17.お姉様の婚約式とわたくしの八歳の誕生日
お姉様の婚約式の衣装は出来上がってきて、お姉様の教育も進んでいる。お姉様はとても優秀なようで、教師たちは口々にお姉様を褒めていた。
婚約式の純白のドレスを着たお姉様はとても美しい。
夏が来て日差しが強くなり、木々も青々と茂るようになったころ、お姉様とコンラッド様の婚約式が開かれた。
王宮で開かれた婚約式には、わたくしの両親とお兄様も参加していた。
ベルトラン公爵夫妻は、両親よりも少しだけ年上に見えるが、優しそうなひとたちだった。
「クラヴィス伯爵夫妻、エルネスト子爵夫妻、アデル殿、フィーネ嬢、これからはよろしくお願いします」
「ずっと結婚にも婚約にも乗り気ではなかったコンラッドがやっと婚約する気になってくれたのです。どうかサラ嬢とコンラッドのこと、認めてください」
「サラ嬢がコンラッドと結婚したらフィーネ嬢も我が家の養子に入ってくれると聞いています」
「どうぞよろしくお願いします」
ベルトラン公爵夫妻はお姉様を歓迎してくれているようだ。
わたくしはほっと胸を撫で下ろしていた。わたくしのことも歓迎してくれそうだ。
婚約式には王子様もだったが、国王陛下と王妃殿下も参加していた。ベルトラン公爵は王妃殿下の姉君なので婚約式は王宮で開かれることになったようだった。
わたくしは両親とお兄様と一緒に席についた。
他の貴族も参加しての婚約式なので、エルネスト子爵家は後ろの方の席かもしれないと思っていた。お姉様はクラヴィス伯爵家に養子に行ったのだ。エルネスト子爵家の出身ではあるが、エルネスト子爵家は地位が低いので後ろの方に押しやられてしまうかもしれない。
わたくしの心配をよそに、エルネスト子爵家はクラヴィス伯爵家のすぐ隣だった。
白い細身のドレスを着たお姉様はとても美しくて、薄茶色の髪も結い上げていて、そこに短いヴェールを被っていた。
コンラッド様はタキシード姿である。
「コンラッド・ベルトランとサラ・クラヴィスは婚約することをわたし、国王の名において承認する。コンラッド、サラ、婚約証明書にサインを」
「はい」
国王陛下から差し出された婚約証明書にコンラッド様とお姉様がサインをする。
サインをされた婚約証明書を貴族たちに見せて、婚約式自体はあっさりと終わった。
問題はその後の晩餐会だった。
わたくしは年齢的に公の場に出るのは早いとされていたので、今回の晩餐会が初めてだ。
晩餐会の会場に移って、料理が運ばれてきて、色んな貴族がコンラッド様とお姉様にお祝いを言いに行っている。
わたくしはその間、目を開けておくのが大変だった。
晩餐会は遅くまで続いて、わたくしは眠くてたまらなかったのだ。
普段はわたくしは夜の八時か九時には眠る。
大人たちがお酒を飲んで楽しんでいる晩餐会は、その時間をすぐに過ぎてしまった。
うつらうつらと眠くなってきたわたくしに、お兄様が声をかけてくれる。
「フィーネはそろそろ部屋に戻った方がいいんじゃないかな?」
「わたくし、眠いの……」
「わたしが抜けて部屋まで送ろう」
「でも、わたくし、一人で眠れない……」
お姉様は婚約式の主役なので、まだ会場を離れることができない。
普段はお姉様と同じ部屋で眠っているわたくしにとっては、お姉様と一緒に眠れないのは不安だった。
「今日だけはわたしで我慢してくれる?」
「お兄様?」
「眠るまでそばにいる。抜けてくることを父上と母上に行ってくるよ」
お兄様がついていてくれるなら安心だ。
わたくしは両親に抜けることを伝えたお兄様と一緒に、王宮のエルネスト子爵家が止まる客間に移動した。
眠いのが限界だったが、お兄様が侍女に言ってわたくしをお風呂に入れさせてくれる。
お風呂から出たわたくしは、パジャマ姿でベッドに入った。お兄様はベッドの脇に椅子を持ってきてくれて、絵本を読んでくれた。
わたくしはお兄様の声を聞きながら、ぐっすりと眠った。
お姉様の婚約式は無事に終わり、わたくしたちは日常に戻った。
秋からはお兄様もクラヴィス伯爵家に一緒に暮らすようになって、冬には王子様の八歳の誕生日があった。春にはわたくしは七歳になった。
七歳の誕生日会は、クラヴィス伯爵家で盛大に祝われた。
お茶会が開かれて、王子様もコンラッド様も両親もお兄様もお祝いに駆け付けてくれた。
そのときに、わたくしは王子様が美しい少女と一緒にいるのを見てしまった。
少女はわたくしよりも豪華なドレスを着ていて、艶々とした金色の巻き毛で、目の色も琥珀色で煌めいていた。
きらきらした少女と王子様が話しているのを見ていると、わたくしは気後れしてしまって、王子様に近寄れなかった。
王子様に少女が楽しそうに話しかけているのが気になる。
王子様の隣にいたいのに、わたくしの居場所を奪われたような気分になってしまう。
わたくしが近寄れずにいると、王子様の方がわたくしに気付いて明るい笑顔でわたくしの方に歩み寄ってきてくれた。
「フィーネ嬢、おめでとうございます。フィーネ嬢と席が離れてしまってつまらないと思っていたところだったのですよ。少し庭を散歩しませんか?」
「お散歩、する!」
王子様がわたくしのところに来てくれてわたくしは胸がチクチクするような感覚を忘れることができた。
王子様はわたくしの手を取って庭に連れ出してくれる。クラヴィス伯爵家の庭は春の花が盛りで美しかった。
庭のベンチに王子様がハンカチをしいてわたくしを座らせてくれる。
「王子様、さっきお話ししていたのは誰だったの?」
「父上の妹の娘で、わたしの従姉ですよ」
「王子様の従姉」
口にしてから気付く。
わたくしはお姉様がコンラッド様と結婚したら王子様の従妹になれるのだが、今のところはただの学友で親友でしかない。王子様の従姉ならば王族で王子様に相応しいのではないか。
王子様とお姫様のようだった二人。
二人のことを思うとわたくしは胸が痛くなって、胸を押さえた。
「仲良し、なの?」
「彼女は誰が格好いいとか、誰のドレスがお洒落だとか、そういうことばかり話していて、わたしには少し退屈です」
「たいくつ? わたくしとは?」
「フィーネ嬢と話していると楽しいですよ」
王子様の笑顔が見られてわたくしは胸の痛みが薄れていくような気がする。
どうして胸が痛くなるのか、王子様とお姫様のような少女の姿を見ると王子様に声をかけられなくなるのか、わたくしには分からないが、早く王子様の従妹になりたい気持ちが強くなっていた。
散歩を終えて会場に戻ると、王子様はまたあの少女に声をかけられていた。あの少女だけではない。王子様は同年代の少女たちに囲まれていた。
わたくしは思わずお姉様のところに駆けて行く。お姉様はわたくしの様子に気付いたようだった。
「フィーネ、どうしましたか?」
「なんだか、わたくし、おかしいみたい」
「たくさんひとに会ったので疲れましたか?」
「疲れたのかしら。わたくし……」
お姉様と話していると、あの少女がわたくしに近付いてきた。
少女がわたくしに話しかけてくる。
「あなたがレオンハルト殿下のお気に入りの学友なのですね」
「フィーネなの。今日はわたくしのお誕生日のお茶会に来てくださってありがとうございます」
「あら、かわいらしい。わたくしはレオンハルト殿下の従姉です」
「よろしくお願いします」
頭を下げたけれど、馬鹿にされているのか、褒められているのかよく分からない。胸がもやもやして、わたくしはお姉様の手を引っ張った。
「あの、お手洗いに……」
「フィーネ、お手洗いに行きたいのですね。失礼いたします。少し席を外させていただきます」
「レオンハルト殿下のお気に入りの令嬢とお会いできてよかったです。レオンハルト殿下のことをよろしくお願いします」
どうして、この少女が王子様のことを「よろしくお願いします」なんていうのだろうか。従姉だから親しいのだろうか。
胸がもやもやしたままわたくしはお手洗いに行って戻ってきた。
戻ってくると、王子様を囲んでいた少女たちに囲まれる。
「この子がレオンハルト殿下のご学友」
「レオンハルト殿下の一つ年下と聞きました」
「とてもかわいらしいですね」
好意的な言葉をかけてもらっているような気がするのだが、この少女たちが王子様と親しそうに話していたのを思い出すと、なんだか胸がおかしい。
わたくしは病気になってしまったのだろうか。
ため息をついたわたくしに、お姉様が「フィーネは疲れているようなので、少し休ませます」と椅子に座らせてくれた。
「お姉様、わたくし王子様の従妹に早くなれないかしら」
「殿下の従妹になりたいのですか?」
「そうすれば……」
そうすれば、どうなるのだろう。
あの少女のように王子様にどんな場所でも気軽に声がかけられるようになるのだろうか。
わたくしは、自分がどうしたいのかもよく分からなくなっていた。
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