戦力を持っていますが、それでもこの館を超えられる程では無いですから」
一つの口で会話する男。そこにある魂は、確かに一つでは無かった。
「まぁ、何でも良いとも。どうせ、もう直ぐだ……あぁ、もう少しだ」
「そうですね。もう少しで、俺達は完成します」
ただ、待ち遠しそうに二人は言った。
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南の最果て、氷の大地。極夜異界と呼ばれるその場所は、ドーム状のオーロラに覆われていた。
「しかし、落ち着いて見るとかなり綺麗だな」
偶に魔物が襲い掛かっては来るが、使役されている魔物はさっきので終わりだったようで、そこまで忙しくは無い。
「ここが異界で無ければ相当な観光名所になっていたでしょうね」
「だが、異界じゃなきゃこの景色はねぇって訳だな」
力ある者だけが見れる景色と言うのは少なくない。向こうでも、眼を見開くほど美しい場所と言うのは幾つもあった。だが、大抵の場合そこに行ける程の力を身に着ける為の労力は、その美しさに見合わない。
「……館が見えて来たな」
その館は隠れる訳でも無くそこに聳え立っていた。
「ここまで近付いても、何も仕掛けてこないか」
せり上がった氷の大地の上に乗った館。十分に視界に入る距離まで近付いているが、誰かが接近している訳でも無ければ魔術が飛んでくる訳でも無い。
「……不気味だな」
とは言え、帰るという選択肢も無いんだが。




