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13.お姉様の養子縁組の計画

 お姉様とコンラッド様を応援する作戦は続いている。

 わたくしも一生懸命考えるのだが、うまくいかなくて、王子様の考える作戦はうまくいくのだから、王子様はすごく頭がいいのだと思う。


「サラ嬢、お茶を入れてくれませんか? サラ嬢のお茶が美味しくて好きなのです」

「そう言っていただけると嬉しいです。喜んで入れさせていただきます」


 お姉様がお茶の時間にお茶を入れてくれる。ティーカップにお茶を注ぐときにコンラッド様にも手渡しに行かなければいけなくて、お姉様は目を伏せて頬を染めていた。コンラッド様は青い目を細めてお姉様を見つめている。


 やはり二人は両想いなのではないだろうか。

 お互いに好きなのではないだろうか。

 わたくしは胸をドキドキとさせていた。


 お茶の時間の後の休憩時間に、王子様はわたくしと二人きりで部屋のソファに座った。

 王子様が小声で大事なことを言うように口を開いた。


「サラ嬢を養子として受け入れてくれる先が決まりました」

「お姉様のお義母様とお義父様になる方?」

「はい。厳選しました。クラヴィス伯爵家がよいのではないかと」


 わたくしはクラヴィス伯爵家についてよく知らない。

 というか、貴族全般についてよく知らなかった。


「どういう方たちなの?」

「とても善良な方たちです。ベルトラン公爵家の遠縁で、ベルトラン公爵ともとても仲が良く、品のいい方たちです」

「どうしてその方たちに決めたの?」

「実は、クラヴィス伯爵は令嬢を幼いころに亡くしているのです。その後に子息が二人生まれましたが、亡くなった令嬢のことをずっとクラヴィス伯爵夫妻は思っているのです」


 幼いときに亡くなってしまった令嬢。

 その悲しみを埋めるためにお姉様が養子に入るというのは、おかしくないのかもしれない。


「伯爵家ですが、とても裕福ですし、人柄はわたしが保証します」


 王子様がそう言ってくれているのならば問題はないのだろう。

 それでも、お姉様と帰る家が違ってしまうということは、どうしてもわたくしには悲しくつらかった。


「お姉様がクラヴィス伯爵のようしになったら、エルネスト子爵家には帰れないの?」

「そんなことはありません。クラヴィス伯爵夫妻には、サラ嬢はエルネスト子爵家に帰りたがっているとお伝えします」

「これまでと変わらない?」

「全く変わらないことはありませんが、あまり変わらないようにはしてもらいます」


 悲しくなってきそうなのを、王子様の言葉で一生懸命堪える。

 それから、わたくしは胸に抱いていた疑問を口にした。


「お姉様はベルトラン公爵家にようしにいくのではなかったの?」

「それは違いますね。ベルトラン公爵家に養子に行くのはフィーネ嬢です」

「それでは、一緒にすごせないのではないかしら?」


 わたくしの疑問に、王子様が丁寧に答えてくれる。


「サラ嬢がコンラッド兄様と結婚すれば、コンラッド兄様はベルトラン公爵家の嫡男なので、コンラッド家に嫁ぐことになります」

「ちゃくなん? とつぐ?」

「コンラッド兄様は、将来ベルトラン公爵になる方なのです。コンラッド兄様と結婚すれば、サラ嬢はベルトラン公爵家に入ることになります」

「あ! それで、わたくしと一緒にすごせるようになるのね!」


 やっと意味が分かった。

 お姉様はベルトラン公爵家と釣り合いを取るためにクラヴィス伯爵家に養子に入って、コンラッド様とお姉様が結婚すれば、ベルトラン公爵家に入るのだ。

 王子様は賢いだけでなく、説明も上手だった。

 わたくしが分からないと思って聞き返しても、嫌な顔をせずに答えてくれるのも嬉しい。王子様はわたくしを絶対に馬鹿にしなかった。


「わたくし、王子様みたいにかしこくなくて、勉強もできなくて……でも、王子様はわたくしのことを馬鹿にしたりしないのね」

「当然です。わたしの賢さなど、少し早く勉強を始めたからという理由だけです。フィーネ嬢も勉強をしていけばすぐに追い付きます。フィーネ嬢の素晴らしさはそんなところではない。フィーネ嬢に出会ってわたしはどれだけ人生が豊かになったか」

「わたくし、王子様のお役に立ってる?」

「フィーネ嬢がいなければわたしは元気に生きていられません。初対面のときにもフィーネ嬢はわたしを助けてくれました。あのときのフィーネ嬢の格好よかったこと。なにより、こんなにかわいらしい方と出会ったのは初めてで、わたしは絶対にフィーネ嬢と仲良くなろうと思いました」


 情熱的に語ってくれる王子様に、わたくしは胸がポカポカしてくる。この感情が何なのか分からないけれど、嬉しくてわたくしも言う。


「わたくし、王子様に出会ったしゅんかん、『王子様だ!』って思ったの」

「わたしはならず者に襲われて、情けない姿でしたが?」

「そんなこと関係ないの。赤い髪がきらきらして、緑のお目目が格好よくて、絵本で読んだ王子様が目の前に現れたんだって思ったの」

「情けなくてもわたしは王子に見えていましたか」

「わたくし、王子様に憧れていたから、お話してみたかったし、一緒に過ごしたかった」


 こうして王子様がわたくしを学友に選んでくれて一緒に学べるのも、一緒に過ごせるのも、王子様のおかげなのだと思うとありがたさや喜びがわいてくる。

 わたくしがにこにこしていると、王子様は照れたように顔を赤くした。


「わたしたちは、お互いに一目惚れなのですね」

「ひとめぼれって、なぁに?」

「お互いに出会った瞬間、お互いのことを気に入ったということです」

「気に入った……王子様は素敵だと思ったの」


 赤い髪が日に透けるときらきらと光って、緑の目は宝石のようで、王子様はとても格好よかった。怖いひとたちに囲まれながらも、怯まず凛々しく立っていたのも格好よかった。

 思い出すと、あのときからわたくしは王子様のことを「王子様だ!」と思っていたし、憧れの王子様に出会えたことに浮かれていた。


「王子様は、わたくしの服がみすぼらしくても、気にしなかったの」

「フィーネ嬢は命の恩人です。どんな服装でも気にしません」

「それが、絵本みたいだったの」


 わたくしの一番好きな絵本。

 あの中で義母と義姉に苛められていた令嬢は、舞踏会に着ていくドレスがなくて泣いていた。みすぼらしいドレスしか与えられなくて、舞踏会に出席するのは恥ずかしくて庭に隠れているところを、王子様が見つけたのだ。

 王子様は令嬢のために舞踏会の会場から料理を持ってきてくれる。お腹を空かせていた令嬢はそれを食べて、王子様はそんな令嬢の素直で素朴なところに心惹かれる。

 令嬢の名前を聞き、王子様は令嬢を迎えに行って、妃にするのだ。


 この絵本はわたくしが王子様に読んで聞かせたので、王子様も覚えているはずだ。

 絵本の内容をぽつぽつと話すと、王子様が静かに聞いてくれる。

 わたくしはまだ六歳で喋ることも上手ではないし、話がまとまっているわけでもないが、王子様はわたくしの話を絶対に遮らずに聞いてくれる。それもわたくしが王子様を尊敬している理由だった。


「絵本の中では、王子様と令嬢がけっこんしてめでたしめでたしなの」

「フィーネ嬢は結婚というものをどう考えていますか?」

「お姉様とコンラッド様が結婚したら、きっと少し寂しい。でも、幸せな気分になると思う」

「フィーネ嬢はいつも他のひとの幸せを考えていますね。そういうところが素敵だと思うのですが、フィーネ嬢の幸せはどこにあるのでしょう?」


 このことは王子様は前にも聞いた気がする。

 わたくしは両親やお兄様やお姉様が幸せならば幸せなのだが、王子様はその答えでは満足してくれないようだった。

 わたくしの幸せとは何なのだろう。


「お腹いっぱい毎日食べられて、王子様とも会えて、お姉様と引き離されないことかしら」

「それが叶うと言ったらどうしますか?」

「今でも十分叶っていると思うのだけれど」

「一生そのようにして暮らせるとしたら?」


 一生毎日お腹いっぱい食べられて、お姉様とも引き離されないで、王子様とも会うことができる。

 それができればものすごく幸せだと思う。

 わたくしはそれを素直に口にした。


「きっととても幸せだと思うの」

「そうなるようにしていきましょう」

「でも、王子様は……」


 誰かわたくしの知らない相手と婚約して結婚してしまう。

 そうなると、わたくしはあまり会えなくなってしまうのではないだろうか。

 ベルトラン公爵家の養子になれば、従妹だから会えるのだろうか。


 よく分からなくなってしまうわたくしに、王子様は「大丈夫です」と言ってくれる。

 「大丈夫」と言われると、大丈夫なような気がして、わたくしは大きく頷いた。


読んでいただきありがとうございました。

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