幕間八拾三話 娘の先輩達って…… その4
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娘が本格的に先輩達から指導を受け始め、毎日疲労困憊といった状態で学校から帰ってくる日々が続いていた。最初の一週間程は動くのも億劫だとばかりに酷く疲れた様子だったので、どういった訓練を行っているのかと話を聞いて目を丸くした。
それは、高校生が放課後に学校でやる様な訓練なのだろうか?と。
「持久力や筋力アップの為に走り込みや筋トレをするはまだわかるけど、もう武器を持っての立ち合いまでやってるのか」
「うん、といってもまだ素振りや打ち込みの段階だけどね……」
今日も今日とて疲れ果てた様子でリビングのテーブルに項垂れ突っ伏している娘に、今日はどんな訓練をしたのかと話しかける。
娘達も友達に教えて貰いながら前々からある程度鍛えていたので、先輩達の指導も早い段階で実戦的なものに変わって来たらしい。
「武器って実際に振ってみると、頭の中で思い描いた様には振れないもんなんだね。武器の重さに振り回されて、中々思った所でピタって止められないよ」
「まっ、そうだろうな。武器だけに限らない話だけど、長物や片方に重量が偏った荷物を持ち運ぶ時なんかでさえ、ちょっとした力が加わっただけで自分が思ってもいない動きをするからな」
「そうそう。武器を振っている最中に軽く柄を握りしめただけで、思ってない方向に刃先が曲がっちゃうんだ。先輩も武器を振っている最中に力を入れると刃先がブレるから、振り始めから振り終わりまでは常に一定の力加減を意識しろってアドバイスしてくれるんだけど、これが中々難しくてさ」
疲れた表情を浮かべながら娘は先輩の指導を思い出し愚痴を漏らしていた。先輩達のいいたい事は分かるが、本格的な練習を始めて数日の素人には中々難しい指導内容だよと。
まぁ慣れない者にとって素振りとはいえ、一定の力で長物を動かすというのは難しいだろうからな。
「まぁそこは、素振りの数を熟して慣れるしかないだろうな」
「そうなんだろうけど、凄く疲れるんだよ? 先輩が一回一回素振りのフォームのチェックして、刃先がブレていないか、姿勢が崩れていないか、無理な力が入っていないか……色々な駄目だしが毎回でてくるしさ。肉体的にもだけど、精神的にも結構きついんだよ?」
「そうか。だが今回の件に限らずスポーツなんかでだって、走ったり道具を振ったりするフォームが崩れていたせいで、体の各部に変な負荷がかかって選手が故障するって話は良く聞くからな。お前達が正しいフォームで武器を振るえなかった結果、体の筋を傷めて故障したとなったら彼等としても不本意だろうからな。そういった怪我を防ぐ為にも、一番最初に正しいフォームを叩き込むというのは正しい指導だと思うぞ?」
「そうなんだろうけどさ、自然に振れる様になるまでどれだけ練習すればいいのかな? 美佳ちゃん達はすぐ慣れたっていってたけど……」
憂鬱な表情を浮かべながら、娘は友達から聞いたと前置きし教えてくれた。
娘の友達曰く、素振りだけなら2週間もあればそれなりに様にはなるらしい。
「そうか、それじゃぁ頑張るしかないな」
「それはそうなんだけど、はぁ……」
まだまだ続く熾烈な練習の日々を思い、娘はどこか遠くを見る様な眼差しで窓の外を眺めていた。
まぁここまで確り訓練していれば、ダンジョンに入っても少々の事では怪我をしないで済むだろう。うん、彼等に娘達の訓練を頼んで正解だったな。
今日も今日とて訓練を耐え抜き家に帰って来て、自分の部屋に戻る娘宛に届いた手紙を渡し暫くすると歓喜の叫び声が家中に響いた。
そして勢い良くリビングの扉が開き、姿を見せた娘は喜びに満ちた声で端的にとある事を告げる。
「やった、合格したよ!」
「ん、合格? ……ああ、簿記試験の事か」
「そう! 合格出来るか心配してたけど、ほら見てよ! ハッキリ合格だって書いてあるよ!」
少し高揚し頬を染める娘は自慢げに合格通知を見せつけ、間違いなく簿記試験に合格したと宣言した。
「そうか合格したのか、良かったな。あんなに勉強頑張ってたもんな、本当に良かった」
「うん! 試験が終わってからずっと不安だったから、ホッとしたよ。コレで訓練と探索者試験に専念できる」
心配の種が解消したからか娘は久しぶりに晴れやかな表情を浮かべ、訓練の疲れも喜びで吹き飛んだかのように軽やかな動きで小躍りしていた。
最近は訓練にも慣れてきたからか疲労困憊で草臥れ座り込む事は少なくなってきたが、小躍りするほどの元気は残っていなかったはずなんだけどな。どうやら余程嬉しかったらしい。
「そうか、じゃぁ探索や試験の勉強と一緒に、期末試験の勉強も頑張ろうな? もうすぐあるんだろ?」
「……そう、だね」
私のその一言で、娘は先程まで浮かべていた歓喜の表情は一瞬で消え失せ、憂鬱な表情を浮かべながら大きな溜息を漏らした。
まぁ学生にとっては、定期テストなんてイベントは憂鬱なだけだよな。
「今度のテストでも、また友達と勉強会をするんだろ? 勉強会をやり始めてから、お前の成績も上向いてるみたいだしいいことだ」
「うん。美佳ちゃん達と分からない所を教え合ったり、先輩達からもアドバイスして貰えるから効率よく勉強出来るからね。成績も伸びるってものだよ」
「探索者としての訓練に勉強まで見て貰えるなんてな。それじゃぁまた手土産のお菓子を用意するから、勉強会をするときに持って行ってくれ。お礼とはいわずに差し入れとしてな?」
「分かった。ああそれと、この間持って行ったお菓子は結構好評だったよ。先輩達はこっちの意図を察してたみたいだけど、美味しいっていってくれてたしさ」
そうか彼等にはこちらの意図は気づかれたのか、でもまぁ謝罪の品だしバレても問題はないんだから気にしても仕方が無いな。
それに親がお世話になっている娘の友人に、手土産を持たせて勉強会にいかせるのなんて普通だよな普通。
「じゃぁ同じ物を用意しておくか。いや、同じ店の別のお菓子、ケーキとかにした方が……」
「同じもので良いんじゃない? 勉強会には人数いるし、勉強の合間に食べるから乾き物の小分け袋のお菓子の方が食べやすいしさ」
「そうか、じゃぁそうするか」
確かに勉強の片手間で食べるのなら、小分けのお菓子の方が食べやすいか。
「うん、それじゃぁ皆に簿記試験合格したって報告してくるね!」
「ああって、いやちょっと待ちなさい!」
娘が合格通知を片手にリビングを出ようとしたので、私は慌てて止める。
流石に今から合否を尋ねるのは拙い。
「友達に合否を聞くにしても、もう少し時間を置いてからにしなさい」
「ええ、どうして?」
「考えてもみなさい、もし万が一誰か不合格で試験に落ちていたらどうする? 友達に聞くにしても、不合格だった場合を考えて受け止める時間を置いてからにしなさい」
「ああ、うん。そうだね、その可能性もあるんだよね。分かった、もう少し時間を置いて……ううん、明日学校に行ってから聞いてみるよ」
娘も私の指摘に表情を一瞬青褪めさせ、試験合格に浮かれていた事を自覚したらしい。嬉しく舞い上がる気持ちは分からないでも無いが、そういう時にこそ不用意な一言で仲の良かった友達との間にわだかまりとかが出来たりするんだよな。
先程まで喜んでいたのに今では何ともいえない表情を浮かべている娘の様子に、少々申し訳なさを感じるが慎重に事を運んだ方が良いからな。
簿記試験を受けていた部員は無事に全員合格していたそうだ。一人だけ不合格だったといった、万一を想像し慎重に対応させたがどうやら杞憂で済んだらしい。
そのおかげで娘達は万全の状態で期末試験に挑め、そこそこの手応えを感じられたそうだ。
「そうか、まぁまぁの手応えか」
「うん、平均点以上は取れてると思うよ。皆で勉強したしね」
「そうか、それなら良かった」
どうやら期末試験は無事に乗り切れたらしい。ここ暫く娘は簿記資格試験に探索者試験対策の訓練と、期末試験を挟んで色々と忙しい日々を送っていたからな。訓練で疲労困憊となっている姿を見ているので、学校の勉強に身が入らず成績が低下したとしても不思議でないと思っていた。
しかし、その忙しい日々を送っていた上で平均以上の学力を維持できているのなら十分な頑張りだろう。探索者としての活動を認めて貰おうと、学業に支障は無いよと頑張ってる姿は見てるからな。
「うん。それでその、先輩にいわれたんだ。期末試験も終わったから、いよいよ来週の日曜日に探索者試験の本番だから頑張ろうって」
「そうか、いよいよ来週本番なのか」
「うん。だから試験日前まで詰めの練習をするって。試験では学科もあるけど、簡単な内容だから市販の対策テキストに目を通しておけばまず問題ないって」
「そんな簡単な勉強で大丈夫なのか?」
探索者資格試験は応募書類さえ審査を通れば取得しやすい資格といわれているが、それなりに落第している人はいる。まぁ受験者の8割近くが合格している時点で落とす試験というより、試験に合格したという肩書を持たせる為の試験だといわれているんだけどな。
「うん。試験本番の座学の講義をしっかり受けて理解していたら、未予習でも学科試験は合格出来る程度の内容だって。先輩達はそのパターンで受けて合格したって。事前に市販テキストを買って勉強するのも、確実に座学を合格するにはやっておいた方が良いよって感じでおススメされただけだよ」
「……それはそれで心配になるレベルの学科試験だな。もうちょっとこう、一捻り位は付け加えても良いんじゃないか?」
「私もそう思うんだけど、座学では何をやったら法律違反になるからやるなよって伝えるだけの場だって先輩がいってた。学科試験も受験者が説明をちゃんと聞いていたか、それを確認するだけの意味しかないんじゃないかって」
「頭が痛くなるな」
娘から探索者試験の説明を聞き、思わず頭を抱える。手抜きといえば手抜きだが、最低限の仕事だけはしている学科試験だな。座学の講義で何をしたら違反かを伝え試験で理解度を確かめているのだから、違反し捕まえられた際に聞いていないという言い訳を防ぐ為の試験に感じられる。
そしてそんな学科試験さえ乗り越えられない受験生がいるという事に、私は思わず背中に冷たい汗が流れ戦慄を覚えた。そういう輩は、最初っから最低限のルールさえ守る気が無いって事と同義だからな。
「そうだね。それで実技試験もあるけど、先輩達の訓練を乗り越えられるのなら心配しなくても通るだろうって。美佳ちゃん達も、当日に熱を出して体調不良にでもならなければ大丈夫っていってたよ」
「おお、そうか。しかし頼もしいのは頼もしいんだが、お前達は太鼓判が出る様な訓練を受けてたのか?」
「そうみたい。探索者資格試験はあくまでも通過点だし、怪我をしにくいダンジョン探索を見据えた訓練をしてるんだからそれも当然だって。先輩達も実技試験で落ちる程度の軟な鍛え方はしてないっていってた」
「まぁ確かに先の事を考えれば、簡単といわれている探索者試験は余裕で合格出来るくらいでないと困るよな」
試験もダンジョンも経験が無いので簡単に比較はできないが、どちらも経験している彼等がそういっているのならそういう事なのだろう。
ただ、実技試験を余裕で合格できる程度の訓練とは、果たして本当に探索者を始める前の高校生が受ける様な訓練なのだろうか? いつも疲労困憊といった姿で帰ってくる娘の姿を思い出し、今更だが心配になってくる。
「うん。探索者になってダンジョン探索をする事を目指してコレまで頑張って来たんだから、試験なんかで足踏みなんてしてられないからね。絶対に合格してみせるよ」
「そうだな……精一杯ぶつけてこい」
「うん、本番まで後少し頑張るぞ!」
目指していた目標への第一歩が目の前まで迫り、娘は気合を入れる様に両手の拳を握り締めていた。
娘が探索者資格試験を受験してから数日後、合格通知が届いた。娘は歓喜の表情を浮かべながら合格通知を握りしめ、両手を挙げながらリビングの中を軽快な足取りで踊り回っている。
本当の意味で夢への第一歩を踏み出した瞬間だ、その喜びもひとしおだろう。
「おめでとう、よく頑張ったな」
「ありがとうお父さん、コレで私も探索者だ!」
「そうだな。だが本番はダンジョンに潜ってからなんだから、喜び過ぎて油断して怪我なんてするんじゃないぞ?」
「大丈夫、先輩達にもその辺は重々注意するようにいわれてるからね。合格に浮かれて油断なんてしていたら、先輩達に訓練を倍にされちゃうよ! 油断大敵、注意一秒怪我一生だよ!」
それが分かってるのなら大丈夫だろう。暫くは彼等も娘達と一緒にダンジョンに潜ってくれるといっているし、無謀な探索などせずにどうか堅実に怪我の無い探索者活動をして貰いたいものだ。
それより娘が合格しているというのなら、日野さんの方も合格しているだろうな。武器購入の件もあるし、日野さんの親御さんと連絡を取って近い内にこれからの事について話し合うとしよう。




