幕間 捌話 ダンジョンポリス
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先月、政府放送でダンジョンが出現したと発表され、日本全国は混乱に陥った。幸い日本では暴動等は発生せず、国民の多くは正確な情報が出揃うまではと静観の構えを取る。
だが、他国のダンジョンから産出される品々が高額で取引されていると言う話が広まるに従い、現在政府が封鎖しているダンジョンを民間にも開放すべしと言う世論が日に日に強まりだした。
そして、ダンジョンを有効活用すべしと言う風潮が世間に流れ始め日本にもダンジョンブームが到来する。日本政府も、何れはダンジョンを民間にも開放しなければならないと言う認識は持っており、法整備を含む事前準備に奔走し始めた。結果、全国の県警から選抜され招集された者達が、警察庁が管理するとある施設でダンジョンについての講習を受ける事となると。
そして、その招集された中の一人が俺、福岡県警の宮田蓮夜巡査だ。
「であるからして、ダンジョン内で出現したモンスターを倒す事により……」
ダンジョン攻略の経験がある、自衛隊の隊員が講師となり、現在確認されているダンジョンの情報を、俺達に教えてくれているのだが、如何せん元々の情報量が少なく、基本的な事しか分からない。現在出現が確認されている、モンスターの種類やトラップの種類、レベルアップと呼ばれる現象と、ドロップアイテムの存在等……。
勉強にはなったが、情報不足で些か消化不良気味な短い講義を終えた俺達は、20人程の各県警毎のグループに別れ実習を受ける。まるで警察学校に戻ったみたいだな。
「さてと、座学講義でも聞いている様に、ダンジョン内でのモンスターとの戦闘において銃火器はあまり有効ではない。ダンジョン攻略を行うには、必然的に近接武器を使用する必要が有る。そこで、本格的な実習を始める前に、まず君達には自分が使う武器を選んで貰う」
教官役の自衛隊隊員が俺達に、係員が運んできた移動ラックに立て掛けられた武器類を見せる。剣や槍、斧にメイス等など、十数種類の近接武器が置かれていた。
「まずは実際に手に持ってみて、自分が使い易いと言う物を選んでくれ。ああ、刃物は全て刃引きがしてあるが、素振りをする時は周囲を確認し十分に注意をしてから行う様に」
俺達は武器が立てかけられているラックの周りに集まり、視線で牽制しつつ各々武器を選ぶ。まず目を引く剣や槍は直ぐに階級が高い先輩が手に取って無くなり、斧やメイスと言う物も同じ理由で直ぐに無くなった。一番階級が低く年若い俺は、結局最後に選ぶ事となりロクな物が残っていない。ヌンチャクや鎖鎌、パイルバンカーにドリルって、ネタ武器か!
「ん?これは……」
他の人達が思い思いに素振りを始めているのを尻目に、俺は変な武器が並ぶラックを見渡し残り物を漁っていると、ある物が目に留まった。その武器はトンファーの様な握り棒が付いた平板。手に持って良く見てみると、平板の部分は硬質シリコン製のカバーだった。カバーを取ると、下から反射防止の艶消しが施された黒い刃が姿を見せる。
剣の鍔の部分に、握りがあるこの形状は……。
「……これって、ブレードトンファー?……って、これもネタ武器じゃん!何処が作ったんだよ、これ!」
文句を言いつつも、興味を惹かれた俺は2つで1組のブレードトンファーを両手に持ち、ソレっぽく構えてみる。削り出しの一体形成で作られたと思われる、ブレードトンファーは、ズッシリとした重量感を感じるが、刀身は分厚く少々の事では折れそうにない印象を受けた。持ち手を変えて剣として持ってみると、ネタ武器と思い馬鹿にしたが意外にしっかりとした作りで、重心は手元にあるし、血溝も備えているチャンと作りこんでいる物だとわかる。
「……素振りをしてみるか」
刀身にシリコンカバーを付け、顔を振り素振りが出来る人の居ないスペースを見つける。ラックの近くは残念ながら先輩達が陣取って素振りをしており、俺が素振り出来るスペースはなかった。仕方なく先輩達の陣取るスペースの外側に移動し、カバーを付けたままブレードトンファーの素振りを始める。
素振りした結果、ブレードトンファーの使い勝手は意外に良く、ナイフよりは広いが攻撃範囲が狭い事を除けば特に不満はなかった。
他の物も試してみようかとしていると、教官が集合の号令を掛けたので駆け足で集まる。
「よし、全員得物は選び終えたな。後で各自武器の貸出書類を作成し、明日までに事務局に提出する様に」
えっ!ちょ、マジですか!?俺まだコレに本決めしてないんですけど!
教官に向ける、俺の縋る様な眼差しの無言の抗議は聞き入れて貰えず、係員は幾つかの武器が残ったラックを早々と片付けてしまった。
どうしよう?本当に、俺の獲物はブレードトンファーになるのかよ……。
座学と実技の講習を終えた俺達は翌週、それぞれの地元に戻った。
そして地元に帰ってきた俺達は直ぐに、護送車に乗せられ県内に出現したダンジョンへと移動させられる。1時間程かけ到着した自衛隊が封鎖するダンジョンの入り口は、背の高いフェンスや鉄条網が何重にも張り巡らされ物々しいまでの警備が施されていた。歩哨が警備する正面ゲートが開き、俺達を乗せた護送車は仮設テントが幾つも立ち並ぶ前で止まる。
「総員下車後テント前に整列。現地部隊の指揮官に挨拶をするぞ、失礼がない様にな」
今回のダンジョン攻略で俺達の部隊を率いる矢坂護警部が、降車後の行動を指示する。俺達は荷物を持って順番に護送車を降り、テント前に4列縦隊で整列し並ぶ。矢坂警部がテントに入り暫くすると、迷彩服に身を包んだ壮年の男性と連れ立って出てきた。
「総員敬礼!宮本二佐からお話がある」
矢坂警部の号令で俺達が一斉に敬礼すると、宮本二佐も答礼をして話を始めた。宮本二佐の話の内容を要約すると、ダンジョンの中は未確認部分が多いので、十分に気を付け死傷者を出さない様にとの事。無論、俺も死ぬ気はない。
挨拶を済ませた俺達は、空きテントの一つを借りダンジョン攻略の準備を始めた。白黒にカラーリングされた炭素繊維強化プラスチック製の特注の全身プロテクターを身に着ける。一目で警察って分かる様にって配慮だろうけど、このカラーリングはどうなのだろう?何処ぞの警察ロボットアニメのコスプレか?
愚痴を漏らしつつ、俺はブレードトンファーを身に着けテントを出る。出て最初に気が付いた事は、ロボット風のプロテクターを着けた俺達を、駐屯する自衛隊隊員達が好奇の目で見てくる事だった。目を輝かせる一部の例外(オタク趣味)を除いて、多くは俺達の格好に呆れた眼差しで見てくる。
眼差しを無視しつつ準備運動をしていたが内心、俺達の趣味じゃねえよ!と声を大に叫びたかった。
「準備は終わったな?ではこれより、班別にダンジョンへ突入する。講習の内容は頭に入れているな?」
俺達と同じ格好をした矢坂警部が、顔を左右に振りながら最終確認をしてくる。俺達は何も言わず、矢坂警部の顔を注視し質問の返答とした。
俺達の意志を確認し、矢坂警部は顔を縦に小さく振る。
「よろしい。突入後の指示は、各班班長に任せる。本日の探索予定時間は、現時刻より2時間。初めてのダンジョンだ、無理をせず時間厳守を忘れるなよ!……出発!」
八坂警部の号令を合図に、俺達のダンジョン攻略が始まった。
俺達は班毎に隊列を組みながらダンジョンへ突入する。武器を手に構え、何時でもモンスターに対応出来る様に周囲を警戒しながら慎重に足を進める。何時モンスターが襲いかかってくるのか分からない緊張感で、喉が渇き呼吸が乱れる。チラリと腕の時計を確認してみると、未だダンジョンに突入してから20分程しか経過していない。
何も出現しないまま時間は過ぎていき、緊張感がピークに達そうとしたその時、遂にモンスターが姿を見せた。数は1体、犬の様な姿をした後にハウンドドッグと呼ばれる様になるモンスターだ。モンスターは俺達と距離を取って立ち止まり、獲物を品定めする様に見てくる。そしてどうやら、俺に狙いを定めた様だ。モンスターは一気に加速し、俺に向かって跳躍して来た。咄嗟に俺に出来た行動は、体を庇う様に体の前で腕を交差させる事だけだった。しかし、これが功を奏する。俺の武器はブレードトンファー、腕の外側に沿って刃が並ぶ武器だ。モンスターがブレードトンファーごと俺の腕に噛み付いてきたので、口が刃で切り裂かれた。プロテクターの御陰でモンスターの歯は俺の腕まで到達せず、代わりにモンスターの傷口から血が噴き出す。顔に掛かる返り血の温かさで正気を取り戻した俺は、モンスターが噛み付いている腕を咄嗟に払いモンスターを地面に叩き付ける。その拍子で、ブレードトンファーの刃がモンスターに食い込み頭を両断した。
俺が予想外の事態に唖然としていると、モンスターは血溜りだけを残し死体が消える。同僚に肩を叩かれハッとした俺は立ち上がり、数回深呼吸を行う。少し落ち着きを取り戻し血溜りを見ると、ドロップアイテムが残ると聞いていたのだが今回は何も残らなかった様だ。
その後、時間一杯まで探索を行った所、俺達の班は10体のモンスターと遭遇した。確保したドロップアイテムは3つ。コアクリスタルが2つとスキルスクロールが1つ。他の班の拾得したドロップアイテムを合計すると、全部で10個のアイテムを得た。各班共に死傷者を出す事なく初日の攻略を終え、俺達はその日から半月に渡り泊まり込みダンジョン攻略を行う事となる。
ダンジョンが民間に開放される事になり、日本ダンジョン協会が正式に設立され、俺達は警察から協会の警備部門に出向と言う形でDPとしてダンジョン警備に当たる事となった。正直言って、俺個人としては民間人へのダンジョン開放は気乗りしない。
数ヶ月に及ぶレベル上げにより、俺達は当初とは比べ物にならない程の力を得ており、新米探索者なら苦もなく取り押さえられるだろう。しかし、それも最初の内はと但し書きが付く。ダンジョンに潜りモンスターを倒し続ければ、自然とレベルは上がる。何れ高レベルの探索者の数が増えれば、DPだけでダンジョン周辺の治安を警備し続けられるかは不明だ。探索者達の平均レベルが上がるまでに、探索者達に治安と言うルールを定着させなければ、大変な事になると思う。
何より心配なのは、ダンジョンに潜り手に入れた力によって暴走するだろう探索者の事だ。俺自身、ダンジョンに潜り力を手に入れたので、力に酔うと言う感覚に覚えがある。幸い、多くの同僚達も同等の力を持っており、自身を特別視する事は避けられたが、単独もしくは少数でレベルを上げた探索者の場合はどうなる事か……。目を覚まさせてくれる存在が近くに居れば良いのだが、そうでなければ歯止めが利かず暴走するだろう。
そして、俺の危惧は早々に的中した。
「オラオラッ!どうした!?こんなものか!」
「!?!?」
ダンジョンが民間に開放されて数週間、細々とした探索者同士のイザコザはあったが、大きな騒ぎにはならなかった。
しかし、この日遂に些細なキッカケで起きた探索者同士の喧嘩が、魔法を乱射する事態に発展し多数の被害者を出す事件が発生する。通報を受けた俺達DPは大慌てで装備を整え、これ以上の被害が拡大する前に鎮圧行動に入った。野次馬に集まった探索者達に避難を指示し、ポリカーボネイト製の透明な盾を構えたまま魔法を乱射する探索者達に飛びかかる。俺達は一言警告を発した後、警告を無視した魔法を乱射する探索者達を横合いから無言で盾で殴り飛ばす。盾に罅が入るなど少々手間はかかったが魔法を乱射していた探索者達の無力化に成功、争っていた探索者達の身柄も厳重に拘束し今回の騒動は終息した。事務所の独房で気が付いた探索者達は冷静さを取り戻しており、自分達がやらかした事を思い出し段々と顔が青ざめていく。乱射魔の探索者達に下された処分は、探索者資格の取り消し及び1年間の保護観察処分、施設破壊及び人的被害に伴う多額の損害賠償請求が下される。だが、探索者が起こした大事件と思われたこの事件だが、どう言う力が働いたのかわからないが大きく報道される事はなく、地方紙の三面記事に小さく乗る程度で事は収まる事となった。
しかし、この問題はここだけの話ではなく全国で発生し、これから更に強力な力を持つであろう暴走探索者対策にDPは頭を抱える事になる。
閑話はこれで終了です。
次話から第3章です。




