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148 生きていたと分かっても、ちっとも嬉しくありません

 今からおよそ四十年前、シュウはノータモナ地方の寒村からレムライアへと連れてこられた。

 彼と共に誘拐された魔族は十二名。

 戦士としての資質を認められた彼を除く全員が、一年に一度の生贄として一人ずつ死んでいった。

 彼らを憐れんだことはない。

 死にゆく者に対する感傷など、持ち合わせていなかった。

 彼らは生贄として神に選ばれ、自分は戦士として神に選ばれた、ただそれだけ。


 シュウはレムライアの危険地帯で己のレベルを上げ、つい先日、ついに神の紋章を授かった。

 それから少し遅れて、金色の腕輪が支給される。

 紋章と腕輪、二つの力が重なり合い、彼は身も心も神に仕える戦士となった。

 神に仕える者として、神託は絶対。

 今回彼に下された神託は、ヘルメルの誘拐。

 そして、万一この神域に侵入を許した場合、ソレスティア・ライノウズを確実に殺すこと。




 トカゲのような怪物へと変貌したシュウ。

 思わず口をついて出たソラの素直な感想に、彼は激昂した。


「神より賜ったこの姿は俺の誇り、何よりも美しい! 貴様には分からないのか!」

「いや、全然」


 美的感覚は人それぞれとはいえ、ソラ的にあの姿はナシ。


「ふん、サルに芸術を理解させるようなものか」

「サルて。トカゲに言われたくないし」


 これ以上の問答は無用。

 シュウは四つん這いの姿勢から高く跳び上がり、天井に張り付いた。

 恐らくは手足の指に吸盤がついているのだろう。

 そのままの姿勢で、彼は大きく二度、尻尾を振る。

 先端部に大量に生えたトゲが数本抜け落ち、ソラ目がけて飛ばされた。


「こんな攻撃、避けるまでも——」


 小さなトゲが当たったとしても大したダメージにはならないと判断し、その場で迎撃しようとするソラ。

 しかし、そんな無意味な攻撃をするだろうか。

 何となく嫌な予感が過り、素早く飛び退いた。

 彼女のいた場所に、トゲが数本突き刺さる。

 石を穿つ程度の威力はあるようだが。


「ほう、いい勘をしている……」


 やはり、何か仕込まれているらしい。

 恐らく麻痺性の毒か何か、ソラの予想はそんなところ。

 抜け落ちた尻尾のトゲは、瞬時に生え変わる。

 これも再生能力の一部だろう。


「セリムは何もしなくていいよ! こいつはあたし一人で、倒して見せるから!」


 天井にへばり付いた敵に向かい跳躍。

 白銀の剣閃を見舞うが、シュウはカサカサと天井を這って回避。

 攻撃は空振りに終わり、落下するソラに目がけて尻尾のトゲが大量に飛ばされる。


「この、黒いアレみたいにカサカサと……っ!」


 素早く剣を振るい、次々に叩き落とす。

 残るは一本だけ。

 このトゲに仕込まれたモノがなんなのか、ソラは試してみたくなった。


「もちろん、実験台はあたしじゃなくてっ!」


 最後の一本を、巧みな剣さばきで弾き返す。

 180度軌道を曲げられたトゲは、真っ直ぐにシュウへと向かい、その皮膚に突き刺さった。


「あがぁっ!?」


 ピクリ、と赤黒い体が跳ね、天井から指が離れると、そのままトカゲの怪物は落下し、倒れ込んで悶え苦しむ。


「大成功、やっぱり毒が塗ってあった!」


 口の端から泡を吹き、胸を抑えて悶絶するシュウの様子を見るに、致死性の毒と推察できた。

 少しでも掠ってたら危なかった、ソラは胸を撫で下ろす。


「にしし、どうよ、セリム! あたし一人でバッチリ勝てたでしょ!」


 ブイサインを作りながら、セリムの方を向いて笑うソラ。

 八重歯を覗かせた大好きな笑顔。

 しかしセリムは笑い返さず、青ざめながら叫ぶ。


「ソラさん、油断しないで!」

「へ?」


 すぐさま敵へと目を戻すと、既に猛毒のトゲが大量に飛ばされていた。

 回避が間に合わない。

 トゲの大部分が鎧に弾かれるが、一部がふとももや二の腕に突き刺さった。


「——あ」


 ドクン。

 心臓の鼓動が大きく跳ね、刺さった部分から肉が溶けるような痛みが広がっていく。

 ソラは膝をつき、前のめりに倒れ込んだ。


「なん、でっ……!」


 シュウは何事もなかったかのように起き上がり、ソラへと近づく。


「毒を使う俺が、自分の毒を食らった時のことを考慮していないとでも思ったか?」

「それっ、て……」

「俺の作った毒は強烈過ぎて、食らうと俺も命を落とす。だから万一食らっちまった時のために、解毒薬を用意していたのさ」


 ソラの目の前まで歩みを進めたシュウ。

 腕に生えた鋭いヒレで首を切断するつもりなのだろう、右腕を曲げて構える。

 ソラは起き上がろうとするが、全身が焼けるように熱く、手足の感覚も失われている。

 ただただ口の端から泡を吹き、首を押さえて悶えることしか出来ない。


「あがっ、ぐ……っ」

「案外呆気なかったな、さらば——」


 トドメを刺そうとしたその瞬間、小さな丸薬が彼の目の前を通過した。

 まるで意思を持っているかのような軌道でソラの口内へと到達し、ソラは反射的に飲み込む。


「ま、まさか今のは……!」

絶対投擲インペカブル・シュート。万能解毒丸を投げさせて頂きました」

「おのれっ……!」


 すぐさま介錯に移ろうとするが、振り下ろしたヒレは白銀の刃に弾かれた。

 衝撃に耐えきれず、細かなヒビが入り、ポロリと崩れ落ちる。


「セリム、ありがと! また頼っちゃったね」

「もっとどんどん頼ってください。ほんと、危なっかしくて見てられませんよ」


 毒素が抜け、ソラは完全復活を遂げた。

 砕けたシュウのヒレはすぐに再生するが、間合いを離そうとする彼をソラは逃がさない。

 背後に飛び離れた敵にすぐさま肉薄し、気鋭斬オーラエッジで猛然と攻め立てる。


「こんなっ、俺の毒がこうもあっさり、解毒されるだとっ!」


 ヒレでは強度が足りない。

 爪を伸ばし、硬く束ねて剣のような形状に変えて応戦するが、接近戦ではソラの方が実力は遥かに勝っている。


「解毒薬と特産青汁を創造術クリエイトで合成した逸品です。この世に消せない毒はありませんよ」

「つまり、もうあたしにコイツの毒は効かないってことだね!」

「毒は効きますから! 解毒されるまで動けなくなりますから! もう当たらないでください!」

「心配無いし! このまま押し切るっ!」


 鋭い踏み込みから繰り出されるソラの連撃。

 シュウは急所を防御するだけで精一杯。

 何度も気鋭斬オーラエッジを受け止める中で、爪が次第にひび割れていく。

 このままでは——。


「おのれっ、俺は、俺は神に選ばれた戦士っ! その俺がっ、こんな簡単にっ……!」

「今のあたしとセリムに勝てると思う方が、おめでたいってのっ!」


 バキィイイイィィィン!


 とうとう限界が訪れた。

 両手の爪剣がまとめて、根元からへし折れる。

 宙を舞う爪を、シュウは茫然と見つめた。


「ば、かなっ……」

「コイツで、終わりっ!」


 ヒュバッ!


 最後の一閃。

 気鋭斬オーラエッジが敵の左手の腕輪を叩き割った。

 クロエの情報通り、腕輪は物理的な衝撃に極端に脆い。

 腕輪と宝珠を破壊された途端、シュウの体は急速に、元の魔族の肉体へと戻っていく。

 魔物化が維持出来なくなったシュウは、愕然と両膝を付き、その場に崩れ落ちた。


「ありえ、ない……、俺は神に選ばれた……」

「ふぅ、いっちょ上がりっ」


 今度は油断せず、切っ先を敵に向けたまま、ほんの少しだけ気を抜く。


「あたしとセリムのコンビでかかれば、こんなもんだよね」

「私がいなければ負けてましたよ、ソラさん。あんまり調子に乗らないように」

「あ、あれはだって、セリムに褒めて欲しくて……」

「だからって気を抜き過ぎです。なでなでは後でしてあげますから。それよりも今は、この人です」


 すっかり心を折られ、戦意を喪失したシュウ。

 彼には色々と聞かなければならない。

 セリムがソラの隣に駆け寄ると、ようやくソラは警戒を解き、剣を鞘に納めた。


「さて、あなたには聞きたいことが山ほどあります。まず、アザテリウムとはなんなのですか」

「俺は……、神に選ばれ、……そうか、戦士としては……、今年の生贄もまだ……、なら道は一つ……」


 シュウは質問には答えず、虚ろな目で立ち上がる。

 そのままふらふらと祭壇まで歩き、ゆっくりと舞台によじ登った。


「ま、待ってください! 何をしようとしてるんですか! 質問に答えて——」


 祭壇の上に横たわったシュウは、邪神像に向かって叫ぶ。


「さあ、神よ! 我が命を糧として、大いなる祝福ををををぉぉぉぉおぉッ!!!」


 彼の叫びに呼応するかのように、邪神像の目が紅く光る。

 そして、祭壇の上にホースのワープゲートそっくりの空間の歪みが出現した。


「あぁ、俺は今から、神と一体になれる。神の御許で、永遠に祝福される


 恍惚とした表情を浮かべる彼の体がふわりと浮き上がり、全身がゲートに吸い込まれた次の瞬間。


「——あ、あぎゃああああぁあぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁっ!!!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が響き渡った。

 同時にゲートの中から、パリパリ、ゴキっ、クチャクチャっ、という音が聞こえてくる。

 やがてゲートから頭蓋骨が吐き出され、空間の穴が閉じた。

 あまりの出来事にソラは絶句したまま立ちつくし、セリムは頭を抱えて震えていた。


「な、なに、今の……」

「い、嫌……っ。あの人……、食べられたんですか……っ? 一体何に……?」


 地下神殿は何事もなかったかのように静寂に包まれ、ただ祭壇の上に転がる頭蓋骨が、今起きたことを現実だと物語っていた。

 我に帰ったソラは、目尻に涙を浮かべて震えるセリムを抱きしめ、落ち着かせる。

 ショックのあまり小刻みに震える恋人の背中をゆっくりと撫で、もう怖くないよ、と何度も言い聞かせる。


「……ごめんなさい、ソラさん。もう、大丈夫です」

「うん、仕方ないよ、あれは。あたしだって正直、すっごく怖かったし」


 ともあれ、今出来ることは情報を集めること。

 敵は何者なのか、何人いるのか、狙いは何なのか。

 少しでも手がかりを集めるため、二人は一階の研究フロアへと向かった。



 散乱する資料を漁ると、すぐに情報は見つかった。

 この団体の名称は、アザテリウム。

 海邪神・トゥルーガを崇める団体らしい。

 構成メンバーは四人。

 大神官・シュウ。

 大司教・キリカ。

 司教・ラギア。

 司祭・ギガンテラ。


「……妙ですね」


 資料を検めるセリムは、首を傾げた。

 このような大掛かりな企てをする宗教団体にしては、あまりにも規模が小さすぎる。


「他に何か、目ぼしい資料はありませんか?」

「んにゃぁ……、これなんかどう?」


 ソラに資料漁りを任せたのは失敗だっただろうか。

 先ほどからどうでもいい資料しか渡してこない。

 自分で探した方がよさそうだ、と思いながら新たな羊皮紙に目を通し、


「これって……」


 思わず目を見開いた。

 資料の日付は四十一年前。

 大陸から送られてきた、十三年分の生贄のリスト。

 見知らぬ名前ばかりだが、その中に一つ、シュウという名前があった。


「つまり、構成員の四人は全員、大陸から送られてきた邪神の生贄の生き残り……?」


 そうと考えれば辻褄が合う。

 つまり、このアザテリウムという少数組織は。


「誰か他の、生贄を取り寄せた誰かが作り上げた……」

『はいっ、大当たり〜! ぱちぱちぱち』


 礼拝堂の方から、覚えのある声が聞こえてきた。

 セリムとソラは顔を見合わせ、すぐさま研究フロアを飛び出す。

 暗い廊下を走り抜け、礼拝堂へと辿り着いた二人だが、声の主の気配を感じない。


「一体どこに……」

『どこ見てんのさ、ほら、こっちこっち』


 声が聞こえるのは祭壇の方。

 振り向くと、巨大な魔力ビジョンに彼女の顔が映し出されていた。

 吐き気を覚えるほどそっくりで、見覚えのあるその顔。

 彼女の素顔について聞かされていたソラも、思わずセリムと何度も顔を見比べてしまう。


「やっぱり生きてたんですね、マイル!」

「ほ、ほんとにセリムにそっくり……」

『僕の名前、覚えててくれたんだぁ。嬉しいなぁ』


 どういう仕組みなのか、こちらの声も向こうに届いている。

 魔力ビジョンによる中継は、音声を届けることは出来ないはず。

 そもそもカラーでこれほど鮮明な映像を送れるとなれば、それだけで歴史を変えるほどの大発明なのだ。


「あなた、今どこにいるんですか!」

『すっごく遠いところ、とだけ言っておくよ。あ、ちなみにこれが、彼らが言ってた神託の正体』


 画面の中のマイルは、フードを被ると、こちらに背中を向ける。


『こんな感じでさ、声もちょっと作ってやって命令下したら、あいつらホントに神様だと信じちゃってんの。まじウケるっ』


 こちらを向いてフードを取り、両手を叩いて大笑いするマイル。

 セリムもソラも、不快感しか感じない。


「あの人たちをさらって、騙して、一体なにを企んでいるんです!」

『愛しいキミにも、それはさすがに教えられないなぁ。あ、でもこれは言ってもいいかな』


 一体なにを言うつもりなのか、なんであろうが間違いなく不快になるだろうが、一応静観する。

 向こうから情報をくれるというのだから。


『あの四人さ、実験動物なんだよ。ブロッケンのデータを活かした、魔人化の実験台』

「実験台……ですか」


 予想はしていた、していたのだが、やはり胸糞悪くなる。

 同じ顔をしているという事実が、腹立たしさをますます加速させる。


『ブロッケンみたいに紋章だけだとさ、危険地帯で直接魔素を吸い上げなきゃ変身できないじゃん? しかも力を使いすぎると際限なく魔素を吸い上げて暴走しちゃう。だから魔素を閉じ込めたあの石を使って、吸い込む量を制限してやればいいわけだ。結果としては、暴走はしなかったけど強さの方がイマイチだねー。魔素の容量不足が原因かな? そこが次の課題だね』

「……もういいです。黙ってください、不愉快です」

『おぉっと、つれないなぁ。ま、今回は挨拶だけだから。バイバーイ』



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