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勇者の商人  作者:
All For One

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38/85

商人は辿り着く。

 大路をゆく六王の弔問団が王宮に到着する少し前、主要なメンバーに配布した小さなクリスタル型の魔導回路、断片回路ビットを通じ、脳内魔導回路に声が送られてきた。


九尾ナインテイルのアステルです。一号隊から九号隊、全隊所定の位置に待機。あとフラついてた零号隊のジジイを発見。現在目の前でなんか食ってます。どーしますこのジジイ』

『零号隊イグニット。すぐに拘束に向かいます。逃さないようお願いします』

『りょーかいしました』


 零号隊というのはラシュディを中心とした王都支店メンバーのことだ。王都支店ではやや言いにくく、九尾ナインテイル引退者主体であることから、九尾ナインテイル零号隊と呼称することにした。十号隊でも良かったが、九尾ナインテイルで十号隊はマヌケだということになった。

 ジジイの方は、猊下の演説に首を突っ込んでいたあのジジイだろう。


海狼シーウルフ陸戦隊、現在マングラール軍と共に進軍中。間も無くアクシュ川に到着、正午まで待機する』

『ボーゼンだ。聖堂騎士団とともに城壁外で待機中、避難民が増えたこと以外は大きな変化はないな』

『グラムです。ターミカシュ公爵・・・・・・・・の馬車で共に入場待ちをしています』

『アナです。今アスール王子の後ろにいます』


 准聖女アナ、つまりマティアルのことだ。当面大聖女の顕現は伏せると言うことで、通信などでは依り代であるアナの名を使うことにした。


『イズマだ。所定の位置についたが、風獣たちが妙なことを言い出した』

(なんだ?)


 脳内魔導回路を通じ、声を出さずに問いかける。


『王宮や大霊廟にいた人間、従僕や衛兵などから、人間の匂いがしなくなったと言っている』

(どういうことだ?)

『新しい魔族になったのかもしれない。僕たちレストン族は魔王ガレスの力で魔族になった。魔王になったメイシンが同じことをしたと考えると一応の辻褄は合う。だが、魔族だった時の僕らとは違うものだそうだ』

(わかった。情報共有、王宮、大霊廟内の人間に異変が起きているようだ、魔王化したメイシンによる魔族化が発生した可能性がある。全員十分に注意してくれ。確認したら既読のチェックを)


 思考だけでメッセージを送る。断片回路ビットからの確認状況のリストが頭の中に表示され、それぞれのメンバーの番号の横にチェックが浮かび上がって行く。

 断片回路ビットの正体はかつてグラムが接続されていた根源魔導回路、戦争回路ウォーヘッドの子機だ。

 戦争回路ウォーヘッドの補助回路なので、真価は戦争回路ウォーヘッドの戦闘起動時にこそ発揮されるが、通常起動状態の今でも充分高機能だ。ちなみに俺とグラムは断片回路ビットは使わず、戦争回路ウォーヘッド本体から送られる情報を脳内魔導回路で受け取っている。戦争回路ウォーヘッドの今の主人アドミニストレータはグラムだが、グラムの許可で利用者ユーザー権限というものをもらっている形だ。

 断片回路ビットの利用可能範囲は戦争回路ウォーヘッドの周辺数十マイル。海狼シーウルフがマングラールまで戦争回路ウォーヘッドを搬送してくれたおかげで、この決戦への投入が間に合った。

 本来はもっと広範囲の、星同士の戦で使われるような回路だったそうだが、この世界に流れ着く前に本来の機能の大半を失い、さらに不死竜グラシドゥとの戦いで、中枢部コア以外の全てを失った。だがそれでも、常軌を逸した分析能力、演算機能を持つ回路である。たった五年で世界最大規模の経済体を作る。そんな馬鹿げたことができた秘密の半分は、この戦争回路ウォーヘッドの性能、そして戦争回路ウォーヘッドを使う決意してくれたグラムのお陰だ。


「女王陛下、王宮と霊廟内の人間にお気をつけください。人でないものに変えられている可能性があるようです」


 馬車に同乗するサーナリェス女王には直接説明し、残りの五王にはロキ、ロトに伝達を頼む。

 六王の弔問団は王宮の門をくぐる。風獣たちが違和感を持ったという王宮の衛兵、従僕たちは、外見上はそうおかしな雰囲気はなかった。

 全員生真面目に仕事をしている印象だ。

 だがエルフの感覚で見た場合、違和感があったようだ。王宮の敷地を横切って大霊廟の近くで馬車を降りるとユーロック女王が「社長様」と声をかけて来た。


「社長はおやめください。一応身元は隠していますので」


 社長呼びをしなくてもバレているような気もするが、さすがにしまらない。


「ごめんなさい。社長様」


 あきらめて話を先に進ることにした。


「なにか」

「おっしゃる通り、おかしいです。あの方達。感情の匂いがしません。みんなニコニコしてますけど、中身がないです。ニコニコしてるのに喜びの匂いがしません、本当は不機嫌だとか、退屈だとか、そういう匂いもしません」

「感情がない?」

「おそらく、心も個性もない」


 ルヴィエーン王が口を挟んで来た。

 理知的で怜悧な口調。無骨で酒好きの小人の鉱夫のイメージで語られることの多いドワーフ族だが、ルヴィエーン王はそういったイメージとは遠い秀才肌の少年王だった。ドワーフ族らしく鉱物好みの傾向はあるが、槌を持つより書物を紐解き、書き記すことを好む。酒も飲まず、甘味の類をこよなく好む。さすがに体型は丸いが、顔立ちは凛として整っていた。


「衛士ならば衛士、従僕ならば従僕と全員が統一した役割とルールを与えられ、それを機械的にこなす人形のようにされている。偶然、異族嫌いの衛兵と顔を合わせたが、前とは別人のように愛想よく対応してくれたよ」

「中身のない人形、ですか」


 それが、新しい魔族のあり方なのだろうか。

 王都に出向く前、アスール王子が言っていた。

 メイシンは、自分を殺し尽くした男だと。

 ダーレス王や、ゴルゾフの望むままに自分を演じ続け、ついには勇者殺しを演じて空っぽになり、最後には魔王を演じることに心の慰めを見出した男。

 そういう男が生み出したものだから、そういう、空っぽの人形みたいな魔族が生まれたのだろうか。


「……まったく」


 同情はしない。

 ダーレスを父に持ち、ゴルゾフを師につけられる。どうしようもない生まれの不幸を背負っていたことは認めるが、メイシンはヴェルクトを裏切り、ミスラーを死に追い込んだ。挙句の果ては魔王に成り果てた。許してやれるところは、とっくに踏み越えてしまった。

 だがそれでも、どこか、痛ましさのようなものを感じてしまう。


「迷惑な男だ」

 やっとここまで来た。

 ヴェルクトのいる大霊廟の前まで、ようやく来ることができた。

 あと一歩だが、正午までは休戦の約束だ。

 王都の人々の避難時間を稼ぐ意味でも、まだ大きな騒ぎは起こせない。断罪の旗である審問旗は一旦降ろし、弔問団は大霊廟に足を踏み入れる。勇者ヴェルクトの国葬を仕切るのは、王都に本拠をおくマティアル教会アレイスタ教区の司教たち。アレイスタ教区と言えば、マティアル教会のヘタレ面の象徴のようなところだが、どうも新魔族化の洗礼を受けているようだ。聖女ターシャと聖堂騎士、ネシス王ら五王を従えた猊下を前にしても司教たちは臆することなく、落ち着いた様子だった。

 葬礼用の大広間の奥は一段高いステージのようになっており、さらにその奥には歴代王族の遺体、そしてヴェルクトの身柄が収められた墓所へと向かう門がある。

 来賓席に着き、国葬の始まりを待つ。

 不穏な気配を感じとりながら、自らの立ち位置を決めかねている人族連合参加諸国の弔問団、アレイスタの貴族たちが、不安と緊張が入り混じった表情で会場の席を埋めてゆく。喪服姿のグラムを含めたターミカシュ公爵・・・・・・・・の一行も、無事に入場したようだ。


「そう言えば、アレイスタの軍隊はどうしているのかしら。動きが見えないのだけど」


 サーナリェス女王は小声で言った。


「アレイスタ王都の守備兵力はおおよそ三万、郊外の駐屯地に配置されていますが、現状動いていません。マングラールの進軍に備えているのでしょう。恐らく、アクシュ川近くで戦端が開かれることになります。予備役が一万程いるはずですが、こちらもまだ動きがありません」

「それだけなの? それだけじゃ済まない状況でしょう?」

「ええ」


 最大戦力として包囲網に加わったバール竜王国を含めれば、アレイスタ包囲網の兵力は現時点で十万を越す。本来ならアレイスタ諸侯に大号令をかけ、アレイスタの全勢力を結集すべき状況だ。

 国葬なんてやっている状況じゃない。


「今のアレイスタには、周辺諸国の動きが見えていないんです。王の耳と呼ばれた男がいなくなりましたから。密偵七家の長、国内外の情報を一手に取り仕切り、掌握し続けて来た、怪物のような男でした」

「ラクシャ家のミスラーね? 他の六家は役に立たないの?」

「情報収集は継続しているでしょう。ですが、収集した情報を集約するための通信網はラクシャ家の管理下にありました。そして、集めた情報を整理し、優先順位をつけて報告する機能も、ラクシャ家のみが持つものでした」


 あの男が敵ならば、アスラのところにたどり着くことすら難しかっただろう。


「目も見えない、耳も聞こえないのね。もう勝ったようなものかしら」

「アレイスタ王国との戦いは、我々の勝ちでしょう。勇者を裏切り、ミスラーの忠誠を失ったところで、アレイスタの命運は尽きていました。最後の問題は、魔王メイシン。新しい魔王の力と、ジルの力が、最後にどこまでひっくり返して来るか、我々の力が、それを叩き潰せるか、そういう勝負になります」


 楽な戦いにはならないだろう。既にダーレスから実権を奪っているはずのメイシンが積極的に軍を動かさないのは、目の見えない状態で、信頼関係のない諸侯に号令をかけるより、自分の力、魔王としての力だけで戦った方が効率的と判断した可能性が高い。

 それだけの力を持っている可能性が高い。


「本当に、最後の決戦なのね。まさか一番前で見ることになるとは思わなかったわ。わくわくしちゃうわね」


 サーナリェス女王は無邪気に笑顔を見せる。俺よりずっと、肝が座っているようだ。

「ええ」とだけ応じて、ステージに目を向ける。

 そろそろ時間だ。

 ステージの中心に歩み出たアレイスタ教区司教が、厳粛な表情で告げた。


「お待たせいたしました。これより、勇者ヴェルクトの国葬を挙行いたします」

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