10.王子様の従兄弟のアルノルト様
夕食は王子様のご厚意で家族で食べたのだが、目を腫らしてしまったわたくしに、両親もお兄様もお姉様も心配してくれていた。
食事を食べながら、お兄様とお姉様が聞いてくる。
「フィーネ、そんなに泣き腫らして。何があったのかな?」
「教えてください、フィーネ。悲しいことがあったのですか?」
心配してくれるお兄様とお姉様に、わたくしはどう説明していいか分からなくて、考えているとまた涙が出てきそうで、ぐっと奥歯を噛み締めた。お母様が困ったように説明してくださる。
「殿下が婚約や結婚をなさったら、殿下のそばにはいられないと伝えたのです」
「それは……どうしようもないな」
「フィーネは殿下が好きなのですね」
王子様が好きなことは間違いない。
わたくしは王子様が大好きだ。
それが、愛とか恋とか言われても、まだ難しくてよく分からないが、友達なのだから一生一緒にいられると思っていた。
「王子様、わたくしを親友と言ってくれたの。親友なら、ずっとずっと一緒にいられるかと思ったのに、ち、ちがうって……ひぃっく!」
しゃくりあげてしまったわたくしに、お父様がそっとわたくしを抱き寄せて膝の上に乗せてくれた。髪を撫でられて、ハンカチで涙を拭かれて、わたくしはお父様にしがみ付く。
「フィーネは殿下とずっと一緒にいたいのかな?」
「だ、ダメなんでしょう? 王子様とは、えっと、つ、つり、そう! つりができないから!」
釣り合わないがうまく言えなくてそう口走ってしまうわたくしに、お父様が難しい顔をしている。お母様も真剣な表情になっているようだ。
「サラもコンラッド様のことを……」
「お母様、言わないでください」
「そうか……。国王陛下から言われた件、真剣に考えなければいけないな」
「そうですね」
そういえば、両親は国王陛下と王妃殿下と何か話していた。
あれはなんだったのだろう。
わたくしもお姉様もお父様とお母様が話していることが分からなくてきょとんとしていると、お父様はわたくしの前髪を掻き上げて、額にキスをしてくれた。
「何があろうと、わたしたちはサラとフィーネを愛しているよ」
「お父様?」
「どうなさったのですか?」
「サラとフィーネが安心できるようにわたくしたちも心を決めなければいけないということです」
よく分からないが、お父様とお母様は、お父様とお母様なりにわたくしとお姉様を応援してくださるようだった。
「フィーネ、もう泣かないで食べなさい。せっかくの美味しい王宮の夕食だ」
「はい」
お父様とお母様が何かしてくれるのならばきっと大丈夫だろう。
わたくしはそう思って、涙を拭いて自分の椅子に戻って残りの料理を食べた。
両親とお兄様は翌日には帰ってしまったけれど、わたくしは王子様との日常が戻ってきた。
王子様は泣き腫らしたわたくしの顔を見て、ものすごく心配してくれた。
「フィーネ嬢は、ご両親や兄君と離れるのがそんなに寂しかったのですか?」
「そうではなくて」
「何があったか、わたしに教えてもらえませんか?」
王子様が真剣にわたくしと向き合うのに、わたくしは嘘なんてつけなくなってしまった。
「悲しい夢を見たの」
「どんな夢ですか?」
「王子様が、お姫様とダンスをするの。わたくしとは、もう踊れなくなってしまうの」
夢の内容をわたくしなりに必死に説明すると、王子様は真剣な表情で聞いてくれた。
そして、わたくしに提案をした。
「ずっとわたしと踊れる方法があります」
「え!? でも、王子様がこんやくや、けっこんをしたら、相手の方はわたくしがそばにいるのはいやだって思うんだってお母様は言っていたの」
「まだやらなければいけないことがあるので、少し時間はかかりますが、ずっとわたしと一緒にいる方法があると言ったら、フィーネ嬢はどうしますか?」
「わたくし? わたくしは、王子様のそばにいられればうれしい!」
元気に答えると、王子様が緑色の目を細めて微笑む。
「それでは、わたしはそうなるように進めていきますから、フィーネ嬢は安心してください。もう泣かないでくださいね」
「はい」
王子様に言われてわたくしは安心していた。
その後で、わたくしは大事なことに気付いて、王子様に小声で打ち明けてみた。
「お姉様が、コンラッド様を、おしたい? 押したい? なんだけど、つり? そう、つりだったと思う、つりができないみたいなの。お姉様をおうえんしたいんだけど、どうすればいいかな?」
「サラ嬢がコンラッド兄様を……なるほど。わたしはいいと思います」
「王子様も応援してくれる?」
「はい。わたしとフィーネ嬢で二人が結ばれるように応援しましょう」
わたくしはうまく説明できなかった気がするが、王子様はちゃんと分かってくれたようだ。さすがは王子様。聡明で理解が早い。
「レオ殿下、本日は奉仕活動の日です」
「準備はできています。フィーネ嬢、一緒に来てくれますね?」
「はい! 行きます!」
王子様と手を繋いで部屋から出るとコンラッド様とお姉様が待っていた。
今日は奉仕活動の日で、王子様は国立病院で怪我人や病人を癒さなければいけない。わたくしが馬車に乗ると、お姉様が支えてくれて、王子様はコンラッド様にひっそりと支えてもらっているようだった。
国立病院に着くと、王子様はわたくしとお姉様を病室の前で待たせて、コンラッド様と病室に入って行こうとする。わたくしは勇気を出して王子様の手を握った。
「わたくしも一緒に行かせてください」
「フィーネ嬢、いけません。フィーネ嬢に怖い思いはさせたくないのです」
「わたくしに怖い思いをさせたくない、ということは、王子様は怖いのでしょう?」
そうでなければ、「怖い思い」なんて単語は出てこないと思う。
王子様は自分が怖いから、わたくしにも同じ感情を味わってほしくないのだと分かる。
わたくしが言えば、王子様は戸惑っている。
「わたしは三歳のときからなので慣れました。フィーネ嬢は……」
「王子様が怖い思いをしているのに、わたくしが一緒にいないのはいやなの!」
ぎゅっと王子様の手を握ると、王子様が泣きそうな顔で微笑んだ。
「フィーネ嬢はわたしの心を救ってくれる。ありがとうございます、一緒にいてください。怖かったら、すぐに病室を出ても構いません」
「がんばる!」
王子様と手を繋いでわたくしは病室に入った。
病室では、包帯を巻いてベッドの上で苦しんでいるひとがいた。
王子様はそのひとに手をかざして癒しの力を注いでいく。
苦し気に呻いているひとが、穏やかになる。
痛そうで、怖かったが、わたくしは王子様がかざしたのと逆の手を握ってずっと王子様のそばにいた。
続いて、やせ細った病人の病室に行くと、王子様に病人が縋ってくる。
「どうか、お助けください」
「できる限りのことはします」
痩せた体と枯れ木のような腕、かすれた声が怖かったが、王子様は落ち着いて対処していた。
こんなことを王子様は三歳のときからしているのだ。
わたくしだったら泣いて何もできなかっただろう。
その他数名の患者さんを癒してから、王子様は王宮に戻った。
王宮で疲れた様子の王子様が、ベッドで休んでいるのに、わたくしは本を持ってベッドの脇に座って本を読んで差し上げる。
読んでいると、王子様の部屋の入り口が騒がしくなった。
「通してください、コンラッド殿」
「レオ殿下はお疲れなのです。今はお会いできません」
「それでは、レオンハルト殿下のご学友の顔だけでも!」
「それは……」
「コンラッド殿、わたしの身分は分かっているでしょう?」
なんだか嫌な感じの声が聞こえる。
わたくしが王子様の寝室から顔を出すと、くすんだ赤毛に茶色がかった緑の目の少年がいた。年のころは王子様と同じくらいだろう。
「わたしは国王陛下の末の弟、オスカー・アストリッドの息子、アルノルトだ! お前がレオンハルト殿下の学友? レオンハルト殿下は女の子とおままごとをするのが好きなのか!」
なに、こいつ!
わたくしのことだけでなく、王子様のことまで馬鹿にしている気がする。
「お姉様、わたくし、こいつ、切ってもいいですか?」
「ダメです! フィーネ、落ち着いて!」
思わずポシェットに手を突っ込もうとしたわたくしを、お姉様が必死に止めてくる。
王子様を馬鹿にするような奴は倒さなければいけない気がするのだが、いけないようだ。
「フィーネ、あの方は末の王弟殿下のご子息です」
「どういうこと?」
「殿下の従兄弟で、王族なのです」
説明されて、わたくしはなんとなく理解できたような気がする。王族だから王子様に対しても失礼な態度を取っても、コンラッド様が止められずにいるのだ。
「お前よりもわたしの方がレオンハルト殿下の学友に相応しい。どうしてレオンハルト殿下は分かってくれないのか」
「わたくし、王子様の学友で親友よ!」
「親友? 子爵家の娘ごときがおこがましい! 本来ならば、下僕として仕えるくらいしか許されないのに!」
大声で王子様の従兄弟のアルノルト様が騒いでいたので、王子様も目を覚ましたようだ。
寝室から出て来て、わたくしが見たことのないくらい冷たい目でアルノルト様を睨んだ。
「アルノルト、あなたは分かっていないようですね?」
「な、なにがですか?」
「フィーネ嬢の価値が、です。フィーネ嬢はわたしのかけがえのない恩人なのです。あなたにはできますか? 国立病院で患者を癒すわたしの手をずっと握っていることが」
「そんなことするまでもないでしょう。そもそも、王族が下賤な輩を癒さなければいけないなんて法律、早く改正するべきです」
なんということを言うのだろう。
王族にしか癒しの力は発現しなくて、国中の病人や怪我人が国立病院で王族の助けを待っている。それなのに、怪我人や病人など弱ったひとたちを、アルノルト様は「下賤」と言い捨ててしまっている。
「これだから、わたしはあなたを学友に選ばなかったのです」
「何を仰っているのか?」
「帰ってください。二度とこの部屋には来ないでください!」
いつになく静かな声だったが、わたくしは王子様が怒っているのが感じられた。声を荒げることだけが怒っているのを伝える手段ではない。
王子様は静かに怒りを燃やしていた。
「その地位がいつまでも続くと思わないことですね!」
捨て台詞を吐いて去っていくアルノルト様に、わたくしは本当に剣を出して切ってやろうかと思ったけれど、ポシェットに突っ込んだ手をそっと王子様が止めた。
「切り捨てるまでもありません。あんな奴の血でフィーネ嬢を汚したくない」
「王子様……」
王子様も切り捨てたい気持ちはあったのかもしれないけれど、わたくしは王子様の言う通り我慢することにした。
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