気配、感覚。現れるのは
平和を取り戻した湖のほとり、少女が息を吐く。
「ふぅ……何とかなったね」
「あぁ、まさか神力を扱えるような奴が出てくるとは思わなかったが」
浅間大神は死んだ。あの神は本物の浅間大神、つまり木花之佐久夜毘売とは違う偽物ではあったが、それでも確かな強敵ではあった。
「ん、カラスちゃん……」
「何だよ」
カラスの体を掴み、ジーッと顔の前に寄せる少女。
「知ってる感じが、する」
その匂い、気配、漠然とした感覚。それが少女の記憶の奥底に根付くものを捉えた。
「……勇」
少女の呟きに、カラスは取り敢えず飛び去って逃げた。
♢
その町は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「撃てッ、撃てッ!!」
「クソ、街が壊されるッ!」
魔物の群れが到達した富士宮市、そこを守護しているのは主に自衛隊だ。
「弾丸が通じない奴はどうすれば良いッ!?」
「銀弾だッ、銀弾でも無理かッ!?」
「銀弾なら殺せるッ! クソッ、人のフリした化け物どもがッ!」
そして、対する魔物達は殆どが人型のものだ。痩せ細り衰弱した死人のような体で、頭からは黒い煙が立ち上っており、その顔は伺えない。
「アンデッドなのは間違いない! 祝福済みの弾丸なら効くッ!」
「ただの弾でも怯みはする! それに、ダメージも通ってない訳じゃない! 普通の弾でも撃てるなら撃てッ!」
正に弾幕。それらは確かにゾンビ達の進行を抑えているが、何かの拍子に崩壊しかねない不安定さを孕んでいた。
「何だ……何だ、アレはッ!?」
「巨人だッ、アイツらの親玉か何かかッ!?」
頭から黒煙を放つ死人。この街に無数に蔓延っている魔物と同じ容姿だが、その大きさだけは別格だ。その背丈はビルを超え、放つ黒煙もまるで火山から噴き出す煙のように高く立ち昇っている。
「ォ、ォォォォ……」
轟くような声が街中に響く。自衛隊たちはその声と姿に大きな恐怖を覚えるが、逃げ出すようなことはなく、ただ銃を構えた。
「アイツ……ヘリならどうだ。前の聖水の余りは無いのか?」
「少なくとも、持ってきてはいないだろうな……だが、爆発物の類いなら豊富にある筈だ」
現れた明確な脅威に言葉を交わす自衛隊。そして、数秒と経たぬ内に一つの決定が為された。
『距離が遠い内にアレを使え。今なら民間人を巻き込む心配もない』
一つの指令が下された。それから直ぐに、一台の航空機が空を飛ぶ。緑色の攻撃機だ。
「おい、アレが落ちるぞッ! 巨人に近付くな!」
「ここは流石に余波を食らわないよなッ!?」
「アレって何だ?」
攻撃機が巨人に接近する。巨人はそれに手を伸ばすが、攻撃機はひらりとそれを躱して何かを投下した。
「落ちたぞッ! 炉式魔力爆弾だッ!」
巨人に落ちた爆弾から凄まじい量の魔力が溢れ、そして大規模な爆発を巻き起こした。
「ッ、ここまで振動が……ッ!」
「熱いな……アレ、大丈夫だよな? 汚染とかされないよな?」
凄まじい熱と揺れが街を駆け抜け、巨人の付近に居た魔物達も纏めて死滅した。近くのビルが纏めて二つほど倒れ、爆炎と土煙が広がる。
「……凄い威力だな」
「あぁ、新型とは聞いていたが……これは凄まじい。俺は試験にも立ち会ってないからな。初めて見た」
圧巻の光景に息を呑む自衛官たち。しかし、巨人の死に安心して胸を撫で下ろしていた。
「だが、あのレベルの魔物を葬れるのは素晴らしいな」
「あぁ、最近は特に兵器研究が進んでいるらしいが、魔術にも闘気にも頼らない力で国を守れるなら喜ぶべきことだろう。特に、俺達にとっては」
兵器の研究と生産には多額の金がかかるが、今はそこに金をかける十分な理由があった。
「……なぁ」
自衛官の一人が、隣の同僚に声をかけた。
「アレって、まさか……」
「ッ、嘘だろッ!?」
男の指差した先、そこにはただ絶望があった。
「……一匹じゃないにしても、限度があるだろ」
並んで歩く数十体の巨人。ただ歩くだけでこの街を破壊し尽くしてしまえそうなその光景には、もはや恐怖すら湧いてこなかった。
「終わり、だ」
「流石に、撤退……か?」
ただ退却命令を待つことしか出来ない彼らは、銃を握って無意味に弾丸を放った。
『撤退だ。即座に撤退しろ。但し、民間人の避難ラインまでは下がるな』
発令された撤退命令に、自衛官達は即座に行動を開始した。
「命令が出たぞ! 撤退だ!」
「爆発物を仕掛けて下がるぞ!」
足止め用のトラップを仕掛けながら撤退を始める自衛隊。だが、その先の道に影が差す。
「ォオオオオオオオオッ!」
「なんだ、こいつ……ッ!」
地面を食い破るようにして現れた巨人。周辺の地面はドロドロに溶けており、頭から溢れる熱によってそこから現れたことが分かる。
「退路をッ、退路を塞がれましたッ!」
「し、しかも近いッ! 逃げ道も無いぞ……」
自衛隊の数十メートル先。現れた巨人はのっそりとした動作で向かってくる。
「や、やばい……これは不味いッ!」
「さっきの爆弾はもう無いのかッ!?」
「いやッ、こんな場所でぶちかましたら俺達も終わりだぞッ!」
阿鼻叫喚。広がる混乱だが、彼らの持つ手札ではどうすることも出来ない。
「――――やぁやぁ、魔物達。我らは妖、終古を生きし化け物よ」
地面をぬらりと通り抜け、その軍団が現れる。人間を囲むように、人間と混じり合うように。
「さぁさぁ、百鬼夜行の始まりだ!」
「「「ぉおおおおおおおおおおぉぉおおおおッッ!!!」」」
そこら中から楽しそうに響く声。その先頭に立つ少年は会心の笑みを浮かべ、目の前の巨人を見上げる。
「まぁ、夜じゃないんだけどね!」
付け加えられた言葉に突っ込む暇も無く、ただ人間たちは唖然とその様子を眺めていた。




