8.わたくしの六歳のお誕生日
春が来て、わたくしのお誕生日が近付いてきた。
わたくしのお誕生日には、両親とお兄様に会える。
五歳の誕生日の後、すぐに王宮に来てから、わたくしは両親とお兄様に会っていなかった。
貧しいながらも、エルネスト男爵家では家族五人で力を合わせて頑張っていた。
お父様の事業が傾いて借金を背負ったのはわたくしが生まれるよりも前のことなので、わたくしは知らないが、エルネスト男爵家にも豊かだった時代があるようだ。
わたくしのお誕生日に先駆けて、両親とお兄様が王宮に来たのに、わたくしは感激してお母様に抱き着いていた。五歳になってすぐ両親とお兄様の元を離れて王宮に来たわたくし。
お姉様がいつも一緒にいてくれたけれど、寂しくなかったわけではない。
王宮から馬車が迎えに行って、両親とお兄様を乗せてきてくれたときには、早く三人に会いたくてうずうずした。
お母様に抱き着くと、お母様がわたくしを抱き上げてくれる。
「少し重くなりましたね。きれいなドレスを着せてもらって」
「お母様、わたくし、お母様に会いたかった」
わたくしの目から涙が溢れて零れていく。お母様はわたくしの顔を拭きながら自分も涙ぐんでいた。
「会いたかったです、フィーネ」
「わたくしも、会いたかった! お母様、お父様、お兄様」
ぽろぽろと涙を零して順番に抱っこされるわたくしを、後ろから王子様とお姉様とコンラッド様が見守ってくれていた。
感動の再会が落ち着くと、両親とお兄様は王子様にご挨拶をした。
「娘たちがお世話になっております。サラとフィーネの父です」
「サラとフィーネの母です。殿下のおかげでフィーネの誕生日に王宮に来ることができました」
「サラとフィーネの兄です。二人が大変お世話になっております」
それに対して、王子様は凛々しいお顔で挨拶を返す。
「レオンハルト・アストリッドです。サラ嬢とフィーネ嬢が来てくれたおかげで、わたしは寂しくなくなりました。二人にはずっとそばにいてほしいと思います」
「サラとフィーネをそんなに思ってくださるなんて」
「殿下のおかげで我が家の事業も立ち直って参りました」
難しいことは分からないが、王子様と両親は笑顔で話している。和やかな雰囲気にわたくしは安心していた。
その日はわたくしはお父様とお母様と一緒の部屋で休んだ。
翌日はお母様がわたくしの仕度を手伝ってくれて、わたくしの薄茶色の髪をかわいい編み込みにしてくれた。
お父様とお母様とお兄様の衣装も、エルネスト男爵家で見ていたものよりもずっと立派になっている気がする。
「サラが王宮で殿下の侍女となって、今は殿下の学友であるフィーネの保護者として重用されていると聞いて、サラにいいお話がたくさん来ているのだが」
お父様の言葉に、お姉様が困ったような顔になる。
「わたくしにはまだ早いです」
「婚約だけでもと言われているのだが」
「わたくしは……」
お姉様に来ているいいお話とは何なのだろう。
わたくしが首を傾げていると、お母様が教えてくれる。
「サラと結婚したいという方がいらっしゃるのよ」
「え!? お姉様、けっこんしてしまうの!?」
お姉様も十七歳だ。この国の成人年齢は十八歳だから、その年齢から結婚することができる。お姉様がこの年で婚約していないのは、家に借金があって結婚を考える余裕がなかったのと、借金のある家の娘を妻にしたい相手がいなかったからなのだ。
お姉様が王子様の元で重用されていると聞くと、周辺の貴族や裕福な商人たちが手のひらを返してきたとお母様は教えてくれた。
「わたくしは、まだ結婚など考えられません」
「そうですよね。無理をしなくていいのですよ、サラ」
お母様は優しくお姉様に言っていた。
わたくしもお姉様が結婚してしまうだなんて考えたくない。
お姉様にはずっとそばにいてほしい。
「そういえば、殿下の学友はフィーネ、一人だけなのかな?」
「はい! わたくしだけが王子様の学友よ!」
わたくしが答えると、お父様は驚いた顔をしている。
「殿下ほど聡明になると、同年代の子どもは相手にならないのか」
「フィーネには肉体強化の魔法がありますから、護衛代わりに一緒にいさせてもらえているのでしょうね」
「わたくし、ごえいなの? おともだちじゃないの?」
ご学友とはお友達のことだと思っていたわたくしは、両親の言葉に薄茶色の目を丸くする。わたくしは王子様の親友だと思っていたが、ただの護衛だったのだろうか。
そう考えると、なぜか悲しいような気がして、俯いてしまう。
「殿下の学友であることは間違いないと思うけれど、フィーネは殿下と一緒に勉強をできないだろう?」
「できない……」
そうか、ご学友とは一緒に勉強をする仲だったのか。
王子様の勉強の範囲はとても難しくなっていて、やっと字が書けるようになったわたくしとはかけ離れている。
「わたくし、ごえいだった……」
なんでこんなにショックなのか分からないが、わたくしは気持ちが落ち込んでしまった。
お茶会は天気が良かったので、ガーデンパーティー形式で行われた。
庭に並べられたテーブルと椅子。王子様とコンラッド様、お父様とお母様、お兄様とお姉様、そしてわたくしが座る。
「フィーネ嬢が来てくれてから、わたしは毎日がとても楽しくなりました。フィーネ嬢の存在なしに、これから過ごすことなど考えられません。かけがえのないフィーネ嬢のお誕生日を祝わせてください」
王子様がきらきらとした笑顔で言ってくれる。
本当に王子様は王子様なのだと実感する。
それに対して、わたくしは「ありがとうございます」と小さな声で言うことしかできなかった。
わたくしが沈んでいるのには王子様はすぐに気付いたようだった。
隣りの席からわたくしの顔を覗き込んでくる。
「フィーネ嬢、どうしましたか?」
「わたくし、ごえいだった?」
「え?」
「わたくし、肉体強化の魔法が使えるから、ごえいとして王子様のおそばにいさせてもらえたの?」
隠し事などできないわたくしが、心の内を打ち明けると、王子様がわたくしの手を取る。
「誰がそんなことを言ったのですか。フィーネ嬢はわたしの大事な方です」
「学友?」
「はい、学友です、今は」
「おともだち?」
「そうですね、親友ではないでしょうか?」
親友だった!
わたくしは王子様の護衛ではなく親友だった。
その言葉を聞くと気持ちが浮上してくる。
「王子様、だいすき!」
「わたしも、大好きですよ」
無邪気に微笑んで王子様に告げた瞬間、国王陛下と王妃殿下の姿が見えた。
お二人に気付いて、席から立ち上がろうとする両親とお兄様とお姉様とコンラッド様を、国王陛下が手で制した。
「今はプライベートで来ている。かしこまらなくていい」
「レオンハルトの誕生日にはレオンハルトに個人的に言葉をかける時間もほとんどありませんでした。今日は一緒に話をさせてください」
サプライズで現れた国王陛下と王妃殿下に、王子様も嬉しそうな顔になっているのが分かる。
「父上、母上、公務はいいのですか?」
「レオンハルトと一緒の時間をあまり持てていないと思っていたのだよ」
「寂しいと最近は口にするようになったと聞きました。フィーネ嬢の影響でしょうね。フィーネ嬢がレオンハルトを年相応にさせてくれるのでしょう」
「王家に生まれたから、王太子として苦労をさせている。いつもレオンハルトのことは気にかけているよ」
国王陛下と王妃殿下の口から出る優しい言葉に、確かに国王陛下と王妃殿下が王子様のご両親なのだと実感する。
「それにしてもフィーネのかわいいこと」
「わたくしたちの娘にしてしまいたいくらいですね」
国王陛下と王妃殿下の視線がこちらに向いて、わたくしはドキドキしながら微笑み返す。
「フィーネ嬢はかわいくて、心優しくて、強くて、素敵なのですよ」
「レオンハルトもフィーネ嬢が大好きなようですね」
「フィーネ、レオンハルトをよろしく頼むよ」
王妃殿下と国王陛下に言われて、わたくしは嬉しくて頬が熱くなりながらこくこくと頷いた。
「エルネスト子爵夫妻、フィーネに関して、少しお話が」
両親が国王陛下と王妃殿下に呼ばれて何か話していたが、わたくしは王子様と一緒にお茶会のお菓子を選ぶのに夢中になっていた。
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