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6.末の王弟殿下の失言

 お茶会の席で、コンラッド様は色んな令嬢に声をかけられていた。


「一緒にテラスに出ませんか?」

「わたしは今、護衛の任務の途中なので」

「この会場の警備は厳重です。少しくらいいいではないですか」


 寄ってくる令嬢に辟易している様子のコンラッド様を見て、わたくしは隅に控えているお姉様の方を見てしまった。お姉様は目を反らしてその状況を見ないようにしながら、目を伏せているように思える。

 泣いているのだろうか。

 わたくしは思わず席から飛び降りていた。


「だれがおねえさまをいじめたの? おねえさま、ないているの?」

「泣いていませんよ。フィーネ、席に戻りなさい」

「おねえさま、かなしいおかお……。どうしたの?」


 心配でわたくしの方が泣きそうになっていると、わたくしに気付いたコンラッド様が席を立って声をかけてくる。


「サラ嬢は体調が悪いのですか? 彼女をどこか、休める場所に……」

「だ、大丈夫です」

「フィーネ嬢が心配して座っていられません。彼女のために椅子を」


 コンラッド様が声をかけてくれたので、お姉様はわたくしの席のすぐ後ろに椅子を用意されて、座っていられるようになった。


「コンラッド様にご迷惑をかけてしまいました」

「気にしないでください。フィーネ嬢は殿下の大事なお方。フィーネ嬢が落ち着かないと殿下も落ち着きませんからね」

「そんなことはないですが、心配ではありますね」


 恐縮するお姉様に、コンラッド様は明るく声をかけて、王子様も頷いている。

 お姉様が座れたのでわたくしも安心して座ってお茶菓子に集中することができた。


 食べている間に、先程の末の王弟殿下が王子様に近寄ってきている。

 国王陛下の末の弟君なので、王子様も邪険にはできない様子だった。


「レオンハルト殿下は学園に入学していいくらいの学力をお持ちだと聞きました。こざかしい……いえ、とても賢くていらっしゃると」

「ありがとうございます、叔父上。叔父上のお子たちはそうではないようですがね」

「こんな小さな令嬢を学友にするだなんて。わたしの息子たちの方が相応しいですよ」

「彼女には身体的にも、精神的にも支えられています。どんな相手も彼女の代わりにはなりません」


 はっきりと言う王子様に、わたくしはミルクティーを飲みながら、なんとなくわたくしの話題かもしれないくらいの認識しかなかった。

 末の王弟殿下は顔を歪めて笑っている。


「そうですね、このご令嬢は特別ですよね。肉体強化の魔法が使えるのですからね」


 末の王子がそれを口にした瞬間、コンラッド様の視線が厳しくなったような気がした。


「それをどこで知りましたか? その話は、誰にも伝えられていないはずですが?」

「い、いえ、噂ですよ。このご令嬢がレオンハルト殿下を暗殺から守ったと聞いています」

「暗殺から守ったのは確かですが、フィーネ嬢の具体的な魔法の力は、誰にも明かされていないはずです。どこで聞きましたか? 暗殺の首謀者でもない限りは、知っているはずがないのですが」


 魔法といっても色々な種類がある。

 もうほとんど使えるものがいないが、火や氷を使った攻撃魔法や、心を操る魔法や、王家にしか存在しない癒しの魔法。たくさんある魔法の種類の中で、わたくしが肉体強化の魔法を使えて、身長よりも大きな剣で戦えることは伏せられていたようだった。

 わたくしはなんらかの魔力を持ち、王子様を助けた。その話は広まっているようだが、具体的な魔力は伝わっていないはずだとコンラッド様は言っている。


「ひとの口に戸は建てられませんからね。誰かが言ったのでしょう」


 誤魔化して逃げていく末の王弟殿下の背中を、コンラッド様は鋭い視線で睨み付けていた。


「わたくしのまほうは、ないしょだったのですか?」


 こっそりとコンラッド様に聞いてみると、コンラッド様が頷く。


「フィーネ嬢が魔法の力を持っていて、その力で殿下をお助けしたことは広まっていますが、具体的な能力までは明かされていません」

「わたくしも、だれにもいっていないわ。おねえさまも」

「エルネスト男爵家に確認したところ、そちらでもフィーネ嬢が小さいこともあって能力は明かしていないということだったので、内密にさせてもらいました。それを知っているのが暗殺者を差し向けた犯人だけと分かるように」


 コンラッド様の表情は険しい。

 末の王弟殿下が犯人ならば、捕らえてしまえばいいのではないかと思うのだが、そうはいかないようだ。


「ことは慎重に進めなければいけません。王族を捕えるのは難しいのです」

「むずかしいの……」


 目星はついたようだが、末の王弟殿下を捕えるのは難しい。それがコンラッド様の結論だった。

 わたくしはよく分からないので、果物のタルトを取ってもらう。艶々に輝く宝石のような果物が乗っていて、わたくしはごくりと唾を飲んだ。


「おねえさまもいっしょにたべられたらいいのに」

「わたくしは座れているだけでも十分ですよ。フィーネは好きなものを食べてください」

「おねえさま……」


 いつも優しいお姉様に言われて、わたくしはフォークを持つ手が止まる。

 お姉様の悲しみの理由を探らなければいけない。


「コンラッド様、どうして侍女がこんなところに?」


 コンラッド様に話しかけてきた令嬢が、わたくしの後ろに椅子を置いて座っているお姉様を見て侮蔑の表情を浮かべた。

 これは嫌な感じだ。


「彼女は殿下の命の恩人であるご学友の姉君なのです」

「下賤な方と関わると、コンラッド様の評判も落ちますよ」

「身分を笠に着て他人を『下賤』と言い捨てるような浅ましい心の持ち主の評判がいいのでしたら、わたしは評判が悪くても構いません」

「わたくしになんてことを仰るの?」

「そちらこそ、身の程を弁えた方がいいのでは?」


 きりりと表情を引き締めて告げるコンラッド様に、令嬢は憎々し気にお姉様を睨み付けてその場を離れて行った。


「やはりわたくしは仕事に戻った方が……」

「いいえ、今のはわたしが悪かったです」


 遠慮するお姉様に対して、王子様がはっきりと言う。


「フィーネ嬢をお招きした以上、姉君のサラ嬢もお招きするべきでした。正式に招待されていれば、こんなことにならなかった。すみませんでした」

「殿下が謝ることではありません。わたくしは殿下の侍女ですから」

「サラ嬢は侍女である前に、フィーネ嬢の姉君です。わたしの不手際を許してください」


 自分の非を認めて素直に謝れる。

 王子様はこんなところも格好いいのだと痛感する。

 わたくしが王子様を見つめていると、王子様がわたくしのお皿の上の手つかずの果物のタルトに視線を向けた。


「もうお腹がいっぱいですか?」

「まだたべられます!」

「こっちのマカロンも、不思議な食感で美味しいのですよ」

「マカロン! わたくし、たべたことがない!」


 王子様のお誕生日のお茶会は、王子様とコンラッド様がわたくしのこともお姉様のことも守ってくださったので、居心地よく過ごすことができた。

 お茶会の最後に、退出する前に国王陛下と王妃殿下が王子様に声をかけていた。


「エルネスト男爵家の事業の立て直し、順調にいっているようだよ」

「借金も返す見通しが立ちそうです」

「ありがとうございます、父上、母上」


 小声で交わされた会話の内容はよく分からなかったが、果物のタルトも、マカロンも美味しくて、わたくしは大満足だった。


 お茶会の後でお姉様と一緒にわたくしは部屋を辞して、自分たちの部屋に戻った。

 お姉様のベッドとわたくしのベッドがある部屋には、ソファセットも置いてある。


 窮屈なドレスから楽な格好に着替えさせてもらって、わたくしはお姉様の顔色を何度も確認した。


「おねえさま、たいちょうはわるくない?」

「平気です」

「おねえさま、おねつはない?」

「ありません」


 コンラッド様に庇われたからか、お姉様の顔色がよくなっている気がして、わたくしは胸を撫で下ろしていた。


読んでいただきありがとうございました。

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