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勇者の商人  作者:
【付録・後日譚】元勇者と猊下の休日

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元勇者は首をひねる。

遅くなってしまい申し訳ありません。

今回も山もなくゆるゆるしたヴェルクトの休日です。

 街に出るにはまだ時間が早い。それに、このまま動くと聖堂騎士団の面々がぞろぞろとついてきてしまうのが目に見えていた。フルール二世とは一度別れ、午後にターシャとマティアルの治療院で待ち合わせることにした。

 家に戻ってからは、エルフ国サイフェリアから送られてきたユーロック女王の手紙への返事を考えて過ごした。

 サイフェリアは平和なようだ。『絞首の木の咎人の肋骨に小鳥が巣を作っています』『オーク王の(骸を埋めた)花壇が今年もとても綺麗です』『是非皆様でおいでください』と言った、反応に困る文章が多いのが困ったところだが。

 アレイスタ王都でグラムに出会い、気に入ってしまったことが事態をさらにややこしくしている。ヴェルクト個人がサイフェリアに行くのは構わないが、本気で引きつった顔をしているグラムを巻き込むわけにはいかない。

 そのあたりに気を使いつつ、手紙の下書きを作る。清書をする前に、グラムに見てもらった方がいい。書きあげた下書きを封筒に入れ、ペンとインクを片付けた。

 そろそろいい時間だ。二階に上がってバラドの寝室に入る。


「バラドバラド」


 ベッドに横たわり、何かの書類の束に顔を突っ込んでいる中年男をつついて起こす。

 休日のバラドは放っておくと起きないが、起こされれば問題なく起きる。「朝か」と声をあげ、体を起こそうとした。

 ベッドが軋み、枕元の書類がベッドから滑り落ち始める。

 書類が床にばらまかれる前に空中で捕まえ、束ね直した。


「はい」

「悪い。片付けずに寝ちまってたか」

「なんの書類?」

「バールの服飾文化についての報告書だな」

「フクショクブンカ?」

「どういう服を着てるか、どういう布地を好むか、どういう縫製をするか、洗濯はどうやって、どれくらいの頻度でやるかって話だ」

「バールで服屋さんでもするの?」


 勅許会社は今、バール竜王国に支店を出す準備を進めている。バール王ネシスの要請によるものだが、バラドの出店計画にはなかった土地であり、また戦争が終わって初めての支店ということで、どういう支店にしていくべきか、色々頭を悩ませているようだ。


「まず洗濯屋をやろうかと考えててな」


 洗濯屋。

 勅許会社が法王都でやっている事業だ。主に教皇府の衣類を預かり、いわゆる戦争未亡人や戦災孤児を雇い集めた工場こうばで洗濯や修繕をする。洗濯などの仕事は教会では修行の一つとみなされていたため、当初は抵抗が大きかったが、戦没者遺族の支援の一環として各方面を説き伏せ、実現にこぎつけたらしい。今では教皇府の衣類だけでなく、近隣国の上流階級の季節外の衣類なども取り扱っている。民間では「金を払って洗濯をしてもらう」という考え方が普及していないので、一般向けの事業展開はしていないが、洗濯物に時間を割く余裕のないバラドやグラムたち、勅許会社の社員などは利用している。


「儲かるの?」


 法王都の洗濯事業は、それほど儲かっていないそうだ。


「基本的に戦没者遺族の職場作りの事業だからな。ボロ儲けは難しいんだが、まずはバールとの信頼関係を作りたい。それと、アレイスタよりは採算が取りやすそうだ」

「アレイスタはダメなの?」

「洗濯屋の商売相手ってのは基本的に富裕層になるんだが、アレイスタの富裕層は薄い絹を使った衣装を好む。はじめから洗濯なんて想定してない繊細な素材を使った衣装を数ヶ月で使い捨てるんだ。アスール代王の衣装もそういうのが多いな」


 後頭部の寝癖を抑えながらバラドは言った。


「もったいないね」

「そうだな、だが、もったいないって言って洗濯に出されてもどうしようもないし、トラブルになるだけだ。その点バールは上流階級でも麻や木綿が服飾の主体だ。だいぶ対応しやすくなる。まぁ、資料だけで判断していい話でもないんだが」

「バールに行くの?」

「ああ、そろそろ足を運ぼうと思ってる」

「わたしも行っていい?」


 ネシス王やエム・レスカードの顔を見たい。


「もちろん。むしろおまえなしで行ったらネシス王がどういう顔をするかわからん」


 バラドはそう言った後「そうだ」と呟いた。


「いい加減にドレスが要るな」

「どれす?」


 ヴェルクトは首を傾げて明後日の方向を見る。


「わかりやすくわかってねぇ顔しても無駄だぞ」


 無駄だった。


「……要らないよ? そんなの」

「王宮に顔を出すなら要るんだよ。今更鎧とマントでも着て行く気か」

「ダメ?」

「どこでも勇者スタイルで押し通せるのは戦時中だけだ。こっちは良くても先方が対応に困る」


 ダメらしい。

 そんなやりとりの後、市街に出て昼食を取った。旧市街の片隅で昔からやっている食堂。修行時代のターシャがよく顔を出したり修行をさぼったりしていた馴染みの店らしい。


「准聖女様の喜ぶもの?」


 ミートパイにナイフを入れながら、バラドが問い返す。


「うん」


 ミートパイを口に入れたまま、ヴェルクトは頷く。


「どんなのがいいかわからなくて」


 普通の十五、六の少女が喜ぶもの、マティアルの准聖女が喜ぶもの。

 正直見当がつかない。


「おまえが欲しいものでいいんじゃないか? 結局それを知りたいんだろ? あのお人は」

「生ハムの原木でもいいのかな」


 それくらいしか思いつかない。


「生ハムの原木が欲しいのかお前」

「うん」


 部屋に一本置いておきたい。その気になれば自分のポケットマネーで買えるが、まだ踏ん切りがつかずにいた。


「買うのは構わないが、家に置いたら一週間でなくなりそうだな。食い物以外でなにかないのか?」

「生ハムはダメ?」


 マティアル教は肉食を禁止したりはしていない。そもそも生ハム自体もマティアル教の修道院で作っていたりする。


「お前があのお人にねだる分には生ハムでも生肉でもアリなんだが、さすがに准聖女様に生ハムの原木はな。一人で食い切れるもんじゃないし、今の准聖女様の立場で生ハムパーティーをやるわけにも行かないだろ。准聖女さまの部屋に生ハムの原木が吊るされてるってのもアレだしな。さすがにプレゼントには向かない」

「だめかー……」


 もう少し考える。


「靴?」


 本気で動き回ってもバラバラにならない靴。普通の靴はすぐにだめにしてしまうので、今は勅許会社が製作した一品ものの靴を履いていた。


「お前の言う靴ってのは壊れない奴だよな? あのお人にねだっても難しいだろう。サイズの問題があるから准聖女様へのプレゼントにもしにくい」

「……そうだよね」


 武器や防具をいくら改良しても、足元が不安定ではどうしようもないということで、結構な費用を投じて設計、開発されたのが今のヴェルクトの靴だ。フルール二世に同等の品をせがむのは無理だろう。同等品といえば妖精加速エルブンヘイストを使うエルフのサンダルくらいだが、勅許会社でも入手不能だったという珍品だ。さすがに准聖女アナはそんなスペックの靴は必要とはしていないはずだが、サイズや足の形の問題もあるので選びようがない。


「どうしよう、バラド」


 本当にわからない。


「最近の若い人わかんない」

「気持ちはわからんでもないが。生まれた年でいうと准聖女様より年下だぞお前」

「そうだっけ」


 物心ついた頃には十歳児扱いされていて、最近まで推定二十歳前後として扱われていたのに、急に『生後十年』と判明したおかげで年齢の感覚がよくわからないことになっている。


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