1.王子様との出会い
姉のサラが王宮に出仕して働くようになって、それにわたくしがついて行ったのは、わたくしが五歳、お姉様が十六歳のときだった。
この国の成人年齢は十八歳で、貴族はそれから働き出すのが普通と言われているが、わたくしの家、エルネスト男爵家は貧乏で、お姉様を貴族が通う学園に入学させるだけのお金もなかった。
それどころか、幼いわたくしを育てていくお金もなかった。
家族仲はとてもよかったのだが、お父様もお母様もお金のやりくりが上手ではなくて、事業に失敗した借金を背負った家に、わたくしとお姉様を置いておくのは心配だということで、わたくしもお姉様に連れられて王宮の使用人の宿舎に入った。
王宮の使用人の宿舎は、家族で王宮に仕えるもののための部屋もあって、わたくしは何不自由なく暮らせていた。
お姉様はその品のよさと男爵家令嬢というところから、この国の王太子殿下の侍女となることが決まっていた。
王太子殿下は六歳で、とても大人びていて聡明で、同年代の子どもでは遊び相手にもならないという。それで、お姉様が侍女に選ばれたのかもしれない。
少しでも年の近い相手と慣らせるために。
わたくしは当時五歳で、何も分かっていなかった。
新しい環境に胸を弾ませて、王宮の使用人の宿舎に入り、三食美味しいご飯が出てくることに喜んでいた。
「フィーネ、わたくしが仕事をしている間は、部屋で大人しくしているのですよ?」
「はーい! おねえさま!」
元気に手を上げていい子のお返事をしたが、わたくしは美味しい朝ご飯に夢中でお姉様の話を全く聞いていなかった。
お姉様が着替えて出かけていくと、部屋で遊んでいるのがつまらなくなって、すぐに部屋から出てしまった。
「おねえさまは、どこかしら?」
いつもならばお姉様はずっとわたくしのそばにいて、勉強を教えてくれたり、本を読んでくれたりする。お姉様に会いたくてわたくしは王宮の庭を駆け出していた。
本来ならば、生け垣や柵で区切られて入れない場所もあったのかもしれない。
五歳の小さなわたくしの体は、生け垣の隙間を抜けて、柵の間を抜けて、どこまでも進めてしまった。
そして出会ったのだ。
王子様に!
燃えるような赤い髪に緑色の目。小さな体にはハーフパンツのフロックコートを着ていた。
けれど、何かがおかしい。
王子様は小さな手に短剣を握って、目の前の人物を見つめていた。
「大人しくした方がいいですよ、王太子殿下。怪我をしたくないでしょう?」
「近寄るな!」
「王太子殿下に国王陛下はいくら払ってくれるでしょうかね」
王子様の前に歩み出た金髪に青い目の男性が、王子様を助け出そうとしているが、他のあやしい男たちに押さえ付けられている。
これはなにか大変なことが起きているのではないだろうか。
わたくしは五歳児なりに察して王子様に近寄った。
王子様の目がわたくしの姿を映す。
「なんでこんな小さな子がここに……今、危ないから逃げて!」
「あぶないの?」
「そうだよ。危ないんだ」
はっきりと危ないということを確認して、わたくしは肩から下げていた子豚さんの刺繍の入った小さなポシェットを開けた。
このポシェットは、魔法具作りで有名だった祖父から、わたくしが生まれたときのお祝いとしてもらったものだった。祖父はわたしが三歳のときに死んでしまったが、ポシェットは大事にしている。
ポシェットの中に手を入れると確かな手応えがある。
掴んだものをそのまま引きずり出すと、王子様の目が真ん丸になった。
「そ、それは……」
「フィーネ・エルネスト、すけだちします! おかくごー!」
お気に入りの冒険ものの絵本を真似して、わたくしはあやしい男たちに飛び掛かって行った。
わたくしが取り出したのは、祖父が注文して作ってくれた剣だった。
わたくしには幼いころから筋力強化の魔法が息を吸うように自然に使えて、それを活かすために祖父はわたくしの筋力に合った大きさになる剣を特別注文で作ってくれていたのだ。
ちなみに、今のその剣の大きさはわたくしの身長を軽く超えて、大人の男性でも扱うのは難しいくらいの重さになっている。
軽々と剣を振り回してあやしい男たちを倒していくわたくしに、近衛兵を呼んできたお姉様が悲鳴を上げた。
「フィーネ!? どうして、ここに!?」
「おねえさまー!」
六人いたあやしい男たちを一人も逃がさず気絶させて、剣をポシェットに仕舞ったわたくしは、お姉様に飛びついて行った。
お姉様が青ざめた顔で王子様に膝をつく。
「お許しください。この子はわたくしの妹で、使用人の宿舎を抜けてきてしまったようなのです」
「そうなのですか。フィーネ嬢といいましたね。わたしはレオンハルト・アストリッド。助けていただいて感謝します」
「どういたしまして! おうじさま、だよね?」
「フィーネ! 王太子殿下にそのような口を聞かないでください」
「構いません。フィーネ、使用人の宿舎で一人で留守番していたのですか?」
優しく王子様に問いかけられて、わたくしはこくりと頷く。
「とてもつまらなかったの。ひとりで、することもなくて。おねえさまがいてくれたら、じをおしえてくれたり、ほんをよんでくれたりするのだけれど……」
「フィーネ、わたくしは王宮に働きに来ているのです。フィーネにはすまないと思っていますが、我慢してください」
「おねえさま……」
一人で過ごす時間を考えると退屈で、頬が膨れてきたわたくしに、王子様が提案する。
「フィーネ嬢はまだ小さいでしょう。一人で過ごすのは難しいかもしれません。よければ、わたしと過ごしませんか?」
「おうじさまと!?」
「殿下、そのようなことは……」
「わたしに友人がいないことを両親も心配していました。でも同年代の子どもはあまり気が合わなくて。フィーネ嬢なら大丈夫かもしれません」
「おうじさまのおともだち?」
「はい、学友です」
王子様はどうやら、わたくしを学友にしてくれるようだった。学友というのはよく分からないけど、王子様と一緒にいられるようだ。
王子様と一緒にいたら寂しくないかもしれない。面白いことも起きるかもしれない。
わたくしが薄茶色の目を輝かせていると、王子様についていた護衛が声をかけてくれた。
「殿下に年の近い友人が必要なのはわたしも考えていました。なにより、フィーネ嬢は殿下が誘拐されるのを助けてくださいました。国王陛下と王妃殿下にわたしから伝えましょう」
「よろしいのですか、コンラッド様? フィーネはまだ五歳で行儀作法も何もできていません」
「殿下と共に学んでいけばいいではないですか。殿下もフィーネ嬢に教えることで、新しい発見があるかもしれません」
護衛騎士のコンラッド様とお姉様が話していて、わたくしはどうやら王子様のご学友として扱われることになりそうだった。
明日からは退屈しないで済む。
もしかすると、お昼にはお茶もできるかもしれない。
エルネスト子爵家では、お茶の時間がなかった。
普通の貴族は昼食と夕食の間にお茶の時間があるのだと聞いていたが、わたくしは他の貴族の家に遊びに行ったときくらいしかそれを味わうことができなかった。
たくさんのお茶菓子に軽食、それに美味しいお茶。
五歳のわたくしはそれに憧れていた。
王子様とお茶がしたい。
いい香りのする美味しいお茶を飲んで、甘いお菓子を食べたい。
エルネスト子爵家では牛乳は高くて、新鮮なものをたっぷりとは使えなかったが、王子様のお茶会ではお茶に新鮮な牛乳をたっぷり入れられるのではないだろうか。
口に中に涎が溜まってくる。
五歳のわたくしが考えられたのはそれくらいだった。
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