やはり南極か。
南極。その果てにある異界は極夜異界と呼ばれていた。誰も権利を持たない土地で、その上管理も難しい。自ら閉じている異界と言うこともあり、そこには誰も近付くことは無かった。
「あぁ、楽しみだ。最近は、とても楽しみなことが増えて良い。そう思わないかね?」
「俺もそう思います。王よ」
暗闇の中で、声が響く。
「やめてくれたまえ。私達はもう、対等だ。いや、対等どころではない。正に一心同体と言ったところかな」
「そのようなことは、恐れ多いです」
重厚感のある声と、嗄れた声。
「いやいや、折角名も捨てたのだ。君のお陰で、私は理想に近付けた。私と君で、ニオス・コルガイだ」
「……分かりました」
暗い部屋に、光が灯る。
「全く、君は何度言っても頭が固いね。私と君は親友だろう?」
「俺とオッサルは親友です。間違いありません」
「……名は捨てたと言ったろうに」
仄暗い灯りは、一つの人影を映し出した。
「さて、メイアちゃんも遂に実ったようだ。アカシアとバラカの娘、更に仲間も普通では無いと来た」
「楽しみですか? ニオス」
「あぁ、勿論だとも。ニオス」
響く二つの声。しかし、そこには一人の男しか居なかった。どこかに隠れている訳でも無く、本当に一人の男しか居なかったのだ。少なくとも、肉体という面では。
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という訳で、俺達は南極に向かった。流石に日本から南極まで転移で飛ぶと、痕跡は大きく残ってしまう。前のような混乱の最中なら兎も角、平時で使えば俺の存在が露呈する可能性は高いだろう。
「なぁ、老日」
「何だ?」
俺は今、チリ行きの飛行機に乗っていた。折角なので、犀川に協力してもらってパスポートも作った。南極に行くと言ったら怪訝な顔をされたが、まぁ良いだろう。
「お前は何者なんだ? アイツら程の強者を使い魔にしてるなんて、正直やべぇよ」
「……少なくとも、こんなところで話す気は無いな」
「あ、すまん。それもそうだな」
こいつ、随分抜けてるな。ダンピールだからか? 大抵のことじゃ怪我すら負わず、教育なんかも一切受けて来なかったってのを考えると、自然ではあるが。
「もし仮にこんな場所で襲撃されたら相当面倒だぞ。どこに耳があるか分からない」
超高速で飛び回るクワガタムシに襲われるようなことにはなりたくない。
「……確かに、嫌な思い出があるな」
「勘弁してくれ」
経験済みかよ。
「しかし……感慨深いな。遂に、行くことになるなんてな」
「……一人で行こうとは思わなかったのか?」
ギリギリ、その話の全容を晒さないようにしながら俺達は会話をする。
「思ったさ。何度もな。だが、そんな時にあの子の話を聞いたんだよ。こりゃ、ほっといて俺だけ死ぬって訳にも行かねえなって、思ったんだよ」
「……なるほどな」
「まぁ、結局見つけられなかった訳なんだが……やっぱり、俺はアイツらが居ないとダメだな。だからこそ……お前と出会えて、本当に良かったぜ」
「まだ成功すると決まった訳じゃない」
俺が言うと、東方はニヤリと笑った。
「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ。どうせ、失敗すりゃ全員終わりだ。だから、成功以外考える意味もねぇよ」
「……まぁ、そうかもな」
俺も、負けるかもなんて考えながら戦ったことは殆どない。目の前の相手をどうやって殺すか、どうやって勝つか以外、考える意味が無いからだ。特に俺には、敗北が許されなかった。
「俺は、期待してるんだよ。お前にも、その後……アイツらが帰って来て、昔を取り戻せることを。あの子も幸せになって、アイツらも幸せになって……そういう最良を、期待してる」
「その為には、アンタにも働いてもらうぞ。金は全部、アンタ持ちだからな」
「……そうだったな」
俯いた東方から視線を外し、俺は雲の上を眺めた。
♢
チリの首都、サンティアゴ。呼び出した使い魔達と並び、俺達は歩いていた。
「チリ……思ったよりも都会なんだな」
「ここは首都ですからね。チリの人口の凡そ三分の一がここに集まっています」
マジか。凄いな。
「カァ、山に囲まれた都市ってのが面白いな」
「緊張感が無いわね……ここまで来れば敵が待ち構えていてもおかしく無いのよ」
「そうだぜ。それに、スリなんかにも気を付けた方が良い」
とは言っても、スリに気を付ける必要があるのは東方だけだ。
「俺達は財布も持ってない。金の話は全部、アンタに任せてるからな」
「……そうだったな」
東方は俯いて言った。
「それに、今は日中だ。敵が吸血鬼なら、襲い掛かっては来れないだろう」
「確かにその通りですね、主様。では、少し腹ごしらえを済ませてから行きますか?」
そうだな。それも良いだろう。
「チリの飯か……そういえば、チリコンカーンってチリの料理なのか?」
「違います、マスター。チリは唐辛子という意味です。チリパウダーやチリペッパーなど、聞いたことがありませんか?」
確かに、あるな。そういう意味だったのか。
「残りの部分は何だ?」
「コンは単なる接続詞で、カーンは牛肉です」
なるほどな。しかし、俺の記憶にあるチリコンカーンは唐辛子も入っていなかったし、牛肉でも無かった気がするな。まぁ、給食なんてそんなものかも知れないが。
「取り敢えず、適当にどこかに入るか……東方、どこが良い?」
「あぁ、任せろよ。チリは何度か来たことがある。おすすめの店なんかも勿論あるぜ?」
自信ありげな表情を浮かべた東方に、俺達は導かれていった。




