14.アルノルト様の襲撃
クラヴィス伯爵家に行く日、わたくしとお姉様は準備をしていた。
お姉様はまだクラヴィス伯爵家に行く目的を教えられてはいない。王子様とコンラッド様が行くのでついて行く形になっている。
部屋で仕度を整えてから、王子様の部屋がある棟に向かっていたところ、わたくしは妙な気配に気付いた。
わたくしたちの生活している部屋のある棟から、中庭を通る渡り廊下に足を踏み入れようとしていたときに、急に近衛兵がお姉様の前に立ったのだ。
「殿下に呼ばれています。通してください」
「通すわけにはいきません」
「なぜですか?」
足止めされたわたくしたちはあっという間に囲まれてしまう。
何ごとかと思っているとアルノルト様が中庭から現れた。
「下賤な貧乏貴族の分際で、レオンハルト殿下に取り入っている身の程知らずには、自分たちの身分というものを知ってもらわなくては困るな」
アルノルト様が指示を出すと、兵士がお姉様を捕えてしまった。
わたくしがポシェットから剣を出そうとすると、アルノルト様がわたくしを脅す。
「あんな細い首、簡単に折れてしまうのではないか? 姉に何かされたくなければ抵抗するな!」
お姉様を人質に取るだなんて卑怯だ。
そうは思っているのだが、お姉様を見捨てることなどできない。
わたくしが迷っていると、わたくしの体が軽々と他の兵士に持ち上げられた。わたくしは肉体強化の魔法を使えて自分の体重よりもずっと重い剣も軽々と振り回せるのだが、体はどうしても六歳の幼女だった。
「放して! 触らないで!」
「妹に手を出さないでください!」
わたくしが暴れるとお姉様も悲鳴を上げる。
アルノルト様が近付いて来て、わたくしの手にブレスレットを通した。ブレスレットがはめられると、わたくしは肉体強化の魔法が使えなくなったことに気付く。
「お姉様、魔法が使えない!」
「大人しくしているのだな。大人しくしていれば、お前の買い手もかわいがってくれるかもしれない」
「買い手!?」
わたくしたちは売られるのだろうか。
渡り廊下から引きずり出されて、中庭を通ってわたくしたちは用意されている馬車に詰め込まれそうになっていた。
わたくしの手首にぴったりとはまってしまったブレスレットは、魔法を使えなくする魔法具なのだろう。
どうすればいいのか一生懸命考えていると、近衛兵が異変に気付いてくれた。
「その方たちをどこに連れていくのですか!? お前たちは、近衛兵の制服を着ているが、顔を見たことがない……偽物だな!」
剣を抜く近衛兵に、アルノルト様が忌々しそうに舌打ちをして睨み付ける。
「わたしは、アルノルト・アストリッド。誰に剣を向けているか分かっているのか?」
「あなた様はアルノルト様かもしれませんが、わたしは王宮を守るのが務め! 王太子殿下のご学友とその姉君を売るなどということを聞いてしまった以上、止める他ありません!」
「こいつも身の程が分かっていないようだ! やってしまえ!」
近衛兵に化けているあやしい男たちがその近衛兵を取り囲む前に、わたくしたちを助けようとする近衛兵は首から下げていた笛を吹いた。
大きな音が鳴って、王子様の住んでいる棟からばらばらと近衛兵が集まってくる。
「小癪な……! 早くそいつらを連れていけ!」
馬車に押し込まれそうになるわたくしとお姉様の前に駆け付けたのは、コンラッド様だった。
コンラッド様は次々と本物の近衛兵と連携して近衛兵に化けた男たちを倒していく。
「くそっ! こいつがどうなってもいいのか!」
焦ったアルノルト様が近衛兵に化けた男にお姉様の首筋に剣を押し当てさせると、コンラッド様と本物の近衛兵の動きが止まった。
「フィーネ嬢の魔法は……」
「ふうじられているの……。これ……」
わたくしが自分の手首にはめられたブレスレットをコンラッド様に見せた瞬間、コンラッド様がそれを指差した。コンラッド様の指先から氷の刃が飛び出してきて、わたくしの手首にはまったブレスレットを砕く。
砕けたブレスレットの破片で手首を少し傷付けてしまったけれど、わたくしはそんなことは気にしていなかった。
肉体強化の魔力がわたくしに満ちてくるのを感じる。
わたくしはわたくしを捕えている男の腕を振り払い、地面に飛び降りてポシェットの中からわたくしの身長よりも大きな剣を引き抜いた。
とっさのことに反応できていないお姉様を捕えた偽物の近衛兵を剣で殴りつけて昏倒させて、わたくしはわたくしを捕えていた偽物の近衛兵も足を払って地面に転がした。
素早く本物の近衛兵が偽物の近衛兵を捕えてくれる。
震えて座り込んでしまったお姉様を、コンラッド様が優しく助け起こしている。
「これは何ごとですか!」
その場に凛と響いたのは、王子様の声だった。
「こ、これは……レオンハルト殿下、なんでもないのです」
「なんでもないわけがないでしょう! アルノルト、あなたは何を考えているのですか!」
いつもは穏やかな王子様の目が冷ややかに氷のように冷たくなっている。
「近衛兵、アルノルトを捕えなさい」
「なぜ、わたしが! わたしはそのものたちに身の程を分からせてやろうとしただけだ!」
「こんなものが王族とは情けない」
ため息をつく王子様に、わたくしは駆け寄る。お姉様にはコンラッド様がついているので大丈夫と判断したのだ。
アルノルト様は偽物の近衛兵と共に連れていかれた。
「フィーネ嬢、血が出ています。傷を見せてください」
「あ、これは、平気なの。コンラッド様が、わたくしの魔法をふうじるブレスレットを壊してくれて……」
「フィーネ嬢、癒させてください」
王子様の手が優しくわたくしの手首に触れて、温かい力が流れ込んでくる。王子様が手をどけると、わたくしの手首の傷はきれいに治っていた。
手首なのでかなり血が出ていた。王子様の手もわたくしの手も血で汚れている。
「王子様、手を洗いに行きましょう」
「そうですね……フィーネ嬢が無事でよかった」
王子様に抱き締められて、わたくしはおずおずと王子様の背中に手を回した。こんな風に抱き締められたことはないので、それだけ王子様がわたくしを心配してくれていたのだろう。
手首と手を洗って、王子様も手を洗って、わたくしたちは少し休んでからクラヴィス伯爵家に行くことになった。
お姉様は力が抜けてしまったようで、コンラッド様に抱き上げられて王子様の部屋まで運ばれていた。
コンラッド様も王子様も厳しい表情をしている。
「アルノルトは相当勘違いをしているようですね」
「サラ嬢とフィーネ嬢を人質に、レオ殿下に王太子を降りることを要求するつもりだったのかもしれません」
「罪を問うつもりですが、叔父上がどう出るか……」
国王陛下の年の離れた末の王弟殿下である王子様の叔父様に関しては、どうあってもアルノルト様を庇いそうな気がする。
アルノルト様のやったことは隠せない。
これを元に王弟殿下を断罪できればいいのだが、わたくしたちのような子爵家の娘に狼藉を働こうとしたことくらい、王弟殿下は握りつぶしてしまうかもしれない。
「わたくしのような貧乏子爵家の娘のことなど、王弟殿下は口止めできると思うでしょう」
お姉様が小さく呟く。
それに対して、口を開いたのはコンラッド様だった。
「子爵家の娘でなくなれば?」
「どういう意味ですか、コンラッド様?」
「それは、クラヴィス伯爵家に行けば分かります」
そうか。
順番が前後してしまったが、お姉様がクラヴィス伯爵家の養子になれば、貧乏子爵家と違って、王族の覚えめでたいクラヴィス伯爵家の訴えを国王陛下もむげにはできないだろう。
今でも国王陛下と王妃殿下はわたくしたちを大切にしてくれているが、王弟殿下が相手となると対処に困ることもある。それが、お姉様がクラヴィス伯爵家の養子になれば解決するかもしれない。
「お姉様、行きましょう」
「は、はい」
よく分かっていないお姉様を促して、わたくしはクラヴィス伯爵邸に向かったのだった。
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