17.大変です。
※ここから暫くウサギ病気や生態の描写が続くかもしれません。
苦手な方は回避していただようよろしくお願いします。
餌を追加しようと餌入れの中のペレットを覗くと、あまり減っていない事に気が付いた。
「どうした?ミミ」
ケージの外側に作った運動スペースの中で、お気に入りの干し草トンネルに収まっていたミミに声を掛ける。指を差し出すとフンフンと顔を伸ばしていつも通り鼻を近づけて来た。毛ヅヤはいいし元気はありそうだが……試しにほうれん草を一枚だけ与えてみると真顔で食べ始める。手を離すとポリポリと一定のリズムで、青々とした緑の葉っぱがミミの口の中に吸い込まれて行った。
取りあえず好物の野菜は食べてくれたので、ホッと胸を撫で下ろす。通常であれば餌と水の量を確認して新しい物を補充した後、自分の着替えを終えて夕食を食べ終えてから、ミミの部屋の掃除を行い、その後彼女と戯れる事にしている。
しかし今日は食事を後まわしにして着替えた後直ぐに掃除に取り掛かる事にした。ケージに備え付けたトイレを見ると―――僅かにいつもより少し糞の量が少ない気がする。気のせいと言えば言える範囲だが。
掃除を終え夕飯を簡単に済ませた後、PCを開いて『ペレット うさぎ 食べない』と入力して検索を行ってみる。色々調べたがハッキリ、これと断言できるものは無かった。可能性としては、ペレットの元となる牧草の味が変わったとか、開封後の保管状況で風味が変わった、何かしらストレスがあった……と言うような場合も考えられるらしい。
「毛球症だったら、怖いな……」
他のウサギ飼いのサイトを見ると、一年に一、二回ペレットを一週間くらい食べない時期がある、と書いてあった。勿論他の食べ物、牧草や野菜を食べている事が前提だが、その後いつも普通に戻っているらしい。だから、ミミも様子をみていればその内ペレットを再び食べ始めるかもしれない。
けれどもミミは二度ほど下痢を経験した以外、これまで特に調子を悪くしたと言う事が無い。ペレットを食べないで、半分ほど残したのは体が成長してからは初めての事だった。
『毛球症』は、毛付くろいした毛が詰まってしまい腸の働きを妨げてしまうと言う症状で、食欲が無くなったり糞が小さくなったりし始め、やがて元気が無くなったり体重が減少して行き、胃腸が機能障害を起こして最悪の場合は死に至る場合もある、ウサギにとってはとても怖い病気なのだ。
猫も毛球症になる事があるらしいのだが、猫は毛を吐き出す事が出来る。だけどウサギは吐き出す事が出来ない。
ペレットばかりではなく牧草を与えたり、定期的に運動をさせブラッシングに気を付けたりする事でかなり防げるそうなので、なるべくそう言う事には気を配って来たつもりだ。草食動物であるウサギは常に食べ続け、常に消化を続けなければならないそうだ。だから消化器官の運動が止まってしまうのは命取りになってしまう事もあるらしい。
そういう訳で、俺は真っ先に毛球症を疑ったのだが。
好きな物は食べるし、糞もそれほど目立って減っている訳では無いので、少し様子を見る事にした。考え過ぎかもしれないが―――心配なので明日は帰りにパパイヤ酵素かパイナップルジュースを買ってこようと心に決めた。毛玉を溶かして、毛球症を予防する効果があるらしい。
ラグの上にある低いテーブルの上でPCと格闘していると、ある程度調べ切った所でグイグイとかなり強い力で俺の脚を突く黒い物体が。
俺はパタン、とPCを閉じるとラグに腹ばいになってミミを抱え込んだ。
驚かせないように気を付けながら、ゆっくり腕に抱え込み頬を寄せる。体温をもった艶やかな毛皮の……何と心地良い事か。
「ミミ、大丈夫か?ああ、お前が話せればなあ……事情が分かればこんなにアレコレ悩まなくても済むのになあ」
話しかけても、ミミはヒクヒク鼻を動かすだけだ。
そして俺が毛皮を撫でるとウットリしたように少し目を細める。
「ペレットの味が嫌になったのか?ストレス?毛球症でお腹が痛いなら直ぐに言ってくれよ……!」
そう言えばサイトに、マッサージが良いと書いてもあったな。やってみるか?いや、触り過ぎがストレスになるとも別サイトには書いてあった……本当に、正解はどっちななんだ?!
答えられない事を十分に分かっているのに、ついつい問いかけてしまう。
ちなみに『これ、誰かに見られたら確実に変人扱いされる図だな……』と、言う自嘲的な視点はミミと住み始めて一年過ぎる頃には綺麗さっぱり無くなってしまった。
もう俺は後戻りできないところまで辿り着いてしまったのかもしれない。




