隠し神
試合が始まった瞬間、カラスの体から影の鴉が無数に生まれ、飛び出した。
「うわぁっ!?」
驚愕に目を見開く隠し神に鴉の群れが迫り……
「なーんてね」
隠し神の目の前の空間が歪むと、そこに群れは呑み込まれた。
「あはは、驚いた?」
「あぁ、驚いた。どういう絡繰りだ?」
素直に尋ねるカラスに、隠し神はニヤリと笑う。
「教えないに決まってるじゃんねぇ」
「まぁ、そうだよな」
隠し神はゆっくりと指先をカラスに向けた。
「じゃあ……」
隠し神の手に青い光の紋様が走る。
「今度はこっちの番ね!」
その指先がぐわりと歪み、その歪みが青い光を蓄えた球体となって放たれる。
「なんだ、それ――――」
球体は突然に速度を増し、カラスを呑み込んだ。
「ふぅ……タネが割れる前に倒さないとね」
勝ちを確信した隠し神の足元、影が膨らみ、そこからカラスが飛び出した。
「『闇蝕呑影』」
カラスから溢れた闇が隠し神を呑み込む。その後に残されたものは何も無く……その闇を呑み込みながら青い光の球体がカラスへと飛来した。
「チッ、逃げられたか」
カラスは球体を飛んで回避し、舞台の奥に立つ隠し神を睨んだ。
「転移能力……ってところか?」
「あはは、バレちゃった?」
瞬間、隠し神の体がカラスの目の前に現れ、その手をカラスに触れようとして……通り抜けた。
「えぇッ、なにこれ!?」
「何って、影だ」
影化によって影と化したカラスの体に触れることは出来ず、透過したのだ。
「影……直接触れることは出来ないってことだよね」
隠し神がカラスに向けてその手を振るう。影化に頼らず回避したカラスの居た場所を手が通り過ぎ、その空間がぐわりと歪んだ。
「今のは……影でも当たると不味そうだな」
「あはは、狩ってあげるよ!」
空中に逃れるカラスに向けて青い光の球体が放たれるが、カラスはひらりひらりと避けながら影の鴉を作り出していく。
「……見失っちゃった」
隠し神を中心に渦を巻くように飛び続ける鴉の群れ、その中にカラスは紛れ、隠し神は完全にその位置を見失った。
「だけど、まぁ……守りに入った僕を突破することは出来ないし」
今まで旋回を続けていた鴉の群れが、遂に隠し神を目掛けて飛び始める。
「あはは、これは障壁じゃないからね。幾ら突っ込んだって意味は無いよ」
影で作られた黒い鴉達は、隠し神を囲むような空間の歪みに呑まれて次々に消滅する。
「そいつはどうかな」
隠し神の足元、いつの間にかその影に忍び込んでいたカラスがそこから飛び出し……
「あはは! それを待ってたんだよ僕はッ!」
飛び出した瞬間、隠し神がカラスに触れる。その手に刻まれた青い紋様が光を強め、カラスは忽然と消滅した。
「良し、これで君は場外負けだよッ!!」
今度こそ勝ちを確信した隠し神。その手で触れて、今度は確実にカラスを消し去ったのだ。
「あはは、やった! 僕の勝ちだね!」
その能力は恐らく転送だろう。触れた者を強制的に転移させる、そういう力だ。
「――――防御を解いたな?」
しかし、消えた筈のカラスの声が響いた。元に戻っていた空間の歪み。その隙を狙って鴉の群れが迫る。
「ッ!? 何でッ、今ので……まさか、今のも偽物ッ!?」
「あぁ、その通りだぜ」
空中に一匹だけ悠々と浮かぶカラス。その足元で、隠し神が鴉の群れに呑まれた。
「ぐ、ッ! ま、だ……」
鴉が通り過ぎた場所は闇に呑まれて消滅する。隠し神の体はどんどんと削り取られ、あと一秒と経たずに息絶えるという、その瞬間。
「『神隠し』」
青い光が、舞台を埋め尽くした。
「おい、瓢……」
光が止んだ舞台の上、そこには誰も立っていなかった。
「これは……引き分けか?」
「うん、そうみたいだね」
最後の光。あれは恐らく、自分も含めて空間ごと別の場所に転送したのだろう。詰まるところ……ダブル場外負けだな。
カラスが死んでいないのは使い魔としての繋がりで分かる。
「まぁ、問題は無いな」
この盤面で引き分けは寧ろ、こちらとしてはプラスだ。敵の残りは三体で、こちらは八体。圧倒的な差がある。
「しかし、帰って来るのか?」
隠し神の能力は恐らく転移だが、どこに転移したかまでは分からない。ただ、死ぬ程遠いことは分かる。
「ほらね、帰って来れたでしょ?」
「あー、しょっぺぇ……」
突如舞台の上に帰って来た二人。どちらもずぶ濡れで、カラスはぺっぺと水を吐き出しながら悪態を吐いている。転移先は海とかだったんだろう。
「この場合、引き分けってことになるんだよな?」
玉藻に尋ねると、玉藻はこくりと頷いた。
「そうじゃの。場外は負けじゃが、同時に場外となると……引き分けじゃろう」
「そうか、分かった」
玉藻の後ろから、小柄な少女が飛び出した。一本の狐の尾を生やした少女だ。
「行って参ります、玉藻様」
「うむ、行ってこい」
少女は玉藻の前で跪いて言葉を貰うと、颯爽と舞台に走った。
「あれ、玉藻。今のは君の娘かな?」
「うぅむ、似て非なるものじゃな。だが、吾が腹を痛めて生んだ娘という訳では無いぞ?」
その会話を聞いたステラが、とんとんと俺の肩を叩いた。
「行って参ります、お父様」
真顔で言い放つステラに、俺は溜息を吐いた。




