110 最高難度の調達依頼、無事に達成です
その実在すら疑われる、伝説の鉱石・アダマンタイト。
ソラもクロエも、ずっと世界最強の剣の素材となるこの金属を追い求めてきた。
クロエは自らの手で世界最強の剣を鍛え上げるために、ソラは世界最強の剣をその手に握るために。
夢にまで見たその鉱石がいよいよ手に入る時が来た。
「でね、クロエ。約束通り、あたしの持つ最強の剣、クロエに鍛えて欲しい」
「本当に、ボクでいいの? 親方じゃなくて、ボクでいいの?」
「もっちろん! 他の誰でもなく、クロエに鍛えて欲しいんだ。勘違いしないでよ。クロエに夢を叶えて欲しいとかそういうんじゃなくて、純粋にクロエの腕前を買って依頼するんだから」
「ソラ……。うん! 任せてよ! ソラのためにボク、全力で腕を振るうから!」
右腕同士を固く握り合い、女の友情を迸らせるクロエとソラ。
見果てぬ夢を追いかける親友同士の純粋な絆と信頼関係が、そこには確かにあった。
セリムは盛り上がってる二人に申し訳なさそうにしつつも、おずおずと口を挟む。
「あの、アダマンタイトを創造術する前にですね。ソラさんの剣をミスリルのインゴットにしてもらわないと……」
「あ、そうだった。クロエ、まずこの剣をインゴットにして欲しいんだけど、頼めるかな」
椅子の脇に立て掛けていたミスリルの剣を、ソラは名残惜しそうに差しだす。
アダマンタイトの素材となるミスリルは希少金属。
ごくわずかな量だけが出回っており、安定して採掘出来る鉱床もみつかっていない。
立地の良い家を土地ごと十軒は買えるような、貴族ですら中々手を出せない法外な価格で取引されている。
ソラのように冒険の中で偶然手に入れたのでもなければ、一介の冒険者には無縁の代物だ。
「この剣、思い出深い品なんだろ? いくらミスリルが希少とはいえ、素材に使っちゃってもいいのかい?」
「いいの。どうせアダマンタイトの剣を手に入れたら用済みになっちゃうし、倉庫の奥で埃をかぶって眠らせるよりも、新しい剣としてこれからも一緒に戦いたいから」
これまで苦楽を共にしてきた剣と、これからも共に戦うために。
武器に命を預けるソラの想いを、クロエは確かに受け止めた。
彼女から剣を受け取り、その重みを噛み締める。
「……わかった。確かに預かったよ、ソラ。すぐに取りかかるから」
「うん、よろしくね」
両手でツヴァイハンダーを抱え、席を立つ。
そのまま颯爽とその場を後にしたクロエ。
ドアノブに手をかけた瞬間、彼女は心細そうにこちらを振り返った。
「ごめん、道わかんないからついて来て……」
○○○
リースの屋敷に併設された鍛冶場。
クロエは炉に火を入れて空気を送り込み、ミスリルが溶ける温度まで上げていく。
「……暑いわね、鍛冶場の中って。あなた、よく毎日こんなところに籠ってたわね」
「まあね。集中すれば暑さなんて気にならないよ」
道案内のために同行したリースは、炉が稼働中の鍛冶場に対して率直な感想を漏らした。
この鍛冶場は彼女の所有物であるが、足を踏み入れるのはこれが二度目。
完成した日に一度目を通したきりで、以降の維持管理は当然ながら使用人らに任せていた。
「暑いんなら外にいればいいのに。てかなんでお姫様まで鍛冶場についてきたのさ」
「何よ、アホっ子。ここは私の所有する鍛冶場なのだけれど。所有者がいちゃ悪いかしら」
「悪くないけどさ、危なくない?」
「あなたに心配されるほど間は抜けてないつもりよ」
「むむむ、人がせっかく心配してやってるのにぃ」
口喧嘩に発展しかねない二人と、そんな二人の間でオロオロするセリム。
クロエは抜群の集中力を早速発揮し、一切気に留めずに炉の温度調整をする。
「よし、調整は済んだよ。ソラ、剣を炉に入れるけど、いいかい?」
「ちょっと待って」
炉の脇に立て掛けられた群青のツヴァイハンダーを、ソラは手に取って鞘から抜く。
両手で握って構えると、グリップが手に馴染み、心地よい重みが腕にかかる。
しばらくそうして構えた後、構えを解いて大きく息を吐き出し、そのコバルトブルーの刀身をじっと見つめた。
「……ふぅ、今までありがとう、あたしの剣。さよならは言わないよ、これからもよろしくね」
最後に言葉をかけ、クロエに差しだす。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いいんだよ。剣にそこまで愛着持てる人も中々いないから、鍛冶師としてはむしろ嬉しいくらいさ」
留め金を外して柄を分離させ、純粋なミスリルの塊となった刀身。
ソラが名残惜しげに見つめる中、炉に入れられ、炎の魔力石に埋もれて見えなくなった。
「インゴットに出来るまで時間がかかるから、その間外で話でもしてるといいよ。馴れてないと暑いでしょ」
「ですね。ちょっと暑いかもです」
「なら丁度いいわ。英雄さん、あなたとは一度じっくり話してみたかったの」
「……はい? 私と、ですか?」
不思議そうに自分を指さすセリム。
リースは面白そうに頷き、鍛冶場の鉄扉を開けた。
セリムとソラも後を付いていき、三人は屋敷前の広場に設置された長椅子に座る。
並びは左から、リース、ソラ、セリムの順。
自分の隣に陣取ったソラに対し、リースは非常に鬱陶しそうな目を向けた。
「……あの、私は英雄さんと話したいと言ったはずよ。なんであなたまでここにいるのかしら。あまつさえ間に割り入っているのかしら」
「一人でいても退屈じゃん!」
「はぁ、まあいいわ。あなたも大変ね、これのお守りをずっとしてるなんて」
「いえ、好きで一緒にいるんですから。……あ、違っ! 好きって別にそういう意味じゃないですから、勘違いしないでください!」
憐れみの言葉をかけたにも関わらず、赤面からの過剰反応で返された。
軽く流せば良かったものを、この反応でリースは容易に全てを察してしまう。
「……ああ、そういうこと。御馳走様」
「な、何がですか! なんですか、その全てに納得したような目!」
「いやぁ、セリムは今日も可愛いねぇ」
「かわっ……! ソラさんまで何を……っ!」
もはや気持ちはバレバレ、好きの気持ちをちっとも隠し通せていないセリム。
この時ソラは勝利を確信し、明日の夜から始まるセリムとのめくるめく日々に想いを馳せ始めた。
「別に気にしなくてもいいわよ。私はあなたの恋愛事情に興味があるわけじゃないし」
「れ、れ、恋愛ってぇ……! じゃ、じゃあ何に興味があるって言うんですか……! わ、私の強さとか、ですか?」
「その辺りのことは大体知っているわ。マーティナ・シンブロンの弟子、セリム・ティッチマーシュ。冒険者レベル98、規格外の強さを誇る世界最強、救国の英雄。ここまでどんな旅をしてきたかも、クロエから聞いてる」
「クロエに教えたのはあたしだよ!」
「……凄いわね。途端に信憑性が揺らいだわ」
横から口を挟んで自己主張するソラ。
彼女の発言によって、リースはクロエから聞いた情報を洗い直す必要に駆られた。
「とにかく、私が知りたいことはそんな表面的な情報ではないの。あなたの人となり、英雄さんの内面について知りたいの。クロエの親友を名乗る者同士、ね」
「私の内面、ですか……」
突然そう言われても、何を話せばいいのか。
セリムが困惑する中、リースは言葉を続ける。
「難しく考える必要はないわ。要はただ、お話しましょうってだけだから。まずは私のことから知って貰わないとね」
自分の胸に手を当てながら、リースは堂々とした態度で自己紹介をする。
「私はリース・プリシエラ・ディ・アーカリア。この国の第三王女よ」
「知ってっし」
「アホっ子黙れ。夢はかつての大戦の英雄、メアリス・ダルケルス・ディ・アーカリアのような、大陸中に名を馳せる勇猛果敢な姫騎士になること。以後、お見知りおきを」
優雅にお辞儀をするリースに、思わず拍手を送るセリム。
「姫騎士、ですか。戦場にも自らお出でになってましたし、狩猟大会でもソラさんと競り合ってましたし、頑張ってらっしゃるんですね」
「ええ、私は本気よ。王女として、王女のまま、絶対に夢を叶えて見せる。どこかの誰かと違って、王族という身分を言い訳にして逃げ出したりなんかしないわ」
「おうぅぅ……、まだ許されてなかった……」
ソラに対して妙に刺々しく接する理由に、ようやくセリムも合点がいった。
なるほど、あらゆる意味でこの二人は対極だ。
「えっと、あんまりソラさんに辛く当らないであげて下さいね。この子も止むにやまれぬ事情があって家を飛び出したので」
「そうだそうだ、ソラ様に優しくしろー!」
「……これに優しくしろと?」
「えーっと……。わ、私の自己紹介も、一応した方がいいですよね」
セリムですら、もはやソラに対するフォローは不可能だった。
今の彼女がソラのために出来ることは、話題の転換のみ。
「私はセリム・ティッチマーシュ。リゾネの町でアイテム調達屋をやってます。今はソラさんから請け負ったアダマンタイトの調達依頼がもうすぐ達成されるところです」
「……ほんと、よく受ける気になったわよね」
「その、勢いで……」
「私にも知らない秘密がこの城に隠されてるってのも驚きだけれど。あの鉱石の採掘法、この私にすら口外してはいけないのかしら」
「はい、代々の王位継承者にだけ受け継がれてきたらしくて」
「……そ。なら私は死ぬまで知らないままなのね。ま、別にいいけれど」
王位を受け継ぐのは長子である姉。
その補佐役に回るだろう自分とは縁のないことだ。
「ところで、皆さん凄いですよね。リースさんは伝説の姫騎士、クロエさんは親方さんを越える最高の鍛冶師、マリエールさんは立派な魔王。そしてソラさんは世界最強の剣士。皆さん夢に向かって真っすぐで、キラキラ輝いて見えます」
「あなたには、夢は無いの?」
「……特に、無いです。でも、敢えて言うならソラさんの夢を叶えてあげるのが、私の夢……でしょうか」
「なるほどね。大体分かったわ、あなたの人となり」
長椅子から立ち上がると、リースはソラを通り過ぎてセリムの前へ。
彼女に右手を差し伸べ、勝気な笑みを浮かべる。
「これからよろしくね、英雄さん。——いいえ、そうじゃないわね。改めて、よろしくね、セリム」
「はい、よろしくお願いします、リースさん!」
右手を取って立ち上がり、握手をしながら微笑みあう二人。
「私たちも、良い友達になれそうね」
「ふふっ、そうですね」
「ね、今度二人だけでお茶しない?」
「わあ、お茶会! 素敵です、お茶菓子とかも出るんですよね」
「ええ、もちろん。マカロンにショートケーキ、焼きたてのクッキーなんかも用意させるわ」
「紅茶は何がいいでしょうか。ジャールブラウンなんかが合いそうです」
「それなら丁度、いい品質の物が手に入ったの」
「ふふっ、それは楽しみです」
「……疎外感」
一人取り残されたソラ。
女子力高めのトークに入っていけずにポツンと座っていると、まるで助け舟のように親友の声が聞こえた。
「おーい、皆ーっ! インゴット、完成したよー!」
「おぉ、クロエーっ!」
女子力低め仲間の登場に、救われたような心境のソラ。
クロエに駆け寄り、その身体を抱きしめる。
「わっと、どうしたんだい」
「いや、女子力についていけずに、ちょっと寂しくって……」
「んん?」
首を捻りながらセリムとリースを見ると、二人は手を繋ぎながら和気藹々とお喋りしている。
「あれ、あの二人、すっかり仲良くなっちゃって」
落ち込んでいるソラは放っておいてセリムたちに声をかけると、二人もようやくクロエに気が付いた。
四人は鍛冶場の中へと戻り、鎮座するコバルトブルーのインゴットと対面する。
「あぁ、あたしの剣……。こんなにちっこくなっちゃって……」
「ではいよいよ、伝説の鉱石の御開帳です」
ポーチの中からアビスライトを取り出し、ミスリルのインゴットの隣に置く。
三人が固唾を飲んで見守る中、セリムは両手をかざし、自らの魔力を注ぎ込む。
淡い光が二つの鉱石を包み込み、強く輝き始める。
「いきます、創造術っ!!」
ひと際強い光が鍛冶場の中を照らす。
発光が止んだ時、二つの鉱石があった場所には、黄金色に輝く伝説の鉱石の姿があった。
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アダマンタイト
レア度 ☆☆☆☆☆
邪なる神を討ち滅ぼす力
を秘めた、地厳龍に認め
られた者のみが手に出来
る鉱石。剣の素材として
は最高の性能を持つ。
別名:金剛鉄
創造術
アビスライト×ミスリル
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「お、おぉ……、ついに、ついに……!」
「これが、ボクが長年追い求めた、伝説の……!」
「大して知識の無い私でも分かるわ。これ、とてつもない力を感じる……」
三者三様に感動の言葉を口にする中、脳内に流れ込んで来た素材の情報にセリムは困惑する。
「邪神を、討ち滅ぼす力?」
「セリム、何ぼんやりしてるのさ。感動して言葉を失っちゃった?」
「い、いえ、何でもありません」
気を取り直して、ソラの両手を握るとニッコリと笑いかける。
「ソラさん、あなたから請け負った調達依頼、無事に完了しました」
「にしし、お疲れ様。ホントにありがとね、セリム」
「はい。ところでソラさん、報酬の方ですけど」
「え……、お金取るの……?」
「もちろんです。商売なので」
予想外。
ソラは背中から冷や汗を流し、とりあえず返事は返さずにクロエの方へと向かい、アダマンタイトを押し付ける。
「はい、クロエ! これを剣にして! バッチリカッコよく作ってね! 頼んだから!」
「う、うん……」
黄金色の鉱石をクロエに託すと、そっとセリムの顔色を伺う。
ニコニコとしているが、目が笑っていない。
「あ、あの……」
「はい」
「ソラ様の財布の中身、全部で足りる?」
「毎度ありがとうございます♪」




