029 頑張って素直になりたい私です
細かいことは気にしないソラでも、さすがに気になってしかたない。
近頃、大親友であるセリムの様子が明らかにおかしいのだ。
時折こちらをじっと見つめ、目が合うとすぐに逸らしてしまう。
かと思えば唐突に顔を赤くしてぶつぶつと独り言を繰り返し、心配して声を掛けると必要以上に驚かれる。
とはいっても嫌われた訳ではなさそうで、つい今しがたも。
「ソラさん、手をプラプラさせて、なんだか寂しそうですね。ソラさんがどうしてもと言うのなら、手を繋いであげないこともないですよ」
「別に寂しいってワケじゃないよ? セリムと繋ぎたいってのはいつも思ってるし。セリムの方こそ、あたしと手を繋ぎたいの?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか! それよりソラさん、私と手を繋ぎたいんですね?」
「う、うん……」
「ふふっ、仕方ないですね。そんなに繋ぎたいのなら繋いであげます、特別ですからね」
こんな調子で、とっても嬉しそうに手を繋いできた。
イリヤーナと聖地カルーザスを結ぶこの街道は、舗装された平坦な道が続き宿場も豊富。
野宿を極端に嫌うセリムの機嫌が良いのは納得できるが、ただ機嫌が良いだけでは前述の挙動不審に説明がつかない。
何かあったのか、と不躾に尋ねることも出来ず。
——まあいっか。セリムの手、柔らかいし。笑顔も可愛いし。
ソラの手をにぎにぎしながら鼻歌交じりに歩くセリム。
彼女のこんな顔が見られるのなら、いくらでも手を繋いであげたい。
じっとその横顔を見ていると、視線に気付いたセリムが照れくさそうにそっぽを向いた。
「な、なんですか、人の顔をジロジロ見て。何か付いてるなら言ってください、自分で取りますから」
「んにゃ、なんにも付いてないよ? ただかわいいなあと思って見てただけ」
「かわっ……! うぅ、どうしてサラッとそういうことを……、ずるいです、ずるいですぅ……っ!」
とうとう耳まで赤くなってしまった。
「あの……、ソラさん。私、本当に可愛いですか?」
「もっちろん。何度も言ってるけどさ、世界で一番かわいい女の子だと思うよ」
「そう、ですか。不思議ですね、ソラさんに可愛いって言って貰えると、とっても嬉しいです」
ソラが自分を可愛いと褒めるたび、胸の奥が暖かくなる。
鼓動が心地よく高鳴る。
自然と顔が緩んでしまう。
「特にさ、今のその笑顔。セリムは笑顔が一番かわいいよ。ずっと見ていたいくらい」
「笑顔……。笑顔ですか、わかりました。ソラさんの前では、出来るだけ笑顔でいますね」
そうしてソラだけに向けられた、セリムのとびきりの笑顔。
ソラの心臓がドキリと跳ねる。
眩し過ぎて直視出来ない、そんな錯覚に襲われて、思わず目を逸らしてしまった。
「あ、あれ。ソラさん? ずっと見ていたいんじゃ……」
「見てたいよ。見てたいんだけど……。んんぅぅぅ、何コレぇ……」
顔が勝手に熱くなっていく。
握った手の柔らかさ、時おり香るふわりとした甘い匂い。
セリムの全てに魅了されたような、始めて味わう奇妙な、でも心地よい気分。
胸の鼓動が、激しく戦った後のようにうるさく脈打つ。
得体の知れない焦燥感、頭の中がセリムで一杯になっていく。
「なんかドキドキするぅ。わかんないよぉ、なんなのさ、この感じ……」
感情の変化に戸惑うソラを、セリムは心配そうに見つめる。
今までずっと一緒にいたが、彼女のこんな様子は初めてだ。
「どうしました? 今のソラさん、とっても変ですよ。少し休みますか?」
「具合が悪いとかじゃないから、平気……。うぅ、どうしよう、変な感じを抑えるには……」
ソラは考える。
今まで生きてきて、こういった局面をどう乗り越えて来たか。
答えに詰まった時、ソラはいつも自分の心の赴くままに行動した。
冒険者となって王都を旅立ったあの日もそうだ。
自分に正直に、裏と表を使い分けるなど性に合わない。
今一番したいこと、それは——。
「セリムっ!」
「わひゃっ!?」
セリムを思いっきり抱きしめたい。
自分の気持ちに正直に、ソラは白昼堂々、往来のど真ん中でセリムを抱きしめる。
「あ、あの……っ、急になんなんですか……。恥ずかしいですよ……」
「あのね、セリムを抱きしめたいって思ったの。だから抱きしめたの」
「意味がわかりません……! それにこんなの……、ここ、街道ですよ? 人目もあるのに……」
「関係ないよ。セリムが可愛いから抱きしめた、そんだけ」
あまりにも真っ直ぐにぶつけられた好意。
想い人の腕の中で、恥ずかしさよりも嬉しさが勝った。
ソラの背中に腕を回して、頬と頬を擦り合わせる。
「もう、あなたって人は……。そんなに私が好きなんですか?」
「好きだよ、大好き」
「私も……、好きですよ」
うっかり出てしまった本音。
友達として、と付け加えようか迷ったが、止めにする。
どの道ソラには本心は伝わらないだろうし、この幸せな時間に水を差してしまいそうで。
「んん、セリムの体、柔らかいね」
「ソラさんは鎧が固いです。でもなんだか……、落ち着きます……」
「あたしも……、セリムとくっ付いてると落ち着く……。あったかいし、いい匂い……」
ソラの中から焦りにも似た気持ちは消え失せていた。
彼女の温もりと鼓動を感じて、胸に湧き上がるのはこれ以上ない幸福感。
ずっとこうしていたい、セリムと一緒に。
彼女があの時の少女だと知った時に生まれた、小さな小さな感情。
それは日増しに大きさを増していく。
大きく大きく育って、最後にはどうなってしまうのか。
少し怖くもあるが、不安は感じない。
今こうしていて心がとても暖かいのは、きっとその感情のおかげだから。
「アウスよ、あやつらは往来のど真ん中で何を乳繰り合っておるのか」
「お嬢様、野暮でございます。とても素晴らしい光景ではありませぬか。ふふふふふふっ」
二人の世界に入ってしまったセリムとソラ。
彼女たちの後ろを歩いていた魔王主従は、道端に腰を下ろして二人が帰ってくるのを待っている。
「そもそもだ、魔王である余を道端で待たせるとは、如何なる了見か……」
聖地を発ってから六日、イリヤーナへの道のりはもうじき半分。
道中の二人からは、甘い空気が漂い始めていた。
○○○
イリヤーナはアーカリア王国における一大工業都市だ。
東に王都、西に聖地を臨み、北に位置する湖から流れる川が、大陸の各地に水運の網を広げる。
国中から職人が集まったこの町は、鍛冶師にとっての聖地。
鍛冶場から上がる煙が空を焦がし、打ち振るわれる槌の音が日常的に響き渡る。
カルーザスから徒歩で十四日、セリムたちはようやくこの町に辿り着いた。
「おぉぉっ、懐かしいなぁ、イリヤーナ。とうとうここまで戻ってきたのか……」
感慨深げに町並みを見渡しながらのソラの発言。
彼女が訪れたことのある町というのは、今まで旅をしてきてこれが初めてだ。
「この町に来たことがあるんですか、珍しいですね」
「王都を出て最初に辿り着いた町なんだ。ここから南に向かって旅をして、その果てにセリムと出会ったのよ」
「……あれ、ソラさんって王都出身だったんですか」
「しまっ……、つい言っちゃった……」
うっかり口を滑らせてしまった。
もうじき王都なのだけれども、ギリギリまで彼女に真実は知られたくない。
たとえ王都に着いたあとでも、出来るなら隠しておきたかった。
「まだ言ってなかったのか。大した情報でもあるまいに」
「マリエールさんは、知ってたんですね……」
「う、うむ。以前に聞かされておった」
「わたくしも、こっそり聞き及んでおりましたわ」
「じゃあ私だけ知らなかったんですか……。そんなの、ひどいです……」
ソラに隠し事をされていた。
それだけでもショックが大きいのに、マリエールには打ち明けていたなんて、彼女にとって自分はその程度の存在なのか。
セリムの胸の奥が強く締め付けられる。
一方で、ソラが最も避けたいのは、セリムに悲しい顔をさせること。
隠していた理由はセリムがどうでもいいからじゃない、その逆だ。
それだけは、彼女に伝えなくては。
「違くて、セリムだからこそ知られたくなかったの。もしかしたらあたし、嫌われちゃうかもしれないから……」
「嫌う……ですか?」
「セリムに嫌われちゃったら、すっごく嫌だから。セリムが大切で、大事だからこそ言えなかったの」
彼女に大切に想われている。
言葉として届けられるだけで、胸の痛みは不思議と引いていく。
「これ以上はまだ、言えない。でもいつか必ず伝えるから、それまで待ってて。あと、ごめんね。悲しい思いさせちゃって」
「……わかりました。私、待ってますから」
ソラが何を隠しているかはわからない。
一つだけ確かなことは、その秘密がどんな内容であれ彼女を嫌いになるわけが無い。
それだけは、確信を持てる。
両頬を軽く手で叩くと、セリムは気持ちを入れ替えた。
「では皆さん、気を取り直して。本来の目的に戻りましょう」
「して、まずはどうするのだ」
「ここは工業都市、この大陸でもっとも鍛冶師が集まる町です。アダマンタイトの聞き込みを重点的に行いましょう」
「しかし先ほど、ソラ様が既にこの町を訪れていたと仰っていましたわ。聞き込みは以前に済ませているのでは?」
「とのことですが、ソラさん?」
「いやぁ〜、まさかこんな近所に転がってるとは思ってないし、これから大冒険のはじまりだー! ってテンション上がってほぼ素通り……」
バツが悪そうに頭を掻く。
そもそも情報収集というアイディア自体、セリムが提案したもの。
セリムにとっては案の定の想定内。
「でしょうね、ソラさんならそうでしょう」
「さすがセリム様、よく理解してらっしゃいますわ」
「むぅ、褒められてないよね、これ」
兎にも角にも、この場所は世界一鍛冶師が集まる場所。
もしもアダマンタイトが実在するのなら、情報が拾える可能性は王都より高い。
「滞在している時間全てを情報収集に充てるつもりで、気合入れますよ」
「おっしゃ! 張り切っていくよ!」
方針を決定したところで、早速行動開始。
ひとまず人通りの多い中央通りを歩きつつ、情報が集まりそうな目ぼしい場所を探す。
「それにしても賑やか、と言いますか、活気に満ちてますね」
「でしょでしょ。割と好きなんだよね、この雰囲気」
通りに軒を連ねる店、その殆どが武器や防具を取り扱う店舗。
多くの職人が日々切磋琢磨し、技術を磨き合い、しのぎを削る。
行き交う人々も、良質な武器を求めて訪れた冒険者が目立つ。
「あたしの鎧もこの町で買ったんだよね、あとガントレットと剣も。ガントレットはあの時壊れちゃったし、剣はもっと前に折れちゃったけど」
「で、折れた直後に詐欺に遭ったと」
「本当に伝説の剣だと思ったのにさ、ひどいよね」
熱い鉄を叩いているのだろうリズミカルな槌の音の中、忙しそうにかけずり回る職人見習い、熱心に店先を覗いて回る冒険者。
流れる人の波をぼんやりと眺めていたマリエール。
その中に一瞬だけ、異質な出で立ちをした、見知った女の姿を見る。
全身黒ずくめの彼女はこちらを一瞥して気配を隠すと、また人ごみの中に隠れてしまった。
「あやつはまさか……。アウス、お主も気付いたか?」
「はい、お嬢様。この町にいたとは思いませんでしたわ」
錯覚ではなかったか、従者に確認を取る。
やはり見間違いなどではない、彼女はこの町にいたのだ。
「セリム、ソラ、突然で済まぬが、急用が出来た。情報収集は手伝ってやれぬ」
「へ? 急にどうしたのさ」
「説明してる時間は無い。見失わぬ内にいくぞ、アウス」
「御意のままに。それではお二人とも、失礼させていただきますわ」
一秒でも時間が惜しいと言わんばかりだ。
人ごみの中に分け入ると、すぐに二人の姿は見えなくなった。
「なにかあったんでしょうか。危険なことでなければいいのですが」
「んー、敵がいたならセリムを置いていくわけないし、心配いらないよ」
「確かに、ソラさんにしてはもっともな意見ですね」
「でしょでしょ。……あれ? 褒められてない?」
「褒めてますよ。よしよし」
「にへへ、もっと撫でてー」
頭を撫で撫ですると、ソラの顔がだらしなく緩む。
この反応が可愛くて、何かにつけて撫でたくなってしまう。
彼女はもはや、ソラ無しでは生きられないソラ中毒者。
ソラという沼に、頭の先まで全身余さずどっぷりと浸かっている。
抜け出すことは永遠に不可能だろう。
そもそも抜け出すつもりもないが。
「ところでさ、まずはどこ行くの?」
「そうですね、あそこなんてどうでしょう」
セリムが指さした先、冒険者ギルドに似た構造の建物がある。
「先ほどから観察していると、職人さんが多く出入りしています。おそらくは集会所か酒場、あるいは仕事の斡旋所でしょうか」
「よっし、決まりだね。早速行こう!」




