第551話 ちゃんと意味のある訓練です
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美佳と沙織ちゃんの悲鳴を聞きつつ準備運動を終えると、早速舘林さんと日野さんには基礎トレーニングメニューを熟して貰う。初心者探索者は、技能の前にまずは基礎がものをいうからな。探索者になればレベルアップの恩恵で身体能力が向上するが、実感できるレベルまでは基礎トレーニングで得た能力がものをいう。基礎トレーニングを怠った結果、体力切れでへたり込んでいる新人探索者をダンジョンでは良く目にするからな。
ダンジョンの上の方の階層には他の探索者が多くいるからまだ良いが、少し下の階層に潜れば周りにいる探索者の数も減り、モンスターとの戦闘における危険度も上がる。そんな状況の中で体力切れを起こしてしまえば、まぁ良い結果にはならないよな。
「ほらほら、呼吸を乱さない。少しペースを落としても良いから、周囲への警戒を疎かにしない事の方を優先する。呼吸が乱れ集中力が切れると、モンスターに襲われる危険性が上がるんだからさ」
「「はっ、はっ、はい!」」
軽く呼吸を乱しながらグラウンドを走る舘林さんと日野さんに指示を出しながら、俺は軽い足取りで並走する。
まぁ走るというより、早歩きに近いんだけどな。
「探索者にとって、疲れたからといってダンジョン内で周辺に対する警戒心を緩めるのは愚策だよ。モンスターの襲撃に限らず、トラップの類が仕掛けられているからね。最近はダンジョン内のトラップ配置もある程度判明しているけど、だからといって気を抜くと怪我をするよ」
「「はい」」
少し走るペースを落とした事で舘林さんと日野さんの乱れていた呼吸も収まり、俺の忠告に真剣な表情を浮かべ頷いていた。
「まぁ暫くはトラップがある階層には足を踏み入れないでダンジョン内での動きを学んで貰うけど、その内協会が作ったトラップ訓練施設に行って、どういったトラップがあるのか事前に体験してもらおうと思っているから」
「トラップの訓練施設、ですか?」
「そんな所があるんですか?」
「あるんだよ。探索者じゃない一般人向けのアミューズメントパーク的な施設だけど、実際にダンジョン内で出現するトラップだから新人探索者がトラップを体感するにはちょうど良い施設だよ」
俺は以前足を運んだ施設を思い出しながら、舘林さんと日野さんにはまずあそこでどんなトラップがあるのかを体験してもらう計画を教える。一般人にも開放されている施設なので、トラップといっても安全性が確保されているので、初めてトラップを経験する人には都合がいい施設だ。
安全性が確保されているがゆえに緊張感は少ないが、ダンジョン内で初見で対応するよりトラップに対する心構えは作れるからな。無防備にトラップに引っかかり怪我をする新人探索者というのは、今でも定期的に発生している。そういう輩に限ってトラップ配置情報を過信し、事前にやっておくべき対策も心構えも何も出来ていないんだよな。
「といっても、そこに行くのはまだ先の事だけどね。今はまず、基礎能力をつける事を優先しないと意味が無いよ」
「分かりました、頑張ります」
「頑張ります!」
少し先の予定を説明する俺に、舘林さんと日野さんはやる気に満ちた表情を浮かべながら力強く頷いた。最近は基礎トレーニングばかりだから、こういった情報を小出しする事で2人のやる気を維持する必要がある。
やる気があると無いとでは、トレーニング効率に直結するからな。
「まぁ無理をして怪我をしない範囲で頑張ってね。それよりもう少しでゴールだから、最後まで周囲への警戒を緩めずにラストスパートだ」
「「はい!」」
まぁラストスパートとはいっても、呼吸を乱さないで済むペースを維持したままなんだけど。
舘林さんと日野さんと一緒にスタート地点に戻ってくると、美佳と沙織ちゃんが裕二と柊さんの指導のもと、ユックリとした動きで組手の型を練習していた。
美佳と沙織ちゃんは時折苦痛を我慢する表情を浮かべながら、一つ一つの動きを確かめる様に攻撃を繰り出していた。
「ほら、余分な力が入っているから足に痛みが走るんだ。踏み込みはもっと丁寧に無駄なく、体重移動が雑になっている証拠だぞ。力の流れを意識して、もっとスムーズに踏み込む」
「はっ、はい!」
「沙織ちゃん、腕の振りが大きいわよ。最短距離で繰り出す事を意識して、もっとコンパクトに」
「はっ、はい!」
大分ましになったとはいえ、やはりそれなりに動くとまだ筋肉が痛いようだ。
そして裕二と柊さんは、美佳と沙織ちゃんの表情が苦痛に歪むタイミングで、何処に無駄な力が入って苦痛が発生しているのかを指摘していく。
「そう、そんな感じだ。良い感じに無駄な力が抜けて来てるぞ」
「はっ、はい!」
「でもその分、攻撃に腰が入ってない。痛みを出さない事に集中し過ぎて、肝心の攻撃動作が疎かになってるぞ。ユックリで良いから、腰を入れる事も意識して」
「は、はい。痛っ!?」
美佳は裕二に褒められたことに安堵しつつ、指摘されたことを改善しようとし悲鳴を上げていた。
まぁいきなり改善するのは無理だろうから、ユックリと頑張れ。
「良い感じよ沙織ちゃん、さっきよりずっと隙の少ない攻撃になって来たわ。だから、もう少し動きを加えましょ?」
「う、動きですか? えっと今のままじゃ……」
「もう少し大きく動いて、間合いを詰める動きも見て見ましょう? 間合いを詰める動きが駄目じゃ、折角いい攻撃が出来ても相手には当てられないもの」
「は、はい。あっ、痛っ!?」
沙織ちゃんも柊さんの指導のもと、悲鳴を上げながら無駄のない動きの練習を行っていた。
まぁ美佳より酷い筋肉痛だったみたいだし、無理はしない様にね。
「うわぁ、2人とも辛そう」
「筋肉痛っていってたのに、2人とも良くあんな動きが出来るよね」
舘林さんと日野さんは引き攣った笑みを浮かべながら、悲鳴を上げながら組手の練習をこなしている美佳と沙織ちゃんに感嘆の声を上げていた。実際に今日一日、美佳と沙織ちゃんがどれだけ筋肉痛で苦しんでいたのかを見ている分、舘林さんと日野さんは組手をしている2人に信じられないといった眼差しを向けている。
まぁ探索者をやっていたら、怪我をしていても動く必要がある場合も出て来るからな。怪我をしたからといって、目の前に出現したモンスターが見逃してくれるわけないんだからさ。
「今すぐって訳じゃないけど、探索者になるというのなら舘林さんと日野さんもああいった訓練をする事もあるから、今の内によく見ておいた方が良いよ」
「「えっ!?」」
「えって、何を驚いてるの? 美佳達がやってるあれって、ダンジョン内で疲労状態や怪我をした状態でモンスターと遭遇した際の対応訓練になってるから、舘林さんと日野さんにもそのうち一度はやって貰うよ。ダンジョンでは、何時でも万全の状態でモンスターと戦えるって訳じゃないからね。だから一度は練習として経験しておいた方が良い。怪我や疲労してたら、どれだけ体が動かないかって事が良く分かるよ。そういう意味では、今回の美佳達の筋肉痛は好都合だったね。筋肉痛だと疲労や怪我を負った状況を再現しやすいから、今回の訓練は良い経験にはなったと思うよ」
悲鳴を上げながら組手を熟す美佳と沙織ちゃんを眺めながら、平然とした口調で舘林さんと日野さんに説明すると、2人の表情が一気に引き攣ったものに変わった。
「えっと探索者になる為には、そんな訓練もしないといけないんですか?」
「まぁ必須って訳じゃないけど、しておいた方が後々役に立つよって感じの訓練だね。新人探索者がモンスター相手に怪我をする状況として、自分達の怪我や疲労の影響を見誤ってモンスターと戦ったからってものが多くある。これは疲労や怪我の影響で、どれだけ普段と違って体が動かせないかを理解していなかったからこそ起きるものだ」
「普段と同じ感覚で動こうとした結果、攻撃を避け切れなかったり攻撃を当てられなかったから、ですか?」
「そう。ある程度経験を積んだ中堅探索者にもなれば、その辺の差も理解して動けるようになってるんだろうけど、それを実戦の中で新人探索者に求めるのは厳しいだろうね」
中には実際に失敗して覚えれば良いと主張する者もいるかもしれないが、よほどバックアップ体制が確りしていないと最悪、その新人探索者はトラウマ物の大怪我を負う事になる。
実際にダンジョン開放初期の頃は、そういった怪我が原因で引退した新人探索者は多かっただろうな。
「そんなちゃんとした理由があるんですね」
「当然だ、俺達も何も嫌がらせで美佳達にあんな状態で組手をさせている訳じゃない。やっておいた方が、ダンジョンで大怪我をするリスクを減らせるからやってるんだ」
何やら不本意な事に、俺達が趣味で筋肉痛状態での組手を強要しているとでも思われていたのか、組手の意図を説明すると舘林さんと日野さんは感心したような声を漏らす。
「だから調子の悪い状態での動き方を知っていれば、戦うにしろ逃げるにしろその場での適切な行動をとる為の判断材料になる」
例えば戦うにしても、1人が時間稼ぎをしている間にもう一人が回復薬を使用し、万全の状態になった上でモンスターと戦うといった戦法も選べる。
実戦では判断の遅れが致命的な隙を作る以上、そういった戦法を即決できる判断能力を養う必要もある。その為にも、いろんな状況を想定し対応できるようにしておかないとな。
「確かに体の動きが悪い場合を知ってないと、逃げるか戦うかで判断に迷いますね。自分では戦えると思っていても、体が付いて来れるか分からないって事を理解していなかったら無策に戦って大怪我を……ってのはありえそうですよね」
「逆に逃げようとしても、疲労や怪我で体が重く思ってるより素早くは走れないって事もあり得るんですよね」
「そういう事。新人探索者だとその辺の判断が拙い事があるからね、引き際を見誤った結果……ってのは良くある事なんだよ」
俺が美佳と沙織ちゃんの組み手を眺めながらしみじみと呟くと、舘林さんと日野さんは深刻気な表情を浮かべながら何ともいえなさそうに雰囲気を醸していた。
「さて、何時までも美佳達を眺めていても仕方がない。基礎トレーニングの続きをしようか?」
「「はい」」
時折悲鳴を上げながら組手を続ける美佳と沙織ちゃんに無言の声援を送った後、俺は舘林さんと日野さんと筋トレメニューに取り掛かる。
放課後の訓練も一通り終わり、舘林さんと日野さんは息を乱しているが程よい疲労感といった感じで、美佳と沙織ちゃんは地面に座り込み疲労困憊といった感じである。
まぁ美佳と沙織ちゃんはゆっくりとした動きの組手だったとはいえ、筋肉痛で叫び声を上げ続けていたからな。そりゃあ精根尽き果てるだろうさ、寧ろ最後までよく頑張ったよほんと。
「さて、まずは皆お疲れさま。ちょっと早いけど、今日のトレーニングはこれぐらいで終わりにしようか。美佳と沙織ちゃんは限界みたいだし、この後は柊さん主催のマッサージケア講習があるからね」
「運動後にしっかりケアしたら、次の日が大分楽になるからしっかり習ってくれ」
「この後部室に移動して教えるからね」
柊さんが笑顔でそう告げると、美佳と沙織ちゃんは訓練を始める前に少しして貰ったマッサージの効果を思い出したのか、地獄で仏にあった様な表情を浮かべていた。
「これから訓練は強度も上がっていくから、舘林さんと日野さんも覚えておいた方が良いよ。ケアの仕方一つで、疲労の残り具合に雲泥の差が出るからさ」
「は、はい。美佳ちゃん達の様子を見ていたら、私達もしっかりケアをしないと不味いって思いましたから、十分学ばせてもらいます」
「マッサージって一人だと難しい所もあるから、皆のケアが出来るようにしっかり教わってきます!」
ケアが不十分だった美佳と沙織ちゃんの様子を目にし、舘林さんと日野さんは訓練後のケアの大切さを実感したらしく、真剣な表情を浮かべながら力強く頷く。
うん、頑張って。
「そういえば私が皆にマッサージの仕方を教えてる間、広瀬君と九重君はどうする? 先に帰る?」
「そうだね、この状態の美佳を一人で帰らせるのもあれだし、柊さんのケア講習が終わるのを待ってるよ。確か、学食はまだ開いてたと思うしさ」
「大樹が待つのなら、俺もお茶でも飲みながら待ってるよ」
「そう、悪いわね。それじゃぁ少し待ってて貰えるかしら、一通り教えるのに30分も掛からないと思うから」
「「了解」」
流石に俺達が一緒の部屋で待っているともなれば、美佳達も気になるだろうからな。という訳で、俺と裕二は着替えを済ませてから講習が終わるまで学食で待機する事になった。
確か放課後も営業してるって話は聞いてたけど、この時間帯でも購買部って営業してたっけ?




