第518話 始める前の下準備が大切ですよ
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裕二が今後の学生探索者の増加傾向予想を述べると、健吾さん達保護者4人の顔色が些か曇る。その表情から読み取れる感情は、困惑や戸惑いというより不安といったモノだろうか?
そして健吾さんは横目で娘をチラリと一瞥した後、美佳達に視線を向けてから再び裕二に向かって口を開く。
「私達はね、今の世の動きに対し一つ心配している事があるんだ。探索者をやっている者と探索者をやっていない者との能力差……それも分かり易い形での差だ。無論、ある程度年を取っている者なら、極一部を除いて分別というものを弁えているだろうからそれほど心配はしていない。ただ……学生という年頃はその辺の自制心が脆くなる時がある。大人と子供の挟間の年齢であり、広がる交友関係に行動範囲、明確になりだした将来への不安やストレス……私達自身も経験があることだからね。その上、例え問題を抱えていても親や他人に相談しようとはせず、自己解決しようと闇雲に足掻いた末に泥沼にはまったりとね?」
「はぁ……」
「すまない、少し愚痴が混じってしまったね。まぁ何にせよだ、私達大人の目線で見ると学生時代というのは、多感な時期ゆえに少々不安定なモノに見えるものなんだよ。特に学校という狭く閉鎖された特殊な環境下においては、本人の意思とは別に周りに流され理性より感情を優先し善悪の判断も曖昧になる。それによって巻き起こされる問題には、君達も心当たりがあるんじゃないかな?」
健吾さん達が心配するのも無理はない、学校というものはかなり特殊な環境だからな。
そして健吾さん達が心配する問題にも、凄く心当たりがある。
「健吾さん達が心配されてるのは、1年生の間で起きた探索者強制勧誘問題が再び起きないかですよね?」
「ああ。無論ソレもあるんだが、もっと直接的な被害にあったりしないかとう心配もあるんだ。今後も学生探索者が増えていくという事は学生間でいざこざが起きた場合、ちょっとしたもみ合い等でも探索者でなかった場合に受ける被害を考えるとね」
「そうですね、探索者はレベルを上げればそれなりの身体能力の向上が見込めます。そしてニュースなんかで報道される傷害事件なんかでよくいわれる犯行動機にある様な、揉めた際に相手を少し押したら……っていうのが、少し齧った程度の探索者だったとしても思わぬケガに繋がる可能性は非探索者の一般人相手より高くなると思います。特にそういう咄嗟の際に出す力というものは、本人の制御下を離れたもので思わぬ大きさになる事は往々にしておきますからね」
健吾さん達は裕二の話に表情を少し暗くしながら、どこか諦念の籠った苦笑いをうかべる。
「そうだろうね。今後も探索者が増えていくのなら、私達もそういった事故や事件が増えていくと思っている。ならば娘達にも、触り程度の探索者経験はさせておいた方がいいのでは?という考えもあるにはあるんだ」
「確かに触り程度にでもレベルを上げておけば、その手の不幸を避ける事が出来るかもしれませんね」
「そうだろう?だが探索者としてレベルを上げるのなら、モンスターと戦う事が必須だ。しかしそれは、将来起こりえるかもしれない危険を避けるために、今危険な目に合う事を許容するのか?というジレンマが発生する事になる。その上、万一にでも大怪我を負ってしまっては本末転倒だからね」
将来のリスクと今のリスクを天秤に乗せ考えると、探索者になりたいという提案には積極的に賛成はしづらいらしい。
「ただ君達の話を聞いていると、確りとした下準備を整えた上で無茶無謀な冒険をしなければ比較的安全にレベルを上げられそうだという事が分かった。あと、費用は高いが効果的な回復手段があることも」
「そうですね、モンスターと戦う事に適性があるのなら、時間は掛かれど大怪我を負う事なくそこそこレベルを上げる事は出来ると思います。ただし現在のダンジョン事情だと、結構な時間とお金が掛かると思いますよ?」
現在のダンジョンは、上層階は人口過剰の過密状態でモンスターとのエンカウント率が低下しており、更にドロップアイテムの買い取り額も下がっている状態だ。極力怪我をしない様にという条件を加えると、武器を含めた装備品の類を整え、カルチャースクールなどに通い戦闘系技能を高め、小まめにダンジョンに通い、格上のモンスターと無理な戦いは避け、万一に備え回復薬を複数常備しておくのが望ましい。
こうやって必要事項を羅列すると、安全性を高めた状態での新規参入って中々難易度が高くないか? 安全性を高めれば高額ドロップ品を得られる機会は減り、活動維持費という名の持ち出しが増える。運良くレアドロップ品を手に入れられれば話は変わるが、そうでなければすぐに資金難で喘ぐことになる。
「まぁ、無理をして大怪我を負うよりはマシと考えるしかないだろうね」
「……結構な出費になりますよ? 近場のダンジョンに通うとしても交通費から飲食費、消耗品の補充にとそれなりに費用がかさみます。多分、大きな損耗なく1日活動するなら1人5千円程度は見ておいた方が良いと思います。因みに、一般的に学生探索者がダンジョン探索を切り上げる基準としては、1日の活動費を上回るドロップ品を得たら撤収を考えるという形ですね。ただこれも、最近のドロップアイテムの買い取り額が低下してきているので、中々達成が難しいみたいです」
「なるほど、確かに赤字を避ける為には、最低限活動費はペイできる収入は確保したいだろうね。でも1人5千円となると2人で1万円か……それは初心者でも初めから稼げるものなのかい?」
「それはドロップアイテムの買い取り額の高かった初期の頃に活動を始めた俺達より、最近まで上層階部分で活動していた美佳ちゃん達の方が詳しいと思います。そういう訳で美佳ちゃん、沙織ちゃん、少し聞かせて貰っても良いかな?」
「「あっ、はい」」
裕二に話を振られた美佳と沙織ちゃんは少し顔を見合わせた後、少し考えこむように軽く頭を傾げながら話し始める。
「ええっと、私達が探索者として活動を始めた頃もダンジョンは今と似たような状況でした。新規参入者が多くて中々モンスターと遭遇出来ず、ドロップ品集めには結構苦労しましたね」
「今よりドロップ品の買い取り額は少し高かったですけど、1日の活動費をペイできるようになったのは……確かダンジョンに通うようになってから5,6回目くらい?だったと思います」
「なるほど、それは安全性を重視した上でという事かな?」
「はい。お兄ちゃん達から色々話を聞いていたので、無理をせず確実にモンスターに勝てる状況を作ってから戦ってましたから、何も下調べをせずにダンジョンへ突撃していった人達と比べれば比較的安全な探索だと思います」
「それと事前にモンスターと戦う術、武術の訓練もしたのも効果的だったと思います」
美佳達の話を聞き、健吾さん達は少し眉を顰め渋い表情を浮かべていた。
ドロップアイテムの買取価格が俺達の頃より低下しているといわれる美佳達が参入した頃より更に低下している現在では、美佳達と同じ速度で上達し同じ頻度でダンジョンに通ったとしても、活動費をペイ出来るようになるまでは10回近く通わないといけないだろうな。
「確りと事前準備をした上でもそれだけの時間が掛かるのか……因みに武術の訓練というのは、どこかのカルチャースクールに通っていたのかな?」
「いえ。カルチャースクールには通っていません、私達はお兄ちゃん達に基礎を習いました。裕二さんの御実家が武術道場を運営されているので、お兄ちゃん達の紹介と御厚意で教えて貰いました。おかげでモンスターを相手に戦っても、大きなケガを負う事なく今に至っています」
「えっと、同じクラスの探索者をやっている子に聞いたんですけど、一度ダンジョンに潜って痛い目にあってからはカルチャースクールに通って武術を習っているっていっていました。習い始めて基礎的な動きが出来るようになってからは、無理をしない限りは殆ど怪我を負う事は無くなったといってましたよ」
「なるほど、それならばダンジョンへ赴く前に、基礎部分だけでも武術を修得しておくべきって事だね。基礎を学んでいるかどうかで怪我の有無が変わるのなら、手間を惜しむべきではない」
健吾さん達は美佳と沙織ちゃんの話を聞き、探索者を目指す場合に武術を学ぶ重要性を理解してくれたようだ。確かに対人戦を念頭に置いた武術が非人間体格のモンスター相手に有効かは疑問が残るものの、効率的な武器の振り方や戦う為の心構えは出来る。
人間誰しも突然敵が眼前に跳び出してきたからといって、躊躇なく的確に攻撃できるわけでは無いからな。まして一切の武術の経験もない素人では、手に立派な武器を持っていたとしても攻撃できないか、我武者羅に武器を振り回して全く当てられないといった姿は簡単に想像できる。
「的確に武器を振るい正確に目標に当てる練習、攻撃してきた敵に対して棒立ちする事なく回避・防御・攻撃が出来る様になる練習は事前に行う事こそ大切ですよ。多くの新人探索者はこれが出来ずに怪我を負います。怪我を伴う痛みを糧にし、自分を害する敵へ躊躇を捨てた攻撃をする。防衛本能に即した反撃を行った結果としてモンスターが倒れていたというのが、多くの探索者が経験した初めてのモンスター戦でしょうね」
「ますます事前の準備の大切さを考えさせられる話だね」
裕二が美佳達の話を補足すると、健吾さん達は頬を引き攣らせながら娘達に視線を向けていた。そして向けられた視線の先に居る舘林さん達も、俺達の生々しい探索者事情を聞き僅かに頬が引きつっている。
事前に美佳達から聞いていたという話は、大分オブラートにくるまれていたようだ。まぁ美佳達も余り生々しい話を学校でする筈も無いので、この反応も仕方ないという感じだろうな。だがことココに至っては、その生々しい情報こそが大切なのである。
「そうですね。本格的な武術を学ばなくとも、基礎部分だけでも身に付けておくことをお勧めします。基礎さえできていれば、後はモンスター相手の実戦でも磨いていけますからね。美佳ちゃん達も基礎を収めた後は、実戦を重ねて今では一端のものですよ?」
「……彼女達が探索者になってから半年程度だと聞いているのだが?」
「自分を殺そうとしてくるモンスター相手に戦っての半年です、安全な道場で行う練習とでは経験の密度が違いますよ。多分今の彼女達なら、ダンジョン出現前の学生武術大会で無双に近い事が出来ていたと思いますよ?」
「「「「……」」」」」
裕二が淡々とした口調でさも当たり前のことのように告げると、健吾さん達保護者一同は絶句したように信じられないといいたげな表情を浮かべながら俺達探索者組の顔を視線だけ動かし一瞥する。
俺達としては裕二がいっている事に間違いのない事実なので、苦笑を浮かべながら軽く頷き裕二の話が本当であると肯定した。
しばし場の雰囲気が何ともいえないモノになったので、一旦話を中断し休憩時間を取る事になった。
そして今まで出てきた情報を舘林さん達だけで整理できるようにと、俺達5人は一旦部屋を後にしエントランスロビーに移動する。
「さて、どうなるかな……」
「親御さん達もどちらかというと、迷ってはいるけど消極的な賛成って感じだったんだけどね。今話した内容を鑑みて、どういった感じに考えが変わるか……」
「そうね。でも今話した内容を探索者になってから体験して学ぶよりは、今の内に知っておいた方が良いと思うわ。後になって聞いてなかった、では手遅れなんだから」
「こうやって改めて探索者になるって事を考えると、私達って相当運が良かったんだね沙織ちゃん。お兄ちゃん達から全面的なバックアップを受けられてなかったらと思うと……」
「うん。きっと今でも相当な苦労……ううん、途中で折れて探索者を続けるのを諦めてたかも」
俺達3人は話の行方を心配し、美佳と沙織ちゃんは如何に自分達が恵まれた環境で探索者を始められたのかを実感していた。まぁこうやって他の事例と比較する機会でも無いと、自分達の状況を客観的に評価する事は難しいからな。まぁ俺達も結構力を入れて美佳達の探索者活動を支援した覚えがあるので、一般的な新規参入者と比べるのはおかしいとは思うけどさ。
そしてエントランスロビーで暫く時間を潰した後、俺達は舘林さん達が待つ会議室へと戻った。




