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071 この空気、なんだか久しぶりな気がします

 アーカリア城は中央にそびえる本城、その外側、第二城郭に併設された二の丸支城、さらに外側を囲む第一城郭と一の丸支城で構成されている。

 城へと招かれたセリムとソラは、一の丸に用意された客間の一つに案内された。

 途中で拾ったクロエも、ソラに半ば無理やり連れて来られている。


「ソアラ、調度品を壊したりするんじゃないぞ」

「しないよ、子どもじゃないんだから!」

「あとな、そのベッドも目が飛び出すほどの高級品だから。おねしょして汚すんじゃないぞ」

「おねーちゃんの中のあたし、何歳で止まってんのさ!? もういいから出てってって!」


 ソラは姉の背中をグイグイと押して、部屋から追い出そうとする。


「ちょっ、まだ話が……!」

「分かったって、バイバイ!」


 強引に押し出し、扉を閉めてしまった。


「これで良し」


 背中で両開きの扉を押さえ、ソラは満足気に鼻を鳴らす。

 ソファに腰掛けたセリムとクロエは、その様子を呆れ半分で見守っていた。


「……いいのでしょうか。色々と連絡事項があったんじゃ」

「ティアナさん、ホントにソラのお姉さんだったんだね。正直なところ、この目で見るまで信じられなかったけど」


 クロエはクリスティアナを、貴族として、騎士として非常に立派な人物だと認識している。

 その認識は、至って正しい評価だ。

 だからこそクロエは、彼女があのソラの姉だと未だに信じられなかった。


「セリムもそう思うよね。ソラが貴族のご令嬢だなんてさ」

「いえ、私はその……。ソラさんがあの時の貴族の女の子で良かった、と言いますか……」

「な、何さ。急にモジモジし始めて」


 ティアナに扉を破られ、げんこつを浴びるソラ。

 その様子を背景に、両手を頬に当てて顔を赤らめるセリム。

 二人を見比べながら、クロエは何となく理解する。

 あぁ、セリムのヤツ色ボケしてる、と。


「うぅ、今日二発目の姉げんこつ……」

「まだ仕事が終わっていないんだ。私と遊びたいなら後にしてくれ」

「おねーちゃんが悪いんじゃん……、もうホント嫌い……。セリムーっ、慰めて〜」


 ソラは涙目でセリムに飛び付き、彼女のお腹に顔を埋める。


「よしよし、痛かったですね。もう大丈夫ですからね」

「にゃぁぁ、セリムぅ……」


 慈愛のオーラを立ち上らせながら頭を撫でるセリムに、ソラは思う存分甘えだした。

 クロエは確信する。

 あぁ、こいつらバカップルってヤツだ、と。


「……コホン。セリムさん、妹を可愛がるのはその辺にして、聞いてもらえるだろうか」

「へ? あ……。い、いつまでくっついてるんですか! 充分でしょう、離れてください!」

「うにゃぁぁっ! セリムのいけずぅ……」


 ティアナの声で二人だけの世界から帰還したセリムは、柔らかいソファの上にソラを放り投げる。


「し、失礼しました。それで、連絡事項とは?」


 顔を赤くして佇まいを直しつつ、丁寧な応対を心掛けるセリム。

 本当はすり寄ってくるソラを撫でてあげたいが、心を鬼にして我慢。


「そうですね、では手短に。式典は明日の十時から、時間がきたら係の者が呼びに来るので、その前に準備は済ませておいてください。お世話はメイドたちに一任してあります。テーブルの上のベルを鳴らせばすぐに来ますが……ソアラ、面白半分で鳴らすなよ?」

「やんないって! 信用無いな、もう……」

「行動範囲は第一城郭の範囲ならば自由、ただし他の部屋への無断入室はご遠慮ください。……ソアラ、壺とか割るなよ?」

「割んないよ! ……多分」


 再三の念押しに、ソラは頬を膨らませる。


「こんな所でしょうか。何かご質問等ありますでしょうか。よろしければ、私はこれで失礼しますが……」

「もう充分だからほら、出てった出てった」

「お前が一番心配なんだ、私は」

「おねーちゃんのそういうトコが嫌いなの!」

「では、セリムさん。ごゆるりとおくつろぎください。失礼します」

「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました」


 軽く頭を下げると、ティアナは今度こそ部屋を後にする。

 ソラはようやくリラックスした表情を見せ、ソファに深くもたれた。


「はぁ、やっといなくなった……」

「お姉さんのこと嫌いなのかい? あんなにいい人なのに」

「……色々あるの! あたしのことはもういいでしょ、それよりもどうしてクロエがお城にいるのさ」


 都合が悪い部分に触れられたくないため、強引に話題転換。

 セリムも彼女がこの場所に残っている理由は気になっている。

 と言うよりも、ロマンスの気配を感じて一人で盛り上がっている。


「そうです、聞かせて下さい。やっぱりリースさんと離れたくないからって無理を押したんですか? 愛の成せる業なんですか? そうなんですよね!」

「セリム、落ち着いて。ボクのワガママで城に置いてもらえるわけないじゃん」

「……なんだ、違うんですか」


 露骨にテンションを下げる。

 自分の恋路には消極的なくせに、他人の恋路には積極的なのがセリムという少女だ。


「実はね、ボクも明日の式典に呼ばれてるんだ。リースの要望らしいんだけど、何にも教えてくれなくてさ」

「やっぱりリースさん絡みなんじゃないですか! 婚約発表ですか!? 式には呼んでくださいね、スピーチは絶対にしたくありませんが」

「落ち着いてって」


 おかしなテンションのセリムに圧倒されるクロエの傍ら、ソラは話に付いていけずに首をかしげている。


「んん? ねぇ、リースってセイントナイトのあのお姫様のことだよね」

「そうですよ。ソラさんと仲良く優勝を争っていたあの王女様です」

「そのお姫様が何でクロエと関係あるの? ……そういえば、お姫様の方もクロエの名前を言ってたような」

「わぁ! 相思相愛ですよ、素敵です!」


 もうセリムは放っておいて、クロエはソラに色眼鏡抜きの説明をした。


「ふんふん、鍛冶の仕事をしてたら偶然出会って仲良くなった、と」

「あんまりおもしろい話じゃないでしょ」

「だねー。セリムはすんごいテンション上げてるけどさ」


 セリムとは対照的に、ソラは人の恋路にさほどの興味は無い。

 というよりも、自分の恋路で手いっぱいである。


「それよりもさ、クロエはモンスター襲撃の時何してたの? あたしとしてはそっちのが気になる」

「闘技場を飛び出したあと、衛兵隊の助太刀に入ってね、それからずっと一緒に戦ってた。リースが王都に戻ってからは彼女が部隊を率いたんだ。かっこよかったなぁ……。事態が落ち着いてからはリースたちと一緒に救助や復興活動してた」

「結局お姫様と一緒だったんだね。あのお姫様、王都に到着して早々気配を探ってどっかに行っちゃったの。一緒に戦うつもりだったおねーちゃん、大慌てでさ。きっとあの子、クロエの気配を感じたんだと思う」

「そうなのかな、だとしたら嬉しいな」


 照れくさそうにはにかむクロエ。

 セリムが何やらわめいているが、意図的にスルーした。

 それから三人の少女は、ガールズトークに花を咲かせる。

 ソラの肩出しの青い服をセリムが自慢し、西区画のおいしいケーキの店をクロエに紹介したり。

 あれやこれやとクロエとリースの仲に口を出すセリムに、まずは自分の恋路をなんとかしろとクロエが鋭く突っ込んだり。

 時間を忘れて会話を交わしていると、突然に部屋の扉がノックされた。


「セリム様、ソレスティア様、お客様がお見えです」


 聞き覚えのない女性の声、おそらく世話を任されたというメイドの一人だろう。

 来客とは一体誰だろうか、セリムが考えを巡らせる暇もなく、ソラは返事を返す。


「いいよー、入れちゃってー」

「いいんですか、そんなに気楽に返事しちゃって!? もしも王族の方がお忍びで立ち寄られたのだとしたら、心の準備とか……」

「では遠慮なく入らせて貰うぞ」


 メイドに扉を開けてもらい、部屋に入ってきたのはマリエールとアウス。

 二人の顔を見た途端、セリムの表情が緩む。


「なんだ、マリエールさんですか。緊張して損しました」

「……いやいや、ちょっと待って。あの人、魔王だよね。他国の王族がお忍びで立ち寄られたよ? 王族って言うか王様だよ?」


 クロエは未だに、マリエールを前にすると気持ちが張り詰める。

 彼女に対してだけは、魔王の威厳は有効に働いていた。


「マリちゃん、アウスさん、いらっしゃい。今お茶を出させるからね」

「うむ、苦しゅうない」


 まるで実家に友人を招き入れたかのように、ソラは非常に慣れた様子でメイドを呼び出し、お茶の用意を指示する。

 この辺りの手際はさすが貴族、庶民の感覚が根付いているセリムとクロエにはとても真似できない。

 小さな円卓に紅茶が出されると、五人はテーブルを囲んで腰掛ける。

 クロエ以外はみな、非常にリラックスした様子だ。


「で、マリちゃん。わざわざどしたの。暇だから遊びに来たとか?」

「でしたら歓迎しますよ。何をしましょうか、子どもでも出来る遊びとなると……」

「お主ら、余を何だと思っておるのだ……」


 ひたすらに無礼な態度の二人に、クロエはハラハラしっぱなしだった。


「余はわざわざ遊びに来るほど暇でもない。今日は至って真面目な話をしに来たのだ。セリムに伝えなければならぬ事もあるのでな」


 いつになく真剣なマリエール。

 黒いフードの奥に光る赤い瞳が脳裏を過ぎり、セリムは緩み切った気分を引き締めた。


「昨日の襲撃、そしてモンスターを操る謎の敵について、ですね」

「うむ、あやつはナイトメア・ホースと名乗っておったな。悪夢を運ぶとされる黒馬型モンスターの名前だが……」

「あからさまに偽名、ですね」

「名前どころか、顔も確認出来ませんでしたわ」

「クラスは魔物使いを自称していましたが、アイテム使い以上に聞いたこともないクラスです。これもフェイクでしょうか」


 例えば、何らかのマジックアイテムを用いて魔物を操っている。

 セリムですら知らない未知のアイテム、あるいは新開発されたアイテムを使っている可能性も、十分に考えられたが、


「その可能性は無いだろうな」

「え、どうして言い切れるんですか?」

「セリム様はアレを見ていらっしゃらないのでしたわね」


 セリムはあの魔法を見ていない。

 創造術クリエイトと瓜二つな、あの魔法を。


「ヤツはな、余の目の前で二体のモンスターを融合させ、全く新しいモンスターを創り出して見せたのだ。融合術フュージョナイズと、確かに唱えておった」

「セリム様がわたくしの危機をお救いになった時、爆殺されたモンスター。あれがボルテックライオとアルケードロスを融合させた、レボルキマイラ。危険度レベルは60にまで跳ね上がっておりましたわ」

「しかも、その融合術フュージョナイズ。お主の創造術クリエイトと手順がそっくりだったのだ」

創造術クリエイトとそっくりな、モンスターを融合する魔法……? そんなものがあるとしたら……」


 アイテム使いと同じく、魔物使いが一般に知られていない特殊なクラスだとしたら、二つのクラスには何らかの関係があるのでは?

 思い起こせば、確かにあの時瞬殺したモンスターは初めて見るものだった。

 にわかには信じがたい話だが、信頼する二人の証言と目撃したレボルキマイラの姿を考慮すると、信じざるを得ない。


「更には瞬間移動の能力。これも魔物使いの固有技能であろうか、はたまた未知のマジックアイテムか……」

「私の見立てでは固有技能ですね。おそらくモンスターの召喚と原理は同じです。魔物が現れる空間の歪みを利用していましたから」

「制約も大きそうですわね。どこにでも移動できるのなら、貴賓席に直接姿を現していたはずですわ」


 あらかじめ設定した場所にのみ移動できる、それがアウスの見立てだ。

 あの日、闘技場の側に姿を見せたのも、瞬間移動のポイントを設定していたのではないだろうか。

 貴賓席に直接飛べなかったのも、どこに設置されるか予見出来なかったためだと思われる。


「なるほどね、そいつが一連の騒動の元凶ってわけだ」


 三人の会話を静観していたクロエは、ようやく全てに納得がいく。

 なお、ソラの頭の上には未だにクエスチョンマークが浮かんでいる。


「そいつさえやっつければ一件落着、そういうことだろ?」

「……事はそう、簡単にはいかんのだ」

「なんでさ?」

「そういえば、クロエさんはマリエールさんの細かい事情を知らないんでしたね」


 ここまで深入りしてしまったのだ。

 彼女への信用も十分。

 杖の盗難から敵の襲撃に至るまで、クロエにも全てが明かされた。


「そんな事情が……。で、魔物使いの敵もその襲撃者とグルってワケか」

「本人がそう言っておったからな、ご丁寧に名前付きで。まず間違いないだろう」

「んー、それってつまり、バックに何者かがいるってことだよね」

「……その通りで御座いますわ」


 騒動の黒幕の存在。

 アウスには何か心当たりがあるのではないか。

 セリムは常々そう睨んでいるが、優秀な彼女が黙っているのだ。

 何か深い事情があるのだろう。


「それに、ナイトメア・ホースはセリムに迫るほどの強さを秘めている」

「わたくしも、恥ずかしながらその動きすら追えませんでしたわ」

「……私にしか、あの敵は倒せないでしょうね」


 ホースは一体どこで、あれ程の力を手に入れたのだろうか。

 師匠しか行き方を知らない、デタラメな危険度を誇る謎の場所。

 あの敵も、そこに行ったのだろうか。


「んぁーっ、難しい話ばっかりで肩が凝っちゃうよ……。こうして話し合っててもわかんないことだらけだしさ、もっと楽しい話しようよ」


 一切会話に参加しなかったソラが、とうとう痺れを切らした。

 確かに話し合いは進展せず、情報交換も終わって考えは煮詰まるばかり。

 ここらでお開きにした方がいいだろう。


「うむ、確かに余も疲れた。楽しい話と申したな。ソラよ、そのようなものがあるのか?」

「あるよー。何とクロエが、お姫様のハートを射止めたんだって!」

「ちょっ、ソラ!? いきなり何言いだすのさ! さっきはあんまり興味なさそうだったのに!」

「ほう……。それは興味深い。クロエよ、詳しく聞かせよ」


 突然ターゲッティングが自分に向き、クロエは多いに焦る。

 魔王様まで興味津々、トドメにセリムの変なスイッチがオンになった。


「いや、あの……。詳しくって言われても、これはリースとボクの秘密で……」

「二人だけの秘密の逢瀬、素敵です! 誰にも明かすことの出来ない、二人だけの——。あぁ、ロマンスですぅ……」

「リースとな。第三王女のリースか。あれはとんだじゃじゃ馬と聞き及んでおるが、クロエよ、中々やるではないか」

「違くて、そんなんじゃないから!」


 顔を真っ赤にして必死に誤魔化そうとするクロエだが、この部屋に味方する者は誰もいない。

 彼女はこの後も、王女とのロマンスについて延々と追及を受ける事となった。

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