2.王子様と過ごす初日
翌日から、わたくしにも衣装が支給されるようになった。
エルネスト男爵家では普通に着ていたので気付かなかったが、わたくしの衣装は王宮で過ごすにはみすぼらしいものだったようだ。
お姉様は侍女の衣装を着ているが、わたくしにはかわいいドレスが与えられた。
それは数着あって、どれもかわいくてわたくしにとっては初めてで心躍るものだった。
「おねえさま、きょうはどれをきていったらいい?」
「フィーネが好きなものを選んでいいのですよ」
「えーっと、そらいろのもかわいいし、ピンクもかわいいし……」
迷って選べないわたくしに、お姉様はくすくすと笑っていた。
最終的に空色のドレスに決めたわたくしに、お姉様は着替えるのを手伝ってくれて、髪も結んでくれた。
わたくしの髪は薄茶色で、目も同じ薄茶色だった。
色彩は平凡だが、両親もお兄様もお姉様も、わたくしのことを世界一かわいいと言ってくださる。
わたくしはエルネスト男爵家でお兄様とお姉様と年の離れた末っ子だった。
エルネスト男爵家に借金があって、借金取りが現れるので、危険だとわたくしはお姉様と共に王宮に連れて来られたのだ。
お姉様はわたくしが六歳になったら、平民も通う学校に通わせて、勉強させるつもりだったらしい。
王子様と出会ったことによって、それは必要なくなった。
ドレスを着て王子様の部屋に行くと、お姉様は仕事をしていたが、わたくしは王子様が家庭教師に勉強を習うのを横で聞いていた。
全然分からなくて面白くなくなってくるわたくしに、王子様はきれいな絵の本を貸してくれた。簡単な文字は読むことができたので、それを声を上げて読んでいると、王子様が小声で間違ったところを訂正してくれる。
「そこは、『ぽ』じゃなくて、『こ』と読むんですよ」
「まちがっちゃった」
「続きも読んでください」
家庭教師と勉強を進めながらも、王子様はわたくしの本にまで気を配れるくらい余裕があった。
昼食も王子様と一緒に食べた。
王子様は昼食を一緒に食べられることを喜んでいた。
「いつも一人なので、フィーネ嬢が一緒で嬉しいです」
「おうじさまは、いつもひとりなの?」
「食事会やお茶会のときには別ですが、普段は一人です」
「さみしくない?」
「寂しい……そういう感情は持ってはいけないので」
緑色の目を伏せて呟く王子様に、わたくしは何度も瞬きをした。
涙が出てきそうになったのだ。
「わたくし、さみしい! おねえさまがいなくて、きのうは、たいくつでさみしかった! おうじさまも、さみしい!」
「わたしも寂しい?」
「おうじさまも、さみしくていいとおもうの」
見たところ王子様はわたくしと年が変わらない。
お姉様も「王太子殿下は六歳なのに聡明で、分別があって素晴らしい方」と言っていた。
でも、六歳なのだ。
一人で食事をして寂しくないわけがない。
わたくしが言えば、王子様は緑の目を丸くして驚いているようだった。
「そうかもしれません。わたしも寂しかったのかもしれません」
「わたくし、おうちではおねえさまとおにいさまとごはんをたべていたの。おとうさまとおかあさまはいそがしかったから。おねえさまもおにいさまもいなくてごはんをたべたら、きっとおいしくないとおもう」
「今日の料理はどうですか?」
「おうじさまがいっしょだからおいしい!」
同じテーブルに着くわけにはいかないが、お姉様も同じ部屋にいるし、護衛騎士のコンラッド様も同じ部屋にいる。
わたくしが寂しくないことを告げると、王子様は安心した様子だった。
午後は王子様はコンラッド様に剣を習っていた。
わたくしも自分の剣を取り出して素振りをすると、コンラッド様と王子様の目がわたくしに向いている気がする。
「昨日も気になったのですが、その剣は刃が潰してありますね?」
「おじいさまがちゅうもんしてつくってくださったの。わたくしが、きったときに、ちがでるとたいへんだから?」
よく分からないけれど、わたくしの剣は鋭く切れるようなものではなくて、ものすごく重い鈍器のような使い方になっていた。
わたくしに合わせた剣になる特別製の魔法具なので、それが一番五歳のわたくしには合っていたのだろう。
コンラッド様の疑問に答えると、コンラッド様がわたくしの剣を見ている。
「見せていただけますか、フィーネ嬢」
「どうぞ」
コンラッド様に剣を渡すと、コンラッド様は支えきれずに切っ先が地面に埋まった。
「こんなに重いものを!?」
「なにかへんだった?」
「フィーネ嬢は肉体強化の魔法を使いこなしているのですね」
コンラッド様に感心されてしまった。
この国では魔法を使えるのはごく一握りの人間だけで、それ以外は魔法具などの補助で魔法の恩恵にあずかっている。
わたくしはなぜか生まれたときから息を吸うように自然に肉体強化の魔法が使えたが、それが誰にでも使えるものではないということがよく分かっていなかった。
「コンラッドさまは、まほうがつかえるの?」
「わたしは、防御の魔法が使えます」
「ぼうぎょのまほう?」
「魔力の盾や壁を作ってひとを守ることができます」
あまり想像はできなかったが、魔力で盾や壁を作れるのであれば、その才能を買われて王子様の護衛騎士になったのだろう。
コンラッド様もとても若く見えた。
「コンラッドさまは、なんさいなの?」
「十九になりました」
「じゅうきゅうさい……」
背が高くて格好いいコンラッド様を見上げていると、王子様がこほんと咳をする。
「コンラッド殿、そろそろわたしの相手に戻ってもらえるかな?」
「すみません、殿下」
木の模擬剣で練習をする王子様の横で、わたくしは自分の剣を振っていた。
待ちに待ったお茶の時間。
わたくしはお茶室でお茶の準備が整うのを待ちきれなくて、足をぶらぶらさせていた。
お茶室の椅子が高くて、五歳のわたくしでは足が床に届かないのだ。そうなると、足をぶらぶらさせてしまうのは仕方がない。
「フィーネ、足を揃えて動かさないように」
「おねえさま、かってにうごいちゃうの」
「殿下をごらんなさい。あのようにして座るのです」
お姉様に注意されてしまってちょっと悲しかったけれど、一生懸命足を揃えていると、お茶室に入ってきた二人の人物がいた。
その人物を見た瞬間、コンラッド様が姿勢を正し、お姉様は膝をついて頭を下げる。
わたくしはどうすればいいのか分からないままぽかんとしていたが、お二人は静かに手を上げてわたくしたちを制した。
「いつも通りで構わない。初めまして、フィーネ・エルネスト。君が昨日、息子を助けてくれたんだね?」
「むすこ……?」
「わたしはレオンハルトの父だ」
王子様のお父様。
つまりは国王陛下だ。
偉い方とは分かっているが、わたくしはまだ五歳で、その対応がよく分かっていなかった。
「はじめまして、フィーネです」
なんとか敬語が使えたが、その後なんといっていいか分からない。
戸惑っていると、もう一人の人物が微笑んだ。
「わたくしはレオンハルトの母です。レオンハルトはわたくしたちの唯一の子どもで、この国の王太子。よからぬ輩が誘拐を企んだり、暗殺をしようとしたり、身辺が危険なことが多いのです。護衛騎士のコンラッドに常にそばにいてもらっていますが、今回はコンラッドだけでは対処できなかった様子」
「レオンハルトを助けてくれて感謝している。それに、同年代の子どもを嫌うレオンハルトが、君を学友としてそばに置きたいと言ってきた」
「レオンハルトには同年代の子どもとの関りも必要だと思っていました。どうか、仲良くしてくださいね」
温かく迎えられて、わたくしはお二人の顔を見つめる。
王子様のお父様の国王陛下と、お母様の王妃殿下。
そのお二人と会うことがあるだなんて思わなかった。
「な、なかよくします!」
「父上、母上、フィーネ嬢に家庭教師をつけてください。わたしが勉強している間、フィーネ嬢は退屈そうなのです」
「フィーネはいくつだったかな?」
「ごさいです!」
「それでは、普通の五歳の令嬢に勉強を教えられる家庭教師を手配しましょうね」
わたくしにも家庭教師がついてくれるようだ。
わたくしはエルネスト男爵家が貧乏だったので、平民と同じ無償の学校に行くのだと思っていた。それが、王子様のご学友になったので、家庭教師をつけてもらえることになった。
「父上、母上、エルネスト男爵家への援助を……」
「分かっています、レオンハルト」
「レオンハルトがそういうのならば」
王子様が小声で何を言っているかは分からなかったが、国王陛下も王妃殿下も頷いていたので、悪い話ではないのだろうと思う。
国王陛下と王妃殿下が退出してから、わたくしは息を吐いてテーブルに向き直った。
ケーキとスコーンとキッシュとサンドイッチ。それに、お茶は今お姉様が入れてくれている。
美味しそうな軽食に、わたくしのお腹が鳴る。
「遠慮なく食べてください、フィーネ嬢。明日からのスケジュールに関しても、サラ嬢と話し合わなくては」
「殿下、わたくしのことは呼び捨てで構いません」
「わたしの学友のフィーネ嬢の姉君なのです。呼び捨てになどできません」
わたくしがケーキとスコーンとキッシュとサンドイッチに夢中になっている間に、お姉様は王子様と話し合っていたようだった。
次の日から、わたくしの着替えが用意されて、家庭教師と勉強をするときに着る服、剣術の練習をするときに着る服、お茶会のときに着る服などが揃えられていくのを、わたくしはよく分からないままに受け入れていた。
お姉様はひたすらに恐縮していたが。
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