幕間八拾四話 何か凄い受験生が来たな…… その1
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ダンジョンが民間に開放され1年程が経つが、今日も今日とて多くの老若男女が探索者資格習得を目指し試験に挑もうとしていた。ダンジョン開放初期の頃に比べれば大分数は減ったが、それでも1回の試験で100人前後の受験生がいる。広めに作られている講義室の席が毎回、8割方埋まっているといえばその盛況ぶりも分かるだろう。
また学校が長期休みの期間に入った時は、取得可能年齢に達した学生達が一度に押し寄せてきたおかげで、こちらのキャパシティーがパンクしかけたけどな。1日に何回試験をした事か。
「おはようございます片瀬さん」
「おはようございます」
講師待機室で受験生向けの事前講習の準備を進めていると、少し疲れた様な笑みを浮かべる私と同年代の男性職員が声を掛けてくれた。彼は水穂さん、実技試験を担当している講師だ。
「今日も血気盛んな探索者候補生達相手にご苦労様ですね、週末は受験生が平日より多く来ますから大変でしょ?」
「まぁそうなんですが、昔に比べたらかなり楽にはなりましたよ? 最近は多くの受験生が事前に勉強してきてくれますから、テキストの補足を簡単に説明すれば理解して貰えますからね。それに夏休みを過ぎて落ち着いたのか、学生受験生の皆さんも血気盛んというような人は少ないですよ」
「いまの時期になると、同級生の半分は探索者になっている感じでしょうからね。春先は同級生相手にスタートダッシュを決めるぞ!って感じだったんでしょうけど、夏休みを過ぎて意気消沈したといった所なんでしょう」
「そんな感じだと思いますよ。何というか夏休み期間を過ぎたら、学生探索者候補生の子達から焦燥感とかをあまり感じなくなりましたからね」
夏休み期間が始まる少し前から前半の期間は受験者比率が学生で半数以上を占めており、そんな受験生達の目は早く資格を取得しダンジョンへ行くぞと語っていた。
それが今では資格取得の意欲は感じるものの、焦燥感や必死さといったものを感じられない。
「そうですね。でもまぁその分、真面目に講義を聞いてくれる受験生が増えたから良いじゃないですか。片瀬さんは知ってますか、夏休み初めに受験した学生の学科不合格率。急増期間前と比べて、2倍近くに増えていたらしいですよ?」
「ええ、知ってます。事前に市販されているテキストなどで予習していなくとも、ここでの講習をちゃんと聞いていれば合格出来る難易度の学科テストなんですけどね。もうダンジョンに行けるんだと勝手に妄想して、私達の話を聞いていなかった学生が多かったという事なのでしょう」
「ええ。お陰で再度受験をする事になって、余計なお金と時間を浪費する事になってしまったと」
「そうですね。私も講習をする度に、良く話を聞いてから学科試験に挑んでくださいと注意はしていたんですよ?」
それなのに偶に、私がちゃんと講義をしなかったから試験に失敗したんだ!と、文句をいってくる学生の再受験者が居たからな。何でも不合格になって資格を取れなかったせいで、一緒にダンジョンへ行く約束をしていた友人達と行けなくなったとか?
そんな事こっちは知らないよ、自業自得だって。ちゃんと講習を聞いていれば合格出来たテストなのに、話を真面目に聞いていなかった自分が悪いんだろうに。
「まぁそうですね。どんなに簡単なテストだとしても、ちゃんと勉強していなければ合格出来ないのは当然です。講習を聞いて理解できていれば、大体の人は合格出来るんだとしても」
「ええ。おっと、それではそろそろ時間ですので、私はそろそろ講義室の方へ向かいますね」
「ああ、はい。すみませんね、お忙しいところお時間を取らせてしまって」
「いえいえ、では」
私は今日の受験生向けの講義に使う資料を脇に抱え、水穂さんに軽く一礼し断りを入れてから講師待機室を後にした。
今日の受講生は、変な茶々を入れずに真面目に聞いてくれると助かるんだけどな。
受験生向けの講習を終えた私は待機室に戻り、この後行う学科試験の準備を始める。まぁ準備といっても、あらかじめ用意されている試験問題を金庫から取り出し講義室に戻るだけなんだけどな。
まぁこの試験問題自体、既に内容は広く知られているのでそこまで情報漏洩に対するセキュリティーに気を配る必要もないんだけどさ。学科試験のテストは、決められている80個程の問題の中から50個がランダムに選ばれマークシート方式で回答するテストで、真面目に講習を聞いていれば簡単に合格ラインを超えられる試験だ。
「ふぅ」
「お疲れ様です片瀬さん、どうでした今日の受験生達は?」
自分の席に腰を下ろし一服し休憩を取っていると、水穂さんが声をかけてきた。実技講師らしく、今日の受験生達の受講態度が気になる様だ。焦燥感に駆られた血の気の多そうな学生さんが一人でも居たら、実技試験は面倒になるだろうからね。
なにせ探索者になろうとしている者達へのテストだ、学科より実技の方が面倒事になるというのは当たり前の傾向だろう。
「お疲れ様です。そうですね、今日の受験生は皆さん大分落ち着いてましたよ。真面目に講義に耳を傾けてくれていましたし、妙に焦っている学生さんもいませんでした」
「そうですか、それは良かった。その調子のまま、実技試験も大人しく受けてくれると良いんですけどね。夏休みの頃にあった、あんな騒動はもう勘弁して貰いたいですから」
以前起きた事故の事を思い出したのか、水穂さんは苛立ちと憂鬱が入り混じった表情を浮かべていた。
「ああ、あれですか。何でも試験設備が壊されたとか?」
「そうなんですよ! 回避しながら進めと説明していたのに、ある受験生がトラップ試験設備を破壊しながら突破したお陰で、以降の試験では設備が使えず進行が滞りまくって……はぁ、タダでさえ普段より受験者数が増えて手一杯だったのに」
「ははっ大変でしたよねあの時は、予定していた試験時間より大分延長してましたし」
「そうなんですよ。既に受付していた分の試験はこなさないといけませんし、設備の修理が済む1週間は地獄のような忙しさでした。その上、試験時間も長引いたから受験生からの苦情も多くて……」
水穂さんたち実技担当の講師が死にそうな表情で仕事をしていたのを思い出しながら、私はとんでもない事をしでかす様な受験生がもう出ない事を祈る。
因みに仕出かした受験生には高額な修理費が請求された上、試験自体も不合格になり一定期間の受験資格の停止という沙汰が下されていた。そのまま問題の受験生を合格にしダンジョンに放り込んだら、今度は何を仕出かすか分からないからな。
「比較的学生さん達は少ないですし、今日の受験生は大丈夫だと思いますよ? 講義も真面目に聞いてましたし、最初にちゃんと注意事項を説明すれば守って貰えるんじゃないですかね」
「そうであってほしいですね」
そして水穂さんと話し込んでいる内に何時の間にか時間は経ち、そろそろ学科試験を始める時間が迫っていた。
「ではそろそろ学科試験が始まるので、私は行きますね」
「あっはい、試験監督官役頑張ってきて下さい」
水穂さんに見送られながら私は学科試験の問題の束を抱え、受験生達の待つ講義室へと移動し始めた。
それにしてもこの試験問題の束、探索者として暫くレベル上げをしていなかったら1人で持ち運ぶには苦労する重量物だよな。
静まり返った講義室には、受験生達が奏でる鉛筆の摩擦音だけが妙に大きな音で響き渡る。受験生達は真剣な眼差しで目の前にある試験問題に視線を巡らせ、十数秒思案した後にマークシートの解答欄を塗り潰していく。迷いなく塗り潰す者、少し逡巡した後に塗り潰す者、途方に暮れた表情を浮かべながら塗り潰す者、受験生達は十人十色といった姿を見せていた。
そして少数ながら開始20分程で全ての解答を書き終えたのか、解答用紙を提出し講義室を離れた者もいる。一度出ると戻る事は出来ないけど、途中退室も一応認められているからね。
「(試験終了まで、あと30分程かな)」
私は講義室の中をゆっくりと歩き回り、受験生達がカンニング等の不正行為を行っていないか見て回る。最近は滅多に居なくなったが、ダンジョン開放初期の頃はまだ市販の探索者試験対策テキストなどは販売されておらず、事前に勉強してくる事も出来ず事前講習を受けただけで学科試験に挑むことになっていたので、チラホラとカンニングを行う受験生が出ていた。
ゆえに分かる受験生が解答を済ませ退出し、それに焦った受験生が解答に困り果てた末にカンニングを行う確率がこの時間から急増するのだ。分かっている奴が残っている内にやらないと不合格になる!といった、追い詰められた者特有の心理だろうな。
「(ん? あいつ、何かおかしな動きをしているな)」
私が見回りをしている最中、離れた席に座るとある男性受験生が時折頭を僅かに上げ、そのあと素早く手を動かす動作を何度も繰り返している姿を目にした。
コレまで試験監督官を行ってきた私の経験から考えるに、あの受験生は間違いなくカンニングを行っている。おそらく右斜め前方の席に座る受験生の解答用紙を覗き込んで、カンニングを行っているのだろう。
「(今日は良い受験生が集まったと思っていたんだがな……大変に残念な事だ)」
私は軽く目を閉じ、小さく溜息を漏らした。あの受験生はおそらく私が遠く離れたところにいるから見えないだろうと高を括ってカンニングを行っているのだろうが、ダンジョンでそれなりにレベル上げを行っている私が注意して見れば、この距離からでもあの受験生の行為はハッキリと確認ができる。
ただし、カンニング行為であの受験生を失格にするには確り証拠を握った上で摘発する必要があるので、私は気配と足音を消しそっと受験生の席に近付く。
「(ん?)」
その時だ、少し離れた席に座る2人の女子学生の受験生が顔こそあげなかったが、肩を少し跳ね上げ周囲を警戒し始める仕草を見せた。他の受験生達が一切の反応を見せない中、その2人の女子学生だけが気配を消し行動を起こした私に反応したのだ。
気配を消した際、私の傍にいた受験生達が何の反応もしなかったのに、離れた位置にいる彼女達だけが明確に反応したのだ。探索者としてそれなりに経験を積んだ者なら、私が行う程度の隠形にも気付けるだろう。だが試験という他の事に気を取られている状況で、探索者資格をこれから取ろうとしている受験生に気付ける程度の隠形ではない。
「(勘が良いのか、何か特殊な訓練を受けているのか。まぁこの場で特に何か不正行為を行っている訳では無いので、今は気にしないでおきましょう。それよりも今は……)」
2人の女学生の事は気にはなったが、今優先すべきは不正行為を行っている受験生の取り締まりだ。私は気配と足音を消したまま、カンニングを行っている受験生に気付かれない様に傍まで歩み寄り斜め後ろに立つ。
カンニングを行っている受験生は私の存在に気付いていないらしく、今も私の目の前で問題用紙ではなく前方の受験生の解答用紙を見ながら書き写すというカンニング行為を続けていた。前席の受験生の解答用紙の置き方も悪いが、一番悪いのはそれを見てカンニング行為を行っているこの受験生である。
「(……コレは確定ですね)」
私は醒めた眼差しを向けながら、カンニング行為を行っている受験生の肩に手を優しく置く。
「!? えっ!?」
「そこまでです、理由は分かりますね? 残念ですが、アナタには即時退出を指示します。追って他の担当者が迎えに来ますので、講義室の前の廊下で待機していてください」
「……はい」
カンニング先と手元の解答用紙を指さす私の仕草に、カンニングをおこなっていた受験生は観念したのか顔を青褪めさせながら項垂れた。自分が悪い事をしている自覚があるのなら、最初からカンニングなんてするなよ。
「皆さん、まだ試験時間内ですよ。試験問題の解答を続けてください」
カンニング行為発覚という事態に少々講義室の中にどよめきが広がったが、まだ試験中だと伝え受験生達に気持ちを切り替えさせ解答を促す。だがすぐに切り替えられる受験生ばかりという訳でも無いので、何ともいい難い雰囲気が講義室の中に充満していた。
そんな受験生達の姿を見ながら私は問題の受験生を退出作業を見守りつつ、スマホで事務所にカンニング行為発生の連絡を入れ引き取り人員の手配する。この手のトラブルは想定され人員が待機しているので、数分も待てば迎えが来るはずだ。
「ではお願いします」
「はい」
カンニングした受験生を担当者に受け渡し、私は最後まで試験監督役の務めを果たす。
そして試験時間終了を知らせるベルが鳴ったので、私は受験生達に声を掛ける。
「そこまで、皆さん鉛筆を置いてください。解答用紙を回収しますので、皆さんそのまま待機していてください」
私は素早く受験生達の机を回り、手早く解答用紙を回収していった。
「皆さんお疲れ様でした、コレにて学科試験を終了とします。皆さんはこの後実技試験を受けていただきますので休憩後、着替えを済ませ指定の試験会場へと移動してください」
学科試験の終了宣言を行い解散を告げると、受験生達は疲れた表情を浮かべながら次々に講義室を去っていた。
ふぅ、少々トラブルはあったものの無事に終了して良かった。後は水穂さん達が上手くやれば、大きなトラブルも無く今日の仕事は終われそうだな。
「そういえばあの2人の女の子達、一体何だったんだろうな?」
私の隠形を見破り即座に警戒した受験生を思い出し、あの子達にここでやる様な実技試験って意味あるのかなと考えた。あれが出来る探索者ってのは、初心者を抜け出し中堅に手が届くぐらいの経験を積んだ者なんだしさ。
いやはや、何か凄い受験生がきたものだ。




