38.顔に出ます。
おじいちゃんが裏庭に面したウッドデッキに私達を招いた。ラフなジーパン姿の私達にそのまま腰掛けるように促される。お盆の上にはお皿に漬物が並べてあって、爪楊枝が刺さっていた。おじいちゃんはキャンプ用のプラスチックカップに保温水筒から暖かい番茶を注ぎ、先ずお客様となる亀田課長に手渡した。
「有難うございます」
亀田課長はピシッとお礼を言って受け取った。
「こっちはうっちゃんのな」
「ありがと」
私も温かいお茶を受け取って、ふうふう吹きながら口をつける。
「亀田さん、漬物も食べなさい」
「はい、いただきます」
「もしかしてこれ、おじいちゃん漬けたの?」
「いや、道の駅のヤツだ」
「道の駅?ナニソレ」
亀田課長が説明してくれた。
「車用の駅の事だ。広い駐車場とトイレがあって、ドライブ中に立ち寄る事ができる。その土地の農産物や特産品を購入できたり、場所によっては食事を取る事もできるパーキングエリアだ」
「へー、車を運転しないとピンと来ないですね」
自動車免許さえ持っていない私にはハードルの高い話だ。するとおじいちゃんが魅力的な提案を補足した。
「帰りに寄って行けばいい。ほら、うっちゃんの好きそうなソフトクリームもあったぞ」
「え?本当?」
ソフトクリームに限らず甘い物全般、好きだけれどね。
するとククク……と忍び笑いが聞こえてくる。振り向くと亀田課長が口元を押さえて笑っていた。
「じゃあ、帰りに寄ってくか」
「え、いやぁ……」
流石に私の食い意地に付き合わせるのは、申し訳ない。
「『行きたい』って顔に書いてあるぞ」
「え?!」
反射的にパッと顔を触ると、更に笑われた。つられたようにおじいちゃんまで笑い出す。私は恥ずかしくなってしまい、話題を強引に変える事にした。
「ねえ!ピョン太とピョン子の子供って、何処にいるの?おじいちゃん」
「ああ、ピョン吉か?小屋の一部を仕切ってるだろ?あそこだ」
『ピョン吉』って……。おじいちゃんの命名センスに、ヒシヒシと血のつながりを感じてしまう。そこは突っ込まないようにしてうさぎ小屋の方に視線を向けると、新しい入口が増設されていて一部が金網で仕切られているのが見て取れた。
「最近はピョン太と一緒にすると喧嘩するからな」
「ちょっと見て来るね!」
「気を付けろよ」
私は番茶を飲み干すと余っているチンゲン菜を一束手にし、パッと立ち上がって駆けだした。無性にこの場から逃げ出したくなったのだ。
小屋に設置された新しい扉を開けると、ピョン太そっくりの白うさぎが、模様の付いた耳をピッと立ち上げて僅かに警戒を示した。
「ピョン吉、こんにちは……」
そう言って私はその場にしゃがみ込もうとして……チラリと後ろを振り返る。亀田課長とおじいちゃんが何やら話し込んでは笑っている。何話しているんだろ?気になるなぁ……。
そんな風に気持ちを集中できなかったのがまずかったかもしれない。不意にピョン吉が弾丸のように走り出したので、私は驚いて一歩退いてしまった。
「うわあっ」
そこには地面が無かった。と言うか私が足を下ろした所には小さな穴が在って、私はそのままバランスを崩して土の上に倒れ込んでしまったのだ!
「ったぁ~」
「大丈夫か?」
打ち付けたお尻を擦っていると、駆け寄って来た亀田課長がうさぎ小屋に入って来て私を見下ろしていた。かなり痛いが、堪えられない程ではない。打ち所がお尻で良かった……。
「だ、大丈夫です……」
「ほら」
大きな手が目の前に差し伸べられた。
「えっと」
戸惑っていると、グイッと強引に手を掴まれて引っ張り上げられた。それから逆の手でふらつく腰を支えられる。
「あっ……すいません」
距離が近くなってドギマギしている私を見下ろした亀田が呟いた。
「……お前、真っ黒だぞ」
「え?」
見下ろす亀田の視線の先、私のお尻は少し湿った泥で真っ黒に汚れていた。
「うわぁ~」
「水が零れてたんだな」
どうやら、若いピョン吉は大層やんちゃらしい。地面を見ると彼の掘ったらしいうさぎ穴がボコボコ幾つも開いていて、ピョン吉が飛び込んだのもその一つだし、私が足を取られたのもそれだった。その付近に水飲み用の水入れが引っ繰り返されていて、ちょうどその場所をピンポイントに狙ったように私は尻餅を付いてしまったのだった。
「ああ……さいあく……」
「……大谷、お前……ブッ……」
泣きそうな声を出した私を見下ろしていた亀田課長が噴き出した。そうしてポカンとする私の前でお腹を抱えて笑い出したのだった。




