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勇者の商人  作者:
世界樹作戦

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65/85

大聖女は人となる。

「……どういうことだい?」


 吸精回路ドレインで疲弊した体に鞭打ち、勇者たちの元に駆けつけた聖女ターシャは、眉をしかめて大聖女の目を見た。

 こういう形で向き合うのは初めてだが、知らない仲ではない。

 聖女というのは、大聖女が地上に現れる時の依り代でもある。ターシャが十代半ばの頃に覚醒期を迎えたマティアルはわりあい頻繁にターシャの元にやってきていた。

 魔王ガレスが現れる前の、平和な時期だった。この世界への過剰な干渉を避けたマティアルはターシャに口止めをし、他の人間に知られることなく、静かに世界を眺めていった。

 マティアルは背中の羽根や額の四角錐を引っ込めると、少し気まずそうに微笑んだ。


「受肉しちゃいました」

「ちゃいましたで済む話だと思ってんのかい」


 ターシャは渋い顔でため息をつく。

 大聖女マティアルの受肉。

 邪悪なものではないとはいえ、公になればまた世界に混乱をもたらすことになるだろう。少なくとも、枢機卿どもがまた変な動きを始め、教皇猊下が血尿を出すのは確実だ。


「それは、わかってます」


 マティアルはちょっとしたドヤ顔で応じる。マティアルとターシャは互いを友人・・として認識している。ターシャが伝法な調子のままマティアルに接するのもその為だ。


「事後処理のために受肉はしましたけれど、不死性や不滅性はもうありません。この世界の人間と同じように歳をとって、死んでいきます。それを最後に、父なる母はこの世界からは手を引くことになります。だから、こういうことにしてほしいんです。マティアルは役目を終え、本来いるべき世界に帰って行きました。ここにいるのは、ただの人間です」

「そんな桃色頭がただの人間で通るわきゃないだろう」


 頭が痛い。

 もう一度、唸るように嘆息したが、実際、そうするしかないだろう。大聖女様として教会に連れて行くよりはずっとマシだ。


「猊下にだけは話を通すよ。それと、あっちのお歴々にもね」


 バラドやヴェルクトあたりは問題ないはずだが、この場にはアスール王子やネシス王たちもいる。きちんと話を詰めないとまずいだろう。

 幸い、アスール王子、ネシス王らとは、マティアルの受肉については伏せるべきという方向で意見の一致を見た。溜息をついたターシャに、マティアルは「ごめんなさい」と言った。


「まぁ、お互い様さね。私も私で、あんたを裏切っちまった。戒律を破って、聖女の資格を捨てちまった。すまなかった。私たちの所に来なかったのも、その辺の関係なんだろ?」

「ちょっと違います」


 大聖女は首を横に振った。


「戒律なんて、関係なかったんです。そもそも私が決めたものでもありませんし。私がターシャのところに行けなかったのは、覚悟の関係です。聖女の資格を捨てるって、私とのつながりを断つって、そういう決意をしちゃったから、ダメだったんです。本当は、大丈夫だったんですよ? ターシャが余計なことを、聖女の資格がどうこうなんて考えなかったら」

「いくら私でも、そこまでヤクザにゃなれないよ」


 恥知らずの度がすぎる。


「そうですね」


 マティアルは微笑む。


「ターシャのそういうところ、大好きですけど、嫌いです」


 マティアルは手刀を作ると、ターシャの額にぽんと当てた。ターシャがヴェルクトに良くやる制裁に似ていたが、それよりずっと柔らかい。


「どうして、そんな覚悟しちゃったんですか? 切られちゃったら、寂しいじゃないですか……」


 マティアルは微笑んだまま声を震わせ、目元を潤ませた。


「……泣くんじゃないよ。大聖女様ともあろう者が」

「知りません。会ったら、こうなるってわかってたから、会えなかったんです」


 泣き笑いの表情のまま、マティアルは「ばか」と呟いた。


「バカとかいうかね。大聖女様が」


 重いため息を吐いたターシャは、マティアルの手刀を両手で包むようにしておろし、自分の胸に当てる。


「すまなかった。本当に」


 アスラへの制裁のため、聖女の資格を捨てたことを後悔はしていない。

 後悔するつもりもない。

 だが、マティアルとのつながりを、少女の頃からの友達・・との縁を断つと決めたことは、やはり、罪だったのだろう。

 涙目のまま、マティアルは微笑みを深くした。


「ターシャが泣いてるの、初めて見ました」

「三十にもなった女を泣かすんじゃないよ。この桃色頭」


 濡れた目元は拭わず、ターシャは笑って、毒づいた。

 フルール二世がマティアルと対面したのは、世界樹ユグドラシル作戦終了の翌朝のことだった。

 吸精ドレインによって疲弊しながらも、どうにか異空への穴の消滅を見届けたフルール二世はバラドの作戦終了の宣言を聞き届けたところで力つき、倒れた。


「今日までずっと世界のために祈り続けていたのだ。一睡もなさっていなかったのだ」

「教皇猊下の祈りが異空への穴を塞いだのだ」

「安らかにお眠りくださいっ!」

「教皇猊下ァァァァァッ!」


 ちょっとした流言飛語、一部で死亡説すらも流れ、興奮、絶叫、号泣する兵たちに見送られ、フルール二世は王都のマティアル教会に運ばれた。

 気がついた時には、教会のベッドの上。

 桃色の髪をした二十歳ほどの美女と、金色の髪の三十路の美女が顔を覗き込んでいた。


(ウワァァァァァァァァァァァァァァッ!)


 気がついたら寝所に美女二人、という構図ではあるのだが、悲鳴が出そうになった。

 桃色の髪の美女の身元くらいはすぐわかる。

 マティアルだ。

 世界樹ユグドラシル作戦の時は距離があったが、フルール二世は王都での戦いでマティアルの声を聞き、気配を知っている。わからないはずがなかった。

 もうひとりについてはもう言うまでもなくターシャだ。


「マ、マティアル様!」


 慌ててベッドを出ようとするフルール二世。マティアルはその額にちょんと指を当てて動きを封じた。


「無理して起きちゃだめです。だいぶ体が弱ってますから」

「そ、そのようなことは……」

「大聖女様のお言葉です。猊下」


 聖女ターシャがとどめを刺してきた。逃げ道を失ったフルール二世に、マティアルは「ごめんなさい」と詫びた。


「こんな時間に押しかけてしまって。できるだけ早めに相談しておきたいことがあったので」

「とんでもありません、喜んでおうかがいします。ですが……せめて、上体くらいは……かえって落ち着きませんので」


 額に指を乗せられたままだ。

 胃袋と睾丸ばかりか、心臓も縮み上がりそうだ。変な汗が滝のように流れ出す。


「わかりました」


 マティアルは指を戻した。


「ゆっくり起きてください。慌てないで大丈夫ですから」


 ベッドの上で身を起こしたフルール二世に、マティアルは「相談」の内容を話していった。


「人間として生きていく、と?」

「はい、ご迷惑だとは思いますが。この生命がなくなるまでは、この世界に留まらせていただけないでしょうか」

「迷惑などということはありませんが。具体的な展望はお持ちなのでしょうか?」

「テンボー、ですか?」

「何をして生きていくか、どのような人間として生きてゆくかです」

「あ、はい。一つあります。そのことも、相談させてもらいたかったんです。実は、紹介させていただきたい子たちがいるんですが、部屋に入れても大丈夫でしょうか」

「はい、それは、構いませんが」


 マティアルの考えが読めない。内心で首を傾げつつ頷くと、ターシャが「入ってきといで」と声をあげた。

 その声に応じてやってきたのは、勇者ヴェルクトと勅許会社のバラド、そしてバラドの部下であるラシュディ、アステルという戦士だった。

 四人とも、小さな子供の手を引いている。

 年の頃は六歳から八歳くらい。全員桃色の髪に端正な顔つき、皆感情の色の薄い、人形めいた雰囲気の娘たちだった。

 その顔立ちはマティアルやヴェルクトによく似ていた。


「この子たちは……?」

「アレイスタで作られていた『光の獣』です。魔導騎士学校の施設から勅許会社の人たちが保護してくれて。この子たちを育てようと思うんです。この子たちは、私の娘のようなものですから。でも、私は人間じゃありません。子供の育て方はわかりませんし、お金もありません。だから、力を貸して欲しいんです」

「私などより、バラド社長の方が良いのでは?」


 勇者ヴェルクトを育てたのはバラドだ。

 そのバラドが言った。


「この四人は、私が会った時のヴェルクトより年下でして。この歳の子供の扱い方は、私より教会の方々の方が詳しいはずです」

「そうか」

 

 フルール二世はベッドを降りる。ヴェルクトが手を引いた娘の前にしゃがみこみ、微笑んだ。


「やあ、はじめまして。私はフルール……」


 そこまで言ったところで、逃げられた。

 娘はヴェルクトの後ろに回ってしまう。


「やはり私のような禿げ上がりはダメか」


 汗臭かったのかもしれない。


「そうでもないと思いますよ」


 マティアルは微笑んだ。


「興味はあるみたいです」


 隠れた娘はヴェルクトの足の後ろから、チラチラと様子を伺っている。


「脈はあるようですね」


 フルール二世は微笑し、マティアルとターシャを振り仰ぐ。


「わかりました。マティアル様、お力添えいたしましょう」


『光の獣』

 マティアルを模したもの。

 勇者ヴェルクトと同じもの。

 特別な力、特殊な運命を背負って生まれて来た子供達。

 そう言った子供達を守り、慈しみ、育んで行く。それは聖職者の、大人の責務というものだろう。


「……とはいえ、桃色の髪の娘を四人も育てるとなると、いろいろ面倒も多いだろう」


 枢機卿達、あるいは勇者の力を欲するもの達が、妙な考えを起こさないとも限らない。


「ターシャ、君も手を貸して欲しい」

「ええ、もちろん」


 聖女らしく微笑んで、ターシャは頷いた。


「我々も協力は惜しみません」


 そう告げるバラドの横で、ヴェルクトは後ろに隠れていた娘をひょいと捕まえ、抱き上げる。

 娘は嫌がらず、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「ありがとう」


 フルール二世はまた微笑む。


「私たち皆の家族として、この子達を守って、育てて行こう」

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