第25話 年末年始
お気に入り8000超、PV 1610000超、ジャンル別日刊5位、応援ありがとうございます。
冬休み中にダンジョンへ行こうと賑わっている大多数のクラスメイト達を尻目に、俺達は早々と帰宅の準備を済ませ学校を出た。ダンジョンが出現した4月に、ダンジョンに関してクラスメイトの大部分と違う意見を主張していたので、気が付いた時にはグループ形成が終了しており俺は少数派に属しあまり仲の良い友達が居ない。
まぁ、意見の相違で仕方ないとは言え何となく寂しく感じる結果だ。
「じゃあな、大樹。また来年、良いお年を」
「良いお年を」
俺と一緒で、少数派に属する裕二と年末の挨拶を交わし別れた。裕二と別れた俺は、寒風吹き荒ぶ人通りの少ない道を一人で歩くとふと思った……寂しいなと。
確か去年は、受験が控えていたとは言え友達と一緒に下校するぐらいはしていたのに。
「……はぁ。帰ろ」
考えれば考えるだけ虚しくなる議題を、俺は心の棚に上げ帰路を急いだ。
もう直ぐ、年越しのカウントダウンが始まる。リビングのビーズクッションに座り込み、俺は妹と一緒にTVのカウントダウンを待っていた。
「今年も後数分で終わりか……」
「そうだね。何だかんだで、結構時間が早く過ぎたよね?」
「まぁな。今年はダンジョンなんて言うトンデモない物が出現して、世間が大荒れしたからな。余計早く過ぎ去った様に感じるんじゃないか?」
今年は1日1日がかなり濃密だったからな。ダンジョンが出現してからは、毎日スライムに塩をかけていたり、重蔵さん相手に稽古したり、ダンジョンに潜った。
ダンジョンが出現していなかったら、俺は今年をどう言う風に過ごしていたんだろ?友達と遊び惚けてテスト前に四苦八苦していたり、部活に参加して青春の汗を流していたのかな?
「そう言えばお兄ちゃん。冬休みは素振りばかりで、ダンジョンに行ってないみたいだけど……冬休み中は行かないの?」
「ああ。裕二も柊さんも年末年始は忙しいらしくてな。流石にまだ、単独でダンジョンに潜ろうとは思わないから、冬休みはダンジョンには行かないよ」
「そうなんだ。じゃぁ、初詣に一緒に行こうって言ったら、お兄ちゃんも一緒に来てくれる?」
ん?初詣?
……初詣か、まぁ特に予定もないから良いか。って、言っててなんか悲しくなるな。
「良いぞ」
「本当!?」
「ああ。で、どこの神社に行くんだ?」
「何時もの、山上の神社。沙織ちゃんと一緒に行く予定なんだけど、良いよね?」
沙織ちゃんか。美佳の友達だな。
そう言えば、ここの所会ってないな。最近学校が終わったら裕二の家で、夕方遅くまで稽古してたからな。新年の挨拶を兼ねて、沙織ちゃんに会っておくのも良いか。
けど……。
「俺は良いけど。寧ろ、俺が一緒に行っても良いのか?」
「勿論。あけおめメールのついでに沙織ちゃんに確認は取ってみるけど、多分反対はしないと思うよ」
「そうか」
まぁ、それなら大丈夫か。
美佳と初詣の話していると、何時の間にかTVでは60秒前のカウントが始まっている。デジタル時計が映し出され、今年ブレイクした芸人達が会場の観客を盛り上げようとしていた。カウントダウンは刻々と進み、遂に10秒前の読み上げが始まる。
「3・2・1・0。お兄ちゃん、あけましておめでとう!」
「うん、あけましておめでとう」
美佳が0カウントと同時に年始の挨拶をしてきたので、俺も美佳に年始の挨拶を返す。何だかホッとするやり取りだな、これ。
去年までは何も感じず、只の恒例行事的なやり取りだと思っていたけど、ダンジョンに潜った今なら分かる。俺には謙虚さが足りなかったなと。何事も無く去った年に感謝し、無事に新しい年を迎えられる事を喜ぶ。只それだけの事が何と困難な事なのだろうか。
こうして五体満足で年越し出来ると言う事だけでも素晴らしい事なのだと、今なら実感として感じられる。
「あっ、沙織ちゃんからだ」
俺が感慨にふけっていると、美佳のスマホが鳴った。どうやら沙織ちゃんから、あけおめメールが届いた様だ。美佳は沙織ちゃんからのメールに素早く目を通し終え、手早く返信を打ち送信した。
美佳と沙織ちゃんの数度のメールのやり取りの後、美佳は俺に嬉しそうな声で沙織ちゃんから神社行きの了承が得られたと言ってくる。
「お兄ちゃん、沙織ちゃんは一緒に来ても良いって言ってるよ。明日の午前中、9時頃に神社の参道に続く階段の前で待ってるって。やったね!」
「そうだな。じゃ、明日は遅れない様に行かないといけないな」
「うん。着物着ていくから、少し早めに行こうね」
ん?着物?
「着物?持ってるのか?」
「マジックテープ式のワンタッチの奴だけどね、お母さんに買って貰ったから持ってるよ」
……アレか?夏の浴衣の着物版。今は何でも有るんだな。
「沙織ちゃんも同じ様な奴を持ってるって言ってたから、多分着物で来ると思うよ」
「そうか。となると、俺もそれなりの格好をした方が良いんだろうけど、持ってないな」
流石に着物は持っていない。もう少し早く言ってくれれば、資金には若干余裕があるから俺も着物を用意出来たんだけどな。
まぁ、無い物は仕方ない。
「そう思って、お兄ちゃんの分もお母さんに買ってもらってるよ?」
「へっ?」
えっと……母さん?
テーブルで父さんとお茶を飲み、談笑している母さんに視線を送ると、悪戯が成功した、と言いた気な笑みを浮かべ、俺を見ていた。その横で、父さんが苦笑を漏らしている様を見ると、どうやら、俺以外の家族が皆で結託していたらしい。
「たまには美佳に付き合って上げなさい。最近相手をしてくれないって、寂しがっていたわよ?」
「だ、そうだぞ大樹。まっ、明日は美佳に付き合ってやれ」
等と言う家族愛に満ちたお言葉を、俺は両親から貰った。はぁ……。
美佳に視線を戻すと、美佳は満面の笑みを浮かべていた。
「了解。着物は有り難く受け取らせて貰いますよ」
「やった!」
俺が素直に着物を受け取る事を伝えると、美佳は嬉しそうにガッツポーズをしながら微笑んだ。
俺の目の前に、赤色、青色、緑色、黄色、白色の5色のスライムが鎮座していた。各々粘体の体をくねらせ、何かを主張しているのだが、俺には何を主張しているのか良く分からない。暫くスライム達の動きを見ていると、赤スライムを中心に青緑黄白のスライムが左右対称のポーズを決めた。
何処と無く見覚えがある様な気が……ああ、日曜の朝のアレか。って事はこれ、……粘性戦隊スライジャーってとこかな?と言う事は詰まりアレか、俺は奴らに倒される悪役って配役かな?まぁ、スライムからしたら、彼らを虐殺し続ける俺は不倶戴天の敵か。
ポーズを決めたスライム達は、一斉に俺に飛びかかってきた。そこで俺は、何故か手に持っていた塩の袋から塩をひと握り取り出し、力士の土俵入りの如く彼らに万遍無く塩を振り掛ける。塩に触れたスライム達は、何時もの如くのたうち回り苦しみだした。これで終わりかと俺は思ったのだが、今回は違う反応を見せる。のたうち回るスライム達が1ヶ箇所に集結し合体、巨大なレインボースライムに変化したのだ。
……ええっ。
あまりにあまりな光景に唖然と見入っていると、巨大化したレインボースライムは体を大きく広げ俺に覆い被さって来た。俺は何の対処も出来ずレインボースライムに飲み込まれ……目が覚めた。
ベッドから上体を起こし、頭を振りながら机を寝ぼけ眼で睨んだ。
最悪な目覚めだな、初夢でどう言う夢を見ているんだよ、俺。
ベッドから起き上がり洗面所で顔を洗う。鏡に映る俺の顔は、酷く疲れた顔をしている。部屋着のままリビングに行くと、母さんが朝食の準備をしていた。
「あら?早いわね、大樹」
「ああ、うん。ちょっと寝覚めが悪くってね。お茶貰えるかな?」
「ええ、良いわよ」
母さんからお茶を受け取り暫くTVを見ていると、父さんと美佳がリビングに姿を見せる。朝食を手早く済ませた後、俺と美佳は着物に着替えて家を出た。俺の出で立ちは、紺色の着物に紺色の羽織。美佳は黒い生地に色取り取りの水玉模様があしらわれた着物姿で、黒いモダンショールと、花の刺繍が入った黒いバッグを身に着けていた。美佳は普段着ない着物の可動範囲に戸惑いつつ小幅でゆっくり歩いているので、俺も合わせてゆっくり足を進める。
日は照っているものの、口から漏れる息は白く、元日の朝の寒さを、コレでもかと主張していた。実際、寒いしな!これでも、下に吸湿発熱ウェアを着て、防寒対策をしていたんだけどな……。神社への道を歩いて行くと、俺達と同じ様に、初詣に行く人がチラホラと、姿を見せ始める。神社に近付くに従い初詣客は増えていき、山の麓に到着する頃には、ちょっとした人集りが出来ていた。
うん、こんな中から沙織ちゃんを見付けるのは一苦労だな。
「美佳、沙織ちゃんは今どの辺りに居るんだ?連絡は取れているよな?」
美佳はバッグからスマホを取り出し、沙織ちゃんと連絡を取る。
「うん。えっと、近くに有るコンビニまで来てるって」
「そうか。じゃぁ、俺達は階段の方に移動して待っていようか?」
「うん」
人の流れに乗って山の麓を少し歩くと、山頂の神社まで続く100段近い石階段が見えてくる。上の方の階段には並んでいる人影が見え、そこそこの人数が並んでいた。
周りに居た参拝客が階段を登っていくのを尻目に、俺と美佳は階段の脇で立ち止まる。
「さてと、沙織ちゃんは?」
「ちょっと待って、えっと……」
美佳がバッグからスマホを取り出し沙織ちゃんにメールを送ろうとしていると、俺達の背後から急に大声が掛けられた。
「お待たせ!」
「わっ!」
「きゃっ!」
「ははっ、驚いた?」
「さ、沙織ちゃん!」
急に声をかけて来たのは、花柄模様の薄い桜色の着物を着た沙織ちゃんだった。
本当、止めて欲しい。最近の重蔵さんとの稽古の癖で危うく、俺は沙織ちゃんに迎撃の裏拳を叩き込みそうになったぞ。沙織ちゃんの姿を確認し、腕が動き出す前に止められたのは幸運だった。
悪戯が成功し嬉しそうに沙織ちゃんが浮かべる、はにかんだ笑顔が実に小憎らしい。
「もう、ビックリするじゃない!」
「ゴメンゴメン。あっ、そうそう。あけましておめでとう」
「……あけましておめでとう」
悪びれない笑みを浮かべた沙織ちゃんの年始の挨拶に、美佳は不貞腐れた顔をしながら年始の挨拶を返す。まぁ、その後直ぐに蟠り無く普通に話しだしたけどな。
さてと、俺も挨拶しておくか。
「あけましておめでとう、沙織ちゃん。年始そうそう行き成りで、結構ビックリしたんだよ?」
「あっ、お兄さん。あけましておめでとうございます。ははっ、ちょっとした悪戯ですよ、悪戯」
うん、まぁ、沙織ちゃんからしたら単なる悪戯なんだろうけど、危うく正月を病院で過ごす事になる所だったんだよ?最近重蔵さんとの稽古でちゃんとした殴り方も習っているから、何となく繰り出した裏拳でも結構やばい威力が出るようになったし。
「出来れば、普通の声を掛けて貰えると嬉しいかな?」
「はーい」
返事は素直なんだけど、沙織ちゃんの浮かべるあの顔を見る限りチャンスがあったら又やるな、きっと。
「で、どうする?このまま御参りに行くか?結構、参拝者の列も伸びているみたいだぞ?」
俺は階段の上を見上げ、先程見た時より長くなっている、参拝者の列に溜息を漏らす。美佳と沙織ちゃんも、俺の視線に釣られ、階段の上に向く。そして、俺と同じ様に溜息を吐いた。
「ホントだ。でも、折角初詣の参拝に来たんだから並ばないと……」
「そうだね。あの数にはウンザリするけど、元旦だし仕方ないんじゃないかな?」
「じゃあ、これ以上新しい参拝者が並ばない内に行こうか?」
「うん」
「はーい」
美佳と沙織ちゃんが先に石階段を上り始め、俺はその後について行く。石階段の上には20人程が左端に綺麗に列をなし並んでおり、少しずつ拝殿へと前進している。
待つ事10分、俺達は石段を登り鳥居を抜けて境内へと入った。参道には参拝者が多数犇めき合っており、長い列をなしている。他にも御籤を引く者、絵馬を書く者、御守りを買う者と様々な人々で境内は賑わっていた。
「えっと、確か神社の参拝方法は2礼2拍手1礼……だよね?」
「そうだな。確か何かのTVでそう言ってた様な気が……」
美佳が俺に参拝方法を聞いてきたので、うろ覚えの知識を思い出し曖昧に肯定する。
すると、沙織ちゃんが俺達の会話に割って入ってきた。
「2礼2拍手1礼であってるよ。本当なら、手水舎に寄ってからの方が良いんだけど、この流れだとちょっと無理そうだね」
「?あれ、沙織ちゃんこう言うの詳しいの?」
「うん。まぁ、ちょっと興味があって少しだけ齧ったって感じなんだけどね?本当なら、鳥居の所でも1礼しておいた方が良いんだよ。他にも……」
突然始まった沙織ちゃんの参拝講座を聞き待っていると、漸く俺達の番が回ってきた。
沙織ちゃんに教えて貰った様に、まず鈴を鳴らす。何でも、この鈴が神様に対する訪問の合図だそうだ。次にお賽銭を賽銭箱に静かに入れ、腰を90度曲げながら2回おじぎをする。右手を少し後ろにずらし少し手のひらを合わせ、肩幅に手を開き柏手を2回打つ。
そして、手を合わしたまま目を閉じ祈念を行う。
「(今年1年、波風立たず平穏無事で過ごせます様に!)」
去年はダンジョンが世界中に出現するなんて言う、とんでもない事が起こった激動の年だった。だからこそ、今年は平穏無事に過ごしたいという思いがあって、俺の祈念はこんな形になる。
万感の思いを込めて祈った後、手を下ろし腰を90度曲げおじぎをした。
初夢の題名は、差し詰めスライムの逆襲って所でしょうか?




