めでたし
怒気と妖気が俺の背後から溢れ、蘆屋に向けられる。
「ほう、この玉藻前に向けて……当てつけのつもりか、小娘」
じろりと睨む大妖狐に、蘆屋は俺の後ろに隠れながら笑った。
「まさか、天下の大妖狐様がこのくらいで怒る訳ないよね? まさかそんなに器が小さいなんて、有り得ないよね!」
「ぐっ、貴様……ッ!」
九尾の狐を相手にここまで言えるのは凄いな。どんだけ負けず嫌いなんだ。
「……落ち着け。ここで争いを始めたら計画が台無しだ」
人間と妖怪の宥和を求めてこれだけのことをしたのに、今ここで殺し合いが始まれば終わりだ。
「……勇って、感情とか無いの?」
「失礼だな、お前は」
白けたような目で言う蘆屋を俺は睨みつけた。
「――――刀の人」
現れたのは、刀を携えた少女……八研御日だ。
「私、頑張った」
胸を張って言う御日。実際、その体には無数の傷跡が刻まれている。
「あぁ、良く頑張ったな」
「うん。助けてくれて、ありがと」
俺は御日の頭に手を置き、軽く撫でた。
「……心が落ち着くな」
「なッ、僕と何が違うの!?」
悲鳴を上げる蘆屋。お前とは何もかもが違う。主に、純真さとかな。
「ふん。吾という存在が強大過ぎる故に気が休まらぬのは分かるがの」
「……あぁ」
俺は二人の言葉を受け流し、暗雲の晴れた空を見上げた。
♢
あれから暫くの時が過ぎ、俺はリビングでテレビをボーっと見ていた。因みに、テレビは使い魔達の希望で最近買った。
『さぁ、百鬼夜行です! 妖怪達が、渋谷の街を並んで歩いています!』
それは、正に百鬼夜行だった。ニヤリと笑うぬらりひょんを先頭に鬼一や旻が並び、おどろおどろしい妖怪達が堂々と街を闊歩している。
『壮観ですねぇ~!』
呑気に叫ぶリポーターは、恐怖を抱いている様子も無い。恐らく、この世界の住民は怪物に慣れ過ぎてしまったのだろう。
「カァ、皆スマホ向けてやがるぜ。呑気なもんだなぁ」
「カラス、お前は行かないのか?」
唯一家に残っているカラス。ステラも一応居るが、飽くまで本体は向こうだ。
「行かねえよ。オレはどうせカラスだからな。行っても行かなくても変わらねぇ」
「……まぁ、それもそうか」
カラスは別に魔物でも無いからな。ただの使い魔である以上、何かアピールする必要も無い。
『うぉおおおおおッ! ステラちゃんだぁあああああ!!』
『俺達の女神ッ! こっちに手を振ってるぞッ!』
『メイアちゃんッ、メイアちゃんも居るぞ!』
そして、二人並んで歩くメイアとステラ。二人は微笑みと共に手を振っている。
「……楽しそうだな」
「アイツら、どっちも優越感に浸るのが好きだからなぁ」
俺が呟くと、カラスが答えた。確かに、そうだな。
「さて、飯でも食うか」
「カァ、もう昼だからな!」
そして、こいつは食うのが好きだ。楽しそうに翼をはためかせるカラスに、俺は久し振りに料理をすることにした。
机に並ぶ二つの皿。その中身はどちらも炒飯だ。
「うめえ……うめぇな!」
まぁ、一応は得意料理だからな。
「……久し振りに作ったが、美味いな」
炒飯自体久し振りに食うが、良いな。
「やぁ」
地面からぬるりと現れたのは、ぬらりひょんだ。
「僕も頂いて良いのかな?」
「俺のはやらん」
「言っとくが、オレも絶対嫌だからな」
瓢は溜息を吐き、テレビの前に座り込む。
「全く、薄情だね……君の使い魔の為にも色々頑張って来たって言うのにさ」
「そういえば、三明の剣は返せたのか?」
大嶽丸を討伐した後、三明の剣を拾った俺は瓢に返却を依頼していたんだが、こいつのことだから忘れていてもおかしくない。
「あはは、勿論! うん、良い交渉材料になったよ」
「……なるほどな」
一部の魔物や妖怪の存在、人権を認めるという、政府としては到底承諾しがたい要求を、三本の神器を盾に認めさせたのだろう。
「いやぁ、めでたしだね。気分が良いよ。物事が上手く行くってのは、素晴らしいことさ」
「……妖怪と人間の調和ってのは、アンタの宿願でもあった訳だな」
俺の言葉に、瓢はニヤリと笑う。
「当然さ。あの頃は、凄く楽しかったからね……あの世界をもう一度創りたいって、僕はずっと思ってたのさ」
「やっぱり腹黒いな、アンタ」
最初はまるで人類の平和の為に玉藻を止めるんだ、くらいのテンションで来ていたが、どうやら本当の狙いはその奥にあったらしい。
俺達も玉藻も利用して、自分の目的を達する……天明に警戒されていたのも理解できるな。
「というか、百鬼夜行はまだ途中だろう? 抜け出してきても良かったのか?」
「ん? まぁ、後は本当にただ歩くだけだからね。戻りはするけど、僕が居なくても問題無いよ」
既に必要なアピールは済んでいるということだろうか。
「しかし……想定以上に、有名になったな」
俺では無く、メイアとステラの話だ。
「そうだね、色々と記事やニュースにもなってたからね」
「あぁ、アンタのせいだろ?」
「酷いなぁ、それを言うなら僕のお陰でしょ。望まれてやったことだからね」
ニコニコと笑う瓢。
「そもそも、メディア関連については僕よりもステラちゃんの方が色々やってるからね。文句を言うなら本人に言って欲しいな」
「アイツらが有名になり過ぎると色々困るんだが……まぁ、良いか」
ステラとメイアの帰ってくる場所はこの家だ。そして、街中を一緒に歩くこともある。そうなれば、俺の存在も露呈してしまう。
「……それで、アンタは何をしに来たんだ?」
「まぁ、落ち着いて話をする機会も無かったから、ちょっと話をしたかったってのと……君について、聞きたくてさ」
俺は眉を顰めて瓢を見た。




