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098 アルカ山麓の戦い⑥ 老将

 二つ頭の合成竜は、四人の英雄によって討ち果たされた。

 ローザたちの活躍に冒険者連合は士気を上げ、残存する敵右翼側のモンスターたちに、果敢に挑んでいく。

 二つの首が転がり、山のような巨体が倒れ伏すその脇、巨竜を征したローザは、タイガの頭を優しく撫でる。

 彼女の身を案じ、ルードとテンブが駆け寄っていった。


「ローザ、大丈夫か!」

「……チッ、またおいしいところを」


 タイガの頭から手を離すと、彼らの声に応えたローザは笑顔で手を振って見せた。

 ローザの側に来ると、ルードは苦々しい顔で巨竜の亡骸を見やる。


「貴様はいつも最後の締めを掻っ攫っていく。テンブ、今回は僕に力を注ぎ込めばよかったんだ」

「いや、一度経験しているローザの方が成功率は高い。同じ賭けなら確率の高い方を選ぶ。実力云々の話ではないんだ、分かってくれ、ルード」


 いきり立つ彼を宥めると、テンブはローザの体を気遣う。


「ローザ、体調は平気か。もしも何か違和感があるなら、戦線を離脱してくれて構わない」

「テンブさん、そんな心配そうな顔をしなくても、全然平気ですよ」

「……ならば良いのだが、少しでも体に不調を感じたらすぐに後方へ退いてくれ。あの技は本当に危険な代物なのだからな」


 いくら口で元気だと言っても、態度に示して見せても、やせ我慢をしている可能性も否めない。

 テンブの忠告を、ローザは素直に聞き入れる。


「そのことは十分承知しています。戦場のど真ん中で倒れたりしたら皆の迷惑になりますし、無茶はしませんよ」

「ならばいいのだが……」

「テンブ、大丈夫。ローザはタイガがしっかり面倒をみる」


 タイガはローザの前に立ち、両手を腰に当ててふんす、とドヤ顔をかます。


「いや、なんでお前に面倒を見られなきゃならんのだ」

「大人しく従うがいい。何故ならローザはタイガに多大な心配をかけた。その責任を取って然るべき」

「責任って……。まあいいか」


 何がなにやらわからないローザだったが、自分の腰に手を回して抱きつくタイガが幸せそうなので良しとした。

 三人の顔を見回したテンブが、号令をかける。


「みんな、まだ戦いは終わっていない。他の冒険者の手に負えない強力なモンスターも、まだ数多く残っている。全てを狩り尽くすまで手を休めるな!」

「はい!」

「ああ」

「心得た」


 三者三様に返事をすると、ローザたちはそれぞれ三方向に散らばる。

 ルードは敵陣の奥深くへ、テンブは奮闘する冒険者たちの側へ、ローザとタイガは二人一緒に目に付いた高レベルモンスターの討伐へ。

 左翼戦線は、アーカリア側の優勢に傾いていった。




 ○○○




 時は少しだけ巻き戻る。

 大量の雑魚モンスターの足止めを姫騎士団に託し、合成獣の群れにリースとクロエは果敢に戦いを挑む。


「で、リースの作戦ってなんなのさ」

「あなたのドリルランスの機能、ベッドの中で教えてくれたわよね」

「う、うん」


 事情を知らない者が聞けば——知っている者が聞いても、誤解を招きそうな会話を交わす二人。

 もしもエミーゼが聞いていたならば、鼻血を撒き散らしながらもんどりうって昏倒しただろう。


「その中の一つにあったわよね、相手を凍らせるやつが」

「ドリルランスファイナルブラストモード・フリージングバーストストリームだね!」

「名前はどうでもいいわよ、長いし」

「かっこいいのに……」

「とにかく、それを使って敵を凍らせたら、私がフォトンブラスターを全力で撃ち込む。私のブラスターなら、ギガントオーガのような防御力特化型でもない限り、20レベルの差までなら覆すことが出来るわ」


 彼女の作戦ならば確かにレボルキマイラを倒せる。

 しかし、敵は十五匹もいるのだ。

 一匹ごとにそんな全力の攻撃を浴びせていては、リースの魔力もクロエのカートリッジも持たない。

 それに、リースが魔力を溜めている間、敵は無防備な彼女に攻撃を加え放題。

 実現可能性は低いと言わざるを得ない。


「でも、それだと——」

「あなたの言いたいことは分かるわ。だからこの作戦にはもう一つピースが必要。さっきからずっと頑張ってる歴戦の老将さんの助けがね」


 シャイトスは自らの部隊を率い、危険度レベル60の怪物の群れを相手に一歩も引かずに戦い続けている。

 彼の協力が、この作戦には必要不可欠だ。


「彼とその部隊に敵の注意を引き付けてもらい、群れを一か所に固めたところであなたが冷凍光線を発射。動きが止まった瞬間、私のブラスターが一網打尽にする。どう、異存はあるかしら」

「ないね。よし、あの人に作戦を、作戦をー……」


 作戦を伝えようにも、シャイトスは綱渡りのような用兵で合成獣の嵐のような攻撃を捌いている。

 キマイラの群れから一匹を釣り出し、風魔法と電撃をかわしつつ部隊を散開させ、包囲したのちに四方からの攻撃で翻弄、疲弊したところでシャイトス自らが剣を手にトドメの一撃を食らわせる作戦だ。

 しかし、囲む段階で敵は空中に舞い上がり、電撃や風を嵐のように吹き荒れさせる。

 そのたびにシャイトスは部隊を後退させ、仕切り直しを余儀なくされていた。


「えっと、この作戦、無理じゃない? あの人も、被害を出さないだけで精一杯って感じだよ?」

「いえ。あの方の采配、あれは……」


 確かに目を奪われるような見事な采配。

 だが、リースはよく知っている。

 かつての大戦で名を馳せ、リースが人生の目標とするメアリスと幾多の激闘を繰り広げた若き隻眼の猛将。

 憧れの姫騎士と渡り合った彼の用兵術が、この程度の生ぬるいものであるはずがない。


「もし! シャイトス殿、こちらに!」


 リースは作戦を伝えるため、彼に大声で呼びかける。

 彼女の呼び声に、シャイトスは兵をまとめてこちらへと駆けてきた。

 レボルキマイラは、必要以上の追撃を行わずに群れの中へと戻っていく。

 自然界に存在しない、融合術フュージョナイズで生み出された魔物は、自我というものが薄いらしい。

 ホースから下された、その場所を守れ、という指示を盲目的に守っているようだ。

 だが、キマイラの反応しない距離は、フォトンブラスターも射程距離外。

 届いたとしても威力が減退し、傷一つ付けられないだろう。

 やはり危険を冒して距離を詰め、確実に仕留めなければならない。


「貴女様は、アーカリアの姫君でしたかな?」


 隻眼の老将軍はにこやかに、リースに声をかける。


「王族がなにゆえこのような危険な場所へ。しかも自ら剣をとって戦っているなどとは」

「あら、剣を取って戦う王族なら、あなたが一番よく知っているのはなくて?」


 不敵な笑みを浮かべるリースに、シャイトスは片手を額に当てて大笑する。


「ははは、確かに。彼女のことは某、よぉく存じておる。長い人生の中で、最も尊敬し、最も憎んでおる相手ですからな。……悪いことは言わぬ、城に戻るがよい」


 シャイトスはピタリと笑いを止め、右目を鋭く細めて警告をした。


「戦場は遊び場ではない。多くの命が今この瞬間にも散っている。軽い気持ちで出てきたらば、そなたを庇うため、失われる必要のない命まで失われかねん。分かったらば早ようお戻りなされ」

「あら、心外ね」


 不敵な笑みを崩さず、リースは告げる。


「私は遊びで来ているのではないわ。王都の街並みを、民を、兵を、国を守るために戦っているの。あれを御覧なさい。私を主君と仰ぐ騎士団の面々も、私と志を共にして戦ってくれている」


 ゴブリン系とウルフ系の混成部隊に対し、ブリジット率いる三十人の騎士は一歩も引かずに戦っている。


「私が命じたこの場に魔物を近付けるな、という命令を守って、彼女たちは命を賭している。その結果、誰かが命を落としたとしても、背負う覚悟はとうに出来ているわ。それに何より、私自身に戦う力があるのに、安全な場所でじっとなんてしていられない。そんなの王族のすることじゃない、そんなの私じゃない」


 真剣な眼差しで語る姫騎士に、かつての仇敵の姿が重なった。


「だから私は——」

「私の誇りを胸に戦う、ですかな?」

「……ど、どうして私の言おうとしたことが」

「さぁて、どうしてですかな」


 まさかあのメアリスと同じセリフを言ってのけるとは。

 小さな姫騎士の姿に次代の光を見た老将は、鋭い目を緩め、その目尻を下げた。


「して、この老いぼれになにか御用ですかな。小さな姫騎士殿」

「あなたに協力して欲しいの。あのキマイラ共を一網打尽にするために」

「……ほう。聞かせてもらいますかな」


 リースは自らの作戦をシャイトスに説明する。

 老将は時に頷き、聞き入っていたが、最後に軽く首を横に振った。


「某を少々買いかぶりすぎですな。姫も見ておったでありましょう、群れを一か所に固めるどころか、たった一匹にすら手こずる始末」

「あなたこそ、自分を——メアリスを過小評価し過ぎよ。あなたと彼女の死闘の数々を、私は幼いころから何度も読みふけった。その上で言わせて貰うわ」


 老将を指さし、リースは言い放つ。


「本気を出しなさい! あんな小手先の用兵術、あくびが出るわ!」

「……なるほど、よくご存じのようだ」


 二人の間でのみ会話が成立し、クロエは置いてけぼりとなってしまった。


「えっと、どゆこと?」

「あなたは一旦引っ込んでて」

「はい」


 尻に敷かれるクロエを尻目に、シャイトスは深く考えを巡らせる。


「……しかしあの戦法は、大戦終結と共に封印したもの。若気の至りそのものな荒削りの用兵術、下手をすれば兵にも犠牲が出かねない」

「一人で悩むよりも、聞いてみたらいいんじゃないかしら。伝説をその目で見たいっていう若い兵士たちがいるかどうか」


 リースの言葉を受け、シャイトスは背後を振り返った。

 アイワムズから連れてきた、百人の若き兵士たち。

 みな厳しい訓練に耐え、故郷を離れてこんな遠い場所にまで来てくれた。

 それぞれに家族もいる、暮らしがある。


「皆の者、この老いぼれのためにその命、投げ出す覚悟はあるか?」


 その問いかけに対し、若い一人の兵が答える。


「覚悟の上です! と言いたいところですが、正直なところ怖いです。ですがそれよりも何よりも、自分は見たいのです。かつての大戦でメアリスを苦しめたという、鬼神シャイトスの戦振りを」

「そうだ! 我ら覚悟は出来ております!」

「憧れの英雄と共に戦える、これほど名誉なことがありましょうか!」


 彼の言葉を皮切りに、口々に賛同の声が上がる。

 彼らがシャイトスの部隊に志願した理由は、伝説の英雄への憧れが多くを占めていた。


「そうか、……ならばもはや迷うまい。皆の者、某に命を預け、ついてまいれ!」

『応ッ!!!』


 号令をかけると、最後にリースに対して確認を取る。


「どのくらいの時間、稼げばよろしいのでしたかな」

「一分半。その間に敵を一か所に固めておいて。あなたなら簡単でしょう?」

「はっはっは! お任せくだされ!」


 ギラリと隻眼を光らせ、シャイトスは叫んだ。


「総員、我に続けッ!」


 敵陣に向かって駆け出した彼の背中に続き、百人の兵が雄たけびを上げて続く。


「リース、ボクたちも!」

「ええ、まずは手筈通り、あの場所まで行きましょう」


 フォトンブラスターで致命傷を与えるには、最低でも十メートルまで接近しておきたい。

 クロエの魔力砲撃も同じく。

 シャイトスの部隊に続いて走る二人。

 彼女たちは丘陵の少し窪んだ地形の前に陣取った。

 作戦ではこの場所に敵の群れを押し込む算段となっている。

 クロエはドリルランスのレバーを引き、砲門を露出させ、カートリッジを雷から氷へと換装。

 リースも両手を前にかざし、魔力のチャージを開始した。

 そしてシャイトスは、悠然と構えるレボルキマイラの群れに自らが先陣を切って突っ込んでいく。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 鬼気迫る形相で駆けこむ老将の放つ異様な威圧感に、自我の薄いはずの合成獣が本能的な恐怖を抱く。

 怯んだ敵の群れに対し、彼が剣先を向けると、後衛魔術師部隊が魔法攻撃の斉射を仕掛けた。

 群れのあちこちで爆発や雷撃が巻き起こり、いよいよ恐慌状態になった魔物の群れ。

 その真っ只中に斬り込んだシャイトスは、竦み上がる敵に渾身の一薙ぎを見舞う。

 軽い悲鳴を上げながら身を竦めたキマイラの片翼を、その剣閃が見事に断ち切った。

 彼に続く兵達が次々に群れに斬り込み、未だ怯えたままの合成獣に斬りかかっていく。


「あれが鬼神……。将の身でありながら常に部隊の先陣を駆け、その背中と戦いの様で味方を鼓舞してきた、メアリスの宿敵」

「すっごいね。格上の相手まで竦み上がらせちゃうなんて……」

「あら、そうかしら。私にはむしろ、キマイラの方が格下に見えるけれど」


 決死の突撃をかけた百人の精鋭によって、十五匹のレボルキマイラはいずれも何かしらの手傷を負った。

 特に翼の損傷は激しく、飛行可能な個体はごくわずか。

 しかし、敵も攻め立てられる一方では終わらない。

 恐慌状態から持ち直した合成獣たちは、その力を結集させて風と雷の魔法を同時発動させようとする。


「総員、一旦退けっ!」


 兵達のレベルは精々が20から30程度。

 この攻撃を受けてしまえばひとたまりもない。

 天変地異のような巨大な竜巻が巻き起こり、周囲には雷撃が迸る。

 シャイトスの号令を受け、兵らは一旦後方に下がった。

 そんな中、シャイトスだけがその場に留まり、渦巻く嵐の中に単身突っ込んでいく。


「あ、あれはさすがに無茶なんじゃ……」


 クロエが心配そうに見つめる中、シャイトスは高く飛び上がった。

 地を奔る雷撃を飛び越え、渦巻く竜巻の上に差しかかると、中心を通って落ちていく。

 竜巻の中心は無風。

 通常ならばその隙を補うために真空の刃を配置するものだが、十五匹分の魔力を使っての魔法では細かい調整は出来なかったようだ。


「姫殿下、一匹減らしてしまっても構いませぬかな」

「ええ、全部片付けてしまっても結構ですけれど」

「それは無茶というもの。……ですが、ならば遠慮なく」


 落下の勢いを乗せ、シャイトスは竜巻の中心に陣取ったキマイラに向けて剣を突き立てる。

 獅子の頭の脳天を貫かれ、合成獣は断末魔の悲鳴を上げた。

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