139 海上都市は、まるで別世界です
アーカリアス大陸西の洋上に浮かぶレムライアは、四つの島から成る、魔族の住まう海洋国家だ。
その政治経済の中枢がアストラス島。
国民の実に半数以上がこの島で暮らしている。
セリムたちを乗せた船は約一カ月の船旅の果て、この島に存在する首都レムリウスの港に入った。
入江の中から陸地を見回せば、白と青に彩られた街並みが広がっている。
水路が張り巡らされ、多くの橋が渡された海上都市の風景に、セリムたちは息を呑んだ。
接岸し、錨を降ろし、帆を畳んで足場を渡して、まずはマリエールとアウス、続いてターちゃんを抱えたリースが上陸。
そしてセリムたち三人も、揺れる船の上から陸地へと一カ月ぶりに降り立った。
「……足下が、揺れません!」
「そ、そうだね……! なんか、変な感じかも……」
「違和感があるっていうか、まだ揺れてる感じするよ、ボク」
埠頭の上は一切揺れず、一月もの間船に揺られ続けた彼女たちは猛烈な違和感に襲われる。
「ふふっ、クロエったら何を言ってるの? もう陸の上なのだから、揺れるはずがないじゃない」
「わふぅ」
「そ、そうだけどさ……。あとリース、体揺れてるよ。なんか左右に揺れてる」
やれやれ、と言った風に肩を竦めるリースだったが、彼女の体は振り子のように左右にゆらゆらと揺れていた。
一緒にターちゃんも左右に振られ、垂れた耳が左右に傾く。
ツッコミを入れるクロエの体も揺れている。
「あはは、多分一日くらいは抜けないんじゃないッスかね」
体を揺らす四人に苦笑いしつつ、声をかけるジュリー。
他の船員たちは各々の持ち場で仕事を始め、積み荷の運び出しも始まっている。
「うぇぇ……、そんなに……」
「特に寝る時は強烈だと思うッスよ? 大地が揺れてるッスから」
「今から心配になってきました……」
果たして今夜は眠れるのだろうか。
彼女の脅し文句に不安になりつつも、セリムは航海途中で仕留めた獲物について尋ねる。
「ところで、リバイアスホエールなんですけど。あんな大きな肉塊持て余しちゃうので、引き取って貰えませんでしょうか?」
「え? いいんスか!? こっちとしては願ってもないんスけど」
「いいんです。あまり大きな物は旅の邪魔になりますし。……売りに出そうにも、こんなものを仕留めたのか、的な目を向けられそうですしね……」
あんな化け物を仕留めましたと言えば、また化け物を見るような目で見られてしまう。
それはセリムのメンタル的に、大変ご遠慮願いたい案件だ。
「じゃ、凍らせて地面にでも置いといて欲しいッス」
「はい。マリエールさん、お願いします」
「なんだ、余を便利に使いおって……」
アウスと共に今後の予定を話し合っていた魔王様は、セリムの呼びつけに渋々ながら答えた。
セリムがポーチから取り出して片手で掲げた約十メートルの肉塊に杖を振りかざし、瞬時に氷漬けに。
これを七回繰り返し、中ほどから折れた角と合わさって、ほぼ全身が埠頭の上にズラリと並んだ。
「はぁ、壮観ッスねぇ。魔王様、お疲れ様ッス」
「うむ、だがもうちっと丁寧に労っても良いのでは……。いや、ここは器の大きさを見せるとするか……?」
魔王様が対応に悩んでいると、若い男性が数名を引き連れてこちらへとやってきた。
リースはターちゃんの姿を見られないよう、急いでセリムに引き渡し、ターちゃんはすぐさまポーチの中に頭から突っ込まれた。
マリエールの目前で立ち止まった青年は、白銀の髪をオールバックに撫でつけ、にこやかな笑みを浮かべている。
当然ながら彼も魔族。
耳が尖っているため一目瞭然だ。
服装は、白のローブの上に紋様の描かれた直垂を付けた独特の出で立ち。
レムライアの正装なのだろうか。
「魔王殿、遠路遥々ようこそレムライアへ。お初にお目にかかります。私はこの国を治める三元老の一人、クリスティヌス・ラティスです」
「む、ラティス殿か。書面でのやり取りはしておったが、こうして顔を合わせるのは初めてであるな」
手袋を取り、右手を差し出したラティス。
マリエールが握手に応じると、リースも彼の前に進み出る。
「初めまして、ラティス様。私はアーカリア王国第三王女、リース・プリシエラ・ディ・アーカリアですわ」
「おぉ、あなたがリース王女ですか。魔王殿からの伝書でお話は伺っておりましたが。アイワムズとアーカリア、両国の要人が我らが国にひと時に訪れるとは、なんと目出度い。ささ、早速案内致しましょう。皆さま、どうぞこちらへ」
魔王城に居た頃から、マリエールは何度もレムライアと伝書による通信を行っている。
そのため、到着する日程もやってくる顔ぶれも彼は知っていた。
ラティスは部下を引き連れ、マリエールとリースを伴って町の方へと歩き始める。
アウスとクロエも、それぞれに彼女たちの後に付いていった。
その様子を見たセリムは、急いでジュリーに頭を下げつつ、ソラと共に彼女へと別れを告げる。
「そ、それではジュリーさん、長い間ありがとうございました! どうか、帰りもお気を付けて!」
「また危険海域に突っ込んだらダメだからね! 今度はあたしたちいないんだから」
「あはは、気を付けるッス。そいじゃ、どうかお元気で!」
忙しなく別れを告げると、セリムたちは小走りでマリエールたちに追いついた。
一行は埠頭を抜けて街の中へ。
洋上に浮かぶこの国は他文化との交流による汚染が起こらず、古来よりの独自の文明が続いている。
白い壁と青く丸い屋根で構成される、丸みを帯びた独特な建造物が立ち並び、道も角ばってはおらず、曲がり角は全て丸みを帯びたカーブ。
この国特有の建築に、クロエは目を皿のようにして辺りを必死に見渡し、目に焼き付ける。
一般市民が着ている服もセリムたちのような服ではなく、魔術師が儀式の際に着るローブのような服装。
彼らにとってはセリムたちの服こそが珍妙極まりないものであり、ジロジロと不躾な視線を送られる。
「あ、あの、なんか浮いちゃってますね、私たち。この可愛らしい服も、この国に限ってはお洒落じゃないんですね……」
「セリム、元気出して、胸張って歩こう?」
「べ、別に落ち込んでませんから! 恥ずかしくなんてないですし、この服は可愛いんです!」
もはや勝負服と化しつつある、ケープにミニスカートのスタイル。
この服装が一番似合うとソラに言って貰ったあの日から、彼女の一番のお気に入りだ。
上陸に際して恥ずかしくないようにとの思いからチョイスしたのだが、アテが外れてしまった。
「ところでお姫様、街の中心にある大っきなお城、あそこに王様が住んでるの?」
「さ、さあ……。私もレムライアについては詳しくないから……」
「あれ、リースがあっさり知らないって認めるの、珍しいね」
ソラの質問に対して分からないと答えるなど、彼女のプライドが許さないと思ったのだが。
意外な回答に、クロエは思わず口に出してしまう。
「知らないことを知ってるふりしても仕方ないわよ。アホっ子の質問に答えられないのはひっじょーぉに不本意だけれど」
「ぶぅ……」
脹れっ面になったソラの頬。
セリムが突っつくと、途端にしぼむ。
クスリと笑うセリムと、微笑み合うソラ。
イチャつきのダシに使われた感に、リースをどっと疲れが襲う。
「この国に、王というものはおりません」
彼女たちの会話が届いていたのか、先頭を歩くラティスが疑問に答えた。
「あれは評議塔。我ら三元老が政治を取り仕切る、国家の中枢に御座います」
「三元老……? そういえば、先ほどもそんなことを仰ってらしたわね」
「左様。三元老とは民によって選ばれた、一定の任期の間政治を取り仕切る者たちのこと」
「民が、為政者を選ぶ……?」
思いもよらぬ回答に、リースは目を丸くした。
王族としてこの世に生を受けた時から、為政者となるため徹底的に教育を叩き込まれる。
そうして培われた知識と覚悟も無しに、為政者としての役目が務まるのか。
「ははは、さぞ驚かれたでしょう。大陸の方では王族が国を治めている、私もよく存じておりますとも。王族であるリース様にとっては、到底受け入れがたいでしょうな」
「い、いえ……。他国の文化を否定するつもりはありませんわ。少々驚いたのは事実ですが」
「このレムライアには十二名家と呼ばれる十二の一族がおりまして。百年に一度、その家の中から一人の代表を選出し、十二人の中から国民投票で三名を選ぶのです」
「なるほど。その十二名家が王族や貴族の代わり、という訳ですわね」
ラティスの説明に、リースは納得いった様子で深く頷く。
なるほど、そのシステムならば互いに切磋琢磨し、より優秀な為政者が誕生するかもしれない。
——権謀術数も渦を巻きそうではあるが。
「ねえセリム、クロエ。意味分かる?」
「よく分かりません」
「ごめん、建物に夢中で最初っから聞いてなかったや」
話の内容にまるで付いていけず、完全に置いてけぼりを食らうソラとセリム。
彼女たちはただ、頭の中にクエスチョンマークを浮かべながら最後尾を付いていった。
○○○
円形に造られた広い水路に掛けられたアーチ型の長い橋を渡り、水路の中心にある浮島、そこにそびえる青みがかった巨大な塔へと一行は案内される。
史上初となる、アイワムズとアーカリア両国の王族の来訪とあって、レムライアの兵士たちが橋の両脇にズラリと並び、盛大なファンファーレと共に出迎えた。
評議塔もまた、この国特有の独特な建造物だ。
形状はくびれを帯びた円錐状。
一階部分の直径は非常に大きく、上に行くにつれて細くなっていく。
高さは軽く二百メートルはあるだろうか。
橋を渡り終えたセリムは、慣れない特別待遇に顔を引きつらせている。
「す、凄い歓迎ですね……」
「そ、そうだね……。なんでボクたちまで、こんな扱い受けてるんだろう……」
クロエも同調し、気の小さな二人だけの庶民同盟は自らの境遇を嘆く。
「んにゃ? 大歓迎されるのって気持ちよくない?」
「全然ですよ、場違い感しかしないですよ……」
「生きた心地しないよね、ホント……」
脳天気な顔を向けるソラは、特別待遇に慣れた貴族のお嬢様だ。
普段一緒にバカをやっているソラとの根本的な違いを、クロエは時折り嫌という程思い知らされる。
塔の中へと足を踏み入れると、内装もまた独特。
内部の通路は丸く曲がりくねり、壁と天井の区別は無く半円状になっている。
「あの……、この国、色々と丸いですよね」
「うむ、そうであるな。余も少々驚いておる」
「奇妙に思われるでしょうが、丸みを帯びたものは縁起が良いとされているのですよ」
魔王とそのお供の疑問に対し、ラティスはにこやかに回答した。
「なんでも魔除けの効果があるとか。実際のところ、効果の程は分かりませんが。まあ迷信の類いでしょうがね」
「魔除け……ですか」
彼の口ぶりから察するに、詳しい伝承などは伝わっていないのだろう。
形骸化し、形だけが受け継がれているといったところだろうか。
「ふむぅ……。アウスよ、余はどうにも落ち着かぬ。まさか部屋の中も丸みを帯びているのではなかろうな」
「では魔王様。どうぞわたくしの胸に顔を埋めてお過ごし下さいませ。さすれば部屋の内装など気にならぬでしょう」
「むぅ、もしもそうであればくつろげそうにないぞ」
メイドの変態的提案を完全に無視しつつ、魔王様は宿泊することになる部屋の心配をする。
長い螺旋階段を登り、一行は塔の中腹ほどまで上がった。
丸い窓の外には、丸みを帯びた白と青の街並み、青い水路と広がる大海原のパノラマが広がっている。
その絶景に彼女たちは目を奪われるが、足を止めている暇は無い。
景色を楽しむのは自由時間を手に入れてからだ。
やがてラティスはとある部屋の前で足を止める。
部下が扉を開き、彼は優雅にお辞儀をしつつ一行を招く。
「さあ、どうぞ。こちらの部屋にて、他の三元老も御到着をお待ちかねです」
招きに応じて、まずマリエールが足を踏み入れた。
部屋の中は廊下側こそ丸みを帯びているものの、奥の側は至って普通に角ばっている。
この構造ならば落ち着けそうだ。
部屋は会議室だろうか。
青みがかった白の壁紙が貼られており、調度品は花瓶や絵画、壺など観賞目的のものだけ。
部屋の中心には円卓が置かれ、その席には中年の男性が座っていた。
マリエールが席につくと、アウスはその傍らに控える。
「アウス様、席は十分にございます。貴殿も賓客、どうぞおかけになってください」
「……では、僭越ながら」
ラティスの勧めに従い、アウスも腰を下ろす。
続いてリース、ソラも椅子に座り、庶民二人は入り口でオロオロ。
「お二人もどうぞ、遠慮なさらず」
「い、いいんでしょうか……」
「場違いだよ、絶対場違いだよ……。なんでソラ、何にも考えずに座れるんだよ……」
彼女たちもそれぞれ席につき、最後にラティスが中年男性の隣に腰を下ろした。
中年の男性はラティスと同じ形状の服を着ており、その髪は青色。
骨ばった顔をしており、かなりガタイが良い。
しかし目尻は垂れ下がっており、表情も温和なため、強面な印象は受けない。
「ほっほっほ。皆さま、ようお越し下さいました。わたくし三元老の一人を任されております、マイスティ・オルダと申す者。何とぞよしなに。ほっほっ」
「そしてこちらが——おや、彼女がいませんね」
残り一つの席が空席となっていることに、ラティスは怪訝な表情を浮かべる。
「彼女ならば禊ぎに行っておりますな。なにせ彼女は神子でもありますから。ほっほ」
「なるほど、そうでございましたか。では、最後に私の自己紹介を。先ほども名乗らせて頂きましたが、私はクリスティヌス・ラティス。若輩ながらこのレムライアを治める、三元老の一人です」




