第404話 まずは形から
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クラスメイト達や美佳達と文化祭の準備で慌ただしく日々を過ごしている内に、驚きの速さで週末までの時間は流れ、俺は協会との緊張と不安に満ちる面談当日の朝を迎える。自分で思っていたより緊張していたのか、目覚ましのアラームが鳴ると同時に俺の頭は一瞬で冴え渡ると言う、まるでダンジョン内で寝泊まりしていた時の有様だった。
そして壁に掛けられたカレンダーの日付を確認し、俺は大きく息を吐きながらベッドから立ち上がる。
「いよいよ、面談当日だな……」
重蔵さんと相談しながら事前に出来る準備は可能な限り整えたつもりだが、いざ本番当日の朝を迎えると否が応にも緊張が高まってくる。如何に準備を整えたとはいえ、テンプレ形式がある訳では無いので結局の所はぶっつけ本番だからな。こちらの想定外の質問と言うか、提案が飛び出してきてもおかしくはない。
まさか……引き出しダンジョンの事は漏れてないよな?
「さて、まずは腹ごしらえからだな」
俺は不安と緊張を押し殺しながら部屋を出て、洗面所で顔を洗ってからリビングへと向かう。腹が減っては戦は出来ぬと言う、まずは面談に向けて万全の状態を整える事から始めないとな。
そしてリビングに入ると母さんは朝食の準備を進め、父さんはソファーに座ってテレビニュースを見ていた。何時も見る、普段と変わらぬ光景に俺は内心小さく安堵する。協会との面談と言う予定はあるが、今日が何時もダンジョンへ向かう週末と変わらぬ普段の延長なのだと感じたからだ。なんて事は無い、ダンジョンへ向かう時と変わらず、いつもと同じように無駄に緊張せず油断や慢心をしないように心がけていればいいだけなのだと。
「おはよう、父さん母さん」
「おう、おはよう」
「おはよう大樹。もう直ぐ出来るから、もうちょっと待ってちょうだい」
俺の挨拶に朝食を作る手を止め返事を返してくれる母さん、こちらに顔を向け返事をしてくれる父さん。普段と何ら変わりないそのやり取りに、無駄に高まっていた不安や緊張感が解れていくのを感じた。何ら変わり映えしない日常を退屈だと思う時もあるが、こういう不安に苛まれている時は平常心を思い出させてくれる穏やかな時間だ。
そして俺は母さんに了承の返事をかえした後、父さんが座る正面のソファーに腰を下ろした。
「そう言えば大樹。今日は少し緊張しているようだったが、ダンジョンに行くのか?」
「えっ? あっ、うん。今日は別の用事があるから、ダンジョンには行かないよ。……それより俺、緊張しているように見えてた?」
「ん? ああ、リビングに入って来た時に少し雰囲気が強張ってる感じがしたから、今日はダンジョンに行く日なのかなと」
「そっか……他人が感じられるくらいに雰囲気が表に出てたのか」
どうやら自分が思っていた以上に、俺は今日の面談について緊張していたらしい。父さんにダンジョンへ行くと思われるほど……うん、まぁ戦いに行くと言う意味では同じか。
面談前に気づけた事なんだし、緊張のせいで変な失敗をしないように気を付けるとしよう。
「まぁ今はそんな感じはしないが……何だ? 今日はそんなに緊張する用事があるのか?」
「えっ? ああ、うん。ちょっと面倒な用事があってこの後、裕二や柊さんと一緒に人と会う約束があるんだよ」
「その二人と一緒に人と会うとなると、探索者関係の用事か。……何か、面倒事に巻き込まれてるのか?」
「ははっ、ちょっとね。特に俺達が何かをしたって訳じゃないんだけど、ちょっとした面倒事に巻き込まれた関係者として話を聞きたいって事になってさ。今日の午後、ダンジョン協会支部に出向く事になったんだよ」
内容をぼかしつつ今日の用事について話をすると、父さんは少し心配気な表情を浮かべながら俺の事を見てくる。俺は父さんに向かって軽く笑みを浮かべながら、安心材料にと話を続ける。
「それと面倒事とは言うけど、他人と揉め事を起こした訳じゃないから心配しないで。話を聞くと言っても、協会の方で報告書を作る為に当事者の調書が必要だからってのが主な理由みたい。当時の事をちょっと話して、幾つかの書類を書いたりして終わりだと思う」
「そうか……探索者関係の話で力に成れるかは分からないが、何時でも相談しにこい。父さん達だって伊達に社会人をしていないんだ、それなりの力にはなれると思うからな」
「うん、ありがとう。今回の件が落ち着いたら、色々相談させてもらうよ」
「そうか。たまには大樹達が探索者関係の話で相談してくれると、父さん達もお前達が何をしているのか把握出来て安心するから頼むよ」
テレビや新聞などで間接的には知っているが、直接的な探索者関係に触れていない父さんや母さんからすると、俺や美佳が何をしているのか分からないってのは不安だろうからな。相談と言う形でも、俺や美佳が何をしているのかは知りたいのだろう。
……ドロップアイテムの換金で5000万も報酬を得たって言ったら、父さん達がどんな反応をするのか不安でしかたない。子供が稼いだ大金に目が眩んで……と言う人柄では無いと思うが、他の換金収入もあわせると今年度の収入は確実に億に届くだろうからな。いざ大金を前にしたら善良だった人でも魔が差して……という事例がニュースなどでも無い訳では無い。
「了解」
「おはよー」
父さんにそのうち相談を持ち掛けると約束をしていると、欠伸を噛み殺しながら眠たそうな表情を浮かべる美佳がリビングに入ってきた。
「おはよう」
「おはよう美佳」
美佳が起きてきた事で全員揃ったので、朝食を食べようと俺と父さんはテーブルへと移動する。ちょうど母さんの方の準備も出来たので、美佳の登場はちょうどいいタイミングだったようだ。
そして全員テーブルにつき、朝食を食べ始める。
朝食を終えた俺は部屋に戻り、今日の面談に向けて用意した服に着替える。服装に関して何か指定がある訳では無いが、一応は約束を取られ呼び出しを受けている立場なので、それなりの服装をと3人で話し合って決めていた。重蔵さんからも非公式の呼び出しに近いが、余りだらしがない格好だと交渉の場においては上げ足を取られ不利な立場に追いやられるかもしれないと指摘されたしな。スーツなどの正装ではなく、かと言ってTシャツGパンなどのラフすぎる服装も駄目との事らしい。いわゆる、ドレスコードって奴だな。なので、あく迄も高校生らしいスマートカジュアルな服装で纏めようと話し合って決めた。
俺、今回の服装の参考にと初めてファッション雑誌を買ったよ。
「えっと、上着はコレとコレで、下がコッチだったよな……」
俺はクローゼットに仕舞っておいた、勝負服?を取り出し身に着けていく。
そして姿見に映った俺の姿は上着に黒色のテーラードジャケットと白いTシャツ、下にカーキ色のチノパンと言う、ファッション雑誌に載っていたスマートカジュアル風の服装だ。普段あまりしない格好なので、自分から見ても中々大人っぽく見える。
「……今更だけど、大丈夫かなコレで?」
後この服装の小物として、度の入ってない伊達メガネとレザースニーカーを用意しているが盛り過ぎてないか少し不安になってくる。相手に侮られない格好をと選んだが、このハッタリは通用するかな?
一抹の不安を消せないままだが、待ち合わせの時間もあるので着替えをすませた俺は部屋を出る事にした。
「えっと、まぁ服装はこれで良いとして、他に持って行くのは査定書の入っていた封筒と探索者カード……後は財布ぐらいで大丈夫か?」
特に何かを持ってきてくれとは記載されていなかったので特別用意するものは無いと思うが、逆に何の指定も無いと何を持って行っていた方が良いのか分からない。探索者なので身分証の代わりは探索者カードで代用できると思うので、後は書類関係に使うかもしれない印鑑……サインで大丈夫か? ああでも、一応認印と朱肉だけでも持って行くか。持ってきて無いのかと言われても困るし、後で母さんに貸してもらおう。
後は、メモ道具ぐらいで良いよな。
「とりあえずコレで良いな」
持っていく物をレザーバッグに仕舞い、姿見の前に立って大きく深呼吸をして気持ちを整えた後、俺は伊達メガネをかけて部屋を後にした。
そしてリビングの扉の前に立った俺は一瞬躊躇した後、家族の反応を覚悟して中へと足を踏み入れる。揶揄われないと良いなと思いながら。
「お、お兄ちゃん!? どうしたの、そんな格好して!? どこかのパーティーにでも行くの?」
「あら大樹……随分と畏まった格好をしているわね」
「ふむ……中々決まっているじゃないか大樹。ただまぁ、まだ服に着られるって感じが残ってるぞ」
美佳は驚き困惑した表情を浮かべ、母さんは驚きつつどこか感じ入るような表情を浮かべ、父さんは感心したような表情を浮かべっつ注意点を指摘してきた。
「ははっ、ありがとう。それと美佳、別にパーティーには行かないぞ?」
「ええっ、でも! それならどうして、お兄ちゃんそんな格好をしてるの!? 普段そんな格好はしないじゃない……」
「ちょっと協会から呼び出しを受けてな。真面目な話みたいだから、それなりの格好を整えたって感じだよ。それと、俺一人が呼び出された訳じゃないからな? 裕二と柊さんも一緒だ」
「そ、そうなんだ……そう言えばお兄ちゃん達、今週は学校が終わるとすぐに集まってたみたいだし、今日の打ち合わせや準備をしてたんだね」
軽く事情を説明すると、美佳は落ち着きを取り戻し納得したような表情を浮かべていた。文化祭の準備で忙しい時に悪いとは思ったが、こちらの事情も蔑ろには出来なかったからな。最悪、今後長期にわたって悪影響が出かねない事情だったしさ。
「ああ、余り手伝ってやれなくて悪かったな。ちょっと急に決まった話で、準備期間が短くてさ」
「ううん、大丈夫だったよ。部活の方の出し物の準備はほとんど終わってるから、今忙しいのはクラスの出し物の準備の方だし」
「そうか。用事は今日で終わるから、来週からは普通に手伝えるからな」
「うん」
そんな風に緩いやり取りをしながら、俺は家を出る時間まで家族から今回のスマートカジュアル服装についての評価を聞いて気恥ずかしい思いをする事になった。
まぁその評価は概ね好評だった……という事にしておいてくれ。
服装が普段と違うだけで、普段見ているはずの街並みの光景も違って見えてくる。服装に意識がつられているせいか、俺と同じ様にフォーマル寄りの服装をしている人達の立ち振る舞いや仕草が気になって仕方がない。普段なら何ら気にならないのだろうが、ついつい目についてしまう。
同じような格好をしている俺も、他人からはこんな風に見られているのだろうかと。
「服装がそれなりに決まっている分、それなりの立ち振る舞いが求められるって事なんだろうな」
無意識なのだろうが、人は服装に適した立ち振る舞いと言うモノを求めている。事実こうして俺も他人の立ち振る舞いを気にしているので、服装にあった立ち振る舞いが出来ているのか気になっているという事なんだろう。そして気になるという事は、自分の立ち振る舞いに自信が無いという事と同義だ。
まぁ今日がまともにこの服装をした初めての日だから、いきなり完璧な立ち振る舞いが出来る訳が無いんだけどさ。
「どうせだから道中、他人の立ち振る舞いを見て気になる点を修正していくか」
俺はそれとなく視野を広げ、視界に入った似た服装をしている人達の立ち振る舞いを観察し、自身の気になる点を順次修正していく。まず直す点は姿勢だ。フォーマルよりの服装をしている時、猫背では見栄えが悪いと感じたからである。俺は姿勢を正し体幹のブレを意識しつつ、一定のリズムと歩幅を意識し歩いていく。すると自然と目線が15mほど先を向き、つられて少し上を向いていた顔も顎も軽く引かれる。更に姿勢を正し猫背を直すと腕の振りも前に出す形ではなくなり、後ろに引く形になり肩の揺れも少なくなった。
うん、何となく歩く姿の見栄えが良い感じになったと思う。
「服装に着られてるか……確かに父さんの言う通りだったな」
修正していく点が山ほど見えてくる現状に、俺は父さんの忠告は正しかったのだなと実感する。
そして観察と修正を続けながら待ち合わせ場所の駅まで歩いて行くと、どうやら俺が一番乗りだったようだ。いつもの様に木陰で立って待っていると、同年代らしき女の子達がチラチラと俺の方を見ながら何か話している。その視線に不審感や嫌悪感の色は無く、どちらかと言うと興味と好感の色が見て取れた。
「? 俺……何か目立ってないか?」
俺は普段感じない自分に向けられる視線に困惑しつつ、早く誰か来てくれないかなと内心叫んだ。




