第156話 訓練を終え、施設を後にする
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時間一杯まで本を読んだ後、俺達は着替える為に1階の更衣室に移動する。すると、資料室がある2階では感じられなかった浮き足だった様な雰囲気を感じた。
何かあったのかな?
「何かざわついてるわね……」
「そうだね。何かあったのかな?」
俺達は周りのざわついた様子に首を傾げながら、更衣室へと移動する。
「じゃぁ着替えたら、ここで待ってるから」
「ええ、出来るだけ早く出てくるわ。行きましょう、美佳ちゃん沙織ちゃん」
「「はい」」
柊さんを先頭にして、女性陣は更衣室の中へと姿を消した。
それを見送った後、俺は裕二に声をかける。
「俺達も行こうか?」
「ああ」
そして更衣室に入ると、俺達は更衣室の中がロビー以上に騒々しい事に気が付く。何事だ?と、ザワめき声に耳を傾けると俺の表情は一瞬で引きつった。
「なぁ、なぁ。聞いたか?」
「ああ。何でも今日、上級ゾーンがクリアされたんだってな」
「そうそう。しかも一発クリアな。しかも、クリアしたのは若い男2人組だってさ」
「へー、若いって俺達と同じ高校生なのか?」
「さぁ、な。そこまでは知らないけど……会ってみたいよな」
「そうだな。クリアのコツとか聞きたいよな」
そんな会話が、更衣室のあちらこちらから聴こえてくる。更衣室の中に響くザワめきが、全て自分達に関する話題だと思うと恐怖を感じるよな。
俺は引きつった表情を浮かべたまま、裕二の顔を見る。裕二も顔が引きつっているのかと思ったのだが、裕二は平素な表情を浮かべたまま俺の顔を見返していた。
「……どうした?」
「いや、どうしたって……」
裕二が余りに普通に返してくるので、俺は思わず上ずった様な声を出してしまう。
「何、気にするな。普通にしていれば良いんだよ。これから学校でしようとしている事を思えば、この程度の注目で動揺していたら神経が持たないぞ」
「あっ、うん。まぁ、そうだな……」
裕二、お前図太いな……。
俺は平然と更衣室の中を歩き、自分の荷物が入ったロッカーに向かっていく裕二の後ろ姿に尊敬の眼差しを向けた。俺もあの胆力を見習わなくちゃな……。
目を瞑って軽く深呼吸をした後、俺は目を開き確りとした足取りで裕二の後を追った。
「……大丈夫か?」
「ああ、何とか。取り敢えず、さっさと着替えてここを出よう。すっごく居心地が悪いしさ」
俺は更衣室内に響き渡る俺達をネタにしたザワめきを無視しながら、ロッカーを開け手早く着替えを済ませていく。ああ、聞こえない聞こえない。
そして5分と掛からず、俺達は制服へと着替えを済ませた。
「良し! さぁ裕二、ここを出よう!」
「……なぁ、大樹。もう少し、ここにいないか? 胆力を付ける、丁度いい練習場になると思うんだが……」
「そうかもしれないけど……。ここは、ちょっと難易度が高くないか? ほら、ロビーの方でも俺達のネタ話はしてたし……そっちでさ」
流石に俺達をネタにした話が、更衣室のあちらコチラからハッキリと聴こえてくるこの状況はきついな。こう言う状況に慣れる必要性は理解するが、もう少し薄い場所から慣らしていきたい。
「まぁ、そうだな。じゃぁ、ロビーの方に出るか?」
「ああ、行こう!」
俺は裕二の背を押すようにして、足早に更衣室を後にした。
ロビーに出ると、やはり更衣室程ではないが俺達をネタにした話が耳に届く。
しかし、更衣室でのザワめきに比べれば充分マシだ。それに若い男二人組という情報しか出回っていないのか、周囲で噂話をする人々は面白可笑しく推測話を飛び交わせていた。
曰く、自衛隊の特殊部隊出身だ。
曰く、いやいや警察の特殊部隊出身だ。
曰く、ダンジョン協会の秘蔵っ子だ。
曰く、チートをしている。
etc……
等など、見当ハズレな推測からほぼ正解の推測まで、玉石混交な噂話が引っ切り無しに飛び交っていた。
「お、面白い話が飛び交ってるな……」
「はぁ……大樹。動揺し過ぎだ、もう少し心を棚上げする事を覚えろよ。そんなんじゃ、自分何か隠し事をしていますと言っている様な物だぞ?」
「あ、ああ」
今まで自分の事を目の前で噂話の当事者にされると言う経験がなかったので、中々気持ちの置き所を探す事が出来ず気持ちの棚上げと言う物が上手くいかず落ち着かない。裕二の言葉を聞く限り、俺はどうやらモロに動揺が態度に出るタイプのようだ。
「取り敢えず深呼吸をしながら、動揺している自分を一歩引いた立場から客観視するようにしてみろ。慣れれば気持ちの棚上げも、自然に出来る様になる」
「わ、分かった」
俺は裕二のアドバイスに従い、小さく深呼吸を繰り返しながら自分を客観視しようとする。十回程深呼吸を繰り返すと、次第に動揺していた自分が落ち着いていくのを実感出来た。
そして20回程深呼吸を繰り返した所で、漸く俺はいつもの調子を取り戻した……と思う。
「……落ち着いたか?」
「ああ。何とかな」
俺は大きく息を吐きながら、そう裕二に言葉を返した。
「……こうして落ち着いて耳を傾けると、ほんと適当な噂話ばかりだな。俺達の事を指している様な噂話は、ほとんどないな」
「だろ? だから落ち着けって言ったんだよ。俺達の事を直接指し示すような噂はロクに無いのに、お前があんなに挙動不審に振舞っていたらバレバレだろ」
「……ごめん」
どうやら俺は、噂の中心にいると誤解して一人舞い上がっていた様だ。正体が知れ渡っていない以上、噂は飽く迄もただの噂。挙動不審になるほど、過剰に意識する必要もない代物だ。
「まぁ、落ち着いたのなら良いさ。取り敢えず、柊さん達が出てくるまで椅子に座って待つとしないか」
「そうだな。ここに立ちっぱなしっていうのも目立つしな。椅子に座って待とう」
俺と裕二はロビーに設置してある、空いているテーブルセットに腰を下ろし美佳達を待つ事にした。
椅子に座って待つ事5分。漸く、更衣室の入口から制服姿の美佳達が姿を見せた。辺りを見回しテーブルに座る俺達を見付けると、美佳が手を振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせー」
「おう、意外に早かったな」
「うん。ちょっと更衣室が騒がしかったから、皆急いで着替えをしてきたの」
どうやら女子更衣室の方でも、上級ゾーンクリアの話題が広まっていたようだ。まぁ、このロビーの状況を見ればそうだよな……。俺は美佳から少し視線を外し、ロビーの中を視線を動かし観察する。ロビーで噂話をしている者の中には、女子だけのグループの姿もチラホラと見えた。
「そっか。まぁ、あまり騒がれたくないから、その話はここを出てから聞く事にしよう」
「うん! 分かった」
正体がバレるなどの面倒事を避けたい俺は、美佳にあまり話題には触れないようにと伝えた。美佳も無駄に騒がれる事は望んでいないようで、俺の提案に即答で了承してくれる。
そんなこんなで俺が美佳と話している間に、柊さんと沙織ちゃんもテーブルの傍まで近づいて来ていた。
「お待たせ」
「お待たせしました」
「お疲れ。じゃぁみんな揃った事だし、長居は無用って事で帰ろうか? 良いよね?」
「ああ、勿論良いぞ」
「ええ、私も良いわ」
「私も大丈夫だよ」
「問題ないです」
全員の了承が取れたので、俺と裕二は席を立つ。
「じゃぁ帰る前に、ジュース代を精算しよう」
そう言って俺は美佳達を待つ間に見つけていた、自動精算機が置いてあるロビーの一角に向けて歩き出す。
そして先頭を歩く俺の後を追うように、裕二達もあとを付いてくる。
「へー、これが自動精算機か……えっと、何々? まずは画面をタッチして、ロッカーキーに付属しているタグを読み込むか」
精算コーナーには、3台の自動精算機が並んで配置されていた。俺はその内の一つに付き、画面に表示されている案内に従い精算手続きを行っていく。案内手順に従い、画面に表示されたドリンクの会計を済ませレシートを受け取って精算は終了だ。
俺は精算機の前を離れ、順番待ちをしていた美佳に変わる。
「結構簡単だったぞ……って、そうだ。美佳、沙織ちゃん。ここで使った飲み物代も経費で落とせるから、レシートを受け取るのを忘れないようにな」
「うん、分かった」
「はい。気を付けます」
そう言って美佳と沙織ちゃんは、俺と少し遅れて精算手続きを済ませた柊さんが使っていた自動精算機に交代で取り付く。
「ねぇ、九重君。このジュース代って、経費で落ちる物なのかしら?」
「多分、落とせるんじゃないかな? 一応このジュース代も、探索者としての訓練中に必要な水分補給のための物なんだしさ。だんだん暑くなり始めているこの時期に、運動後に水分補給をするなとは言わないと思うよ」
「そう言われれば、そうね。じゃぁ、このジュース代も経費として計上しても大丈夫ね」
「全体の納税額からしたら小額かもしれないけど、節税はこう言うコツコツとした積み重ねだよ」
このジュース代で引かれる納税額は微々たるものだろうが、塵も積もれば山となるだ。こういう事の積み重ねが、節税意識の向上につながる。もっとも、節税節税と考えすぎて脱税何かに手を出すのはNGだけどな!
あと、会計の練習の為にもコツコツとレシートを集めて記帳するとしよう。
「裕二も終わった?」
「ああ。財布の中の小銭を整理する為に細かく入金していたら、思ったより時間がかかった」
「へー、そうなんだ」
「1円玉や5円玉が10枚以上あったからな、少し整理したかったんだよ」
それは随分と、財布が分厚く膨れていそうな状態だな。
裕二とそんな雑談をしていると、美佳と沙織ちゃんも精算を済ませ財布を片付けながら戻ってくる。
「お待たせ!」
「お待たせしました」
二人とも俺のアドバイスを守り、ちゃんとレシートを確保している様だ。
「じゃぁ、受付でロッカーの鍵を返却して帰ろうか」
「ああ」
「ええ」
「うん」
「はい」
ジュース代の精算を終えた俺達は、ロッカーの鍵を返却する為に総合受付へと移動を開始した。
総合受付に移動中、俺はロビーの入口近くに設置してあるとある電光掲示板に目が止まる。その電光掲示板……各ゾーンの月間クリア者数が表示されている物に、俺達が来た時には0と書かれていた場所に1と言う数字が爛々と点っていた。
俺と裕二が、上級ゾーンをクリアしたからだ。
「……」
「皆の注目の的だね、お兄ちゃん」
「そうだな……」
美佳の問い掛けに生返事を返しつつ、俺は、電光掲示板を指さし、興奮したようにテンションを上げ騒いでいる、受付の順番待ちをしている探索者達を、生暖かい眼差しで眺めていた。
上級ゾーンクリアって、影響力が凄いな……と。
「大樹。これだけの反響があるのなら、お前の目論見通り上級ゾーンクリアって称号。今度の体育祭でのアピールポイントとしては、すこぶる有効そうだぞ」
「そうね。これだけの探索者が注目しているんだから、体育祭で上手くアピールすれば効果は抜群ね」
裕二と柊さんは、上級ゾーンをクリアしようと提案した俺を褒めてくる。確かに、上級ゾーンクリアって称号は有効そうだけど……。
俺は電光掲示板の一部……上級ゾーンクリア者を表している1という数字を悔しそうに睨みつける連中の様子を見ながら、小さく溜息を吐く。アピールにはなるけど、同時に厄介事も引き寄せそうだなと。
「あのさ、取り敢えずロッカーの鍵を返してここを出ないか? なんか段々、背中が痒くなってきた気がするしさ」
「何々、お兄ちゃんもしかして照れてるの?」
「ああ、そうだよ。だから早くここを出よう」
俺は美佳にぶっきらぼうな口調で返事を返し、少し歩く速度を早め総合案内へ急いだ。照れ隠しをする俺に、4人が苦笑を漏らしているような気配を感じたが無視だ無視。
そして、いち早く総合受付に到着した俺はロッカーの鍵を係員に差し出す。
「お願いします」
「はい。精算の有無を確認しますので、少々お待ち下さい」
受付の係員は鍵についたタグをスキャンし、タグの精算状況を確認する。
「確認終了しました。既に、精算済みの様ですね。本日は当施設をご利用頂き、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
係員に定型文的返事を返し、俺は鍵の返却手続きを行う裕二達に一言断りを入れ入口の近くまで退避する。
そして入口の近くで待つ事2,3分、全員が鍵の返却手続きを終えたので俺達はトラップ訓練施設を後にした。
ダンジョン施設から最寄りのバス停に向かっている間、俺達は明日の予定について話をしていた。
「じゃぁ明日は予定通り、ダンジョンの方に行こうと思うけど……美佳、沙織ちゃん。大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
「……はい。私も大丈夫です」
「無理そうなら、無理と言ってくれよ。変に我慢をして無理をすると、大怪我をするかもしれないからさ」
俺は美佳と沙織ちゃんに、ダンジョン行きの意思確認を取る。無理やり連れて行くと、ロクな事にならないだろうからな。
「明日のダンジョン探索の目的は、美佳と沙織ちゃんにモンスターを沢山倒させる事……で良いな?」
「……うん」
「……はい」
小さな返事の声ではあるが、美佳と沙織ちゃんは強い覚悟の篭った眼差しを真っ直ぐに俺達に向けてきた。……これなら、まぁ大丈夫だろう。
「分かった。じゃぁ明日の予定は、ダンジョン行きで決定……で良いよね?」
「ああ、2人が大丈夫だって言うのなら、俺は特に何も言うことはないな」
「私もよ。でも良い、二人とも? これ以上は無理と思ったら、必ず私達に言うのよ?」
「うん!」
「はい!」
最後の意思確認を終え、俺達は明日全員でダンジョンへ行くことを決めた。
美佳達の2回目のダンジョンか……今度は失敗しない様に気を付けないとな。




