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044 あなたにだけは、知られたくなかったのに

 英雄と呼ばれる四人のトップランカーは、多くの冒険者にとって雲の上の存在。

 誰か一人と出会えるだけでも、酒の席での自慢話に困らない。

 四人全員が揃う場面に出くわせば尚更だ。

 無数の冒険者で埋まった広いギルドの片隅、たった一つのテーブル席に今、全ての視線が集中している。


「セリム、すっごい見られてる……」

「私まで注目されちゃってますか、もしかして」


 鍛冶師護衛の報酬を受け取った後、二人はローザたちに誘われて相席となり、自然と注目の的に。

 ただでさえ噂になっていたソラ。

 この件で注目はさらに高まるだろう。

 ガチガチになっている二人とは対照的に、ローザたちは自然体そのもの。

 注目を浴びることには馴れている。


「揚げまーる美味うまし。いくらでも入る」

「本当に食べ始めたよ、さっき昼飯食ったばかりなのに。残すなよ、私は食べんぞ」

「問題無し、タイガの胃袋は暗黒の淵。総てを浸食し、跡形も残さない」


 皿に山盛りの揚げまーるをタイガはどんどん平らげる。

 マール芋を甘い衣で揚げたこのジャンクフードは、非常に人気が高い。

 タイガも愛好家の一人だ。


「下らない、こんな茶番に付き合う暇は僕にはないぞ」

「そう言うな、ルード。かつて様々な危険地帯を制覇した我ら四人、再会を祝そうではないか」

「そうだぞ、いつもつまらなそうにして。もうちょっと楽しそうにしろ、お前は」

「相も変わらずだな、ローザ。こんなヤツが僕より強いなど……」


 腕を組んだまま、彼は他のメンバーと目を合わせようともしない。

 彼と他のパーティメンバーの仲を取り持つのは、最年長であるテンブの役目。


「お前の気持ちもわかる。修業の時間が惜しいのだろうが、ここは付き合ってはくれないか」

「僕になんのメリットがあると……」

「お前の修行に付き合ってやろう。一人よりは身が入ると思うぞ。どうだ、師である私の顔を立ててはくれぬか」

「……チッ」


 舌打ちをしても、席を立とうとはしない。

 どうやら折れてくれたらしい。


「あ、あのぉ、ローザさん。なんであたしたちまで誘ったの? せっかくの再会なのに、お邪魔なんじゃ……」

「個人的にキミたちに興味があった、それでは不十分かな」

「キミたちって、私もですか?」


 不思議そうに自分を指さすセリム。

 可能な限り力を抑え、ただの町娘にしか見えないようにしているのだが、以前会った時も力を見抜かれそうになった。


「私は本当、ただのアイテム調達屋でして。王都には人探しに来ただけの……」

「人探し? アダマンタイト探しじゃなくて?」

「ほう、アダマンタイトか。それは興味深いな……」


 ソラの発した伝説の金属の名前に、テンブが興味を示す。

 ルードは鼻で笑い、タイガは揚げまーるを一心不乱に貪っている。

 そしてローザは、納得したように頷いた。


「ああ、なるほど。それでキミたちは鍛冶師と一緒にいたのか」

「そうなんだ、それで決定的な証言をもっご」

「他言無用、ですよ」


 うっかり秘密を洩らしそうになったソラの口元は、セリムの片手によって封印された。


「それで、アダマンタイトについて知っている人物を付き止めたんです。今は彼女を探しています」

「その尋ね人とは、私達が知っている人物だろうか」

「……多分。マーティナ・シンブロン、なんですけど」


 彼女が自分の師匠だとは伏せておく。

 最強の冒険者の弟子とくれば、ローザの疑いが確信に変わってしまう。


「最強の名を欲しいままにしたアルケミスト、マーティナか。確かに彼女なら知っていても不思議ではない」

「でも行方不明……なんですよね?」

「私も数年前に会ったきりだ。皆は行方に心当たりは無いか?」

「残念だが、僕は知らないな」

「右に同じです。二人とも、力になれず済まない」

「そう、ですか……」


 弟子である自分にも何も告げず、ふらりと消えた師匠。

 やはり、彼女たちが行方を知るはずも——。


「タイガは見た」

「……へ?」

「間違いない、あの気配はマーティナ。彼女は今、王都にいる」


 芋を平らげた瞬間に飛び出した、タイガの衝撃発言。

 セリムは可能な限り心を落ち着けて、確認を取る。


「見たって、いつですか」

「ついさっき、ここに来る前。厳密には気配を感じた」

「気配、ですか……」


 直接の目撃ではなく、気配を感じた。

 並の人間なら信憑性は薄いが、相手は人類最高の感覚を持つとされる世界最強の拳闘士。

 ローザに目線を送ると、彼女はすぐに答える。


「タイガはいいかげんでアホのどうしようもない奴だが、こんな嘘はつかない。信用していいと思うぞ」

「わかりました。タイガさん、さっきなんですね?」

「如何にも、この店の前の通りを南へ向かった」


 ついさっき、ならば探せば追いつけるはず。

 遠くに行ってしまう前に、急いで気配を辿らなければ。


「ありがとうございます。では、私達はこれで失礼しますね。ほら、ソラさん行きますよ」

「おぉっと。ローザさんたち、またねー」


 ぼんやりとやり取りを眺めていたソラの腕を強引に引っ張って、セリムはギルドの外へ走っていく。

 扉の前で思い出したように一礼すると、凄まじい速さで走って行ってしまった。


「なあ、みんなはあのセリムという少女をどう思う」

「どうも何も、ただの小娘じゃないのか」

「タイガは仲良くなれそうだと思った」

「セリム、セリムか。どこかで耳にした覚えが」


 テンブは記憶の糸を手繰り寄せる。

 あれはたしか十四年前、マーティナと共に一仕事終えた帰路。

 凄い拾いモノをしたと自慢げに話す彼女の姿。

 その会話の中で出てきた名前。


「マーティナが見つけた弟子……、確かそんな名前だったか?」

「ハッ、まさかだろ」

「世界最強の冒険者の弟子、か。もし本当に彼女の力を受け継いでいるのなら面白い。その実力、見られる日は来るだろうか」

「ローザ、タイガは揚げまーるをもう一皿所望する」

「まだ食えるのか、お前……」




 ○○○




 ギルドを飛び出したセリムは、通りを南へ走る。

 気配を探り、ソラをもの凄い力で引っ張りながら。


「セリム、止まってぇ! 腕がもげるぅぅ!」


 二度と会うまいと心に誓った師匠。

 今でもあの面を拝むのは御免こうむりたい。

 でも、そんな殺意しか湧かない腐れ師匠でも、ソラのためなら。


「痛いって、もげっ、もげちゃうからぁぁぁ!」


 彼女の笑顔のためなら、こうして探せる、絶対に見つけ出してみせる。

 人ごみを軽やかにすり抜けながら、通りを真っ直ぐ南に走る。

 やがて突当たりのT字路に辿り着いた。

 左右への別れ道、どちらも冒険者で賑わい、目で探すのは不可能。

 ここまでに師匠の気配は感じ取れなかった。


「や、やっと止まってくれたぁ……」

「あ、ソラさん。ごめんなさい、私ったら」


 ソラを想うあまり、ソラを忘れてしまうとは。

 本末転倒、視野狭窄を反省する。


「と、ところで師匠はいた……?」

「いえ、残念ながら。ここからは別れ道、気配を辿るしかありませんね」


 目を閉じ、耳を澄ませ、感覚を研ぎ澄ます。

 極度の集中状態に入ったセリムは、虫一匹の気配も逃さない。

 どこだ、どこにいる。

 探る範囲を徐々に広げる。

 こちらに近寄る気配。

 不思議と気配は師匠と似ているが、小さな子どものようだ、歳が全然違う。


「どこに——どこにいるんですか、あの腐れ人間は……」

「集中してるなぁ。邪魔しないようにしなきゃ」

「ねぇねぇ、お姉ちゃん」


 気配を探るセリムを見守っていたソラ。

 彼女の袖が、遠慮がちに引っ張られる。

 目線を落とすと、鮮やかな緑髪の幼い少女がいた。

 緑がかった黒のローブを身につけ、小さな茶色いポーチを下げている。


「キミ、どうしたの? 迷子?」


 しゃがんで目線を合わせると、ソラは優しく問いかける。


「そうなの。探してるの」

「そりゃ大変だ、急いで探さなきゃね。キミの名前は?」

「マナ……」

「マナちゃんか。誰を探してるのかな」

「お姉ちゃん、はぐれちゃって」

「よっし、わかった。あたしがすぐに見つけてあげるよ」


 ソラが少女の相手をし終えた頃、セリムもため息まじりに集中を解く。


「ダメです、見つかりません。極限まで精度を上げて範囲も限界まで広げたのに」

「ダメだったかー。でもさ、王都にいるって分かっただけでも前進だよね」

「前向きですね、ソラさん。好きです。ところでその子は?」


 どさくさ紛れに出た本音にはお互いに気付かず。

 緑髪の幼い少女の事情を、ソラは伝える。


「この子、迷子なの。お姉ちゃんとはぐれちゃったんだって」

「それは大変です。探してあげましょう。ソラさん、お願いします」

「何であたし?」

「子どもに怖がられるのは、もう嫌なので……」


 マリエールに散々怖がられたトラウマは根深い。

 もう一度あんな対応を取られれば、彼女の豆腐のようなメンタルは飛び散るだろう。


「別にいいけどさ……。じゃあマナちゃん、お姉ちゃんの特徴を教えてくれるかな」

「あのね、すっごく強いの」

「強いんだ、冒険者かな?」


 南区画は冒険者が多く行き交う街。

 その可能性は十分にありうるが。


「違うの、冒険者じゃないの」

「へ、そうなんだ。じゃあ何してる人? 騎士団の人とかかな……」

「ううん、違うよ。あのね、アイテム調達屋さんしてるんだ」

「なるほど、アイテム調達……ん?」


 セリムの顔をチラリと見る。

 こちらの話は聞こえているのだろうが、あまり気に留めずに目視でマーティナを探しているようだ。


「……えっと、他に特徴は?」

「えっとね、薄いグレーの髪で、緑色の綺麗な瞳で、ミニスカートが大好きで」

「あー……、ねえセリム」


 何かを察したソラは、未だに師匠を探し続けるセリムに遠慮がちに話しかけた。


「なんですか、今師匠を探して——」

「五歳から十二歳まで原始人生活を送った、目の前に師匠がいても気付かない世界最強のお姉ちゃん……っ。ぷくくくくっ」

「——は?」


 セリムの思考が停止した。

 頭が真っ白になる。

 何故この少女が自分の生い立ちを知っているのか。

 それに今、目の前に師匠がいると、確かにそう言った。


「ひゃーはははははははっ、あーっはっは、はーはー、腹痛てぇ……っ」

「あの、もしかして、マーティナ師匠、ですか?」

「ひーっ、ひーっ、や、やっと気付いてやんの」


 腹を抱えて笑い転げるマナ、もといマーティナ。

 セリムは呆然と見つめるのみ。


「ちょっと年齢変えたくらいで気付かねえとか……っ、あー面白れぇ。力だけじゃなく脳みそまで怪物並かっての。バカな弟子をからかう、やっぱ最高の娯楽だぜ」

「……おいコラ、ド腐れ師匠」

「セ、セリム……!?」


 常に清楚な声での敬語口調を崩さないセリムのドスの効いた声に、ソラの両肩がビクっと跳ねた。


「お? お? なんだその口の利き方。脳みそ怪物ガールの分際で、育ての親の俺様にナメた口利いてんじゃねえぞ、あ?」

「……ソラさん、すみません。私もう、抑えが効きません」


 両の中指を立てて挑発を繰り返すマーティナに、セリムはとうとう殴りかかった。


「ぶっ殺すッ!!」

「殺ってみろやこん糞弟子がァァァァァァッ!!」

「いつものセリムじゃない……」


 人知を超えた力を持つ二人の殴り合い。

 それはソラにすら、色のついた竜巻にしか見えず、一般の冒険者はそこで戦いが起きているとすら気付かず。

 神速の攻防の中、セリムの左のボディーブローが鳩尾を捉え、怯んだ隙に右アッパーがあごを撃ち抜く。

 高く舞い上がり、仰向けに落下するマーティナ。

 時間にしてわずか数秒、二人の戦いは決着した。


「また腕を上げやがったな、この原始人娘ェ……! ごぼっ……」


 背中から石畳に叩きつけられて、マーティナは意識を手放した。


「——それが遺言でいいんだな」

「もうやめて、セリム! ってかいつものセリムに戻ってぇ!」


 トドメを刺そうと拳を振り上げるセリムを、ソラは後ろから抱き止める。


「……ソラさん? ……わ、私、なんてはしたない言葉を……! 忘れてください、お願いします!」

「うん、ちょっと忘れられないかな、アレは……」

「うぅ、師匠譲りの乱暴な言葉遣い、捨て去ったはずなのにぃ……」


 昔はこんな調子だったのか、ソラは若干のショックを受ける。

 そういえば、昔王都で一緒に遊んだ時、彼女は敬語口調ではなかった。

 あの時は大人しい印象だったが、乱暴な言葉遣いを嫌い、意図して使わなかったのだろう。


「割と頑張ったんですよ。全然可愛くないこの口調が抜けるように、一人っきりの時も敬語口調が染み付くように無駄に喋ったりして。独り言をうっかり聞かれて変な子だと思われるくらい頑張ったのに、抜け切ったと思ったのにぃ……。よりによってソラさんの前で出ちゃうなんて、ひぐっ、ぐすっ」

「よしよし、泣かないで。たくさん頑張ったんだね。大丈夫だから、セリムはちゃんと可愛いから」

「ソラさぁぁぁあん、うぇぇぇぇぇぇっ」


 ノックアウトされて大の字に倒れた緑髪の幼女の傍らで、可憐な少女が冒険者の少女に抱きしめられ号泣する。

 あまりにも異様な光景に、通行人は誰も関わりたがらなかった。


「もう落ち着いた?」

「はい、本当にすみませんでした。もう二度と、あんな言葉遣いはしませんから」

「うん、セリムが師匠を嫌う気持ち、なんとなくわかった」


 きっとマーティナは、彼女にとって消し去りたい過去の象徴なのだ。

 原始人生活、暴力的な口調、その他諸々の。


「ところでこれ、どうしましょうか」


 気を失ったマーティナの首根っこを掴み上げるセリム。

 白目を剥いた幼女がプラプラと垂れ下がる。


「割とショッキングな光景だね」

「どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょう」


 セリムによって、首根っこを掴まれ地面を引き摺られるマーティナ。


「平気かな、通報されたりしないかな」


 拉致の現場か虐待にしか見えない酷い絵面に、ソラはそんな不安を抱いた。

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