151 だとしたら、許してもらえませんよね……
「ター子がタキオンドレイクの子どもって……。セリム、間違いないの?」
「はい。あの子が出したワープゲートで確信が持てました。あれはタキオンドレイクと戦った時に見た時空の歪みと、全く同一のものです。根拠は他にもあります、たとえば——」
その体の特徴。
次元龍の体毛は白、長い毛に全身を覆われており、大きな一対の白い翼、獅子のような尻尾を持っていた。
口元からは長く細いひげを二本揺らし、頭頂部には二本の太い角。
可愛らしさは欠片も感じなかったが、スターリィの特徴とほぼ合致する。
「私に懐かない理由も、きっとこの子のお母さんを殺してしまったことを、薄々感付いているのではないでしょうか……」
「そっか。時空のポーチってタキオンドレイクの素材で出来てるんだもんね」
「次元龍を解体したのも師匠ですから、師匠が卵を持ってた理由も説明が付きますしね」
「……に、しては、孵るの遅くない? 次元龍倒したのって、もう二年も前でしょ?」
「それは……、分かりませんが。この話も所詮は憶測ですし、やっぱり師匠に全部聞かないと、はっきりとはしませんね。それよりも今は、研究所にお届け物です」
スターリィに関する謎は、まだまだ多い。
考えても答えがはっきりしない以上、やるべきは目の前のことを一つずつ片付けること。
二人は通信機器と思しき道具を届けるため、魔導アイテム研究所へと向かった。
○○○
評議塔地下、収監施設。
魔王主従に敗北して意識を失ったラギアは、武装を解除され地下牢に入れられた。
マリエールは彼女の意識が回復したとの報告を受け、オルダの部下を連れて地下牢へ。
そして今、鉄格子越しに二人は向かい合っている。
「……なんの用だべ。あてを笑いに来たずら?」
鉄格子の中でこちらを睨みつけるラギア。
彼女の手に嵌められている手枷は、魔力の発動を封じる効果を持ったマジックアイテム。
魔導アイテム研究所の制作だ。
「お主なんぞを笑いに来るほど暇ではない。お主には色々と、聞きたいことがあるのでな」
魔力の発動を封じられ、異形の姿に変身する術も持たないラギアはただの田舎娘であるが、それでも大規模攻撃を目の当たりにした兵士は及び腰。
彼女と魔王との対話を、遠巻きに見守る。
「まず、お主はノータモナの出身で間違いないな」
「そんなこと聞いて、どうするべ」
「答えよ」
「……そうずら。あてはたしかに、ノータモナの出。貧乏くさくてさっむい村の出身だよ」
「やはり、そうか……」
だとしたら、どうやってレムライアまで。
人身売買について知らされていないマリエールは、やはりそこが気になっていた。
「で、その寒村の出であるお主が、どうやってレムライアまで来たのだ」
「どうやってって、神様に選ばれたずら」
「……神様に?」
「あれは二十年くらい前、突然あての前に神様の使いが現れて、同じように選ばれた十人くらいの娘と一緒に、ここまで連れて来られたんずらぁ」
誘拐された時のことを回想しているにも関わらず、まるで王子様が迎えに来たかのような表情で語るラギア。
「どのようにレムライアに来たのか、それを尋ねておる」
「どうやってって、そりゃおめぇ神様の力でひとっ飛び……だと思うずら」
「だと思う……とは?」
「正直なところ、あんまり覚えてねぇんだぁ。神様の使いに会って、そしたらなんだか眠くなって、気が付いたらこの国に来てたんだべ」
つまり、なんらかの催眠をかけられ、レムライアに辿り着くまで意識は無かった。
そう言っているようだ。
しかし、若干不自然な点が目立つ。
大陸からレムライアまで、約一月もかかる。
その間ずっと意識を失っていては、衰弱死してしまうだろう。
それに、移動手段も謎のまま。
「……ふむぅ、本当にこれ以上は知らぬようだな。ところで先ほど、十人くらい一緒に来たと言ったが、その者たちは?」
「生贄になって、神様と一つになったずら」
「いけっ……!?」
穏やかではない単語が飛び出し、マリエールは仰け反った。
そしてラギアは嬉々として語りだす。
神様と一体となる名誉、神様の戦士に選ばれた栄誉、そして崇拝する神の偉大さを。
「分かってくれただか? 神託に従って神様の役に立つ、これはとっても幸せで、名誉なことなんずら」
「……よーく分かった」
彼女の洗脳は、かなり根深い。
その価値観を根底から覆すような決定的事実を付きつけない限り、彼女の意見は変わらないだろう。
下手に刺激しても意固地になるだけ。
肯定も否定もせず、その部分をつつくことを避けるしか、今は出来ない。
「それは良かったずら。でも、神様に心から服従していない不心得者が、一人いるんだぁ。まったくけしからんべ」
「ほう、それはどいつだ」
「ヘルメルを拐った、あの女だぁ。強いからって神様の戦士に選ばれて、でも神様には忠誠を誓ってないみたいなんだべ。あんな女、戦士はもちろん生贄になる資格すら無いずら」
「む……、そうか……」
逃亡中の敵の一人が信心深くない、程度の情報では状況が変わる可能性は低いが、新たな情報には変わりない。
その後も尋問は続いたが有益な情報は得られず、ひとまずマリエールは新たに得た情報を報告するために、尋問を切り上げた。
○○○
レムリウスの北部に広がる森林地帯。
命の泉よりも更に奥深く、鬱蒼と茂る森の中に石造りの古びた神殿が存在する。
彫刻で縁取られた壁と柱には苔が生え、ツタが絡まり、気が遠くなるほどの年月の経過を感じさせる。
神殿の中央には、宝珠を嵌めこむための窪みが付いた大きな扉。
この奥に、海神様が眠っていると言い伝えられている。
普段は誰も足を運ばないこの遺跡に今、五十人のレムライア兵が駐屯している。
救援として駆け付けたアウスも到着し、敵の襲撃に対する防備は万全。
そんな中、クロエとリースは更なる救援のために森の中を進んでいた。
「ねえ、リース。あんなこと言っちゃって案内役も付けて貰わなかったけどさ、地図だけでホントに分かるのかい?」
「心配ないわ。一応は山道があるようだし」
草木が生い茂り、手入れもされず、自然と同化しているが、それでもわずかに道らしきものがある。
「それよりも、敵が襲って来ないかを心配しなさい。危険地帯と同様に気を張って索敵すること」
「了解! 不意打ちされちゃたまんないもんね!」
「ええ、あの時のような不覚は、絶対に取らないわ」
不意を突かれて体勢を崩し、まんまとヘルメルを奪われた屈辱の記憶。
あんな無様は二度と晒さない、むしろこちらから奇襲をかけてやる。
索敵範囲を最大にし、周囲三キロ四方を探りながら、リースは森の中を進む。
「……あれ?」
そのまま十分ほど進んだ時、リースは突然に歩みを止めた。
「どうしたの、リース。もしかして敵を見つけた?」
「いえ、敵ではないのだけれど。おかしいわね、あの人がこんな場所にいるはずが……」
リースの索敵範囲はクロエよりも広い。
クロエの探知範囲外で、彼女は誰かの気配を発見したようだ。
「あの人って誰さ。勿体つけずに教えてよ」
「……ラティスさん。ここから西に約三キロ、何も無い森の中を歩いてる」
「ラ、ラティスさん!?」
居るはずのない人物の名前が飛び出し、クロエは驚愕する。
「な、何かの間違いじゃないよね……?」
「間違いないわ。これはラティスさんの気配。しかも、供も連れずに一人だけ」
「それって、危なくない? どこに敵が潜んでいるかわかんないのに」
「危ない、というより……怪しいわ」
「あ、怪しいって……。あの人は三元老だよ? この国のトップの一人なんだよ?」
「だからこそ、よ。……こっそり尾けてみましょう」
「ほ、本気……?」
返事を待たず、リースは気配を追って茂みの中へ。
「あー、もう。怒られても知らないからね!」
クロエも後に続き、二人は道なき道を草木をかき分け、木の枝を飛び渡って進む。
しばらく進んだところで、リースはクロエを手で静止、口元に人差し指を当てる。
どうやらラティスは近いようだ。
ここからは物音を立てず、慎重に。
気配を見失わないよう、付かず離れずの距離を保ちながら尾行し、ついに。
「……止まった。目的地に到着したようね」
「こんな森の中に目的地って……。地図には何も書いてないよ?」
「ますます怪しいわ……。距離は五百メートル、ここからは気配を殺して、物音も立てないように進みましょう」
コクリと頷き、二人は静かに木々を飛び渡り、草木の葉擦れを起こさないよう慎重に進んでいった。
意識を無くしたヘルメルの体を担ぎ、キリカは森を駆ける。
神託に従って森に逃げ込み、数時間無作為に走り回って捜査の目を逃れたあと、神託で指示された指定の場所へ。
彼女は他のメンバーと違い、神託を絶対視してはいない。
神様とやらも、信仰してはいない。
生贄にならないために自身を鍛え、戦士となり、生きるために神託に従っている、ただそれだけだ。
だからこの神子がこれからどうなろうが、知ったことではない。
ただ生きるために。
神託に従って与えられた任務をこなせば、生きていられるのだから。
「……そろそろだ」
神託で教えられた目的地はすぐそこ。
目標の遺跡を視認すると、速度を一気に上げ、森の中の広まった場所へと飛び出した。
そこは、石造りの遺跡の前。
人の気配はなく、ただ一人、男が立っているだけ。
白銀の髪をオールバックで撫でつけたその男の名を、キリカは知っている。
「あなたは、クリスティヌス・ラティス……! 三元老の一人が、どうしてここに……」
「どうしてって、ヘルメル君を受け取りに来たんですよ」
「取り返そうと? あなた一人でそれは、少し無謀過ぎる」
ヘルメルを背後に寝かせると、キリカは腕を振り、手首に仕込んだ刃を引き出す。
手甲剣を構える少女の行動を、ラティスは鼻で笑った。
「おっと、勘違いしないで頂きたい。私はあなた達の上司なのですから」
おもむろに懐に手を差し込み、彼が取り出したのはオレンジ色に煌めく宝珠。
それを目にした瞬間、キリカの目が見開かれる。
「それは……! 神の使いに渡したはずの、海神の宝珠……」
「ええ、そうです。これでお分かり頂けましたね。さぁ、ヘルメル君をこちらに引き渡しなさい」
「……わかった」
キリカは判断を下す。
生きるため、命令に従う。
武器を納め、ヘルメルを担ぎ上げて、ラティスに引き渡した。
「良い子だ。では、お疲れさま」
「——え」
ドスっ!
彼の引き抜いた直刀が、キリカの腹部を刺し貫く。
痛覚は感じない、そういう呪法をかけられているから。
彼女の脳を埋め尽くすのは、苦痛ではなく、困惑。
一歩、二歩と後ろに下がり、剣を引き抜いて、従うべき存在に問い掛ける。
「どうして……、私は完璧に、命令を遂行したのに」
「答えは簡単、あなた達がもう用済みだからです」
「用済み……って」
にこやかな表情を崩さぬまま、ラティスは言い放った。
「あなた達は実験動物。腕輪によって魔人化のデータは十分に取れたので、旧式のあなた達はお払い箱です。今までお疲れ様でした」
「そ、んな……っ」
生きるために、非道な命令にも従ってきた。
生きるために他人を蹴落として、生贄に追いやってきた。
全ては、生きるために。
そうして進んで来た道の、最後がこれか。
「では、大人しく死んでくださいね。これが最後の、あなたへの神託です」
「……認めない」
「はい?」
認めてたまるか。
ここまで生にしがみ付いてきたのに、ここで死を受け入れてたまるか。
神託が自分に死ねと告げるのならば。
「私を殺すなら、もう神には従わない」
左腕を高々と掲げ、紋章が紫色に輝く。
腕輪から滲み出た魔素が紋章に吸い込まれ、キリカの体は変貌を始めた。
肌が赤黒く染まり、刺し傷が見る見るうちに塞がっていく。
そして、両の手首の肉が硬化し、鋭く突き出して手甲剣状の刃へと変わった。
「私は、神託に反逆する。あなたを殺して、私は生きる!」
「……はぁ、やれやれ。身の程知らずもここまで来ると滑稽ですねぇ」
「……ねぇ、リース。これって一体どういう状況? それに、なんでもう一つ遺跡があるの?」
その一部始終を、クロエとリースは茂みの奥から覗いていた。
気配を殺している二人に、ラティスもキリカも気付いていない様子だ。
「どういうって……、遺跡は私も分かんないけど、あなたも話聞いてたでしょ? ラティスさんは敵だったのよ」
「あっさり受け入れるね……。ボク、まだ半信半疑だよ……」
三元老の一人であり、色々と協力してくれた彼が敵だった。
その事実をクロエはまだ受け止めきれずにいた。
「で、これからどうするのさ。ヘルメルさんを助けに飛び込む?」
「……いえ、少し待ちましょう。敵同士で潰し合ってくれるなら好都合。残った方を叩けばいいんだから」
「んー、ちょっと気が引けるけど。ひとまずは静観ってことだね」
直刀を構えるラティスと、両手の刃を翻すキリカ。
リースとクロエが見守る中、二人は一気に間合いを詰めた。




