第357話 夏休みの終り
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事務所裏の駐車場に帰り着いた俺達は、車を降り足早に事務所へと向かった。夏なので、まだ日は出ているが既に17時少し前だからな。湯田さんに確認した所、桐谷さんの事務所は18時までが営業時間らしい。遠くの山まで行って、17時前までに帰って来れたんだから十分立派な結果なのだが、この後桐谷さんと少し話しをしようと思っているので、そう余裕はない。
調子に乗って変な要望を出した事に対する謝罪、プロが勧める手頃な物件を紹介して貰う為の相談、と次回の来店・内見の予約とか……閉店までの1時間で足りるかな?
「それにしても、改めてこんな時間に帰ってこれるとなると、本当に驚きますね。皆さんのお話は信じてはいましたが正直な所、帰りは下手をすると夜中になるかなと思ってましたよ」
「ははっ、まぁ知らない人からすると、そうですよね」
「普通だと鉱山まで片道4時間の道でしたからね。探索者だから早く移動出来るとは聞いてましたけど、早くなっても半分が良い所かな……っと言った考えでしたから」
「車移動の往復で2、3時間、山道を4時間、内見を1時間とすると……確かに帰りは夜中になりますね」
事務所への道すがら、湯田さんは驚きの表情を浮かべながら、想定外に早く戻れた事に興奮気味に話し掛けてくる。まぁ、日が変わる前に帰れるか?って所に行ったのに、日が出てる内に帰って来れたらそうなるか。
不動産業者的にも、今まで現地に行くだけで時間が凄く掛かり忌避されていた物件でも、探索者相手ならハードルが下がると言う事が実証出来ただろうしな。正に、商売の幅が広がったって感じなのだろう。
「そうなんです! それが日の出ている内に帰って来れた……コレは凄い事ですよ。やっぱり、探索者向けの物件を本格的に扱った方が良いですね」
「確かに探索者相手なら、コレまでネックになっていた時間問題はある程度軽減出来ると思います。ですが、自分達と同じような速度で移動出来るのは高レベル探索者クラスですよ? 初心者クラスの低レベル探索者だと……あそこまで素早い移動は難しいですからね?」
「そうですか……そうなると、そこら辺を考慮した商品を用意しないといけませんね」
湯田さんは裕二の助言を聞き、考え込む様な表情を浮かべながら空を見上げていた。
まぁ専用練習場を作ろうなんてヤツは企業組か中級者、初期参入組のベテランクラスからになると思うから、ソコまで気にしなくても良いとは思うけどね。
「まぁその辺も込みで、桐谷さんも交えて相談しましょう」
「そうですね……そうしましょう。あっ、事務所が見えてきましたよ」
と言う訳で、何だかんだと話している内に俺達は事務所へと到着した。
チラリと時計を確認して見ると、ギリギリ17時前の到着だ。
事務所に到着した俺達は午前中と同様に2階の応接セットに腰を下ろし、湯田さんが呼びに行った桐谷さんが来るのを待っていた。湯田さんが用意してくれた、麦茶を飲みながら。
ソコまで汗をかいた感じは無いが、水分補給は確りしておかないとな。
「それにしても、色々勉強になったね」
「そうだな。一応事前に調べては居たけど、実際に立ち会ってみると全然調査不足だったってのが良くわかったよ」
「そうね、少し甘く考えすぎてたわ。もっと確り調べた上で、話を進めるべきだったわね」
「「「……はぁ」」」
落ち着いて自分達の振る舞いを振り返ってみると、随分と気が大きくなって舞い上がっていたんだなと改めて思えてしまう。重蔵さんの誘いに深く考えず簡単に乗ってしまった事に始め、プロに紹介して貰えた物件を深掘りする事無く簡単に断り、希望に合致するとは言えプロがオススメしないという物件に理由を深掘りする事無く飛びつく……うん、傍から見るとバカの様に舞い上がってるな。
まぁ致命傷を負う前に気付けただけ、マシなんだろうけどさ……。
「物件を買うのは、もう少し時間を掛けて吟味してからだね」
「ああ。それに、不動産関係の知識も勉強しないといけないしな」
「今の私達じゃ何もかも不足してるしね」
自分達の未熟な部分を自覚したのなら、それを補う様に努力する。俺達が今までして来た事だ、今回も反省し同じ轍を踏まない様にすれば良いだけの事だ。
とは言っても、素人が書籍などだけで学んでも限界はある。折角プロとの伝手が出来たのだ、今回の買い物を通じてご指導して貰おう。
「ん? 来たみたいだな」
事務所の外から、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえてきた。どうやら湯田さんが桐谷さんを連れて来た様だ。俺達は姿勢を正し、顔を入り口のドアに向ける。
そして数瞬後、事務所入り口の扉が開き湯田さんと桐谷さんが姿を見せた。
「お待たせしました皆さん、どうでした内見の方は?」
「ははっ、桐谷さんが余りオススメ出来ないって意味を、身をもって知りましたよ。やはり、プロの忠告はちゃんと聞かないといけませんでしたね」
「ははっ、やっぱりそうですか……まぁ皆さんの出された条件には合致しましたけど、かなり厳しめの物件でしたからね」
裕二の内見の感想を聞き、桐谷さんはヤッパリそうですよねと言った表情を浮かべる。まぁ、そんな感想しか出てこないよな。
そして桐谷さんと湯田さんは、俺達の正面の席に腰を下ろす。なので俺達は二人が着席したのを確認してから、頭を下げ舞い上がって迷惑を掛けた事に対する謝罪の言葉を口にする。
「えっと、その、桐谷さん、湯田さん、すみませんでした」
「ん?」
「えっ?」
俺達が軽く頭をさげながら謝罪を口にしたので、桐谷さんと湯田さんは怪訝気な表情を浮かべる。まぁ、いきなり謝られたも意味が分らなくて困惑するよな。
なので、俺達は頭を上げ桐谷さん湯田さんに謝罪した理由を説明する。
「その……桐谷さん、湯田さん。俺達、土地売買に関しては素人なのに、折角選んで貰った所を蹴った上に、変な場所を教えて貰ったりと色々ご迷惑を掛けて……」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。そもそもこの仕事、相手にする御客様は基本的に素人さんばかりです。無論プロの方も来られますが、少数派ですね。それに土地売買は大きな買い物ですので、御客様の拘りはひとしおです。自分が納得出来る物件を探すという行為を指して、迷惑を掛けているという事は無いので安心して下さい」
「そうですよ。私達の仕事は、御客様が納得出来る物件を見付けるお手伝いする事です。迷惑だとは思っていませんので、お気になさらないで下さい」
「「「……はい」」」
落ち込んだ表情を浮かべながら口にする俺達の謝罪に、桐谷さんと湯田さんは和やかな笑みを浮かべながら大人の対応で応えてくれた。
そして暫く何とも言えない気まずげな沈黙が続いた後、雰囲気を紛らわせようと裕二が気になっていた事を桐谷さんに尋ねる。
「そ、そう言えば桐谷さん! もしかしてなんですけどウチの爺……祖父から物件紹介の他に何か頼まれてたりしませんでしたか?」
「ええ、はい。少し社会勉強をさせてやってくれと、頼まれましたね」
「「「……」」」
裕二の質問に、何の気負いも無い笑みを浮かべながら重蔵さんのお願いを教える桐谷さんに、俺達は思わず絶句し何も言えないまま桐谷さんの顔を凝視する。えっと、その笑みが怖いんですけど……。
そんな俺達の様子を苦笑を浮かべながら、桐谷さんは事情を話し始めた。
「重蔵さんの心配も分かるんですけどね。基本的に土地売買とは、動く金額の大きな買物です。その上、2回目で内見して頂いた様な面倒な事情がある土地ですと、買ったら買ったで何も起きないか心配し続けないといけない上、売ろうにも中々売れない物件だったりしますからね。今回は皆様が重蔵さんのお話に簡単に飛びついたので、悪意ある誘いに騙されないか心配されたそうです。皆様が探索者、それもかなり稼げる高レベルの探索者との事で、その手の情報を得た詐欺師がやってこないとも限りません。孫達には、悪意を以て一見良さげだが実は何の価値も無い土地を売りつけられたりする場合もある、そんな事を実物を見せつつ実地で教えてやって欲しいと」
「そう、ですか……」
「お恥ずかしい話、確かに重蔵さんが心配されるような事も、一部の業者がおこなっているのも事実です。今回の様な物件ですと昔、原野詐欺などと言う被害者を多数出した詐欺もありましたからね……」
桐谷さんは苛立たしげな雰囲気を出しつつ少し情け無さそうな表情を浮かべ、重蔵さんの心配も尤もだと何度か軽く頷いていた。解決しなければならないが解決しづらい業界における問題、と言った感じの話なんだろうな。だから桐谷さんも重蔵さんの誘いに乗って俺達へのイタズラ、社会勉強をさせたって所かな。
確かに実物を見て湯田さんの忠告を聞いてなかったら、資料と値段だけで買っていた可能性があるからな……高校生とは言え、高レベル探索者だという点でコレからその手の詐欺師が寄ってくる可能性があるという事は、確かに考慮して備えとかないと行けないかな。
「……えっと、貴重な時間を割いて頂いて、コチラの事情にお付き合い下さってありがとうございます」
「いえ、お気になさらないで下さい。コチラとしても、皆様の様な高レベル探索者の方がどのような要望をもたれているのか知る良い機会になりました。湯田君から聞きました、片道4時間は掛かる様な山道を30分ほどで走破されたそうで……」
「えっ、ああ、はい」
「そうだとすると素晴らしい。探索者の方が相手なら、コレまでネックになっていた移動時間の制限が緩和できるようになります。基本的に山林物件は道が整備されていなかったり、そもそも物件に向かうまでの道が無かったりとしますからね。物件がある土地に到着するだけで、片道数時間の道程というのはザラです。それが特定の客層のみとは言え、緩和出来るとなれば……」
桐谷さんは口元を緩め嬉しそうな表情を浮かべながら、上機嫌そうな雰囲気を醸し出す。湯田さんもそうだったが、桐谷さんも新たな商機だと見いだしたらしい。
探索者向け、格安山奥物件か……。
営業終了時間が迫っていたので、桐谷さんに改めて物件探しをお願いした後、俺達は不動産事務所を後にした。夏故にまだ日は出ているが、俺達は疲れ果てたという表情を浮かべながら道を歩いていた。
普段のダンジョン探索を思えばこの程度疲れた内にも入らないのだが、今回は精神的に疲れたよ。
「物件探しって、難しいんだね。今回の事で、骨身に染みたよ」
「ああ、ホントにな。簡単にいくとは思ってなかったけど、希望に添う物件を探そうとしたら……」
「ええ。今日明日で決めようとは思ってなかったけど、こうなってくるとドコを買うかを決めるまで長く掛かりそうね」
軽いノリで始まった専用練習場建設計画は、俺達の想像を超える難事になりそうだった。とは言え、変に妥協すると内見2件目のような面倒な物件に手を出すハメになるかもしれないので、気を抜く事も出来ない。桐谷さんや湯田さんに協力して貰って、気長にやるしか無いか……。
そして俺は軽く息を吐いた後、場の雰囲気を変えようと新しい話題をふる。
「それにしても、今日で夏休みも終わりだね。長かった様で、短かったかな」
「そう言えばそうだったな。今日で夏休みも終わりか……去年に比べて濃い夏休みになったもんだ」
「ふふっ、そうね。まぁ去年は探索者をやってなかったんだし、比べたらそれは濃くもなるわよ。でも、何だかんだで充実した夏休みだったんじゃない?」
場の雰囲気を変えようとした俺に同意してくれたらしく、裕二と柊さんも話に乗ってくれた。お陰で先程までの憂鬱とした雰囲気は一気になくなり、夏休み期間で起きた出来事に付いて色々と話題が出てきて盛り上がる。一緒にダンジョン探索した話、イベントに参加した話、個別に出かけた時の話と色々である。
そして3人で話しながら歩いていると、それぞれ家へと向かう分かれ道に差し掛かった。
「じゃぁ二人とも、また明日。学校で」
「ああ、また明日な」
「ええ、今日はお疲れ様。また明日学校で会いましょう」
俺達は軽く右手を上げ別れの挨拶をした後、それぞれの家に向かう道へと歩き出す。
そして夏とは言え、既に日も大分傾き辺りも薄暗くなり始めていた。
「暗くなり始めたし、少し急ぐかな」
俺は周りの人混み具合を確認した後、家に向かって自転車程度のスピードで走り出した。
それにしても、とうとう夏休みも終わりか。学校の皆、元気にしてるかな? 去年の冬休み明けみたいに、教室の中が包帯塗れのミイラばかりとか嫌だぞ。




