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082 仕方がないのでしてあげます。……本当に仕方なくですから!

 サイリンの身柄は衛兵に引き渡され、彼女は連行されていった。

 セリムたちは貴族街の坂を登って、王城に帰還する。

 彼女たちの帰還は直ちに城中に通達され、一行は医務室に通された。

 マリエールはベッドに寝かされ、全身傷だらけのアウスは、治療術師ヒーラーの回復魔法によって治療を受ける。

 幸い傷痕も残らず綺麗に完治。

 役目を終えたヒーラーが退室したところで、ようやくマリエールは目を覚ました。


「う、ん……、何だ、もう朝か……。ここは……?」


 ブルズ山地を出発してから、彼女は常に意気高く先頭を突き進んでいたのだが、夜も更けた頃になって力尽き、ソラが抱えたところでそのまま眠ってしまった。

 一晩中アウスの恐ろしい視線に晒されたソラは、すっかり怯えてしまい、部屋の隅で震えている。


「お嬢様、おはようございます。ここは王城、もう王都に帰って来たのですよ」

「……アウス? お主、傷は——」


 従者の顔を見るや、マリエールは彼女の身体に目を走らせる。

 メイド服こそボロボロだが、その白い肌には傷痕一つ残っていない。


「よ、良かった……。もしも余のせいで、お主の玉のような美しい肌に傷が残ってしまったら、償いきれぬからな……」

「償うなどと。この身もこの心も、全てはあなた様に捧げた物。たとえ醜い傷が残ったとしても、お嬢様を守るためについた傷ならば、誇り以外の何を感じましょうか」

「そうは言うがな、余もお主には傷ついて欲しくないのだ。それに——今のお主の格好も頂けぬな」


 アウスのメイド服はサイリンの攻撃によってあちこちが裂かれ、胸の谷間までが見えてしまっている。

 彼女の肌が赤の他人の目に晒されるだけでも、マリエールには気に入らなかった。


「あら、そうですわね。わたくしはお嬢様の所有物、このような煽情的な格好はいけませんわ。この用を成さなくなったメイド服——お嬢様が、脱がして下さいませ」

「う、うむ……。その、頑張ってくれたからな。今回限りの特別である……」


 マリエールは生唾をごくりと飲み込むと、ソラの頭をよしよしして慰めている最中のセリムに声をかける。


「余はアウスと共に部屋に戻るとする。サイリンめの取り調べは午後からだ。お主らもそれまでに身体を休めるがよい」

「あ、はい。お疲れ様でした」

「では戻るぞ、アウス」

「うふふふ、うふふふふふふ……」


 妙に上機嫌なメイドを引き連れて、魔王様はこの場を立ち去った。


「行っちゃいましたね。ソラさん、そろそろ元気出してください」

「だって、すっごい怖かったんだもん……」


 一晩中隠し切れない殺意の籠ったメイドの視線に晒され、ソラはすっかり元気を無くしている。

 セリムの頭なでなででも元に戻らないほどに。


「困りましたね……」


 医務室には既に治療術師ヒーラーの姿も無く、部屋の中にはセリムとソラの二人だけ。

 キョロキョロと辺りを無意味に見回したあと、セリムは咳払いしつつ勇気を出して提案する。


「コホン、仕方ないですね。ソラさんが元気無いままだと色々と困ってしまいますので、仕方なくアレをしてあげます」

「……アレ? アレってもしかして、イリヤーナの宿でやってくれた、アレのこと?」

「そ、そうです。でも勘違いしないでくださいね。仕方なくなので、他意は無いので!」


 不必要なまでに念を押すと、セリムはソラの隣にしゃがみ込み、その頬にそっと唇を寄せる。

 セリムの吐息がかかり、くすぐったさに首を竦めるソラ。

 少しだけ湿った柔らかな感触が頬に触れ、


「……ちゅっ」

「んっ……」


 すぐに離れていく。


「ど、どうですか、元気出ましたか?」

「……にしし、どうだろうね。念のためもっかいして?」

「嫌です! ってもう元気ですね。はい、今のでお終いです」


 八重歯を覗かせて笑うソラは、明らかに元気そのもの。

 追加のキスのおねだりは一蹴、すぐさま顔を離して立ち上がる。


「そんなーっ、ね、もっかいして! お願い!」

「嫌ですよ、あんなの何回も! 恥ずかしいんですから!」

「だったら口同士でいいから、ね?」

「なにが、ね、ですか! そんなことしたら赤ちゃん出来ちゃうじゃないですか!」

「出来ないってば」


 断固拒否するセリムに対し、ソラは必死に食い下がる。


「ねぇ、セリムぅ……、もっかいしてよぉ……。おねがぁい……」


 甘えた声と上目づかいを駆使し、


「かわっ……! うぅっ、し、仕方ないですね……」

「やったぁ!」


 とうとう追加のキスを勝ち取るのだった。


「ほらほら、早く、早くっ」

「急かさないでください、心の準備とか必要なんですから……」


 何度か深呼吸して気持ちを整える。

 ソラはワクワクしながら、ちょっぴりドキドキもしつつ、ほっぺにキスされる時を待っていた。


「で、では行きます!」

「いつでもどうぞ!」


 バクバクと暴れる心臓の鼓動を聞きながら、再びソラの頬へと唇を寄せる。

 この時セリムは、ソラへのキスで頭が一杯の状態。

 そのため、先ほど踏んだ手順の一つ、周囲の様子——気配を探ることを怠ってしまっていた。

 セリムの唇がソラの頬にゆっくりと近づき、ついに触れたその瞬間。


 バタアァァァァン!


「セリム、ソラ! 怪我でもしたの!? 医務室にいるって聞いた……んだけど……」

「んむっ!?」

「あっ、クロエ。来てくれたんだ」


 医務室に勢い良く飛び込んで来たクロエ。

 お付きのラナは、またしても見てはいけない光景を目の当たりにしてしまった。


「ぷぁっ、クロエさん、これは違うんです! ソラさんがどうしてもって言うから仕方なく……!」

「あ、いいよ別に。ちゃんとわかってるから。医務室って、ベッドのある場所って、そういう事だよね」

「ん? どういう事です?」

「違うから! それだけは違うから! セリムはまだそういうことなんにも知らないの!」

「あはは、冗談冗談」


 クロエの言葉の意味も、ソラが珍しく怒った理由も、セリムにはさっぱりわからない。


「それで、魔王さんとアウスさんは? あの人たちは一緒じゃないの?」


 医務室の中では、セリムとソラが二人っきりでイチャついていただけ。

 魔王主従の姿も無ければ、医療術師ヒーラーの姿も無い。

 当然疑問を抱いたクロエは、そこに突っ込んでいく。


「お二人はついさっき、部屋に戻りましたよ。今頃ゆっくり休んで旅の疲れを癒しているんじゃないでしょうか」

「いや、あたしは違うと思うな。今頃激しく運動してると思うよ」

「あっ、そうなんだ……」

「運動? 何でですか、よくわかりません……」


 ソラの補足を受けて納得するクロエと、またも置いてけぼりなセリム。

 純真な彼女がこの会話に入れるようになるのは果たしていつの日か。


「ところでさ、みんなで王都を離れて一体何してたの? ボクにも教えてよ」


 詳しい事情は何も聞かされず、ただセリムたちが危険地帯に向かうらしいとだけ聞いていたクロエ。

 どこに行って何をしていたのか、何も知らないままなのは仲間外れみたいでなんだか嫌だ。

 彼女の要求に、セリムとソラは顔を見合わせる。


「いいのかな、セリム。教えちゃっても」

「構わないでしょう、教えちゃっても」


 二人とも、クロエを深く信頼している。

 親友に対して隠し事をするのも気が進まなかった。


「おっしゃ、じゃあ聞かせてあげるよ! ソラ様の武勇伝!」

「いやいや、ソラさん今回何もしてないじゃないですか」


 ソラは早速今回の事件を、ところどころおかしな部分をセリムに訂正されつつ説明した。


「っと、だいたいこんな感じ。どうよ」

「うん、ホントにソラ、なんもしてないね」

「マリちゃんを夜通しかけて王都まで運んだし! ちゃんと役に立ったし!」


 頬を膨らませるソラは置いておき、今度はセリムが気になっている質問をぶつける。


「そんなことよりもですね」

「そんなことじゃないし! 大事だし!」

「クロエさん、リースさんのお屋敷に住まわせて貰ってるそうじゃないですか! どうなんです、身分を越えた禁断の恋に進展はあったんですか?」

「禁断って……」


 目を輝かせ、両手を重ねながら問いただす。

 こうなったセリムは手に負えない。

 大人しくなってもらうために、クロエは仕方なく近況報告をする。


「えっと、まず耳のことがバレた。気に入ってもらえたけど」

「わあ、二人だけの秘密! 素敵です!」

「いやいや、あたしたちも知ってるよ、セリム」

「後は……そうだなぁ。一緒のベッドで寝てるくらいかなぁ」

「素敵です! とっても素敵ですぅ!!」


 簡潔極まりない報告でも、セリムのテンションは急上昇。

 クロエの方がかえって困惑してしまう。


「ね、ねえソラ。キミの彼女だろ? 何とかしてくれないかい」

「か、彼女じゃないし! まだ彼女じゃないし!」

「まだ、なんだ……。告白とかしないの?」

「うぅ、それは……、そのうちするし!」

「そのうちっていつさ」

「それは……、そのうちだし!」


 身分違いのロマンスに想いを馳せる少女の耳に、幸か不幸かこの会話は届いていなかった。


「と、とにかく、あたしは夜通し歩いてて眠いの。午後から敵の取り調べだし、それまで寝ていたいからさ。ごめんね、せっかく会いに来てくれたのに」

「うん、話を聞けただけでも嬉しかったよ。頑張ってね、ソラ。二人の仲、応援してるから」

「クロエこそ、うっかりバレて断頭台送りにならないように頑張ってね」

「ボ、ボクは違うし! リースとはそんなんじゃないし! あーもう、ソラの口調がうつった! それじゃあセリム、またね」


 クロエに肩を叩かれると、セリムは夢想状態からようやく我に帰った。

 どうやらお開きムードだと悟り、別れのあいさつを交わす。


「あ、クロエさん。もう戻るんですか。はい、また会いましょう」

「うん、またね」

「で、ではクロエ様。お屋敷まで案内します……」

「一人でも帰れると思うんだけど……。ま、いいや。案内よろしくね」


 最後に方向オンチ特有の謎の自信を覗かせながら、クロエは去っていった。


「じゃああたしたちも部屋に戻ろう? 正直なところ、今すっごい眠い。早く寝たい……」

「久しぶりにお風呂も入りたいですしね。ソラさん、一緒に入りますか?」

「……眠いから、起きた後に一人で入るよ」


 魅力的な申し出をやんわりと断る。

 眠気と理性を同時に相手取って勝てる自信が湧かないほど、今のソラは疲れていた。

 そうして二人も、城内に用意された自分たちの部屋へと戻っていくのだった。




 ○○○




 城の地下に作られた、罪人を収容する牢獄。

 そこからほど近い場所に、取り調べを行う部屋が存在する。

 石造りの床と壁、天井に囲まれた殺風景な部屋の壁には手枷がぶら下げられ、拷問器具もこれ見よがしに置かれている。

 そんな部屋の中心に置かれた粗末な木製の椅子に、両手を鉄輪で封じられたサイリンが腰掛けていた。

 穏やかな表情で目を閉じる彼女の正面には、帯剣したクリスティアナの姿。

 睨みを利かせる女騎士に対し、サイリンは軽薄な口調で声をかける。


「なあ騎士さん、そんなに気ぃ張らなくても、あたしは暴れたりしないよ。そうするメリットは何も無いしね」

「気を悪くするな。これも仕事だ」

「ハッ、ご苦労なこって」


 狭い室内にはさらに四人、魔王主従とセリム、ソラの姿もある。

 このような場所に他国の王族を通すなど前代未聞だが、相手が相手だけに特例中の特例。

 なにせサイリンはアイワムズの国民であり、魔王の家臣であるアモンの行方をただ一人知っている人物なのだ。


「さて、聞きたい事は山ほどあるが——。魔王様、まずはご家来の行方を聞き出しましょうか」

「うむ、それが最優先だ」

「聞いていたな。では、さっさと吐いてもらおうか」


 殺気を向けて来るティアナに対し、サイリンはやれやれ、と肩を竦める。


「おー、怖いねぇ。そんなに焦らなくても、全部話すさ。黙っていたって1Gの得にもなりゃしない。アモンはここから西に五十キロほど行った街道沿いの宿場にいる。そこで療養中のはずさ」

「間違いないな」

「嘘はつかないって」

「……いいだろう」


 ティアナは部屋の扉を開け、外に待機していた部下の一人にアモン捜索の指示を出す。

 騎士は命令を受け、すぐさま走り去っていった。

 すぐに捜索隊が編成され、サイリンの言葉が本当ならば数日中に保護されるだろう。


「さて、では次だ。お前の雇い主、つまり今回の事件の黒幕について、その名前をズバリ言って貰おうか」

「……黒幕。いいのかねぇ、そこの魔王さんがいる場所で言っちゃっても」


 マリエールの目をじっと見ながら、サイリンはぼやいた。

 その言葉によって、アウスの中で十中八九間違いないと疑っていた疑惑が、確信に変わる。

 間違いない、黒幕の正体はあの男だ。


「……構いません。今が先代の仰られた『その時』なのでしょう」

「そうかい。ま、あたしはそちらさんの詳しい事情なんざ知ったこっちゃないけどさ」

「あ、アウスよ。一体何の話をしておるのだ。その黒幕とやら、余と何か関係があるのか」


 二人の間に流れる空気に、マリエールは言い知れぬ不安を抱く。


「あたしの雇い主。源徳の白き聖杖を盗むよう依頼を出した魔族の男、そいつの名は——」


 マリエールの喉が、ごくりと音を立てた。


「ルキウス・シルフェード・マクドゥーガル」


 その名を耳にした瞬間、足下が崩れ去るような感覚に襲われる。

 信じたくなかった、なぜ彼が祖国に、肉親に、そしてアーカリア王国に弓を引くような真似を。


「ほ、本当……、なのか……?」

「嘘はつかないって言ってんだろ。どうせアモンが助けだされりゃ分かる事だしね」


 足をふらつかせる主の肩を、アウスは支える。

 ティアナもその名を耳にして、驚愕に満ちた表情を浮かべていた。

 その一方で、ソラは状況をよく飲み込めていない。


「……ねえ、マリちゃんなんであんなにショック受けてるのさ。セリムはわかった?」

「忘れたんですか、ソラさん。……忘れてても仕方ありませんね、アウスさんが一度言及しただけですし」

「んー?」


 首をかしげるソラにも分かるよう、マリエールはその口を開いた。


「ルキウス・シルフェード・マクドゥーガル。十八年前、突如として魔王城を飛び出し行方知れずとなった余の兄だ。……しかし信じられぬ! どうして兄上がこのような事を……!」


 混乱の渦中にいる主人に対し、アウスは語り始める。


「お嬢様、今こそ全てをお話しますわ。野望に取り憑かれたあの男にまつわる、その全てを」

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