109 土色の鉱石、とうとうゲットです
地厳龍アビスドレイク。
太古の昔、ノルディス神に従ってヒトに味方し、この星を支配していた邪神と戦ったとされる、三匹の龍の一つ。
目の前のドラゴンは自らをそう名乗った。
「じげんりゅう……? ドレイクって……」
セリムの背中から、滝のように汗が流れ出る。
どこかで聞いたような二つ名に、どこかで聞いたような名前の後ろ半分。
アビスドレイクから感じる、あの龍と同等の圧倒的な力。
そして何より、次元龍のことを知っているかのような口ぶり。
「どうしたの、セリム。顔色悪いみたいだけど」
「……いえ、何でもありません。考え過ぎですよね、いくら腐れ人間の師匠でも、そんなことを弟子にさせたりは」
そう、いくらなんでもあり得ない。
いくら性根の腐り果てた師匠でも、神様のような存在のドラゴンを弟子に殺させたりはしないだろう。
自分にそう言い聞かせ、セリムは必死に心の安寧を保とうとする。
『姦しいな。して、ジョナスよ。此度は何用であるか。つい先ごろ大地の力に乱れを感じていたが、その件であろうか』
「それにまつわる事件は、ここにおるセリムとソレスティアらが解決してくれました。そこで、我が国家の危機を救った彼女らに、かの石を授けたいのです」
『それが用件か、よかろう。かの石は創造術が使えぬ限り無用の長物であるが、そこなる娘はマーティナが弟子。問題はあるまい』
地厳龍が翼を大きく広げると、その巨体を包む燐光が明るさを増す。
光の正体は、地厳龍の体内から漏れ出るあまりにも膨大な規格外の魔力。
わずかばかり魔力を解放するだけで、セリムの肌にビリビリとした感覚が走った。
彼女の脳裏に次元龍と始めて対峙した記憶が蘇る。
魔力の質、量、ともにタキオンドレイクと瓜二つ。
「やっぱり、次元龍は……」
セリムの中に生まれた小さな疑惑。
それは鎌首を擡げ、次第に膨らんでいく。
『——では、創造るとしようか』
地厳龍は解放した魔力で以て、奈落の底から数十メートルはあろうかという巨岩を持ち上げた。
更に、巨岩に対して魔力を注入。
岩の中心に集まった魔力が極限まで圧縮され、臨界を迎えた瞬間、見上げるほどの大岩は粉々に消し飛び、砂粒と変わって虚空に散った。
残ったのは魔力の塊、ではない。
異質な力を放つ土色の鉱石が、岩のあった場所に浮遊している。
鉱石はゆっくりと宙を移動し、ソラと抱き合ったままのセリムの前にそっと置かれた。
追い求めてきた物がついに目の前に。
ソラは青い瞳を夜空の星々のようにキラキラと輝かせ、歓喜の声を上げる。
「おぉ! これがアダマンタイトの素材!」
『それなるは巨岩の中心に埋もれし土の魔力石に、我が魔力を高密度で圧縮することにより産まれる鉱石。その名もアビスライト』
「アビスライト……」
セリムは土色に煌めく鉱石をそっと手に取る。
高密度の鉱石なのだろう、ずっしりとした重量感が腕にのしかかった。
ポーチの中に鉱石を納めると、アビスドレイクは一度、大きく羽ばたく。
『これで我が役目は終わった。次の目覚めまで、また眠りに着くとしよう。ジョナスよ、お前と次に会う時は、王位継承の時だろうな』
「で、ありましょうな。その時まで、儂が責任を持ってそなたをお守りいたそう」
『……最後に、小娘よ』
「わ、私、ですか!?」
『我らの力、正しき事のみに使うのだ。良いな』
「はい、それはもちろん。って我ら、ですか?」
龍の言葉に違和感を抱いたセリム。
彼女の中で、疑惑はとうとう確信に変わった。
「ちょっと、使うのあたし! アダマンタイト使うのあたしだから!」
『では人の子よ、去らばだ』
ソラの自己主張には一瞥もくれず、地厳龍は翼を広げると、広大な地下空間の闇へと飛び去っていった。
深淵の暗闇に再び静寂が戻り、神々しい龍の姿は夢か幻か、もはやどこにも姿は見えない。
膝を曲げていたアーカリア王は立ち上がり、カンテラを手に二人を急かす。
「さて、目的の物は手に入ったであろう。いつまでも抱き合っておらんと、はよう行くぞ」
「は、はい、そうですね。ほら、ソラさん、さっさと離れてください。暑苦しいです」
「抱きついてきたのセリムなのに!?」
地下空間を後にし、扉に再び封印を施し、長い螺旋階段を登って、三人は奈落の底から無事、王城の隠し倉庫へと戻って来た。
王が石を操作して隠し扉を開くと、暗い倉庫内に光が差しこみ、暗闇に慣れた目がくらむ。
カンテラの火を消した王は、最後にもう一度念を押した。
「セリム、そしてソレスティアよ。しつこいようだがこの場で見たこと、聞いたことは一切他言無用だ。口外すればお主らとて獄に繋がねばならぬ。わかってくれるな?」
「はい、それは勿論」
「安心して下さい! あたし、口は硬いので!」
「うむ、良い返事だ。信じておるぞ」
了承した二人の返事に深く頷くと、アーカリア王はこっそりと武器庫の扉を開け、小走りで立ち去っていった。
後はアダマンタイトを作るだけ、息巻くソラは早速武器庫を飛び出そうとするが、その袖をセリムは遠慮がちにつまむ。
「……ん? どうしたの、セリ……セリム!?」
彼女の顔を見たソラは、驚愕の声を上げる。
そのエメラルドグリーンの瞳から、ポロポロと涙があふれ出していたのだ。
「えぐぅっ、ど、どうしましょう、ソラさぁぁぁん……」
「どうしましょうって、突然どうしたのさ」
「だって、きっと次元龍って、タキオンドレイクの正体ってぇ……! それに、ホースさんも私と同じ顔だったし、なんかもう意味分かんなくなっちゃって……、ふぐっ、ふええぇぇぇぇぇっ!!」
「えー? えっと、よしよし」
全くもって意味がわからないソラだったが、とりあえず優しく抱きしめて頭をなでなでする。
その際の感想としては、柔らかくて暖かくていい匂いがする、そんなところであった。
セリムはソラの胸の中でひとしきり泣くと、嗚咽混じりに事情を説明し始める。
「あ、あのですね。ひぐっ、私がブチ殺しちゃった次元龍タキオンドレイク、いるじゃないですか」
「うん、いるね。素材からとんでもないアイテムばっかり出来た、訳わかんない奴だよね」
「それもしかしたら、あのドラゴンさんと同じ、ノルディス神と一緒に戦った龍かもしれません……」
「そうなんだ。……え? ええええぇぇぇぇっ!?」
思いもよらぬ告白に、ソラは思わず仰け反った。
「私、師匠に言われるがまま、神様殺しちゃったのかもしれません……!」
「え、えっと、確証はあるの?」
「ありませんけど、状況証拠はたっぷりで……!」
再び泣きそうになってしまったセリムの頭を撫でながら、安心させるように笑いかける。
「大丈夫だよ、きっと。もし本当にそうなら、さっきのドラゴンだってもっと怒るでしょ。そのポーチ見たらさ」
「で、ですかね……」
「それにさ、もう一回師匠に会った時に問い詰めればいいじゃん。ね? あの人もう一回会いに来るって言ってたし、きっとその時にはっきりするよ」
ソラの笑顔を前にして、少しだけ心を落ち着けたセリムだったが、頭を悩ませる材料がもう一つ。
「次元龍についてはそれでいいとしても、ホースさんの顔については……」
「んー、そんなに似てたの?」
「それはもう。気味が悪いくらい似ていて、まるで鏡を見てるみたいに……」
思い返すだけでも気分が悪くなってくる。
あそこまでそっくりな人間がいるという事実だけでも、頭の奥に得体の知れない恐怖がこびりついて離れない。
「なんかもう、頭がぐちゃぐちゃで……。訳わかんないですよぉ……」
「うーん、確かに分かんないけどさ、それも本人に聞けばいいんじゃないかな」
「でも、ホースさんは死んで——」
「ローザさんは、死体を見てないって言った。生きてる可能性だってあるんじゃないかな。そう思っておいた方が気持ち的にも楽だよ?」
「……そう、ですね。そうですよね! 次に会った時こそアイツをとっちめて、洗いざらい吐かせましょう!」
「そうだよ、その意気だよ!」
励ましの甲斐あって元気を取り戻してくれたセリムは、腕をまくりグッと握って力を込める。
「よし! まずは師匠にもう一度会って、隠していること全部、拷問してでも口を割らせてみせます!」
「うん、元気になり過ぎたね。拷問はちょっとやめとこう?」
○○○
部屋に戻った二人は、群青のツヴァイハンダーを持ってリースの屋敷を訪れた。
目的は当然、この屋敷にやっかいになっているクロエに会うためだ。
アダマンタイトを作るためには、素材としてミスリルが必要不可欠。
アビスライトとミスリルを創造術でかけ合わせることで、始めてアダマンタイトはこの世界に誕生する。
そのミスリルを確保するためには、ツヴァイハンダーを鋳潰してインゴットにしなくてはならない。
剣の形のままでは、創造術はそれをミスリルだと判定してくれないのだ。
「うわあ、ここが……。うわあ!」
召使いに広い屋敷の中を案内されながら、セリムは周囲をキョロキョロと見回して目を輝かせる。
「どうしたのさ、セリム。別にお城の中と比べて特別豪華ってわけでもないじゃん」
彼女の隣を歩くソラ。
その腕にはツヴァイハンダーが大切そうに抱きかかえられている。
セリムのポーチで運ぶ方が楽なのだが、これまで苦楽を共にしてきた愛着たっぷりの剣とももうじきお別れ。
クロエに引き渡すまで、残りの時間をこうして共に過ごしたかった。
「いえ、別に内装を見てるわけじゃないんですよ。ここであの二人はロマンスを繰り広げているんだなって思うと、なんだか嬉しくなってきちゃいません?」
「別に」
「そうですか……」
即座に否定され、若干しょんぼりなセリム。
やがて彼女たちは四階、クロエが厄介になっている部屋の前に通された。
メイドがドアをノックし、部屋の主に声をかける。
「クロエ様、お客様がいらっしゃいました」
「お客さん? 誰かな。いいよ、入って貰って」
「承りました。ではお二人とも、お部屋へどうぞ」
彼女は両開きの扉を開く。
何故かあまり中を見ないようにしたまま。
そんなメイドの様子をセリムは少しだけ気に留めるが、ソラは一切構わずズカズカと部屋に入っていった。
「クロエー、ソラ様が来たよー。元気してた?」
「……なんだ、ソラか。緊張して損した」
肩肘を張って表情を引き締めていたクロエだったが、ソラの顔を見た瞬間に力が抜け、雑に対応する。
「ひどっ! ……まあ、気の置けない間柄ってことで納得してあげる。ソラ様は心が広いのだ」
「あら、それなりに難しい言葉を知ってるじゃない。アホっ子のくせに意外だわ」
「なんだとー! ってあれ? お姫様?」
部屋にいたのは、クロエ一人ではなかった。
クロエの座るテーブルの反対側に腰掛けているのは、この屋敷の主であるリース。
一足遅れてセリムが部屋に入ると、メイドは少しだけ頬を赤らめつつ扉を閉める。
どうやらこの二人の間柄は、使用人の間でも色々と噂になっているらしい。
「どうしてお姫様がここにいるの?」
「どうしてって、あなたまさか、ここが誰の屋敷か知らずに来たわけじゃないでしょう?」
「そうなんだけどさ、そうじゃなくて……」
「やっぱり秘密の逢瀬ですか!? 私たちお邪魔でしたか!? それなら私たちは部屋の隅で観葉植物と一体化しているので、どうぞお二人で続きを……」
目を輝かせ、身を乗り出して、ウキウキでマシンガントークを炸裂させる救国の英雄たる可憐な乙女。
あまりのことに王女は絶句し、目を丸くする。
「……えっと、あなた、大分イメージと違うのね」
「そうですか? 私のイメージ……って、うぅ……、やっぱり怖い感じだと思われていたんでしょうか……」
「そういう訳ではないのだけれど……」
リースの脳裏に浮かぶのは、自らが率いる騎士団の副団長である、黄色い髪の女騎士。
アレととても似ている、そんな感想が浮かんだ。
「とにかく、私とクロエは勘ぐられるような間柄ではないから。ここにいるのも、単なる世間話のためよ」
「そうなんですね、分かりました!」
「……分かっていないようね」
私は理解者です、みたいな目を向けられ、リースは軽く頭痛を覚えた。
「そ、それで二人はボクに何の用? ツヴァイハンダー抱えてるってことは、修理か何かかな」
「むっふっふ、聞いて驚け!」
クロエたちのテーブルにどっかと座ったソラは、渾身のドヤ顔を浮かべる。
「なんと、ついにアレを手に入れたんだよ!」
「アレって……ま、まさか!」
「そう、そのまさか! セリム、出しちゃって!」
「はいはい」
急かすソラと期待の眼差しを向けるクロエ、二人の視線を一身に受けながら、時空のポーチに手を突っ込む。
にゅるっと取り出した、重量感のある土色の鉱石。
テーブルを壊さないよう、彼女たちの中心にそっと、そーっと置く。
「こ、これが親方が言っていた、土色の鉱石……! 凄いよ、ボクもこんな鉱石今まで一度も見たことない……!」
「でしょ、凄いでしょ。その名も——その名も……。え、えーっと……、セリム!」
「アビスライト、です」
「そう、それ!」
「おぉ、アビスライト……! 手に取ったりしてもいいかな!?」
「構いませんよ。いいですよね、ソラさん」
「じゃ、遠慮なく」
「あたしの許可まだなんだけど!」
アビスライトを手に取ったクロエ。
未知の鉱石を手にした彼女は、重さを確かめ、様々な角度から光を当て、指で弾いて音の通りと密度を確かめる。
そして、感嘆の声と共にテーブルの上へそっと戻した。
「凄いよ、こんな鉱石は未だかつて見たことがない。強度も申し分ないけど、若干魔力石の性質も持っているのかな。内部から魔力の波動も感じるね。アダマンタイトの素材に使うだけじゃなく、色々と利用価値がありそうだ。ね、これってどんなふうに採掘したの?」
「それはだね、お城のち——」
「ソラさん! 他言無用です!」
「かわっ! そうだったぁ! あっぶない、牢屋で暮らす羽目になるとこだったよ……」
大慌ての二人の様子に、クロエは聞いてはいけない事柄だったかと察する。
スミスも口止めされていたのだ、当然だろう。
「あはは、ゴメンね、二人とも。テンション上がってつい聞いちゃった。で、この鉱石が手に入ったってことは……」
「はい、いよいよです。伝説の鉱石、アダマンタイト、調達達成まで秒読みです!」




